銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四十六話 決戦(その五)
帝国暦 490年 5月 4日 ガンダルヴァ星系 ブリュンヒルト エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
同盟軍は五月四日になる二時間前に攻め込んできた。余程に急いでいるな、艦隊の再編を済ますと遮二無二突っ込んできたという感じだ。良い状況でもあるし悪い状況でもある。同盟軍が焦っているのは歓迎だがその所為で何をしでかすか分からないのは危険だ。必要は発明の母とも言う、同盟軍がどんな手を使ってくるか、頭の痛い話だ。
両軍の布陣は変わらない、ミュラーがパエッタ、俺がヤン、ルッツ、ワーレンがモートン、カールセン、ホーウッドを相手にしている。もっとも陣形は紡錘陣形から円錐陣形に変えている。何が何でも突破という事だろう。俺とミュラーは縦深陣からV字陣形に変わっている。ルッツ、ワーレンは二人でV字陣形だ。
正直ホッとした。俺が一番恐れていたのはモートンとホーウッドがルッツ、ワーレンに攻撃をかけカールセンが外側から帝国軍の後背を突く事を目指すというものだ。これをやられた場合はもう一つしか採る手はない。俺とミュラーは後退し、ルッツ、ワーレンは兵力差を活かしてモートン、ホーウッドを叩く……。
その時カールセンはどうするかな、あくまで俺を斃す事を目指すか、それとも味方の損害に耐えきれず救援に戻るか……。モートン、ホーウッドが潰れればルッツ、ワーレンはヤンとパエッタの後ろに回る……。それまで俺とミュラーは後退し続ける。そうなれば同盟軍は崩壊だ。カールセンはなかなか難しい判断を迫られるだろう。追うか、戻るか……、イチかバチかだが同盟軍が帝国軍に勝つ可能性は有る。
戦闘再開から八時間、同盟軍が押してきているが帝国軍は余裕を以て対応している。俺の所で言えばヤン艦隊が押し寄せてくるので少しずつ後退はしているが先頭部分を叩いて押し返す事を繰り返している。その所為だろう、参謀達の表情も比較的余裕が有る。いや、半分は不審だな、皆俺に物問いたげだ。だがとうとう耐えきれなくなったらしい、クリンスマン少佐が問い掛けてきた。
「頭領、宜しいのでしょうか? 反乱軍を内に引き摺り込むのでは……」
「引き摺り込みますよ、ですがあまりに露骨にやっては同盟軍が気付きますからね。機会を窺っているんです」
あらら、益々皆変な顔だ。メルカッツが苦笑している。なんか最近楽しそうだな。
「いずれ同盟軍は何かをしかけてきます。このままの攻撃を続けるはずが無い。それを利用して同盟軍を引き摺り込みます」
「反乱軍の攻撃を待つと言うのですか?」
皆なんでそんな呆れた様な顔をするのかな、しなくても良いだろう。まあ俺も確かに度し難いよな、同盟軍がどんな手を使ってくるか、頭を痛めているのに同時にそれを利用しようとしているんだから。
「そうですよ、ゾンバルト副参謀長。同盟軍に自分達の攻撃が上手く行っていると思わせるんです。その方が同盟軍を引き摺り込みやすい」
「……」
まだ納得してないな、しょうがない、俺が戦争の奥義を教えてやる。
「戦争というのは騙し合いなんです。上手に騙した方が勝つ。もっともヤン・ウェンリーを騙すのは命懸けですが……」
ホント、命懸けだよ。そうじゃなきゃこんなところで総司令官の代役なんてやってない。こういう人を騙すのはヤンの方が上手いんだけどな。ラインハルトはその辺はあまり上手くないと思う。奴がヤンに一歩譲るのはそれが原因かな? そのヤンを相手に騙し合いをする、出来るだけ自然に行かないと……。いずれ気付くだろうが気付いた時には後戻りできない、そういう風にしないといかん……。
「反乱軍の予備部隊が動き始めました!」
オペレータの声が上がった。同盟軍が仕掛けてきたのは戦闘再開から十四時間を過ぎた時だった。同盟軍の後方に有った予備部隊、おそらくビュコックの直率部隊だろうが二千隻程の艦隊が動き始めた。パエッタの後方を通ってミュラーの側面、或いは後方に出るつもりだろう。偉いよな、この状況で十二時間も耐えるかよ、ビュコック爺さん本当にしぶとい……。それともしびれを切らせたかな。
「各艦隊から通信! いかに対処すべきか、指示を願う!」
感心してもいられんか、あの艦隊が後方に出れば厄介な事になる。なるほど、カールセンを動かすよりはビュコックの直率部隊を動かした方が安全で効果が有ると考えたようだな……。こっちは予備が無い状態だ、そこを突いて来た。さて、どうするか……。例え二千隻でもビュコックが指揮しているとなれば油断は出来ない。
