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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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八話

 重い足を引きずり、レイフォンは孤児院に向けて道を歩く
 その様は見るからに危うく、思考に没頭しているようにも見える
 そんなレイフォンの頭の中には、先ほどの光景が浮かんでいた









「お前さんに出てもらうのは、今日を最後にしてもらおう」
「————えっ?」

 ある程度定期的に開かれる闇試合。いつものように試合を終え、今日の出番が終わり裏に下がったところ、責任者らしき人物に言われた言葉にレイフォンの思考は止まる

「それは……どういう……」
「そのままの意味だ。今日を最後に、お前さんにはもう試合に出ないでもらう。出禁ってこった」
「ど、どうしてですか!?」
「———坊主。お前さんはな、勝ちすぎたんだよ」

 動揺を隠しきれずに問い返したレイフォンに、男は軽く息を吐いて答えを返す

「神から与えられただなんざいわれる力を使う奴らが、その力を後ろめたく使うところを見たいだなんてニーズもあろうよ。だがな、それでもこれのメインは賭け試合、つまりはギャンブルなんだよ」

 どこか静かに、出来の悪い子供を諭すように男は淡々と話す

「金を賭けてリスクを負い、その分のリターンを望み危機感に身を焦がす。失敗すれば次こそはきっと次はといくのがギャンブルだ。それだというのに“勝ち続ける”奴がいて賭けが成り立つわけがない。表なら称賛されこそすれ、ここじゃそれはご法度だ。続けば、客足も減るだろうよ。ワンサイドゲームは続かねぇ」

 どう転ぶかわからないが故のギャンブル。だからこそ、“勝ち続ける”という者は邪魔でしかない

「無論、そもそもの客がいなけりゃ話にならん。だからこそ、今まではお前さんのその若さを売りに客を呼んでいた。まだ幼い子供が、並み居る大人たちに快進撃の嵐ってな看板でな。だからこそ、お前さんの勝ちを止めるわけにはいかなかったが、もうこれ以上の集客は望めん。……知ってるか? 既にお前さんの試合に関しては、客足が遠のき始めている。ここらで潮時だ。一年と半年、良く持ったもんだ」
「で、でも。なら僕が負ければ!」
「それをやれば最悪だよ」

 朧げながらも、自分が勝ち続けたことに問題があるなら、とレイフォンが必死の思いで言った言葉は否定され、男は小さく首を振りながら答える

「お前さんの強さは既に周知の事実だ。だからこそ客が減っている。それだというのにわざとらしく負けたら、八百長だと宣言するようなものだ。信頼の問題になる」
「ならっ………!」

 歴戦の強者が負けるパターンなどさほど多くはない。自分以上に経験と鍛錬を積んだ上の者に敗れるか、後からきた才能有望なものに乗り越えられるか
 今の今まで勝ち続けた以上前者はありえず、そしてレイフォンの年を考えれば後者もまたありえない
 何か考えはないかと必死で頭をめぐらすが何も思いつかない
 そんなレイフォンを見、男は苦笑して持っていた袋をレイフォンに手渡す

「もう無理だ、諦めた方がいい。少なくとも一年は置かなきゃ出すわけにはいかんよ。これは今回の分の賞金と、手切れ金だ。お前さんには随分と稼がせてもらったからな。色を付けさせてもらったよ」

 渡された袋は重く、今までに受け取ってきたどれよりもはるかに多いことをレイフォンに実感させる
 だが、それでも諦めきれないレイフォンの表情を見て、男は再び苦笑してレイフォンの頭に手を乗せる

「坊主。なんでお前さんがそんなに金に執着するのか、俺には分からん。だが、どうせ一年は出られねぇんだ、出稼ぎにでも言ったらどうだ? 聞いた話じゃ、他の都市じゃ有能な武芸者はここより数が少なく重宝され、ずっと払いがいいらしいぞ。お前さんの強さなら問題はあるまい」

 もっとも、まだ早いかもしれんがなと男は呟く
 何も言えず立ち尽くしているレイフォンをその場に残し、男は自分の持ち場へと戻っていく

「じゃあな。また、機会があったら会おうぜ」

 背後から聞こえてきた小さな足音に、男は別れの言葉を告げる
 その答えは返ってこず、扉の開く音に振り返り、小さく締まっていく扉を見ながら呟く

「……もしも、お前さんが天剣授受者だったなら……きっと、居続けられただんろうな」

 小さく呟かれた言葉に気づくものは居らず、扉は僅かに軋む音を立てながらしまっていった


















(出稼ぎ……かぁ)

