エターナルトラベラー
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第七十話【sts編その3】
御神蒼は多忙である。
大検の為の勉強をしつつ、この先の展開次第では必要になると深板とファートの勧めで翠屋で松尾さんの元、お菓子や軽食の腕を磨く。
どうやらテンプレであるらしい。
さらに腕が落ちてはいけないと魔法や念の修行をして、この間正式に取った管理局嘱託の資格でクロノに回された仕事を片付ける。
はっきり言ってこの身がいくつあっても足りはしない。
…足りはしないから影分身でまかなっている。
影分身、マジチート。
万能すぎる。
まあヴィヴィオを助けるための布石なのだが、翠屋でのバイトは必要なのか?
多忙な日々とは言え息抜きは必要な訳で。
そんな時シリカから誘われたのが…
「アルヴヘイム・オンライン?」
学校が終わると、ソラ達と一緒に俺がバイトさせてもらっている翠屋へとやってきたシリカが、お小遣いと相談しながらシュークリームを頼み、それを美味しそうにほうばると、食べ終わってから言ったのがそのVRMMORPGのタイトルだった。
丁度休憩時間だった俺は、ソラ達にたかられつつ、人数分のドリンクだけはおごってやると席に着いていた為にシリカもここでその話題を出したのだろう。
「はい、アスナさんから一緒にやりませんかってメールで誘われました。アオさんの事も誘ってみて下さいとの事でしたので」
どんなゲームだと思案していたところ、携帯端末を操作していたなのはがディスプレイに公式HPを表示した。
「これだね」
「どれどれ?」
「どんなの?」
そう言ってソラとフェイトがなのはの左右から覗き見る。
「典型的な魔法と剣のファンタジーみたいだね。プレイヤーは九つの妖精種族の中から好きな種族を選んでプレイするみたい」
九妖精とは火妖精族、水妖精族、風妖精族、土妖精族、闇妖精族、影妖精族、猫妖精族、工匠妖精族、音楽妖精族の九種。
「レベル制じゃなくてスキル制みたいだね。プレビューによれば自身の運動能力に依存しているみたい」
へぇ、運動能力ねぇ。
「それと、このゲームの特徴は飛べる事みたいだね」
どうやら妖精と言う設定らしいので、その背中に生えた羽で空を自在に飛べるらしい。
それは魅了される人も多いだろうね。
それほどまでに空を飛ぶ事は気持ちがいいものだ。
「私達を誘ったのはこれがあるからだと思います」
そう言ってシリカが指し示した項目は、SAOの容姿とステータスの引継ぎと言う覧だった。
「SAOのデータ引継ぎと、アインクラッドの実装か」
アインクラッドの実装はすでにされているようで、概ね好意的に受け入れられている。
とは言え、影ではあんな事件を起こしたゲームを実装するとはとかなり叩かれているらしいが。
「どうします?アオさんはやりますか?」
「どうだろう…確かにあの世界(SAO)を懐かしく思うことはあるけれど…」
「私は見てみたいな」
「ソラ?」
言葉を濁した俺にソラがそうつぶやいた。
「アオが二年間過ごした世界を私も見てみたい」
「あ、わたしも」
「…私も」
ソラの答えになのはとフェイトもそう同調した。
「決まりですね」
「…しょうがないな」
そう最後にシリカがまとめ、俺はそれも良いかと、俺達はアルヴヘイム・オンラインをプレイすることになった。
数日後、ナーヴギアの後継機のアミュスフィアは、SOS団がただ今製作中のVR映画の撮影協力の為に彼らから贈られていたのですでに持っていたが、ALO(アルヴヘイム・オンライン)のパッケージは持っていないので、母さんの分も含めて全員分購入する。
その日の夜、夕食を済ませた後、皆で初ログインの準備をしている。
「種族はどうするの?」
ソラがインストールを待っている最中に俺に問いかけた。
「俺はデータのコンバートをするから、…必然的に猫妖精族かな」
「え?なんで?」
なのはの疑問。
「SAOの時にモンスターテイムが出来たんだけど、モンスター使役に一番相性がいいのは猫妖精族だからね。シリカもテイムに成功して相棒が居たからきっと猫妖精族だと思うよ」
それに猫にはシンパシーがあるしねぇ。
「そうなんだ。だったらわたしも猫妖精族にするね」
「あ、私も」
「…私も」
「じゃあお母さんも」
ええ!?一種族で決定?
