IS〈インフィニット・ストラトス〉駆け抜ける者
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第20話
対戦相手が決まって一週間、一夏とヴァンガードのチェックの為にひたすら模擬戦闘を続けている。
今も、一夏の雪平と俺の刀剣が激しく打ち合っている。
「このっ!」
「ええいっ!」
一夏の降り下ろしを振り上げて弾き返す。振り振るい、互いに一撃を与えんと動く。
「このままならジリ貧…、だったら!」
一夏が先に動く。零落白夜を発動させ、勝負に出た。
瞬間加速で肉薄し、防御を無に帰す必殺の一太刀を、一夏が振るう。
…前に、一夏の頭部に弾丸が突き刺さり、顔が天を向く。何と言うことはない、一夏を誘い、合わせただけの事。
たたらを踏む一夏に対し、追撃の弾丸を二射、三射。一夏を指差す人指し指から、高速の弾丸が飛び出ていく。
撃たれている一夏は、零落白夜で弾丸を打ち消しながら、好機を伺っている。
「トモは零落白夜を使わせたがっている…。白式 と俺の戦法を知ってるから…」
一夏が臍を噛む。このままなら、零落白夜が喰うエネルギーで白式が先に動けなくなる。
一夏もそれが痛いほど理解しているから、速めにケリを着けようと零落白夜で攻めた。
しかし、それしか一夏に無い以上、対応は極めて容易、予め一夏が来る場所に攻撃を『置いておけば』、簡単にカウンターが決まる。
後は、手を変える隙を与えないように細かく速く攻撃を続ければ、どう転んでも優位に立てる。
一夏に残された選択肢は少ない。元々不器用な一夏に、後退や左右に逃げるなんて選択はない。真っ向から受け止める、又は、
「正面突破だよな、お前なら!」
被弾をものともせず、猛然と零落白夜で切りかかる。土壇場で一番効果的な手を打てるのが、織斑一夏って男だよな!
すれ違い、剣を振るった体勢で一瞬静止した後、一夏は膝をついた。
互いが交錯するより一拍速く、俺の翡翠色の刀剣が、白式を穿ったのだ。
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「っはー!負けたー!」
ピットに戻り、シャワーで汗を流して着替えた後、改めて模擬戦闘の結果に悔しがる一夏を見て笑ってしまう。
笑うな、と一夏が怒るが、顔が笑っているので、本気ではないのは明らかで、最後には二人で笑ってしまっていた。
ここ一週間、ずっと一夏と訓練を共にしていて、笑いが消えることは無かった。男同士で進める訓練は試行錯誤の連続だったが、不思議と捗った。
篠ノ之達も事情を理解して、一夏に必要以上に近付かないようにしてくれている。
そんなありがたい環境ではあるが、いつの世も例外は必ずあるもので、時折シエル嬢が師匠師匠と様子を見に来たり、ボーデヴィッヒが人伝に聞いた俺の状況に楽しみを見出だしていたりする。
まあ、一番の問題は、
「今日は格別動きが良い。『惚れ直した』ぞ?」
『対戦相手』が『堂々』と訓練を『見学』している事だ。
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事の始まりは、一夏に訓練の相手を頼んだ翌日、その日の訓練を終わらせた時だ。
お互いにへとへとながら、充実感に満たされながらピットに戻ると、凛とした雰囲気の、腰まである漆黒の髪の、武士を思わせる少女が立っていた。
「はじめまして…、ではないな。私は木之本葵。君の対戦相手だ」
少女、木之本葵は右手を出した。握手を求めているようだ。
いきなりの訪問、突然の挨拶に、俺と一夏は顔を見合わせた。どうしたものかと。
まあ、出されたままにするのも失礼と握手には応じたが、イマイチ彼女の行動に理解が追い付かない。
挨拶に来るのは殊勝な心がけなのだろうが、何も訓練が終わった直後でなくても良いはずだ。
そんな事を、言葉を選んで何重にも包んで言うと、彼女はうっすらと頬を染め、篠ノ之以上のワガママボディをモジモジとわずかにくねらせ始める。
その時、彼女から生じた何とも言えないプレッシャーに、俺は完全に気圧されていた。
「な、何だこの雰囲気は!?俺が追い詰められている…!?」
「その、今回こんなことになったが、き、君には前々から伝えたい事があったんだ」
「な、何かな?」
「…丹下智春君、私は君が好きだ」
僅かに俯かせていた顔をシッカリと俺に向け、真っ赤に顔を染めながらも、強い意思を秘めた眼で、彼女は自らの想いを伝えた。
そんな突如の告白に思考が停止した俺を、誰が責められようか。
「初めは、ダンプカーに巻き込まれそうな私を助けてくれたお礼が言いたいだけだった」
固まったままの俺達を見て、懐かしそうに彼女、木之本葵は語り出す。
「きっかけはそうだ、君と宮間のぞみの戦闘だ。見惚れたよ、がむしゃらに、ひたむきに勝ちを目指す姿に」
「…そんな大層に言われても、な」
必死に絞り出せたのが、これだ。不安や諸々の気持ちに打ち勝ち想いを告げた相手に、これだけしか返せないのが不甲斐ない。
“
「私にとっては、それだけの価値があった。それからどんどん君に惹かれていった。負けず嫌いな君が好き、然り気無く気を使える君が好き、毎回寄って来るシエルと言う少女を邪険にせず導く君が好き。そして、私の為に悩む今の君も」
しどろもどろな俺に微笑む木之本葵。こんなにあからさまに、一気に好意をぶつけられたことが無いため、どうすれば良いのか全く分からない。
もしこれが戦闘を優位に進めるための作戦ならば、これ以上堪える一撃はない。
