鋼殻のレギオス IFの物語
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七話
「クソ……」
小さく呟かれた言葉と同時、手の中にあったグラスが割れる
ここはグレンダン三王家の一つ、ユートノール家の一室にして若き当主である彼、ミンス・ユートノールの寝室
そこにいる彼、ミンスは手に刺さった破片による痛みなど気にもせず、目の前にあるテーブルを今にも投げ出しそうな衝動に駆られながら、何とかこらえ拳を叩きつけるだけに抑える
だが、武芸者であるミンスの耐えられず、勢と技術を凝らした木製のテーブルは、ドン!という共に放射状に罅が入り砕け散る
そんな事など既にミンスの意識には無く、何度となく繰り返した言葉を口にする
「なぜ、私ではない……!」
頭にあるのは、つい先日知ったばかりの事
ある一人の少年を、それも自分よりも若い少年を天剣にしようという動き
聞いた話では女王だけでなく、天剣であるティグリスなども一枚かんでおり、ほぼ内定が確定しかけているという話だ
天剣授受者は十二人までであり、今あいている枠は一つ
その最後の枠は自分の為のものであると疑わなかった
三王家であるアルモニス家は、史上最強と謳われる現女王、アルシェイラを有している。ロンスマイア家は天剣であるティグリスを有している
自然、最後の一人は自分であると信じていたし、民の期待も集まっていた
だが、それが歪められようとしている
「これは謀略だ。……ユートノールが、そこまで憎いか」
逆恨みともとれる言葉だが、なんの根拠もなしの言葉ではない
三王家は初代王の血を守っており、結婚相手が武芸者なのは最低条件。また、三王家間で血が離れ過ぎず、また純化されすぎないように一定期間置きに三王家内で婚姻がなされることとなっている
そして、現女王アルシェイラの相手は自身の兄であったが今はいなく、あろうことか一般女性と駆け落ちしてしまった
順序で言うならば、次はミンスのはずなのだがアルシェイラは次を決めなかった
巷では未だ前の相手への恋心を捨てられないだの、自分を捨てた相手を、ひいてはユートノールの家を恨んでいるとも噂されている
そしてミンスは後者を信じており、根拠はそれだけではない
今回のこの事、他の三王家はそれぞれ関わっているということ
女王とティグリス、つまりユートノールを除く他の三王家はこの事に関わっており、聞いた話では従妹であるクラリーベルまでも関わっているという
それだというのに今まで自分には一切話がなく、偶然知ることがなければ今でもミンスは知っていなかった
今現在ユートノール家は自分一人。父は戦死し、母は後を追うように病死した
父の兄弟ならばいる。だが、三王家法では継承順位は低く、もし現当主である自分が死ぬようなことがあれば家を継ぐのは父の兄弟でなく、残り二王家の当主の子の中からということとなる
アルシェイラに子がいない以上、ロンスマイア家の誰かが継ぐこととなる
アルシェイラは合法的にユートノール家を滅亡させるつもりだとミンスは思っている。だからこそ、今の状態がまるでそのことを意味しているかに思え、見過ごすことが出来ない
王家の結婚相手は三王家内にいなければ、次点として天剣授受者の中から選ばれる
単なる遺伝子保持者ではなく、その血の実力を持って
女王の婚約者として、本来の家の立場を取り戻すため
ミンスは家を守るために何としてでも天剣にならなくてはいけなかった。だが、その機会が潰されようとしている。戦う機会すら与えられない
今のミンスにはあと一本が埋まるまでに時間が、まるで断頭台へのカウントダウンにさえ思える
だからこそ、ミンスはこれが謀略だと信じる。女王の悪意なのだと確信する
「ならば、私にも考えがある」
俯けていた顔をあげ、窓から見える風景を睨む。その先にある、王宮を
アルシェイラは自分をいずれ殺すつもりだ。だが、むざむざとそれを受け入れるつもりなどない
追い詰められたものに権威など通用せず、ただ牙をむくのみ
整ったミンスの横顔に、その若さには似合わない凄惨な表情が浮かぶ
「……王が絶対不可侵だと思わない事だ」
傷ついた手から、ただ血が流れていく
「あ、それ僕のー!」
「いーじゃん。かわりにこれあげる」
「すみません、それ取ってもらえますか?」
「これ? はい、どうぞ」
「それ嫌い。返せー!」
「ありがとうございます」
「ええと、あの、その……」
「こら、好き嫌いしないで食べなさい。後、人の物とらない」
「「はーい」」
「……」
「あの、クラリーベル様?」