 あの時の言葉が何度となくグルグルグルグルと頭の中を巡り、レイフォンの思考を埋める
 あの夜から数日間の間、考え続けた
 今まで考えの片隅にはありながらも、本腰を入れて調べたことはなかった出稼ぎのことについて、時間をかけて調べた
 なれないことについて頭を使い、時には頭痛を覚えながらも調べ、そして行くことに決めた
 少ないながらもあった用意するものも買った

 既に闇試合からの追い出しを受け、一月以上が立った今日、その旨を養父に伝えた
 自分の意思を伝えた。自分が貯めた貯金をすべて当てれば、少なくとも向こう数年は孤児院を運営することができること。汚染獣の脅威こそ少ないものの、他都市では力のある武芸者はここよりも得られる給金が多いだろうこと
 押し殺した静かな空間の中、様々な言葉の応酬を重ね、長くとも一年半を条件にレイフォンは許可を得た
 養父によると、養父の兄弟子も外に出ており、かつて自分にも外への憧れの様なものがあったらしく、 これはサイハーデンの宿命の様なものだなと言って苦笑していた
 そして今、レイフォンは目下最大の壁、リーリンのもとに向かっている











「もうすぐ、出るの?」
「……知ってたの、リーリン」

 話があると告げ、自分に帰ってきた言葉にレイフォンは驚いた

「うん。一月半ぐらい前からかな。レイフォン何か悩んでたでしょ? 色々調べたりしてるみたいだったから、どんなこと調べてるか見てみたんだ。だから私は知ってたよ。お父さんは、気づいてなかったみたいだけど」

 調べたものを見つからないようにはしていたものの、孤児院の中にある以上、リーリンの目を欺くことは出来なかったのだとレイフォンは理解する

「お父さんには、もう言ったの?」
「うん。許してもらえた。サイハーデンの宿命みたいなものだって言ってた」

 僅かに口元を上げた、見れば微笑を浮かべているような表情のはずなのに、レイフォンはリーリンが笑っているようには見えない

「稼ぎ頭のレイフォンが出ていくだなんて、どうするつもりなのよ?」
「それなら大丈夫だよ。僕の貯金を全部使えば、数年は問題ないはずだから」
「……どうしてそんなに持ってるの?」

 大体どのくらい維持費にかかるか知っているリーリンは、それがどれだけの金額なのかが分かり、驚愕の表情を浮かべる

「実はその、サヴァリスさんのお金とかがあって……」

 流石に闇試合のことを言うわけにもいかないため、別の理由でごまかすために今まで言わなかったサヴァリスとのことについて話す

 実際、これはまるきり嘘というわけではない
 最初にサヴァリスに目をつけられてからもはや既に一年以上。それだけの間に何度となく襲撃され追い回され、時には傷を負った時もあった
 どうやらそのことについての謝罪として、女王がサヴァリスの給金など諸々をレイフォンに回したらしい
 ある日、理由もなく大金が振り込まれていたことに疑問を抱いたレイフォンが、いつものように出てきたサヴァリスに聞いて知ったことだ
 それを聞いて一瞬喜んだが、サヴァリスの襲撃が王家公認であることを理解し絶望した

「そ、そうなんだ」

 そのことなども含め、余りの内容にサヴァリスのこと等を聞いて顔を引きつらせるリーリンに、レイフォンは乾いた笑みが浮かぶ
 ……けっして、出稼ぎに行く理由はサヴァリス達から逃げるためではない。けっして
 ちなみにティグリスからは孫の相手をしてもらっているということで、そこそこの金額を小遣いの様にもらっている

「でも、ずっとじゃないんでしょ?」
「父さんと話して、長くても一年半って決まったから大丈夫だよ」

 一年半。放浪バスの都合で二年ほどになったとしても、それくらいならば十分に持つはずだ

「行く必要はあるの?」
「調べたら、他の都市の方がたくさん貰えるみたいなんだ。戦う機会は減るみたいだけど傭兵とか、色々あるみたいだから。まとまった金額が入れば、ずっと大丈夫になる」