普通バラけない?能力的に。
まあ他種族のPK推奨な所は変わっていないようだから一種族で組むメリットとデメリットを考えると…
まあいいか。
「容姿はランダムで生成されるらしいから、皆がどんな姿になるか向こう(ALO)で楽しみにしているよ」
そう言って俺は一足先にALOへとログインした。
ケットシー領 首都フリーリア
転送された俺は、まず体をひねったりして久しぶりのVRの感覚を思い出す。
うん、猫耳と尻尾がある他は特に異常はないかな。
「なうっ!」
色々体を動かしていた俺の足元で自分を構えと言う抗議の声が聞こえた。
「クゥ、久しぶり。元気だった?は変かな…」
「なーう」
その羽で飛び上がり、もはや定位置になっていた俺の肩へととまるクゥ。
人差し指を振り下ろし、ステータスウィンドウを開くと、以前習得したスキルはそのまま残っていた。
うーん、ガチ戦闘向けすぎるスキルだが、生産系や遊びスキルを入れるくらいならば少しでも戦闘に役に立つスキルを入れていたからね。
『片手用曲刀』『カタナ』『索敵』『追跡』『隠蔽』『バトルヒーリング』『アイテムの知識』なんかはとてつもなく高い数値を示していた。
『アイテムの知識』なんかはSAOでもマイナーだったし、無くなっているかもしれないと思ったが、どうやらヴァージョンアップのおかげで残ったか。
装備アイテムやお金などは初期のものだろう。簡素な曲刀が一本と防御力のほとんど無い皮よろいだ。
「きゅるー」
懐かしい声に振り向くと滑空するように飛翔してきたピナがクゥがとまっている反対側の肩へと着地する。
「ピーーナーーーっ!置いてかないでって…アオさん?」
「ああ、シリカか」
そこには以前と変わらないアバターに耳と尻尾をくっつけたシリカが。
ピナを追いかけてきたのか慌てて走ってきたようだ。
「アオさんもケットシーなんですね」
良かったですとシリカ。
「クゥが居たからね。それに視力と敏捷度が高いケットシーの方がプレイスタイルに合っているし」
御神流を習っているとパワーより速度を重視しがちになる。
「そうなんですか」
「まあ、そんな感じ、…だから」
俺たちの周りに都合四つの人影がどこからともなく現れる。
「お待たせ」
「わぁー、これがVRかぁ」
「ちょっと変な感じ」
「けっこう綺麗な所ね」
ソラ、なのは、フェイト、母さんが次々と現れた。
…しかし、どう言った偶然だろう、そのアバターは彼女達の現実の特徴を捉えている気がする。
「あ、シリカちゃんもやっぱりケットシーなんだ」
「えっと…なのはちゃん…だよね?」
「そうだよ、うーん、自分の姿はどうなっているのかまだ確認できていないけれど、どんな感じ?」
「リアルの感じに似てるよ。それじゃ、そっちがソラちゃんでこっちがフェイトちゃん」
「そうなんだけど、似てる?」
ソラのそのつぶやきにフェイトが答えた。
「似てるよ。私は?」
「そっくり…」
「本当ね。皆そっくりよ」
「紫母さんもそっくりです」
皆猫耳と尻尾は付いているし、髪の色が奇抜な所を抜かせば皆良く現実と似ていた。
アバター名は
ソラがソラフィア
母さんがヴァイオレット
と、変えているのに対し、なのはとフェイトはそのままだった。
「……容姿選択はランダムなはずなんだけど…なんかした?」
「私は何もしてないわ」
ソラが答えると、皆もして無いと頷いた。
おかしいなぁ…まあ見分けやすいから良いか。
「それより、見てください」
そう言ってシリカが指差した先には大きな円錐型のような石の塊が浮かんでいた。
『アインクラッド』
二年間に渡り俺とシリカと閉じ込め続けた悪魔の城である。
「そう、あれが…」
ソラがそうつぶやいが、その言葉に込めた感情までは読み取れなかった。
「えーっと、掲示板によるとあの城はこのアルヴヘイムを少しずつ浮遊しながら一周していくらしいです。それで今日は丁度ケットシー領を通る所らしいですね」
シリカがそう補足してくれた。
「なるほどね、それじゃ行こうか、皆」
背中に翼を顕現させて空へと飛び立つ。
「わわわ、みなさん、どうしてそんなに飛ぶのが上手なんですか!?」
もはやなれた物と言った感じでスイスイ上昇する俺たちを、覚束ない足取りで追いかけるシリカ。
「そりゃ、私達にしてみれば、飛ぶことは今更な感じがするよね。少し感覚(背中の羽の操作方法)の違いに戸惑うけれど、慣れればどうって事無いよ」
そう言ったなのははもはや自身の感覚のように補助スティック(手動操作)を必要としない、随意飛で飛んでいる。
まあ確かに慣れてしまえばどうって事は無いね。
この自分に無いものを操る感覚は魔法や念でひたすらに修練しているから、かく言う俺もすでに自在に空を飛べる自信がある。
「そうだね、なのは。でも、やっぱり現実の方が風を切る音、匂いや感触などで勝ってるよ」
「そうかもね、フェイトちゃん」
「アオさーん、いったいどういう事ですか?」
訳が分かりませんと言う感じのシリカ。
「つまり、俺たちはリアルでも空を飛べるって事」
「なるほど、そう言う意味だったんですね…って、ええ!?いや…でも念なんてものもあるし、飛べるの…かな?
あたしも修行を頑張れば飛べますか?」
「どうだろう?俺や、ソラ、なのはやフェイトは念とはまた違う力で飛んでいるからね」
「…そうなんですか」
すこし残念そうなシリカ。
「だけど、母さんは念能力の応用で飛んでいるよ。だから絶対出来ないわけじゃない」
「本当ですか?」
「とは言え、それはシリカの素質次第」
母さんは風を操って浮かんでいる感じだし、どちらかと言えばフライの魔法に近い。
「…頑張ります。私も皆さんと一緒に空を飛びたいですし」
「ここ(VR)で一緒に飛べば良いよ。ここもこんなに広いんだから」
俺の言葉にシリカが返す事は無かった。
飛行しながらソラ達はスキルを検討し、スキルスロットに入れていく。
そんなこんなでアインクラッドを目指して飛ぶこと数十分。
ようやくアインクラッド第一層、はじまりの街へと到着した。
「ここが…」
ソラのつぶやきに返すように俺は言葉を紡いだ。
「そう、アインクラッド。俺たちを閉じ込めた世界、その始まり」
周りを見渡すとそこには多種多様の妖精たちが溢れかえり、SAOとは別の雰囲気をかもし出している。
「…なんだか少し懐かしい気持ちがします」
シリカがどこか複雑な表情を浮かべながら言った。
この始まりの街には俺達はそれこ最初の二週間くらいしか居なかったし、それほど覚えているところも無いが、それでもあの萱場晶彦の鮮烈なデスゲーム宣言はSAOサバイバーの記憶に強烈に刻み込まれていると言っていい。
「中央広場に行きませんか?」
「何か有るの?シリカちゃん」
母さんが聞くと、シリカが答える。
「SAOで知り合った人たちの何人かと待ち合わせをしているんです。アオさんの知り合いでもありますから」
「誰?」
まさかSOS団の連中ではあるまいな?