「そうだ、お味はどうですか?」
「とても美味しいです。 ?どうかしましたか、レイフォンさん」
昼食時。子供が多く大人数故に中々にカオスな空間で、やっと届いたレイフォンの声に反応し、共に席についていたクラリーベルとリーリンが顔を向ける
最近やっと様から抜け出せながらも、さん付けに慣れない中疑問を返す
「どうしてクラリーベル様が一緒に昼食を食べているんですか?」
「そんなの、リーリンさんに誘われたからじゃないですか。あなたもいましたよね?」
少し離れた所に座っている養父が無言でいる理由をさらっと返され、レイフォンは何か変なことでも有ったのかと首をかしげるクラリーベルの方を見ながら記憶を掘り返す
その様子を見ながら、リーリンは今の今までレイフォンが顔に浮かべていた疑問の中身を知り苦笑して思い出す
((最初は、レイフォンが何かしたのかと思ったけど))
リーリンが街中でレイフォンを見かけたと思えば、そのすぐ傍にいたのがクラリーベルだ
剣帯に手をかけながら嬉々としてレイフォンに話しかけるクラリーベルに、凄く困った顔をしながら対応するレイフォン
見る限り荒事にならなさそうだと思い、何かあったのかと近づいて話してみたら知り合いで、何が有ったのか聞こうと思いちょうどよかったので昼食に誘ったのだ
その後の話で特に何かあったわけでもなく、ロンスマイアと聞いて驚いたが、今思えばレイフォンは展開についていけず理解できていなかったのか
ちなみに、自分の養父はロンスマイアの名を聞いて何か思う所があるのか、時折こちらを見ながらいつも以上に寡黙だ
「あの、クラリーベル様は此処にいていいんですか? 家の方に連絡とか……」
「特に問題は有りません。それに、いつも食べているのとはまた別で美味しく、こんな賑やかなのは初めてで楽しいです」
にこやかに返されて反応に困りながらも、その言葉が嬉しいのかほにゃっとした笑顔をするレイフォン。何せ、いつものことではあるが、この料理はリーリンだけでなく自分も一緒に作ったものなのだ
そんな二人を見ながらリーリンは嬉しく思う
レイフォンは日常的なこととなるとやや優柔不断で押しに弱かったりする優しい性格だが、こと武芸の事となると冷たく傲慢とも思えることがあり、幾つもの大会で優勝していることなどもあって院の外に友人と言える相手がいない
その事が少しではあるが心配ごとで有ったリーリンとしては、今回の事は嬉しく思えるのだ
そんな三人と共に、いつも以上に賑やかに思える食事が孤児院の中では進んで行った
「断る。そう告げておけ」
短く答え、手に持つ紙片を宙に離す
リンテンスの手から離れたそれは、物理法則を無視したまま平行移動し、ゴミ箱の上で微塵に刻まれて下に落ちる
その光景にたじろいだ届け人に不機嫌そうに一瞥をやる。いや、そちらを見たのではない。ただ相手がたじろいだ拍子に音が鳴り、そちらの方に僅かに意識を向けただけで男に視点を合わせてすらいない
だが、一瞬体を震わせて相手は慌てて出て行った
男が慌てて出ていくのにきしむ床、その先の階段での衝突音に落下音。一瞬空いてからのけたたましい笑い声が開けたままのドアから聞こえてくる
「うるさい」
呟かれた言葉に従うようにひとりでにドアが動き出し————伸びてきた手に止められる
「まったく、どうやったら一週間でこんなに汚せるのかしらね。驚きのひどさね」
そういいつつ、見ため二十歳前の侍女風の女性が掃除機を構えて入ってくる
女性はそのままリンテンスの横を通り、閉められていた窓を開ける
新鮮な風が開け放たれた窓からか入ってくるが、隣の建物との間にあるゴミ置き場の匂いも運ばれ、鋭敏なリンテンスの嗅覚を刺激する
「埃の数まで増えないと納得できないの? この大量数字マニアめ」
「……六〇四八〇〇秒前にも言った。ほっとけクソ陛下」
「文句があるならもっと良いとこ移りなさい。天剣をこんな場所に置いておくと、アルモニス戴冠家の器量が疑われるのよ。それにその無愛想を崩さないもんだから、派遣した侍女が辞めさせてくれって泣きついてばかりで、この間四十人を超えたのよ」
「だからほっておけ。この会話も四十回目だ」
ソファから動かないままリンテンスが窓を閉めるが直ぐに開けられ、女性———女王アルシェイラは閉められないように窓に絡んだ鋼糸を手で引き?し、手を振り払って絡んだ鋼糸を振り払う
「いつもそんなカッコばかりして、私があげたのはどうしたのよ? ちゃんとあんたの好みに合わせたのに」
「チンピラ映画の見過ぎだ」
「似合うはずよ。あんたに見られてビビらない悪党がいたら見てみたいわ」
