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ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―

作者:チトヒ
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Episode2 穏やかな朝




朝、アラームの音にゆっくり意識が覚醒する。ゲームに囚われてからなんとなく浅い眠りしか経験していなかったから、久しぶりにぐっすりと眠った。それを証拠に体を動かすのも重い気がする。……いや、実際重い。より具体的に言うと左腕が微動だにしない。

(……金縛りか?)

現象的には間違いないはずだ。意識はあるのに体が動かない。ただ問題なのは、それはゲームの中でも起こり得るのか、ということだ。

もしもこれがシステムの不具合だとしたら?このまま俺の体は動かないかも知れない。そんなふうに憶測するとスーッと頭の芯が冷えるような感覚に襲われた。

「ふやぁ…」

謎の声が俺の左耳を直撃した。あまりの近さに体をびくつかせる。だが、ビクッとした拍子に動かないのは左腕だけだと気付いた。ついでに自分の左がどんな状態だったのか思い出した。

「あぁ…なるほど」

眩しさに少々苦労しながら目を開けると、すぐそばに気持ち良さそうに眠るアカリの顔があった。何がそんなに楽しいのか、眠っているにもかかわらず口元が綻んでいる。

そして、俺の左腕は二の腕のあたりを枕にされ、ついでに彼女の両手にがっちりホールドされていた。確かにこれでは動かないわけだ。

「おーい、起きてくれー」

睫毛長いなぁー、と定型文的に思い浮かんだ感想を無視しアカリを起こしにかかる。しかし、「ふみゅー…」と謎の声を挙げてさらに腕を握り締められた。微動だにしないどころかむしろ痛い。

「なぁ、起きてくれよ。アカリさーん?」

体を捻り、右手でアカリの肩を叩いてみる。必然先程までより顔が近付く。…ちょっと照れるかもしれない。

「頼むから起きてくれよ」

今度は頭をわさわさと撫で回してみる。するとすぐに反応があった。やんわりと閉じられていたまぶたがぴくつき、小さく欠伸をしたあとしっかり目が開く。

「へぅ…カイトさんだ。…えへへ、おはようございます」
「あ、あぁ。おはよう」

屈託のない笑顔を見せるアカリにさっきまで妙にテンパっていたのがどこかに消えてしまった。

「あっ、おみそ汁作りますねっ!」
「おう……はい?」

寝起きが非常にいいらしいアカリが即座に俺の横から起き上がり、机にコンロとナベと水瓶と何かの袋を出す。


「えっと?」
「ちょっとだけ待ってくださいね」

状況の急転換についていけずそのままの状態でフリーズしている俺をよそにアカリが何やら作業を進める。

ナベに水を注ぎ火にかけ袋を開けて謎の実を入れると、驚いたことにすぐ懐かしい匂いが漂ってきた。

「うわっ、ホントに匂いはみそ汁だ」
「そーですよー。はいっ!」

木の器に注がれた液体をアカリが差し出す。微妙に気怠い感じの残る左腕を伸ばしながらベッドの上で上半身を起こした。受け取ったスープは匂いは確実にみそ汁のそれなのだが、色が何故か真緑とカオスだ。

「飲んだらほっとしますよ?」

というアカリはさっきからフウフウしながら木のスプーンで直接ナベから飲んでいる。

あぁ、俺に器を譲ってくれたんだ…

一気に警戒心がなくなり緑の謎スープを口に含んだ。

「なるほど、確かに美味しいな」
「ですよね、えへへっ!」

まごう事なきみそ汁だった。おそらく、ソロでいる間に見つけたんだろう。いろいろ込み上げてくるものをみそ汁とともに一気に飲み下した。

「ごちそうさま」
「はい、ごちそうさまでしたっ!」
「さてと」

アカリがあっちを向いて片付けをしているうちに装備を冒険用に変更する。こちらを振り向いたアカリが目を見開いた。

「マジックですかっ!」
「いや、違うよ。そっか、アカリはずっとそれだからな」
「えへへ、本当はもっと服変えてみたいんですけど…」

歯切れ悪く終わった言葉の先を想像する。

(買いにいけなくて…ってことなんだろうな)

「よし、今から服を買いに行こう!」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん、行きたいだろ?」
「はい!ありがとうございますっ、カイトさん!」




昨日も世話になった装備屋をアカリを連れて訪れて、10分も経たずに店を出た。アカリの決定が非常に早かった。

「ホントに、ホントに似合ってますか?」
「あぁ、似合ってるよ」
「ホントですかっ!やったぁ!」

灰色から白のワンピースに着替えたアカリが店を出たところでクルクル回る。心のそこから嬉しそうに笑うアカリにこちらもつい微笑ましい気持ちになる。

「カイトさんはこれから何かあるんですか?」
「俺はこれから迷宮区だけど…」
「一緒に行きますっ!」
「…だよなぁ。ま、いっか」


気分が浮ついていたせいか、非常に楽観的な思考が働いた。俺もアカリもソロでだって迷宮区をうろつけるのだから大丈夫だろうと思った。…結果として個の楽観は間違いだったようだ。




「…謝るつもりにでもなったのか?」

迷宮区の入り口にはしたり顔のハズキが待ち受けていたのだ。



 
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