「アスナさん達です。今日ケットシー領の上空をこの城が通ることを教えてくれたのもアスナさんなんですよ」
シリカは始める前からケットシーでプレイすることに決めていたらしく、それならいつログインすればアインクラッドまで最短距離かをアスナがシリカに教えたらしい。
円形の形をしている大陸の中心に世界樹ユグドラシルがあり、それを囲むように九つあるそれぞれの種族の領地があるこのアルヴヘイム。
しかし、基本的に他種族とは敵対関係にあり、他の領地に侵入すればPKにあっても文句は言えないとか。
基本的にPK推奨な所がこのゲームの一つの醍醐味でもあるようだ。
それでも他種族とPTを組みたい場合はその領地を捨てて世界樹へと向かうしかなかったらしい。
しかし、今はこのアインクラッドがある。
ここではその種族的な争いからは解放され、みなこの浮遊城の攻略の為に組む他種族混合PTも増えてきていると、ネットの記事に載っていた。
「おーい、シリカ。こっちこっち」
「あ、アスナさん」
広場に移動した俺達は、シリカを呼ぶ声に振り返るとそこにはウンディーネの特徴が加味されたアスナがSAOの時よりも幾分か明るい表情で手を振っている。
その隣にはサラマンダーを選択したクラインと、レプラコーンのリズベット、それとどこか見覚えのあるような黒衣のスプリガンの男性と金髪のシルフの女性がこちらを見ている。
「久しぶり、シリカ。それとアオくんも」
「はい、実際に…と言うのは変かもしれませんが、お見舞いに行ったのが最後ですね」
「本当よ。わたしはてっきり二人とも学校で会えると思っていたのに、アオくんはともかくシリカまでうちの学校に来ないなんてね」
「そうですね、でも今通っている学校もいい所ですし、新しい友達も出来ましたから」
「後ろの彼女達の事かしら?」
「はい」
それから互いに自己紹介。
それで判明したのがあの黒衣のスプリガン。
なんと彼の正体はデータを引き継がなかったキリトなんだって。
「よお、アイオリアよぉ…なんでおめぇの周りはいつも華やかなんだっ!」
久しぶりに会ったクラインが視線で人を殺せるくらい睨んでたけど、スルーの方向で。
さて、再会と自己紹介も終わり、それじゃソラ達とMob狩りにでもと思い、アスナ達に断りを入れて分かれようかとした時、ツンツン頭の黒色の剣士にデュエルを申し込まれた。
モードは全損決着モード。
HPが全損するまで戦うルールだ。
「以前あんたには手も足も出なかったからな、ここらで再戦しておきたい」
SAOがから解放される二週間ほど前に一方的に絡んできたキリトを打ちのめした記憶があるが、それが悔しかったのだろう。
フェアな試合にすべく、装備のグレードをほぼ初期の武具を身に着けてお互いに構える。
俺の脇には初期装備とキリトから渡された海賊刀を含め二本の剣が挿してある。
対するキリトのその手に二本の剣を握り、対峙している。
ルールは魔法は俺が詠唱と効果範囲等を覚えていないので使用禁止、アイテム使用無し、支援魔法無し、飛行ありと言う感じで纏まった。
飛行ありと言う所でキリトと先ほど紹介された金髪のシルフの少女、リーファが「お兄ちゃん、今日始めた人に飛行戦闘ありはどうかと思うよ?」「バカ言え、そんな事(地上戦のみ)にしたら俺が負けちゃうじゃんか」等と言う言い争いが聞こえたような気がしたが、別に飛行ありでも問題ない。
中央広場の中心に対峙する俺達を見守るのはソラ達知り合いだけではなくなり、何人ものプレイヤーがその事態をある種のお祭りのように観戦している。
準備が整い、ウィンドウの準備完了をクリックすると、両者の間で戦闘開始のカウントダウンが始まる。
『3』
『2』
『1』
『ゼロ!!』
観客のカウントダウンを読み上げる声で戦闘が開始する。
「行くぜっ!」
そう言ったキリトは小手調べと言うよりは初撃から全力を思わせる斬撃が踏み出した速度を威力に変えて迫る。
右手の直剣が俺に迫る中、俺は腰に挿した海賊刀を抜刀し、そのままキリトの攻撃を打ち上げた。
「うらっ!」
はじかれた右手の攻撃を、キリトもある意味予想通りと崩された体制の中でもしっかりと左手の直剣での攻撃が迫る。
「ふっ!」
その攻撃を抜き放ったもう一刀の剣で受け止め、切り払う。
俺の攻撃に押されてほんの少し後ろに吹き飛ばされたキリトを追撃しようとしたところでキリトのソードスキルの初動モーションが立ち上がったのが見える。
『ソニックリープ』
キリトの右手から放たれる片手用直剣の突進技だ。
その攻撃は重く、ガードの上からも吹き飛ばされてしまった。
ざざーっと石畳から埃を巻き上げつつ踏ん張ると、未だスキル硬直から抜け出せないキリトへ向かって地面を蹴った。
『御神流・射抜』
御神流の中で最大の射程を持つ突き技。
とは言え、単発スキルの硬直時間は他の技と比べればそれほど重くない。
俺の刀が届く寸前で硬直が解け、勢い良く後ろへとバックステップでかわすキリト。