「一つ聞きたい、なぜ今なんだ?先の戦闘が終わった後でも気持ちは伝えられただろう?」
「好きだから」
「…どういう意味かな一夏?」
「…さあ?」
好きだから、では意味が理解できない。理解できないのは、彼女の様に恋をしていないからか、はたまた、乙女心を理解できていないからか。
「好きだから、全部ぶつけたいんだ。包み隠さず、ありったけの想いを。好きだから、逃げたくない。気持ちを隠したまま、戦いたくない」
彼女から出てくる想いと自信に、同時に苦笑しながら肩を叩く一夏に、今度の相手は最強だ、と悟らせた。
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とまあ、俺が好きと言った木之本葵は、行動力も持ち合わせており、
翌日の教室の朝、全員が揃った所で改めて彼女の気持ちを告白、教室は応援と冷やかしで大騒ぎに。
そのまま昼には俺を使って姉と妹を呼び出し、俺を自分の物にすると宣言、激しいにらみ合いを続けた。
そして今日まで俺と一夏の模擬戦闘をずっと見学しているのである。
「木之本「葵。」…葵はIS大丈夫なのか?」
「私は前日にある程度確かめれば十分なんだ。心配してくれてとても嬉しい」
恥ずかしげもなく好意を隠そうとしない葵に気恥ずかしさを禁じ得ない。今までに会ったことがない性格だから余計にだ。
葵曰く、「気持ちは気付いてもらうのではなく、伝えるもの」、らしい。
その性格に篠ノ之達は、羨望と尊敬を抱いていた。
しかしそんな葵さんに、大事な兄弟を奪われまいと姉と妹は対抗姿勢を崩さない。
その余波で困るのは他でもない俺であって、ここ最近ろくな目にあっていない。
今日の昼も葵達に拉致られ、カレーうどんの予定が特製弁当(特盛)三つと言う惨劇を味わったばかりである。
三方向から『あ~ん♪』なんて、最高だけど地獄です!
つまり、幸せな不幸を、一夏やゼロが味わっている苦しみを、俺が受けているのだ。……解せぬ。
「さあ、訓練も終わったようだ、一緒に食堂に行こう。美味しそうにご飯を食べる君が見たい」
にっこり魅力的な笑顔で自然に腕を組み引っ張る葵さん。一夏よ、生暖かい目で笑いながら手を振るんじゃない。
そうして抵抗虚しく食堂に連行され、『偶々』居た我が麗しの姉妹に発見され、一悶着あったのは言うまでもない。
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そんなこんなで瞬く間に時は過ぎ、遂に決戦の時が訪れた。
準備は万端、意気は十分、心身に問題なし。
それどころか、今までに無いほどに、ウズウズしていたりする。
「良い顔だ、丹下」
「織斑先生!」
「今のお前なら何も助言は必要ないな。丹下、遠慮はいらん。お前を見ている全員の度肝を抜いてやれ!」
激励に来てくれた織斑先生は、俺の心境を知ってか、悪戯っぽく笑って盛大に背を押される。
ゲートが開く。ステージには、葵が待っている。あの日と、初めての戦闘と人は違えど状況は同じ。
そうさ、こんな瞬間を待ってたんだ。理屈も、建前もない、アドレナリンが湧き出るような、夢みたいなシチュエーションを!
「『初陣』だ…!行くぞ、『ヴァンガード』!!」
ステージに向かって駆け出す。同時にヴァンガードを起動、展開されていくISの状態が完璧な事を確認ながら、なおも駆け、ゲートを抜けた瞬間高く跳躍。そして力強く着地した。
この時、ゼロの言う派手なパフォーマンスとやらを実践してみようと思い、登場の仕方にインパクトを付けようと思ってやったのだが、後に観戦していた一夏達にこう言われた。
『登場からして見物だった』、と。
「待たせた」
「………(カッコイイ…)」
「ん?」
「!! あああ、いや、な、何でもない!」
凛々しく仁王立ちで待っていたかと思えば、呆けてみたり慌ててみたり。
そんな木之本葵のISは、燃えるような紅蓮の、王族が羽織る全身を隠すような外套状の装甲を装備した機体だ。防御を重視か?いや、そんな簡単なコンセプトなら、調整が難航する訳がない!
「それが本当の姿じゃないんだろう?」
「その通り。私の『インペリアル・ダンサー』は、今こそその凶暴性を見せる!」
葵の瞳が一瞬輝き、ISが形を変える。
装甲が2つに分かれて折り畳まれ、両肩と胸元の装甲になる。
脚もブーツからヒールに変化し、ティアラの様な頭部センサーが展開され、葵が腰に両手をあて、自信満々に言う。
「拘束解放(アンバインド)!どうかな?」
「凄いな。本当に凄い。なら俺達も、『出し惜しみ』は出来ないよな、ヴァンガード!」
俺の呼び掛けに反応するように、背後のスラスターが光を放つ。光が収まると、『四基』だったスラスターが、『六基』の翼状の機動ウイングに変わっている。
「これが、ヴァンガードの新しい形だ!」
実は、装甲が変化したさいにスラスターも変わっていたのだが、奥の手として展開せず、今まで通りのスラスターで訓練をしていたのだ。
「今日が楽しみで仕方無かった」
葵の右手が薄く輝き始めている。センサーが、警告を発し始めた。
「…俺もだ…」
俺も俺で右手にエネルギーを纏わせる。手刀を作り、エネルギーの刃を成す。
開始の鐘が鳴ると同時に、互いに一手を撃っていた。
葵の紅の光線を、エネルギーを纏った手刀で切り裂きながら葵に近付く。
「木之本葵!」
「丹下智春!」
二人の声が重なる。
次の言葉は、全く同じだった。
「「勝負だ!!」」
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