くだらない言葉の応酬が繰り返される中、アルシェイラは特有の吸引音を発し始めた掃除機をかける
それを不機嫌そうな、リンテンスにとってはいつも通りの視線で見ながら、小さく呟く
「命を狙われているぞ」
「知ってるわよ」
アルシェイラが手を止めぬまま軽く返す
「自分の程をわきまえないから、馬鹿は困るわね」
「天剣を抱きこもうとしている」
「そこが馬鹿の馬鹿たる所以よね。ダダ漏れじゃない」
「お前に不満持たない天剣がいないわけじゃないだろう」
「だから何?」
かつての王の代において、他の都市の武芸者を天剣に迎え入れた例はさほど多くなく、精々一代につき一人
しかし、現女王のアルシェイラは違う。リンテンスを始めとしカウンティアとリヴァース三人をまたたく間に天剣に迎え入れた
実力主義が信条の武芸者とはいえ、閉鎖社会であるこの世界において様々な物は馴染むのに時間を必要とし、今の現状は由緒正しいグレンダンの武芸者一族たちの不評を買っている
しかし、その上でアルシェイラは一切動じずに言い放つ
「不満を持つ、気に入らない、だから潰す、大いに結構。文句があればかかってくればいい。王家と言っても所詮、当時一番強かった武芸者の血筋だったと言うだけ。自分の方が強いというのなら力で踏みにじればいいのよ。その全てをたたきつぶすのが私の役目だわ」
それに、とアルシェイラは言葉を続ける
「強さを持たぬ武芸者なんて意味がないのと一緒。それだっていうのに相続がどうだ、三王家の威信がなんて思うなんててんで的外れの考えよ。最後の一人だからってなんだっていうのかしらね。そうでしょう?」
まるで似合わない掃除機を使う姿のまま、そう宣言する
そんなの当たり前だとリンテンスは思考する。生まれながらの王、生まれながらの強者としての格を持つ彼女が、誰かに従うという侍女のスタイルに合う訳がない
「まあ、馬鹿がどんな風に踊ってくれるかは楽しみにしてるわ。最近退屈だし。だからリン、次の老性体はあなたに出てもらうつもりだから」
言葉とは裏腹に拒否を許さない断定口調で告げられ、リンテンスは掃除機の音を切り捨てるために目を閉じた
「やはり、リンテンスは抱きこめなかったか」
「だから言ったでしょう。彼らは外来者。陛下の手駒ですよ」
贅を凝らされた料理が並ぶ円卓に座る四人の内、ミンスが発した言葉に、カルヴァーンが言葉を返す
結果が分かっていたこととはいえ、ミンスにとって鋼糸という武器は不可解であり、恐怖に値するため浮かべる表情は苦い
「それよりも、そのことで陛下に情報が流れるのでは?」
「無用の心配だ。あの女の性格上、こちらの意図を読んでいるなら全て受けて立つだろう。それと……カルヴァーン」
「ええ。この間、今回の事について陛下に苦言を申しに行った際に聞き及んだことですが、次の出陣はリンテンスにするつもりだと言う様な旨を言っていました」
ならさりげなく話題に出そうとしていたのだが、何気なく向こうから漏らしてくれたので行幸と言える
その会話を聞き、質問をした青年、サヴァリスは楽しげに笑う
「あの方らしいですね」
「サヴァリス。貴様は陛下に勝てるつもりなのか?」
「おや、そのつもりだからここにいるのでは?」
「私は、今の状況が良いことにならぬと申し上げたいのみだ。だが、陛下はお聞きにならない。天剣が揃うのはめでたいが、幼すぎる。聞いたところでは、十一だそうではないか……」
「若さが理由では説得力に欠けますよ。僕が十三。そちらのカナリスさんは十五の時だ。このまま順当にいけば、陛下は最年少記録を塗り替えることとなりますね。となると、ティグリス様かデルボネさんの後人は一桁でしょうか?」
「遊びではないのだぞ!」
「まあまあ、落ち着きたまえ」
憤りのままにカルヴァーンが円卓を叩き、料理がこぼれてミンスはやんわりとカルヴァーンをたしなめる
そんな中、最後の一人であるカナリスは沈黙を保ち続けたまま、こぼれたソースの染みが広がって行くのを不快そうに眺める
「言い分があるのは分かるが、目的を同じとする同士だ。仲良くしようじゃないか。これ以上、天剣の権威を貶める訳にはいかない。君たちなら、その為のなすべきことが分かるはずだ」
「君たちの尽力により、私が王となった暁には、君たちの武門への報償を約束する」
それが意味するのは、女王の暗殺による王位交代。直接的な言葉を出さずとも全員が理解している
ミンスは彼らを集める際、ユートノールの確執についてではなく、あくまでも天剣の権威の失墜などを説いた。そして、彼らが此処に居る理由も把握している