「メルカッツ参謀長、こちらから兵を出して対処しようと思いますが?」
「こちらからですか?」
ザワッとした。驚いているな、メルカッツだけじゃない参謀達皆が驚いている。
「利用しようと言うのですな」
頷く、その通りだ、これを利用してヤンを引き摺り込む。
俺の考えが分かっている所為だろう、参謀達は無言で俺とメルカッツを見ている。今度はメルカッツがゆっくりと頷いた。
「……分かりました、ブラウヒッチ提督を出しましょう」
皆が息を呑んだ。ブラウヒッチは本体の右脇に居る。一つ間違えば突破されるだろう。勝負どころだとメルカッツも見ている。
「……ブラウヒッチ、ルッツ、ワーレン、ミュラー提督には私が指示を出します。艦隊の再編は参謀長が、迎撃は私が指示を、再編終了次第参謀長も迎撃を指示してください」
「了解しました」
俺とメルカッツがオペレータに指示を出してゆく。ルッツ、ワーレン、ミュラーは眉を顰めたが何も言わなかった。連中も俺がこれを利用しようとしていると分かったのだろう。俺が皆に後退するように指示を出す。
ブラウヒッチは多少騒いだ。ここで陣を崩して大丈夫なのかと騒いだが、ビュコックに後ろを突かれればそれで終わりだと言うと黙りこんだ。まあこの段階で陣を離れるのは不本意だろうな。何と言ってもヤン・ウェンリーと戦っているのだ。このまま勝てばその武勲は最大と言って良い。だがビュコックを放置すれば負けるのは明らかだ。不承不承だが指示に従った。
ブラウヒッチが離脱するのを見るとヤン艦隊が勢い込んで突っ込んできた。突破できれば勝利を得られる、そう思っているのだろう。メルカッツが艦隊を後退させつつブラウヒッチの抜けた穴を塞ごうとする。それを許さぬとばかりにヤン艦隊が攻撃を仕掛けてきた。
「全艦、敵先頭部分を狙え、撃て!」
取り敢えず先頭を叩く! 俺の指示で艦隊がヤン艦隊の先頭部分に砲火を集中した。しかしヤン艦隊は叩いても怯まずに迫ってくる、一体誰だ? アッテンボローか? それともフィッシャーか? 全く厄介な……。続けて攻撃する事を命じた。
ブラウヒッチを引っこ抜いたところでビュコックの動きが止まった。元の位置に戻ろうとしている。なるほど、ビュコックは全体を統括するのが仕事だ、これまでの動きはこちらを動かす為の陽動という事か……。ブラウヒッチから連絡が入った。
『どうしますか、攻めるのか、戻るのか、指示を頂きたい』
さてどうする、攻めかからせるか? 戻らせるか? ビュコックにぶつけるという手も有るが厄介な事は戦術指揮能力では向こうの方が若干上だと思える事だ。万一負けたらとんでもない事になる。
しかし戻すのも混乱するし、戻した後またビュコックにかき回されてはかなわない。むしろこちらの予備として温存すべきだ。その方がビュコックに対する牽制にもなるだろう。
「その場にて待機してください。同盟軍の予備が動いた時対応してもらいます」
『……了解しました』
ブラウヒッチは戦闘に参加したいのだろうな。自分自身でおこなった準備を忘れて無闇に突進すると評価されてる男だ。しかしここは我慢だ、我慢してもらう。
ヤン艦隊が益々攻撃を強めてきた。爆発する閃光がスクリーンの彼方此方に映る。予定通りだ、予定通り、慌てる事じゃない。ヤンはかなり深く攻め込んできた。ここからの退却は簡単じゃないだろう、逃げたくても俺が逃がさない。あとは味方の来援を待つだけだな。頼むから早く来てくれよ、俺が生きているうちに……。
帝国暦 490年 5月 4日 ガンダルヴァ星系 ブリュンヒルト コンラート・フォン・モーデル
状況は良くない、いや正確には想定通り良くないと言うべきなのかな。ヤン艦隊は僕達の艦隊の奥深くまで攻め込んでいる。さっきブラウヒッチ提督の艦隊を外しちゃったからね、それに付け込まれた。もっともこっちもそれを利用してヤン艦隊を引き摺りこんだのだから本当のところはどっちが優勢なのか、今一つ良く分からない。
緊張するなあ、結構近くで爆発する艦とか有るし大丈夫なのかって思ってしまう。皆は緊張してないのかな? お水でも用意しようか……。
「結構厳しく攻めてきますね、ブリュンヒルトも危ないかな」
頭領だった、のんびりした口調だったけどとんでもない事を言っている。皆顔を強張らせているよ。僕達からは後ろ姿しか見えないけどどんな顔してるんだろ。
「大体この艦は目立ち過ぎですよ、一体何でこんな艦を作ったのか、理解に苦しみます。まるで敵に撃沈してくれと言ってるようなものですからね」
「頭領……」
ゾンバルト副参謀長が声を震わせて注意した。眼が飛び出しそうになってる。でも頭領は振り向きもしない。皆が吃驚してるなんて気付いていないみたいだ。