逃すまいと左手でもう一本の海賊刀を抜き地面を蹴って追撃しようとしたが、その攻撃もキリトが地面を離れた事で不発に終わった。
キリトは背中に生えた翅で空中を旋回し、こちらへと向かってくる。
飛行速度はなかなかに速い。
が、しかし…跳んでいるもの同士の戦いならば良いが、結局飛行からの地上への攻撃のバリエーションなんて遠距離攻撃がなければほとんどないと言って良い。
高速で飛来してくるキリトの攻撃を体を捻ってかわす。
当然キリトは勢いのまま飛び去る形となるのだが、俺はキリトの後ろを地面を蹴った反動も利用して飛び上がった。
side リーファ
『ゼロっ!』
「はじまった」
アスナさんがそう言って目の前の戦闘開始を告げた。
「お兄ちゃんがあんなに大人気ない行動にでるなんて、一体どういう事なんだろう」
いつものお兄ちゃんとはあからさまに態度が違う。
「くすくす。キリトくんはね、それはもう絶対の自信をもって最初から本気の技(二刀流)まで使ったのにアオくんにこてんぱんにやられちゃったのよ」
「ええ!?パパがですか?」
「ええ!?あのお兄ちゃんがですか!?」
私と一緒に驚きの声を上げたのはナビゲーションピクシーのユイちゃんだ。
ユイちゃんはSAO時代にお兄ちゃんとアスナさんとかかわった人工知能で、ナーヴギアのストレージに保存してあったこユイちゃんのプログラムをこの世界で起動した時に一番その存在が近かったナビゲーションピクシーにその存在を変化させ、それ以降お兄ちゃんのそばに居る。
お兄ちゃんの事を「パパ」と呼び、アスナさんの事を「ママ」と呼ぶ様は本当に親子のようだった。
話しは戻って、あたしもお兄ちゃんが尋常ではないくらいの強さを持っていることを知っていた。
幾ら前のアバターからデータを引き継がずに弱くなっていたとしても、装備は同等。
どスキル制であり、レベルが上がってもステータス的な変化はほとんど無いこのゲーム。
お兄ちゃんもこの数ヶ月でちゃんとスキルは上昇しているし、たとえ相手がSAOサバイバーだとしても、彼我の差はほとんど無いと言って良い。
だからこそ信じられなかった。
しかし、始まった彼らの戦闘はあたしのそんな考えを粉砕するには十分だった。
いくらALOでは二刀流のスキルは無いと言えど、今の攻撃は速度、威力ともに十分で、あたしでもその初撃は防げても一刀では剣が足りないのだ、二撃目は防げまい。
そんなお兄ちゃんの左手での攻撃が繰りだされるよりもはやくアオさんは腰につるした二刀目を抜き放っていた。
「うそっ!?二刀流!?」
「ああ、やっぱりアオくんはつよいなぁ」
「ママっ!」
「アスナさんはどっちの味方なんですか!」
またもあたしとユイちゃんの声が重なった。
「もちろんキリトくんの味方だよ。応援もするし、勝ってほしいって思うよ」
「だったらっ!」
「だけど…やっぱりキリトくんが勝てるヴィジョンが浮かばないよ」
アスナさんがそう言うと、「ほら」と言って視線を二人の戦いに戻させた。
見ればお兄ちゃんの『ソニックリープ』を受けきり、吹き飛ばされた彼が、直ぐにその距離を詰めるように駆け、真っ直ぐに突き技を繰り出していた。
すごい。
彼の突きは速く、あわや兄ちゃんに届くところだったが、そこはやはりお兄ちゃんだ。
すぐにバックステップでかわすと、そのまま空中に逃げた。
空中戦。これならお兄ちゃんに分がある。
彼は今日始めてこのゲームにログインしたって言ってたし、素質のある人でも初日で空中戦が出来るまでに飛びまわれるはずが無い。
少しお兄ちゃんも大人気ないような気がするけれど。
「これは幾らなんでもお兄ちゃんに有利すぎるかな」
そういったあたしの言葉をすぐ隣にいたアスナさんが否定する。
「…それでもアオくんが負けるような気がしないのは何故だろう」
幾らなんでもそれは無いんじゃない?と視線を戻すと、そこには信じられない光景が繰り広げられていた。
「ああ、飛んじゃったか。まだ飛ばないほうが良かったと思うのに」
そう呟いたのは先ほど紹介されたなのはちゃんだ。
「そうだね、空中戦はうまく飛べる事が強さじゃないものね」
そうフェイトちゃんが言った。
「どう言う事!?」
「にゃ?」
あたしの剣幕に少しおされたなのはちゃんだけど、すぐに答えは返ってきた。
「空中で一番大事なのは、空間認識能力なんです」
「「「空間認識能力?」」」
あたしとアスナさん、ユイちゃんの声が重なった。
「どこに何があるのかを、直ぐに認識できる能力です」
そう言われても一体どう言った能力なのかぴんとこない。
「そうですね…人間はどうしても空を上、地面を下として認識しようとします」
それは普通だよね。
「えっと、周りに何も無い所を飛んでいて一瞬ここはどこだろうって思った事はありませんか?」
それは、あるかな。目印になるものを見失ったときとかに。
「空中で回避するときなんかは、一瞬どちらが地面か分からなくなったり、敵を見失うことはありませんか?それは空間認識能力が足りないからです」
え?