グレンダンにおいて、天剣授受者とは武芸者の目指す最高位であり、純粋に実力のみによる称号。だからこそ憧れとなり、次は自分が、と彼らの所属する武門の戸を叩く
それ故、自分たちと関係の無いものが天剣にあることはある種の脅威となるが、これまで自ら武門を開こうとするがいなかった為にさほど問題ではなかった
だが、今回は違う グレンダンにある無数の内の一つである小さな武門が生む、最小の天剣授受者。それは新たな大規模武門の名乗りの可能性であり、他の武門の権威失墜につながる
カルヴァーンは自らが創始した武門であるミッドノット流
サヴァリスは初代グレンダンの王の天剣が創始したルッケンス武門
カナリスは三王家において当主から外れた子弟による武門、リヴァネス
それぞれがここグレンダンで盛隆を誇る武門の関係者であり、今回の事で影響を受ける武門の者
それ故、それぞれの武門の長達の思惑からここにいる
この日の為に、ミンスは最初に噂を聞いた時から動き始めており、内容を把握して直ぐに今の状況がある
もっとも、ならばその子供の方を何とかすればいいのではという意見もあったが、それではまた他の場所から出てくる可能性があるだけであり、王が変わらない事には意味がないと諭した
「それで、どのようにするつもりですか?」
「最も危険視するべきはリンテンスだ。奴が王宮に近寄れない時を狙う。カルヴァーンの言う通りならば、次の天剣が出動するほどの時が契機だ。恐らく、そう遠くは無いはず。特別な合図は送らない。開始と同時に作戦に移ることをお願いしたい」
そのミンスの宣言通り、そう遠くないうちに機会はやってきた
二週間後、老性体の発見が報ぜられる
足を進めるごとに荒野は硬い靴底を通し、その衝撃を足に伝える
外縁から十キロメル。目的地にたどり着いたリンテンスは標的を視界に収める
地を這う蛇のような巨大な肢体
老生三期。それが今回のリンテンスの相手である。だが、その姿は既に満身創痍だ
やろうと思えば数十キロメルにも及び糸を届かせることが可能な彼の鋼糸において、視界に収まるというのは既に戦闘が始まっているということ
とうに復元されている天剣から伸びた鋼糸が幾多にも敵に絡み合い、動きを阻害し、その身を削り肉を削ぎ、相手の体液を撒き散らしながらその身を小さくしていく
だが、それでもなお地を這いながらこちらに向かってくる様は流石と言うよりほかない
『見た所、特におかしな器官は無いようですね』
「三期と言う話ではなかったか?」
『どうやら、硬い表皮に高い再生能力。そのように特化したようです。その分重量が増し、地を這う様になったのでしょう。それ以上の速さで切り刻んでいますから分かりづらいかもしれませんが、断面が一瞬盛りあがろうとしていますよ』
「ああ、そういうことか」
思ったよりも敵の損傷が少ないことに納得がいき、言葉をこぼす
『ですが、中身はそれほど硬くないようですね。では、よい戦場を』
その言葉を最後に、デルボネからの言葉が止まる
よい戦場か……
リンテンスはその言葉を聞き、かつて言われた言葉を思い出す
“いずれ見せてあげるわ。自分なんていなきゃよかったと思う戦場を”
自分の力に等しくないからと、生まれた都市を捨てた
必死に磨き上げられた鋼糸の技が錆びるのを虚しく思い、自ら汚染獣に戦いを挑む狂った都市の噂を聞き訪れた際の言葉
十ほどにしか見えぬ少女に何一つ出来ぬまま屈服させられ、地に伏せられて告げられた宣告
生まれた都市から考えれば何億倍もましな戦場が有った
自らが全力を出せる武器に、それに見合うだろう相手も用意された
だが、未だそんな戦場には巡り合ってなどいない
数ヶ月前の戦いは、全力を尽くすだけのかつてないほどのものでは有ったが、それでも満足などしていなく、後悔には遠い
「見せてもらわねば、納得などしないぞ」
小さく呟くと同時、すぐ傍まで近づいてきた相手から避けるため地を蹴り、宙に舞う
そのまま、幾多にも張り巡らされた自身の糸の上に乗り、下で蠢く敵を見ながら鋼糸の陣を織る
かつてのものよりより鋭く、より硬く
密度をいつも異常に高めた円錐の槍が降り下ろされる
「極の塵と果てろ」
———躁弦曲・跳ね虫
肉が盛り上がり、やや硬くなり始めた表面部分を抉ってそのまま体を貫き、虫の標本の様に地に縫い止める寸前、放射状に紐ほどかれる
例え外が硬くとも、中が柔らかいのならばそこを攻めればいい
凄まじい勢いで広がる鋼糸によって内臓をペースト状に刻まれ、ビクンビクンとのたうち回る