 汚染獣の遭遇頻度は少ないらしいが、それでも様々な仕事があり、質の高い武芸者には高い金額が払われるらしい
 そもそも、他都市との交流が少ないグレンダンにおいて傭兵など意味をなさず、仮に武芸の教導などをしようとしても、武門が多すぎてここではなりたたない

「……いつ頃、行くの?」
「放浪バスの予定から、大体後一週間くらいかな」

 残りは大体後七日。クラリーベルなどにも伝えなければならない

「……帰って、来るのよね?」
「うん、必ず帰ってくる」

 顔を伏せてしまったリーリンに対し、力強く答える

「……レイフォンがいない間、家事が大変になっちゃうね」
「ごめん」
「……レイフォン、外に行くの初めてなのに大丈夫なの?」
「放浪バスに乗れば、後は何とかなるよ」
「……汚染獣に襲われたりしない」
「そしたら倒すよ。サヴァリスさん相手に逃げてきたんだ。やられないよ」
「……っ! 死なないよね?」
「うん、絶対に生きて帰ってくる」

 俯き、肩を小さく震わせるリーリンに近づき、レイフォンは強く断言する
 近づいてきたレイフォンの手を、リーリンは強く、両手で包み込むように握る

「一回で貯まるかわからないけど、十分なだけ貯まったら、もう行かないから。約束する」
「……うん。約束、破っちゃいやだからね」

 俯いた顔から一滴の水滴が流れ落ちる
 リーリンがその顔を上げるまで、二人の手は繋がれたままだった





















 左右から振るわれる刃を意識し、体を低くする
 袈裟がけに振るわれる右を復元した剣を持って受け流し、時間差で襲いくる左が届くよりも早く相手の体に接近、肩の部分に拳を当てることで左の刃の軌道をずらし、前方に向かい勢いのついたその体を蹴り後方に離脱
 一瞬前まで自分がいた空間を薙ぎ払う上空からの拳による一撃を回避。続けざまに放たれる蹴りによってとばされた外力系衝剄を剛剣でもって叩き潰し、その衝撃でもって一瞬の浮遊の後後方に着地する

 僅かな滞空時間の間に既にバランスを取り戻した相手によって衝剄が放たれ、数多の閃断による点ではなく面の攻撃を真っ向からの突撃を持って突破、同時に疾影でもって気配を振りまく
 そのまま前方に進むのに対しほぼ真横から拳が振るわれ、体をひねって回避しようとするのと同時、腕の動きを利用しての蹴りが向けられる
 それを地をけることで避けようとするのに対し、軌道を変更した相手の蹴りが追跡、的中しゆらぐ体、 千人衝でもって作られた剄の体を突き抜ける
 既に疾影の時に千人衝を使うと同時、殺剄でもって後方に下がっていたレイフォンは一息つく

「流石です、レイフォンさん」
「クラリーベル様がいるため、普段よりは抑えているとはいえなかなか。これだけの連携を避けきるとは実にいいですね」
「あの、感心してないでやめてほしいんですけど……」

 明日に迫った出立の日。クラリーベルには告げようと思い話したのが運のつき。どこで聞いていたらしいサヴァリスが現れ、今に至る

「いえいえ。明日には行くというのですから存分に殺しあ……手合わせをしておきませんと。出来れば避けるだけでなく、全力で来てもらいたいですよ」
「ええ、まったくです」
「……遠慮させてもらいます」

 避けるのに全力です
 相変わらず過ぎる二人に呆れる。リーリンに告げた時と比較するとその差はなんなのだろうか
 明日には出ていくからだろうか。今日の二人はいつにもまして激しく、既にある程度の時間戦っているにもかかわらず隙がろくになく、距離を取るにも一苦労した

 だがなぜだか、今日が最後だと思うといつも程のツラさがないのが不思議だ
 ……本気で出ていく理由の大半が、サヴァリスから逃げるためじゃなかろうかと一瞬、自分で自分を疑ってしまう
 そして今、二人とレイフォンの間には十分なだけの距離がやっとあいている。この機会を逃すつもりはない
 告げることは告げたのだ。さっさと逃げるのが今出来る最善策
 三十六計何とやら

「では、僕はこれで」

 保ったままだった剛剣を地面にたたきつけ土煙を巻き起こす
 それで姿が隠れると同時、疾影と千人衝を同時に展開。本体は路地に入って殺剄を使って走りだし、囮が一瞬でやられたのを感じながら逃げ出していった





















