ドン=ジョヴァンニ
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第二幕その十三
第二幕その十三
「六枚だぞ」
「わかってますよ。それでですね」
お金につられてまた言葉を出すレポレロであった。
「大理石でできているとはいえうちの旦那が呼んでいまして」
「覚えているな」
ジョヴァンニは石像を見上げて告げた。
「私のことは」
「・・・・・・・・・」
石像は答えない。だが恐ろしい目で見下ろしているように見える。
レポレロはその間にもう一度気を取り直して。また言うのであった。
「あたしじゃなくて旦那が貴方を宴にお招きしたいというんですよ」
「・・・・・・・・・」
「うわあっ!」
今の石像を見て。レポレロは飛び上がってしまった。
「旦那、今の見ましたよね!」
「見たぞ」
ジョヴァンニに顔を向けて必死に言うと彼はここでも平然としていた。
「頷いたな」
「頷いたじゃないですか」
「その通りだ」
そしてまたしても。騎士長の声が聞こえてきたのだった。
「今私は確かに頷いた」
「やっぱり。何と恐ろしい」
「ふむ、言葉を出せるなやはり」
ジョヴァンニだけが平然な調子が続く。
「では答えてもらいたいものだ」
「もう一度あの恐ろしい声を聞きたいんですか!?」
「構わん」
レポレロにもこう返す。
「それはな」
「無茶にも程がある」
「卿は宴に来るのか?」
「身体が言うことを聞かない」
レポレロはその身体をがたがたと震わせていた。
「息が止まりそうだ。もう逃げ去ってしまいたい」
「この石像が宴に来る」
「来ないで欲しいですよ」
「全く不思議な話だ」
ジョヴァンニは石像を見上げたままさらに言うのだった。
「では仕度をはじめよう」
「お屋敷でですね」
「そうだ。では行くぞ」
こうしてジョヴァンニは腰が抜けそうになっているレポレロを引き摺ってそのうえで自身の屋敷に戻った。その頃アンナとオッターヴィオはジョヴァンニの屋敷に向かいながら話をしていた。
「もうすぐですね」
「もうすぐであの男の屋敷に」
「そうです」
先程と同じやり取りであった。
「もうすぐです。神の思し召しが私達に与えられるのは」
「御父様の仇を」
「貴女が失われた堪え難いものは」
「それは」
「若し貴女が望まれるならばですが」
オッターヴィオは謙虚に言葉を出してきた。
「僕の心と手と愛情で明日には優しく清められます」
「今はそうしたことを言う時では」
ないとアンナは言う。オッターヴィオはそのアンナにさらに言うのだった。
「ですがそれは」
「それは?」
「貴女が新しい悲しみで僕の深い悲しみをさらに深めようとするものです」
「貴方の悲しみを」
「そうです。それは酷いことです」
辛い顔でアンナを見ながら告げたのだった。
「それは」
「私が酷い人だというのね」
アンナは今のオッターヴィオの言葉を受けてさらに辛い顔になった。
「私は貴方のことを最も大切に思っているのに」
「大切に」
「そうよ。貴方だからよ」
オッターヴィオの目を見詰めての言葉だった。
「けれど今は」
「今は」
「愛を語れません」
こう彼に告げるのだった。
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