その足掻きが暫く続き、中身を残らず刻まれたのか一際大きく跳ね、抉られた各所からドロドロとした中身を垂れ流しながら地に伏し事切れる
それを確認し、デルボネからの死亡確認を聞き届け、リンテンスはグレンダンの方へと視線を向ける
「さて、あちらはちゃんと喜劇となっているのか?」
「……なんてこと」
暖かい日差しが降り注ぎ、柔らかな微風が髪を揺らす麗らかな絶好の昼寝日より
そんな空中庭園のベンチで寝ていたアルシェイラは目を覚まし、呆然として口を開く
「なんてことなの」
再び同じ言葉を繰り返す
目が覚めた後の倦怠感はなく、体は未だ寝不足であることを訴えている
今日のためにしたくもない職務で徹夜を続けて体を疲れさせ、この絶好の場所で昼寝をしていたというのに目を覚ましてしまったことに嘆き言う
「ほんとに勘弁してほしいわ。天剣の中でも一番の殺剄の使い手でしょう? もう少ししっかりしてよカナリス! それとも、あなたのせいではないなのかしら? 貴女には殺気なんてないものね だとしたらこれは誰のせい? サヴァリス? カルヴァーン? ミンス? ちょっと全員ここに来なさい!」
庭園の入り口で震えていたカナリスが慌ててその前に立ち、続いてサヴァリスとカルヴァーン、最後にミンスが現れる
「陛下……」
「言い訳なんか聞きたくない。なにこの無様っぷり? 暗殺に来たんでしょ? もっと気骨を見せなさいよ」
カルヴァーンの釈明の言葉を遮り言うその言いように、全員身動きできない
「異議申し立てを力で通そうとするのは凄くいいわ。でも成功のせの字にも届かないのは悲しすぎるわよ。特に私が。スッゴい楽しみにしてしたくもない徹夜してお肌の事とか気にして上で寝たのよ。わかる? そこまでの苦労を台無しにしたのよ。ああもう気分最悪よ! ミンス! 責任取って何か芸でもしなさい。笑わせられなかったら罰ゲームね」
睡眠不足で不機嫌なまま浴びせられた罵詈雑言にミンスが耐えられなくなり叫ぶ
「あなたが、あなたがわたしを試合に出させないから、天剣を与えないからこんなことになったんだ! 何故あんな子供に与えようとしてわたしに与えない! それもロンスマイアと結託してだ! ……アルモニス戴冠家の陰謀としか思えない」
「はぁ、陰謀? 馬鹿なんじゃないの? 公式戦にも戦場にも出てないやつが我儘言ってんじゃないわよ。ティグ爺だってちゃんと段階踏んでんのに、三王家だから特別だとでも思ってたの? それにティグ爺が関わってんのは面白半分よ? なんであんたのためにそんなことしなきゃいけないのよ。調子のり過ぎ」
「くっ……」
「はい終了、次。カルヴァーンからいってみよう」
「最近の陛下の天剣授受者に対する審査基準を…… 」
「それだけの実力があって、法の規定に則った相手に与えないほうが王家の専横よ。はい次」
「陛下と戦いたくて」
「それだけ?」
「それ以上の理由が要りますか?」
「サヴァリス、あんたレイフォンこづき回してたじゃない」
「確かに楽しいですが、彼は基本逃げてばかりですからね。それに強い相手と闘える機会を逃すのは勿体無いでしょう」
「それはそれでつまんないわね。で?カナリスは何のよう?」
「……」
問われ、カナリスは無言のままに復元した剣を構える
「ふうん。あんたもサヴァリスと同じってわけ。ま、いいわやってみなさい。もしもあんた達が私に勝てたら聞いてあげるかもね」
「……陛下、とりあえず『かもね』はやめていただきたい」
「強気ね。勝てるつもりなの?」
「負けるつもりで戦いに臨んだことなど、一度としてない!」
瞬間、カルヴァーンが言葉を吐き捨てると同時に半物質化された黄金の剄がアルシェイラの体を束縛する
動かそうとした体は硬い感触に阻まれ、アルシェイラが動くことを許さない
「陛下。先ほど暗殺するつもりがあるのかと仰いましたね。———初めから、それで終わるなどと思っていませんよ」
その言葉と同時にサヴァリスとカナリスが動く
刃凱による束縛が長く続くとは思っていない
生半可な武芸者の眼では残像を拝むことさえ出来ない速さで動き、技でなく、ただ莫大な剄を込めた一点突破の一撃を二人は左右からアルシェイラに放つ
瞬間、剄の余波とその衝撃から強風が吹き荒れ土埃がまい、轟音と閃光が庭園を満たす
(やった……これなら女王といえど殺せたに違いない! )
余波の衝撃を全身に浴び、庭園をつなぐ外廊下の壁に叩きつけられた激痛を堪えながらミンスは確信する
だが、それはあまりに甘すぎる考えだと気付かない
ミンスは知らない。彼は迫害などされていないということを