「あ〜あ。結局無駄になっちゃったかぁ」

 王宮の庭園。先日、正式に自分の影武者となったカナリスに今までサボって積まれまくっていた政務を任し、彼女が執務室で缶詰状態であるのをいいことにお気に入りのここでアルシェイラはベンチに横になっていた 
 そうして呟かれた言葉は非常につまらなそうなもの
 何せ珍しく彼女自身が動き、自発的に開こうとしていた大会がおしゃかになったのだ
 予定道理ならば二か月後には天剣授受者決定戦が開かれ、力を隠そうが隠さまいがお構いなしで優勝するだろうレイフォンを迎え入れる予定だったのに、彼の出立によってそれが意味をなさなくなったのだ

 出来るならもっと早く知りたかったのだが、この前まではカナリスの件で動き、それが終わってからは自発的に動いていたせいでデルボネに教えてもらうのが遅くなり、知ったのは昨日
 デルボネはもっと早くから知っていたらしいが、進んで教えてくれるようなことはしなかった
 聞くところによると「それもいい人生経験」らしい。早すぎる気もするが、なんでも辛い経験が子供を 一回りも二回りも大きくするとか。確かに実力の面からみれば他都市では間違いなく最強と言える以上、実質的な危険などは少ないだろう
 過去、他都市からここグレンダンにやってきた彼女には何か思うところでもあるのかは知らないが、もっと早く教えてもらいたかった

「しかしそうすると暇ね〜。……レイフォンの孤児院の子、確かリーリンちゃんだったかな? クララと一緒に行ってイタズラでもしてこようかしら」
『あらあら。カナリスさんは置いてけぼりですか?』
「なによデルボネ。あなたが早く教えてくれればよかっただけじゃない」
『陛下が自分から動くことはあまりありませんからね。やる気をそぐようなことは言えなかったんですよ』

 念威端子から届いてきた非常に楽しげな声にげんなりとする
 確かに、もっと早く知っていたらとっとと投げ出して自堕落な毎日を過ごしていたかもしれない

『しかし、これで少し寂しくなりますね。クラリーベルもレイフォンさんと仲良くしていましたから、寂しがるでしょうね』
「……あの子の場合だと、次に会うときには見返してやるって燃えそうだけどね」
『そうかもしれませんね。今のあの子には、憧れの気持ちの方が強いようですからね』
「憧れの相手に切りかかるってのはどうなのよ……?」
『子どもというのは、気になる子にはちょっかいをかけたがるものですよ。ほほえましいことです』

 普通、それは性別が逆ではないだろうか

『それにしても……陛下が何もしないとは思いませんでしたよ。てっきりレイフォンさんの出立の邪魔でもするのかと思いましたが』
「それも考えたんだけどね……ほら、前に下の者のことも考えろって言われたじゃない? ま、どっか他に盗られるってわけでもないしね………一年やそこらで帰ってくるならいいわよ。次は逃さないけど」

 直属の剣である天剣でもない、今のところただの一般市民でしかないレイフォンのことを強引に邪魔するのもどうかと思っただけ
 少し前の反乱の際に言われたティグリスの言葉が、少しだけ影響した。ちゃんとグレンダンに戻るなら気にすることではないだろうと決断づけた

『陛下も成長しましたね。他を思いやるという心は、非常に大切なものです』
「……前々から思ってたんだけど、あんた達って私のことどう思ってるのよ?」

 まったく。私の剣どもは私への敬意が足りない。アルシェイラはどうにもならない現実を前に、そう嘆いた
 同じ顔の女性が泣きながら来るまで後十分




















「やっぱり、止めない?」

 都市の外縁にまで来れば、巨大な足が大地を踏みつけ、蹴りだす音があたり一帯に響き渡る
 だからこそ、その音にかき消されないようにと大きくなる声がレイフォンの耳に届く

「……どうしたの、リーリン?」

 既に行くことは話、了承も得たはずなのに行く直前になってかけられた言葉にレイフォンは困惑する

「……うん。わがままだっていうのはわかってる。レイフォンが孤児院のために行こうとしているのも、絶対に帰ってくるのも分かってる。……でもやっぱり私、レイフォンがいなくなるのは寂しいよ……」