「キリトさんがこの世界でとても類まれな能力を持っているのは少し見ただけでも分かります。だけど、まだまだお兄ちゃん(アオ)と互角に戦えるレベルではありません」
とは言え、あと数年、もしくは数ヶ月この環境下で空を飛んでいたら分かりませんけれど、となのはちゃん。
空中から滑空の勢いも加えてのアオさんへの攻撃を、アオさんは体を捻ってかわしたかと思うと、そのままお兄ちゃんの後ろを追うように飛翔。
それからはまさに一方的だった。
攻撃の度にお兄ちゃんはくるくると回され、次の瞬間にはお兄ちゃんの死角から正確な攻撃が飛んでくる。
対するアオさんは空中をそれこそ上も下もなく駆け巡り、お兄ちゃんを翻弄する。
アオさんの攻撃に翻弄され、視界が回転させられる度に周囲の景色から自分の位置を確定させているお兄ちゃんに対し、そのすさまじい空間認識能力で攻撃を繰り返すアオさん。
もはや誰の目にも勝敗は明らかだった。
「でも、おかしいですよね?アオさんって今日が始めてのログインなんでしょう?」
「アオが空を飛び始めてすでに半世紀。空はもう私達の庭も同然」
ソラちゃんがそう呟いたけど、意味が分かりません。
SAOサバイバーだと聞いたし、あのアバターはコンバートしたものだとしたら、あたしとそう変わらない年齢のはずなんだけど…
「まあ、アオくんだしねぇ。何があっても不思議じゃない」
アスナさん、あなたのその間違った信頼はどこから来るのでしょうか?
side out
結局、空中戦に持っていったキリトを死角からの狙い撃ちでHPを全損させたあと『世界樹の雫』で蘇生されたキリトだったが、あまりにも視点がぐるぐる回転したものだから今キリトは地面に突っ伏してダウン中。
バットを額に当てて回転した後のような衝撃を感じているだろう。
賑やかだった中央広場は人影もまばらになり、俺達も端の方へと移動する。
「うぇ…気持ち悪いっ」
「大丈夫ですか。パパ」
「ほら、だらしが無いぞ、キリトくん」
「だけどなぁ…アスナも一度戦ってみたらいいぞ」
「遠慮します」
介抱しているアスナだが、その様子はバカップルそのもの。
俺たちの目のつかない所でやってくれ。
と言うか、目の前でキリトを「パパ」と呼んでいる小さな妖精は誰でしょう?
さっきの自己紹介にはいなかったよね?
怪訝な表情でその小さな少女を見ていると、ようやく正気に戻ったのか、顔を真っ赤に染めた後、アスナが取り繕うようにその少女を紹介する。
「この子はわたしとキリトくんの娘でユイちゃんって言うの」
「ユイです。よろしくお願いしますね」
「ええ!?」
その紹介に事情を知らない俺やシリカが驚いた。
「いっ…いつの間に…」
シリカよ、幾らなんでもこれだけ意識のはっきりしている子供を現実世界で作るのは無理だからね。
「ちっ、ちがっ!」
シリカの言葉の意味を悟ってさらに赤面するアスナ。
「…ユイはAIなんだよ」
見かねたキリトがそう観念したかのように言った。
説明を受けると元はSAOの『メンタルヘルス・カウンセリングプログラム』なんだって。
VRMMOでの人間同士のトラブルによるストレスなどの解決を、人間がやるのは面倒だから、そう言うプログラムを作ってしまえと言うことで作られた一種のAIらしい。
SAO内で彼女と知り合ったキリトとアスナは、消え行くユイのデータをナーヴギアのデータ記録ストレージに保存すると言う手段を講じた。
その結果、このSAOのミラーとも言えるシステムで運用されていたこのアルヴヘイム・オンラインで新生したらしい。
「へぇ、そんな事があったんだ」
聞いた内容は結構やばい気がするけれど、とりあえず。
「よろしく。ユイちゃんって呼んでも?」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いしますね」
俺の言葉に続くようにシリカ、ソラ、なのは、フェイト、母さんと挨拶をしていく。
「あれ?皆さん驚かないんですか?わたしはその…AIみたいなものなのですが…」
ああ、そんな事か。
「別にAIなんて珍しくないよ」
「ええ!?」
その答えに驚いたユイ。
「そうだね。今度レイジングハートも紹介できれば良いんだけど」
「バルディッシュもね」
驚くユイ、アスナ、キリトをよそに、なんでもない事だし、むしろデバイスのいい友達になるかもと言っているなのはとフェイト。
「ソルとルナは…一応AI…かな?」
ソラが悩んでいるが、ソルとルナが実際のところどうなのか、俺にも分からない。
「あ、あれ?普通に受け入れられてる?」
「アスナ、彼女達はAIとの付き合いも長いからね。今更なんだよ」
「そっかー、AIって割と普通に居るんだ」
「そんな訳無いだろっ!」
納得しかけていたアスナにキリトが突っ込む。
改めてフレンド登録を皆でした後は、今日の所はアスナ達と別れて行動することにした俺と、ソラ、なのは、フェイト、シリカ、母さんの6人。
このゲームでのPT制限は7名なので、今は全員でPTを組んでいる状態だ。
始まりの街の中央広場を出てフィールドへとつながる城門を目指す。
見えてきた城門を前に立ち止まる俺とシリカ。
「どうしたの?」
立ち止まったことに気がついた母さんが俺たちに問いかけた。
「…何度も経験したことなんですが、やっぱりこの瞬間…フィールドへと出る瞬間にはいつも不安になってました」
だから、デスゲームではないとは言え、アインクラッドのフィールドへと出るのは緊張するとシリカ。
「ここが生と死との最初の境界線だったんだ。ここを自分の足で踏み越える、たったそれだけがSAOプレイヤーは皆怖かったはずだよ」
かく言う俺もね。
「そっか…ねえ、皆聞いてくれる?」
「なに?」
「はい」
「うん?」
母さんの声に視線を移すソラ、フェイト、なのは。
「せっかくだから自分達のルールを決めましょう」
「ルール?」
「そう、ここはゲームだから、目いっぱい楽しむ事はもちろんだけど、強敵に出会ったとしても、やけっぱちの特攻や、死んでも良いやと諦める事をしない事」
「うん、良いと思う」
ソラが同意を示す。
「わたしも」
「…私も」
フェイトとなのはも了承した。
「どうかな?シリカちゃん、あーちゃん」
「とっても素敵だと思います」
「うん、良いんじゃないかな」
この世界で本気で生きてきた俺達としては、所詮ゲームだからと言うのではなく、本気でプレイして欲しい。
そう思ってしまう俺とシリカだった。
キャロと別れて数ヶ月。
いつもの様に翠屋でケーキや軽食を学びつつアルバイトをしていると、突然脳内を揺るがすほどの大音量で念話が飛んできた。
【助けてっ!誰か助けてっ!フリードがっ…ヴォルテールが死んじゃうっ!】
この声は…キャロ?