早くに親を亡くした子どもとして、三王家ユートノールの最後の一人として甘やかされ、ある種大切にされたがゆえに今まで戦場に出ずにいられたことを
だからこそ、グレンダンの武芸者として信じられないほどのぬるま湯にいた彼には理解できなかった
「ふむふむ。まぁ、合格点は上げられるわね」
届いてきた、余りにも変化のないその声を
「周囲への被害を抑えるために刃鎧を二重に展開したさせたわけだ? 苦労性のカルヴァーンらしいよ。ここはちょっと気に入っているから、壊れなくてよかった。そこは褒めてあげる」
土煙が緩い風に押し流されていくクレーターの中心で、その顔に土汚れ一つつけず平然と立つアルシェイラの姿を
「馬鹿……な」
喉が引きつり、ミンスはまともな声が出せない
カルヴァーンは苦い顔をし、サヴァリスは嗤い、カナリスは無表情のまま眉を傾ける
「でも、そのまま押し込めなかったのが減点かな? まあ、失敗だってわかったから止めたんだと善意的に解釈してあげましょう」
「ありがとうございます。やはり、急造の連携ではどうにもなりませんよ、カルヴァーンさん」
「……そうだな。ならば、戦場の流れに委ねるのみだ」
「そのほうがよろしいかと」
「………」
カルヴァーンの言葉に三人が同意し、無言で剄の圧力を高めていく
荒れ狂う剄が生む強風の中、庭園は竜巻の中のような激しさに見舞われる
「だーかーらー、ここは気に入ってるって言ったわよね? 君らに全力なんか出されて壊れたら困るのよ。だから……」
その中で動じず、微動だにしないアルシェイラは指を一本立て、片目を閉じ愛嬌を込めて囁く
「これで終わって☆」
両者の差があまりにも隔絶して違った場合、何が起こったのかを理解すらできないことがある
レベルが違うのではなく、次元が違う。だからこそ、次の瞬間に起こったことをミンスは一生理解できない
何一つ理解できぬまま、勝負がそれだけで終わった
「この度の一件、まさに不義不忠、度し難き行為でございますが、殿下の境遇を顧みるに、その血を守るために世にでることのならぬ身、そこから生まれたものでございます」
「……最初からそのつもり? つまんないわねから苦労性の性格直しなさいよ。めんどくさいことしないで最初っから三王家のシステムが悪いって言いなさい」
「ここまでこの性格で生きてきて、今更直すつもりはありませぬ」
はぁ。と息を吐き、自らの前で跪くカルヴァーンの姿にアルシェイラは眉をひそめる
この態度を見るに、最初から火消し役のためにミンスの方に付いたらしい。無論、天剣のことなどでも直訴があった以上そのこともあり、それゆえミンスに目をつけられ提案されたのだろう
その性格が災いして貧乏くじを引いたのだろう。難儀なものだと思う
こちらを見る顔は割れた額から流れる血で赤く染まり、そこに必死な目が加わるのだから気が重くなる
「……天剣への就任が本決まりになり次第、サイハーデンの武門は拡大することとなる。その時になったら費用をあんたら三武門で負担しなさい」
「——っつ! 陛下!」
「こんなことでわたしの剣を減らすつもりはないわ。で? サヴァリス。満足した?」
「……いや、さすがにお強い」
カルヴァーンの願いへの答えを明確にしないまま、残りの二人の方に顔を向け、サヴァリスに話しかける
見た限り、三人の中で一番ダメージが少なく、折れた左腕を支えて脂汗を流しながら笑顔を浮かべている
「もう少しいい勝負ができると思ったのですが」
「考えが甘いのよ。で、カナリスは?」
「………っ!」
三人の中で一番損傷が大きいのかろくに動けていないものの、その肩の震えは全員が気付いており、アルシェイラの声に反応して一瞬震えが大きくなる
「泣いてるの?」
「……陛下は、私が本当に要らないのですね」
「はぁ?」
上げた顔は土に汚れ、流れる続ける涙の跡を鮮明に残している
震える唇から紡がれた言葉に不意を打たれたアルシェイラが疑問の言葉を返す
「……私は、陛下の影になるため育てられてきました。それなのに、陛下は私を要らないと……」
「ああ……」
その言葉に頭を抱える
三王家の亜流であるリヴァネスは王宮警護の任を負うことが多く、それは無論、王自身の影武者まで及ぶ
早いうちにその才を見込まれ、それ以来女王の影になるためだけに努力を続けた
その期待に応え若くして十五で天剣にまでなったのに、その剣を与えてくれた女王自身に説明もなしにカナリスは拒まれ続けたのだ
自分の都合で勝手に拒否した以上、カナリスについての原因はアルシェイラ自身としか言いようがない
「だってねぇ。あなた、全然私に似てないじゃない」