 そういい、少しだけ顔をゆがませる
 幼いゆえの不安定さゆえだろうか。見た目よりもずっと精神的に大人びているリーリンが、一度は納得したことを再び蒸し返そうとするのは
 ここには彼女と自分しかいない。来るはずだった養父は、他の子どもたちを抑えるために孤児院に残っている
 そんな幼馴染の心境を、理解は出来ずとも察することは出来たのか、停留所に向かっていた足を止め、レイフォンはリーリンに近づいて今度は自分からその手を握った

「手紙も書くよ。絶対に帰ってくる。……約束、絶対に守るから」
「……うん、わかった。わがまま言ってごめんね?」

 その手に触れ、その力強い心に安心したのか柔らかくなった顔でリーリンがそう告げる
 それを確認し、歩き始める
 もう言葉はいらない。大きなバックと、手に持てる小さなポーチ一つ持ち、レイフォンは歩き出そうとし—————


「待ってください!!!」


————聞きなれた、大きな声に再度足を止めた







————人が降ってきた。否、とんできたというのが正しいだろう
 地を蹴り、全力でここまで来たのだろう。降りてきた相手———クラリーベルは息を乱し、汗を顔に浮かべて肩で息をしている

「……どうしたんですか、クラリーベル様?」

 突然の乱入に、自分でも困惑した声が出ていると理解できる
 そんな自分の声に、息をある程度整え終えたのだろうクラリーベルが顔を上げる

「ハァ、ハァ……今日出る、ということなので、言いたいことがあるので会いに来ました」
「? なんでしょう?」

 まさか彼女も行くなとでもいうのか。なまじ実力がある分、警戒を強くする
 そんな自分に気づいているのかいないのか。クラリーベルが錬金鋼を取り出し復元したのに意識をこわばらせ、そして気づく
 双剣使いであるはずの彼女が、一つしか復元していないことに

「私は、もっと強くなります」

 右手に握った緋色の剣を横手に突き出しながらクラリーベルは宣言する

「鍛錬を欠かさず、抜打ちを高めます。ギャバネスト卿の指南を得て、化錬剄も習得して見せます。何度となく戦って、経験も積んで見せる。———そして」

 緋色に美しく、されど脆弱さなど感じさせぬ愛剣を片手に視線をそらさず、強い意志を込めた眼差しで告げる

「———あなたに追いついて見せる。私の初陣の時見せた、あの場所までいつか上がって見せます。同じ高さまでたどり着いて見せる」

 そして表情を崩した彼女は、柔和な笑顔を浮かべる

「だから、帰ってきたらまた戦ってください」

 その願いは無邪気で、そして純粋で—————今まで何度となく困らされたのに、断る言葉など不思議と浮かんでは来なかった
 だからこそ自然と浮かんできた笑顔でもって答えを返す

「ええ、分かりました。楽しみにしています」
「ありがとうございます。……ああそれと、クオルラフィン卿もよろしくと」

 そちらは是非とも遠慮したい。純粋でもベクトルが違いすぎる

「それはちょっと………そういえば、サヴァリスさんはどうしたんですか?」

 思えば、ある意味一番の大敵になりそうなのに見えない姿に疑問を覚える

「クオルラフィン卿ですか? 彼なら、ここに来る前に陛下に顔面を掴まれている姿を見ましたけど」
「」

 フェイスクラッチで天剣を落とす。まだあったことのない女王に対し、畏怖の念が浮かんだレイフォンだった






「では、そろそろ僕はこれで」
「はい。ではまた」

 そういい、今度こそ停留所の方に向かう
 既に出発の準備が済んでいたバスに乗り込み、席に座って振り返れば二人の姿が見える
 こちらに向かって大きく手を振り、そして二人は何か話しながら帰って行った
 自分が最後だったのだろう。それを見送るのと同時、バスは扉を閉め出発していった

















 グレンダンではレイフォンはトップクラスの実力者だった
 年齢が低くとも戦場に出ることを許され、金銭を得ることが可能な環境
 武芸が盛んであるが故、実力が高いものはある意味大人にも等しい扱いを受ける環境
 そしてレイフォンは何年も戦い、天剣を除けばまず間違いなく最強だった戦績。孤児院の稼ぎ頭だった事実
 だからこそみな気づかなかった。否、忘れてしまっていた
 ……常識的に考えて、十二歳というのは他都市では保護対象なのだということに。グレンダンが異常なのだということに

「……仕事が、ない」 INヨルテム

 レイフォンの苦労はまだまだ続く


 
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