【お願いっ!誰か、だれか助けてっ…アオ…おにいちゃん…たすけて…】
俺はその声を聞くと、翠屋を後にする。
外出することを伝えられなかったが、そんな事はこの際どうでもいい。
【キャロ、キャロだろう?転送された場所を動いてないか?】
この地球に現れたという事は以前渡した巻物を使ったと言うことだ。
それならば転送される場所は家のリビングだ。
【アオさんですか!?お願いです、フリードとヴォルテールを助けてくださいっ!】
【キャロっ!そこを動かないで、今行くから】
錯乱しているため会話が成り立っていない事に少し歯噛みするが、俺は急いで家に戻る。
【アオ!キャロが泣いてる】
【一体何があったの?】
ソラとなのはから念話が入る。
【分からないけれど、あまり良いことではなさそうだ。俺は今家に向かっている所だが、皆は?】
【私たちも学校を抜け出して向かっているよ。紫お母さんやアルフ達は?】
フェイトからの念話だ。
【散歩に行ってた。今家に向かってる】
【あたいもさね】
久遠とアルフが念話に混ざる。
【この時間は商店街に買い物だ。誰か母さんの携帯に連絡をお願い】
風を切る音で一秒を争う今、携帯なんて使っても会話が出来そうに無い。
【分かった。私がする。なのは、フェイト、先に行って】
【うん】
【わかった】
ソラが速度を緩めて携帯を掛けてくれるようだ。
その後、アルフと久遠からもそれぞれ念話で応対し、家に戻ることを伝えると、俺はさらに速度を上げた。
ドダンッ
蝶番が壊れるのも厭わない様な勢いで空けたリビングのドア。
「キャロっ!」
「っ…アオさんっ!助けてくださいっ!フリードがっ!」
リビングでうずくまり、その両腕で一生懸命に抱きしめているのは彼女の白い竜だ。
「フリード!?」
真っ赤な血を流し、弱弱しい呼吸音が聞こえる。
すぐに俺はポーション(神酒を希釈したもの)を取り出し、フリードに含ませる。
「フリード、飲んで」
しかし、その体は弱っていてなかなか飲み込んでくれない。
「フリードっ、お願いだから飲んでっ!」
キャロは俺が渡したポーションが、きっとフリードを治してくれるものと信じて口の中にポーションが溜まるのを確認するとそのままフリードの口を押さえ込んだ。
ゴクンっ
とたんにフリードから外傷が消え、呼吸も落ち着いたようだ。
意識はまだ回復していないが、おそらく大丈夫だろう。
ばたばたばた
ドタンっ
「お兄ちゃん!」
「キャロは大丈夫なの!?」
勢い良く入ってきたなのはとフェイト。
「キャロは無事?」
「キャロちゃん、大丈夫!?」
一拍置いて駆けつけたのはソラと母さんだった。
最後にアルフと久遠が合流する。
「あっ…ああっ…ま、まだヴォルテールがっ!アオさんっ!お願いです、ヴォルテールを助けてっ!」
「キャロちゃん、大丈夫だから」
母さんが、キャロを優しく抱きとめた。
「キャロちゃん。ヴォルテールって?」
「わたしを守ってくれるアルザスの守護竜なんですっ!それが、大怪我をしちゃって、わたしどうしたらいいかっ!」
ヴォルテール。
未来のキャロがゆりかご事件の時に呼んでいたあの大きな竜だろう。
「キャロ。ヴォルテールを呼べる?」
「っ…出来ますっ!」
「なんとかできるの?あーちゃん。」
「大丈夫。皆、ここじゃヴォルテールを呼べないから、無人世界まで跳ぶよ」
「うん」
「はいっ!」
「転移は私がするわ」
「任せる」
個人転送が可能な距離で、人間が居ない世界まで転移すると、キャロにヴォルテールを呼んでもらって、治療を施した。
その後、ヴォルテールには『神々の箱庭』に入ってもらって養生してもらっている。
なぜ『神々の箱庭』に直接転移させなかったのか。あの中は時の流れすら操れるために完全に別空間なので、召喚、転移などで外界との接触が不可能なためだ。
どうやったらこの巨体をここまで痛めつけられるのかと言う感じの怪我を何とか治し、一同御神家のリビングへと戻った。
道中、何とかクロノに連絡を付け、たまたま時間が取れるらしく合流したのが御神家の玄関。
知らないで通しても良かったのかもしれないけれど、キャロのこれからを考えるとクロノを頼ったほうが良いと思ったからだ。
なんかすごく面倒そうな事のようだし、一応管理世界内の事だからね。
「それじゃ、聞かせてもらえるかな。君に何があったのか」
リビングのソファにキャロを座らせると、管理局員であるクロノがキャロに事のあらましを尋ねた。
「はい…」
クロノの声は優しいものではあったが、キャロは少し萎縮してしまったようだ。
「わたしには良く分からないんです…なぜこんな事になったのか…」
そしてキャロの口から語られた事件の全容。
いつものように代わり映えのない一日だと思っていたら、1人の旅行者が来たらしい。
そいつは来るや否やキャロとの面会を求めた。
その後、当然とばかりにキャロを連れて行こうとしたらしい。
当然、静止の声が掛かるが、それを魔法で一蹴。
おびえたキャロを守るようにフリードが暴走。
しかし、敵わずに敗北、それに悲しんだキャロの心に呼応するようにヴォルテールが現れるがこれもその旅行者に敗れた。
「その旅行者の名前は分かるかい?」
「……たしか、エルグランドって言ってました」
エルグランドっ!