「そんなの、整形でどうにでもできます!」
「……え? 私のこの美貌って整形でどうにか出来るの?」
涙をまき散らしながらの訴えに驚愕しながら返し、その様に全員が唖然とした表情を浮かべる
次いで、カナリスが甲高い声で泣きながら細剣を逆手に持って喉に向ける
「あーん、死んでやるー!」
「ええい、やめなさい!」
本気で突こうとしている細剣を取り上げ、代わりに手で突こうとしたのでその手を掴み暴れるのを抑える
だだっこのように暴れる天剣授受者相手に手加減の加減がわからず、下手をすれば即座に死のうとするので冷や汗を流していると笑い声が聞こえてきた
「活気があってよろしいですな」
「ティグ爺……ここって笑うとこ?」
「笑う以外に何かありますかな?」
「……カルヴァーンね」
三王家最後の一つ、ロンスマイア家の当主ティグリスが現れ、その意図を正確にアルシェイラは読み取る
火消し役が選んだのが天剣においてデルボネに次ぐ長老であり、アルシェイラの祖父にあたる彼だったということだ
「王というのは絶対的な権力者でありますが、時には下々の者に考えを示していただけなければ、ついていけなかうなってしまいますな」
「だって、影武者とかいらなくない? 暗殺なんかしてだれが得すんのよ? 爺とミンス以外で」
他都市との交流が希薄である以上、その都市の主を殺しても旨みなど少なく、政治的なものなら最有力候補は三王家となる
その三王家の亜流から影武者を選ぶなど本末転倒でしかなく、そのため、王宮警護役や影武者は閑職でしかない
「世の中にはそのために育てられ、そうであることを当たり前だと信じているものがいるのですよ。その者をその枠に入れないのであれば、その者のためにしてやらなければならないことがあるということを、ご承知願いたいですな」
「むう……」
「それが面倒なら、認めになるがよろしい」
気が付けばカナリスは泣きやみ、次の言葉を待ってこちらを見つめ、ほかの者たちも同様の姿勢を見せている
「はぁ。とりあえずテストね。私の影武者に馬鹿はごめんだから」
「はい!」
先ほどまでとは一転、笑顔を浮かべるカナリスにアルシェイラはその笑顔が理解できない
「さて……」
天剣三人の問題は片付いたため、最後の一人、ミンスに視線を向ける
事の成り行きを見守っていた少年は視線に気づき、青い顔をして歯を食いしめ俯く
女王に対する反乱の首謀者である以上、処罰は免れないとミンスは理解している
「ティグ爺。何かある?」
その言葉に一瞬、肩を震わせ顔を上げかけるが、またすぐに俯く
「兄がいなくなり、一人だからとちと甘やかしすぎましたな。事情が事情とはいえ、懲罰を与えるのが妥当かと」
ティグリスはミンスの理由の大半が嫉妬ではなく、家のことを思い動いたということを知っている。だがことがことなため、甘やかすわけにはいかない
その言葉を聞き、ミンスの顔色が白くなる
「取り潰すと、後でうちがサイハーデンのために金を出さないといけなくなるしなぁ」
「立て続けの就任式典で王家の蔵は大分寂しいことになっておりますしな」
「そこまで派手なことしてないけど、貧乏所帯には厳しかったのは確かね」
「で、どうなさいます」
「それなんだけど……」
近くにあった念威端子を呼び寄せ、デルボネと繋ぐ
「デルボネ。頼みたいことがあるんだけど」
『レイフォンさんなら、既にこちらに向かっておりますよ』
「流石。話が早いわね。そういうわけでミンス、チャンスを上げるわ」
そういい、楽しげに笑う
「あと少しで件のレイフォンがくるから、戦って勝てたら天剣はあんたに上げる。その代り、負けたらこの庭園の修理費とかもろもろ払ってもらうから」
「———は?」
罰の余りの内容に俯けていた顔を上げ、ミンスは唖然とする
「そんなもの、なのですか?」
「あら?この庭園、結構お金かかってるわよ」
「そうではなく、私はあなたに反逆しようと———!」
「それで、ちょっとでも出来たの?」
「ぐっ……」
「反逆するなら。もう少しましな策を考えなさいよ。正直、間抜けにもほどがあるわよ。頭的にも実力的にも常識的にも。普通、三つも揃うと救いようがないわよ? ああ、そうそう。今ならそこでボロボロの馬鹿に手伝ってもらってもいいわよ」
「————なっ!」
最後の言葉に驚いているミンスを無視し、アルシェイラはサヴァリスの方に顔を向ける
「まさか、このために手加減したのですか?」
「まあね。多少動けるとはいえ、今のあんたならそこまで問題ではないでしょ。多少のハンデにはなるわ。手を出すかは好きにしていいから」