「ローエングラム公がこの艦を貰った時は未だ軍の実力者じゃなかった、どちらかと言えば軍の嫌われ者だった。この目立つ艦に乗って撃沈されてしまえとでも思われたかな。まああの性格だからそれもしょうがないか」
あーあ、皆呻き声を上げているよ。なんかスクリーンに映る爆発なんかどうでもよくなってきた。頭領の発言の方が爆発してる、被害甚大って感じだ。
「エンメルマン大佐」
「は、はい」
「旗艦を移すとすればどの艦が良いか、ふさわしい艦を幾つか見繕ってくれませんか」
「……」
エンメルマン大佐が固まっている、身動きできない……。代わりにクリンスマン少佐がつっかえながら頭領に問いかけた。
「そ、それは、この艦が反乱軍に撃破されると、いう事でしょうか?」
ようやく頭領がこっちを向いた。眼が悪戯したみたいに笑っている。
「そうじゃ有りません。こっちから突っ込ませてヤン艦隊に撃沈させるんです。同盟軍はこの艦を撃沈すれば撤退に移ろうとしますからね、向こうの攻勢を止める事が出来る。まあ直ぐ逃げたと分かるでしょうが態勢を立て直す事が出来るでしょう」
はあ、この艦を囮に使うの? 皆目を白黒させているよ。参謀長もびっくりしている。
「し、しかし、ブリュンヒルトは総旗艦で……」
「気にする事は有りませんよ、クリンスマン少佐。ブリュンヒルトは実験艦として作られた艦です。戦闘データはローエングラム公が十分に取りましたからね、後は敵の攻撃に対しどの程度耐えられるか、耐久力の確認だけでしょう。丁度良い、これが大規模な会戦としては最後の戦いでしょうからここでやってしまいましょう」
え、あの、やってしまいましょうって……。
「ヤン・ウェンリーはゲリラ戦を展開しつつ帝国軍に決戦を強いました。見事ですよ、だから意趣返しにこちらは逆をやりましょう。決戦しつつその中でゲリラ戦を展開する。同盟軍の勝利条件は艦隊戦で勝つ事では無くローエングラム公を殺す事です。さて、ヤン・ウェンリーは私を見つける事が出来るかな……」
頭領がクスクス笑い出した。怖いよ、僕ようやく分かった。頭領は怒っている。しつこく攻めてくる同盟軍、いやヤン・ウェンリーに怒っているんだ。皆も僕と同じ事を考えたと思う、総旗艦ブリュンヒルトの艦橋には頭領の笑い声だけが流れた。
宇宙暦 799年 5月 4日 ハイネセン 最高評議会ビル ジョアン・レベロ
「それで状況はどうなのかね、本部長」
「同盟軍は攻勢をかけています。ヤン・ウェンリー提督率いる第十三艦隊はこれまでになくローエングラム公に肉薄しているようです」
「そうか」
クブルスリーの表情は決して暗くない、口調にも力が有る、状況は優勢なのだろう。しかし問題は勝てるかだ。
「勝てるかね」
「同盟軍の指揮官でローエングラム公と戦って勝てる人間が居るとすればヤン提督だけです。油断は出来ませんが今現在ヤン提督は優勢に戦いを進めています。問題は時間でしょう」
「そうか、問題は時間か」
確かにヤン・ウェンリーは名将だろう。圧倒的な戦力差をはね返し帝国とほぼ互角の条件での決戦にまで持ち込んだのだ。時間か……、帝国軍は早ければ八日か九日には戻って来るはずだ。残り四日から五日……、何とも厳しい。溜息を堪えた。
「議長閣下」
「何かな、クブルスリー本部長」
「気になる情報が有ります」
クブルスリーの表情が厳しい。気になる情報とは良くない情報の事だろう、一体何なのか……。
「リオヴェルデの補給基地を攻略した帝国軍がバーラト星系に向かっているという報告が有ります」
「……間違いないのかね、それは」
クブルスリーが頷く、思わず溜息が洩れた。何時かは来ると思っていた、とうとう来たか……。
「あとどのくらいでハイネセンに来るかな?」
「四日から五日と見ています」
「……四日から五日、帝国軍がウルヴァシーに戻るのと同じ頃だな」
「はい」
また溜息が出た。クブルスリーが厳しい表情で私を見ている。気を引き締め直した。
「ヤン提督が勝てばどうなるかな、帝国軍は引き上げるか?」
クブルスリーが首を横に振った。
「分からないとしか答えられません、引き上げるかもしれませんがそのままハイネセンを攻略する可能性も有ります」
そうだな、その通りだ。甘い観測を持つべきではない。
「その時は我々に対する処分は過酷なものになるだろうな。同盟は滅び私も君も死ぬ事になるだろう」
「はい」
「だがヤン提督が勝てば、ローエングラム公が死ねば、自由惑星同盟は、民主共和政は復活する事が可能だ」
クブルスリーが頷いた。
「私はその可能性に賭ける。その可能性が有る限り、私に絶望は無い」
「私も同じ想いです」
私が頷くとクブルスリーも頷いた。死は覚悟している、恐れるべきものではない。だから、私に希望を与えてくれ、それだけが私の願いだ……。
ページ上へ戻る