その言葉に俺達は一瞬互いに目を合わせた。
「そうか…アオ、少しの間彼女の事を頼めるか?本当ならボク達が保護しなければならないのだが…ボクは今から第六世界に行かなければならないだろうし、彼女のメンタルを考えると君達と居たほうが良いだろう…こんな事は本当ならボクからは言ってはいけない事なんだろうけどね」
話しがひと段落するとキャロは疲れたのか眠ってしまった。
まあ、本来は保護すべき彼がこちらを信用して預けてくれるのだから、ね。
直ぐに立ち去ったクロノを見送ると、俺達はキャロを客間に寝かしつけ、母さんに頼むと、それぞれの放り出してきた事の収拾に戻った。
夜。
クロノからの通信が入り、リビングにて大型ウィンドウが開かれた。
リビングには学校に戻ったソラ達がそろっている。
ウィンドウ越しにクロノがあれから現場に飛んでからの事を簡単に説明してくれた。
第六世界へと急行したが、結局エルグランドはすでに逃げ出しており、捕縛はおろか、追跡すら出来なかったと。
集落の被害は甚大ながら、奇跡的に死亡者は無し。
エルグランドがなぜこのような行動に出たのか、プロファイリングしてみても良く分からないとクロノが愚痴った。
数年前のなのは、フェイトへの執着。
そして今回のキャロの誘拐と、関係が有るのは両方とも低年齢の少女だと言う事と、魔導師だという事くらいで、出身世界などに共通点は見られない事などがさらに不可解にさせているらしい。
彼の行動は同じ転生者である俺や、SOS団のメンバーでなければ分からない動機だろうし、それをクロノに話すわけには行かない。
【…それから、部族長からの伝言をキャロあてに預かっている】
そう言ったクロノの表情は仏頂面だが、怒りとも憤りとも言える感情が読み取れる。
「なんて…言っていたんですか?」
キャロが隣に座っていた母さんの手をぎゅっと握り締めながら、意を決して尋ねた。
【………部族を追放する。今後一切部族への出入りを禁ずる…と】
「…そう…ですか…」
キャロがショックを隠しきれずに涙を溜めてうつむいて、泣くまいと必死に堪えている。
子供ながらにいつかは追放されるかもしれないと悟っていたのだろう。
それほどまでに、彼らの態度はよそよそしかった。
「キャロちゃん…」
「うぅ…うぁ…うあああぁぁあぁっぁああああぁぁぁ」
色々な出来事が重なって、感情が制御できなくなったのだろう。
母さんに抱きしめられて、キャロの嗚咽が響いた。
…
…
…
泣くだけ泣くと、泣き疲れたのか、それとも精神的疲労からか眠ってしまったキャロを母さんがひざの上で寝かせる。
寝入ってしまってもキャロが母さんを放さなかったからだ。
「なあ、クロノ。…キャロをこの世界(地球)に居る俺たちが引き取る事は可能かな?」
【彼女をか?…言いたくは無いのだが、彼女の使役竜の暴走は危険だ。それを考えると許可が出るとは思えないのだが…】
「それは彼女に直接的な危険が迫った時や、不安や恐怖と言った負の感情に竜達が反応しているからだろう?彼女はその生い立ちから周りからの愛情や優しさと言う物を受け取りそびれているようだ。地球なら彼女に直接的な危害が加えられるような事になる事は少ないし、キャロを心配してくれている人も多く居る」
俺の言葉に母さんやソラ達が力強く頷いた。
【…だが、フリードリヒの事はどうする?もう一騎のヴォルテールと違いその竜が彼女の下を離れる事はあるまい?】
「それは変身魔法の応用で大きなインコか何かに姿を変えてもらうさ。そうすれば、この世界でもフリードが生きていく事には困るまい」
俺たちの説得でとうとうクロノが折れた。
【…はぁ。君達はどうして僕にこうも面倒事を頼みにくるんだ…。わかったよ、何とかしよう】
「ありがとう、クロノ」
【君から感謝の言葉を聞いたのは初めてじゃないか?…なかなか悪くないな】
そう言ってクロノは通信を切った。
クロノに頼りっぱなしになったが、彼ならきっと何とかしてくれるだろう。
◇
暖かい何かが私の頭に触れている。
これは…手?