そういい、軽く伸びをして歩き出す
「さてと。私たちがいるとあの子、力を出せないだろうから出ていくわ。結果はデルボネが見てるし。ほらあんた達、さっさと行くわよ」
「すみませんが、まだあまり動けません」
カルヴァーンが立ち上がり、ティグリスと共に出ていこうとする中、カナリスがそう言いアルシェイラの方を見る
そちらを見ればカナリスが何かを期待するようにこちらを見ているので見返す
カナリスが見る。アルシェイラが見返す。カナリスが見る。アルシェイラが見返す。カナリスが見る。アルシェイラが見返す
背後でフォフォフォという笑い声が聞こえ、アルシェイラが折れた
「……連れてってあげるから、さっさと行くわよ」
「———はい!」
アルシェイラが庭園を去ってから三分ほど。レイフォンが念威端子に連れられて庭園へと入ってきた
『ここでおいとまさせて頂きます。用はあそこの方々が知っていますので。では』
「あ、ありがとうございました」
案内をしてきたデルボネに礼を言い、レイフォンはサヴァリス達の方へとやってくる
「やあ、久しぶりだねレイフォン」
「お久しぶりで……って、何があったんですか?!」
「はは、ちょっと色々あってね」
痛むからだを何とか動かしながらサヴァリスはレイフォンに応える
その様子を見て、また何かあったのかと思いながらも巻き込まれたくないので用件を聞く
「あの、僕に何の用でしょうか?」
「ああ、ちょっとね。彼と戦ってほしいんだ」
「へ?」
サヴァリスに示されたミンスを見、困惑する
レイフォンでなくとも、初対面の人間と理由もなく戦えと言われたら誰でも困惑するだろう
「ダメかな? 一応彼は了承しているんだけど」
「いえ、別にいいですけど……」
見た限り、苦労しそうではないし。正直、レイフォンからしたらその程度で済むのなら気にするほどではない
言葉と同時に体に剄をめぐらし始めたレイフォンに対し、ミンスは錬金鋼を復元する
しかし、錬金鋼を復元しようとしないレイフォンにいらだつ
「……おい」
「あ、大丈夫ですよ」
準備の用意のことでも聞かれたのかと思い、いつでも大丈夫だとレイフォンはそう返す
なめられていると思い、怒りを覚えるミンスにサヴァリスは話しかける
「言われましたけど、手伝いましょうか?」
「————っ!」
その言葉に、自分の力を馬鹿にされているようで怒りが増す
女王に馬鹿にされ、情けをかけられ、そして今も周りの連中に甘く見られている
その事実がミンスの感情を刺激し、思考を怒りで埋め尽くす
「どいつも、こいつも———」
自身が持てる全力を持ってレイフォンに近づき、ミンスは叫びながら剣をふるう
「———なめるなぁぁぁぁぁっ!!」
無防備なその顔に向け自分の剣が迫るのを見て、勝ちを確信し———ミンスの意識はそこで途絶えた
「やはり、器用なものですね」
背後からミンスを殴り倒したレイフォンを見、ミンスの前方にいるレイフォンにサヴァリスは話しかける
「いえ、まだ甘いですよ。あまり離れていると出来ませんし、出すまでに時間がかかります」
ミンスの前方にいるレイフォンが答えながら、後方にいた二人目のレイフォンの姿が消えていく
ルッケンス秘奥・千人衝
それが今ミンスを倒した技である
ちなみにレイフォンは周囲に念威端子がないかを確認してから使ったが、デルボネの端子はその光景を見ている
「その人は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないよ。これで用は終わったから帰ってくれて構わない」
「わかりました。では、僕は帰りますので」
「ああ、さようなら」
レイフォンが去るのを見届け、サヴァリスは倒れたままのミンスを右手で引きずって帰って行った
何も変哲のない、けれど少しだけ違う毎日
そんな日が続いてく。だれもがそう思っていた
だが、そんな日々は終わりを告げ、小さな変化が生じる
「お前さんに出てもらうのは、今日を最後にしてもらおう」
「————えっ?」
ある日の夜。ここから、未来への道は大きく変わり始める
後書き
原作を元に書いており、半分以上原作展開。
自分はミンスのこと嫌いじゃありません
レイフォンは後少しで十二歳
後々のフェリに関しては悩んでいるが、友人に言ったらフラグなしはねぇだろ、リーリン外せやと言われた。熱く語り合ったのはいい思い出。
次回以降、ニーナのフラグ立てのために暫くクララはお役御免になります
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