それはわたしの髪を梳くように流れてゆく。
いい匂いがする。
とっても美味しそうな匂い。
他人の家から流れてくる料理のかおり…
普通ならばどうって事の無いもの…でも…
でもそれは、わたしにはとてもうらやましいもの。
ここは…
匂いに釣られるように、うっすらと目を開けると、天井の明かりがまぶしくて、たまらず目を細めた。
回らない頭で命令を出し、何とか上半身を持ち上げる。
「あ、起きたの?キャロちゃん」
わたしに声を掛けてくれた人…この人は…
そうだ、わたしっ!泣き疲れてそのまま寝ちゃったんだっ!
急激に思考が回転し始め、そうするとようやく状況を思い出す事が出来た。
「あ、あのっ…ユカリさん…その、わたし寝ちゃって…ご迷惑じゃなかったですか?」
わたしっ!ユカリさんのひざを枕に寝ちゃってた!?
「大丈夫よ。ぜんぜん迷惑なんかじゃないわ」
「そう…ですか?」
よかった。
それから、ユカリさんはわたしを真っ直ぐに見つめて…
「ねえ、キャロちゃん」
「何ですか?」
「家の子にならない?」
へ?
◇
いつも通りの御神家での夕食。
その食卓に1人、かわいらしい幼女が加わった。
キャロちゃんは目の前にある、普通の夕食を遠慮しながらも、目を輝かせながら食べている。
メニューは箸の使えない彼女を気遣ってハンバーグだ。
パンとライスはお好みだが、俺たちがみなライスを選択したので、キャロも遠慮からかライスを選択。
初めてライスを食べるらしく、困惑していたのも最初だけ。
手本にと俺たちが口に運ぶと、ライスが主食であると理解したようだった。
「どう?キャロちゃん」
「お、…おいしいです」
そう言った母さんの言葉にキャロが照れたようはにかんだで答えた。
「そう。よかったわ」
夕飯も終わり、洗い物を済ませると、母さんがキャロに言葉を掛けた。
「ねえ、キャロちゃん。考えはまとまったかしら?」
「えと…その…」
母さんの問いに言葉を詰まらせるキャロ。
「何の事?」
ソラが分からないと困惑する俺たちを代表して母さんに聞いた。
「キャロちゃんにね、家の子にならない?って聞いたの」
「母さん、他の事は?」
ソラが母さんに聞くと、バツが悪い感じでごまかした。
「それじゃだめだよ、母さん。いくら幼いからといって彼女にはきちんと説明しないと」
そう言って俺はキャロに向き直る。
「キャロ」
「…えっと、…はい」
俺の真面目な声色に、キャロはきっと何か自分にとって重大な事を聞かされるのだろうと身構えた。
「君に俺たちは幾つかの選択肢を与えてあげられる」
「選択肢ですか?」
「そう」
幾つかとは言っても俺たちが用意できるのはいくつも無い。
一つは俺たちの家族としてこの地球で暮らす事。
一つはクロノを頼り、管理局に保護してもらう事。
俺の言葉を聞いて、キャロは長い間考えたと、消え入るような声で答えた。
「…みなさんにご迷惑は掛けられません。わたしは管理き「迷惑なんかじゃないっ!」…え?」
キャロの言葉をぶった切ったのは俺でも、母さんでもなかった。
フェイトが言葉を続ける。
「キャロは何か怖がってるよね?」
「え?」
「他人だから?血がつながって無いから?」
「そうですね…」
「血がつながらなくたって家族には成れるよっ!私だってそうだったもの」
「フェイトさん…が?」
「私は…ううん、私達の家族はほとんど血なんか繋がってない。だけど、皆互いを想い合っている。想い合えるのが家族なんだよ」
フェイトはもちろん、ソラやなのはだって遠い親戚ではあるが、それは従兄弟よりさらに遠い。
「いいんですか?…わたしなんかがみなさんと家族になって…いいのかな…」
「いいのよ。むしろ私がキャロちゃんと一緒に居たいの」
と、母さん。
「キャロと家族になれたら、私はうれしい」
「わたしも…」
「…私も」
フェイトの言葉に追従するなのはとソラ。
「お金のことも気にしなくて大丈夫だ。こう見えても俺は結構お金持ちだからね」
と、俺がおどけて場の空気を砕けさせた。
偶然の産物だけど、結構お金は持っている。
自分で稼いだ訳では無いが、それならば一層誰かの役に立てた方がいい。
俺たちの言葉を聞いて、
「よろしく…お願いします」
という言葉で応えた。
俺にまた新しい妹が出来たのだった。
その後、いろいろとキャロを受け入れるために水面下で動いた結果、管理局からの許可も得る事が出来、この日本での戸籍も作ることが出来た。
キャロ・ル・ルシエは御神の姓をもらい、今はこの海鳴で元気に暮らしている。
後書き
今回でSAO編は終了になります。
SAOでオリ主が関われるのってアインクラッド編だけだと思うんですよね。
フェアリーダンス編はキリトのリアルでの友好も無いとアスナ救助の要請が無いだろうし(そもそもキリトは人を頼らなそう)シルフ以外の種族だと合流すら出来ませんよね。ファントムバレット編は、政府関連の人とのつながりはそれこそキリトくらいの高レベルにならないとだめだろうし、オリ主が高レベルプレイヤーでキリトを抜いてたらオリ主に依頼が来るでしょうが、それはただ、キリトの成り代わりをしているだけですね。
キャリバーもキリトPTにくっついていくだけの話とかは書いても楽しくないですし、マザーズロザリオもアスナの成り代わりくらいしか話の展開はなさそう。
ぶっちゃけ関われる要素がないっ!なので今回でSAO編は終了です。
キャロの保護も終わったので、次はsts編になると思います。…sts編は3回目なので、短くまとめてたぶん…2話くらいになると思います。
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