銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける
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第四十四話 決戦(その三)
帝国暦 490年 5月 2日 ガンダルヴァ星系 ブリュンヒルト エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
「ヤン艦隊、また押し寄せてきます!」
「砲撃を反乱軍中央に集中せよ! 決して押されるな!」
オペレータの報告にメルカッツが指示を出している。戦闘指揮はメルカッツの方が上手いからな、お任せだ。俺は黙ってそれを見ている。結構それも辛いけどな。
オペレータが“また”って言ったけどこれで何度目だ、押し寄せてくるのは……。こっちを叩きに来るヤン艦隊をその度に押し返しているがいい加減疲れるわ。溜息が出そうになるけど必死にこらえている。ヤンの奴、そろそろ休憩とか取らないのかな、取らないんだろうな……。
常日頃は怠け者なのに戦争の時だけ勤勉になるってどういうことだ? 戦争が嫌いだとか言ってるが口だけだろう、それともイヤよイヤよも好きのウチか、この偽善者が! ラインハルトは小生意気なガキだけど素直でカワイイぞ、最近は更に可愛げが増した。頭を撫でてやりたいくらいだ、少しは見習え!
……病気、大丈夫かな、あいつ。後で周囲に警告しておかないと……。ヒルダとアンネローゼに言っておけば大丈夫だろう。それとキルヒアイスとアンネローゼの結婚の事も何とかしないと……。あの通りラインハルトはガキだからな、二人の気持ちの事など分からんだろう。二人も積極的に動くとは思えん。俺が仲に入るか、それとも人に頼むか……。
ヴェストパーレ男爵夫人に頼むか、それが良さそうだな。それとあいつの結婚も考えてやらないと……。ヴェスターラントの虐殺が無くなったからヒルダとの結婚は無理かもしれん。なんせはずみでやっちゃって出来ちゃったから結婚しました、そんな感じだからな。自力じゃ無理だ。何で俺がこんな事心配してるんだ? いかんな目の前の戦争に集中しないと。
五月一日に入ると同時に再編を終えた同盟軍は攻勢に出てきた。帝国軍は陣形を変えずに対応したが攻め寄せた同盟軍の布陣には多少の変更が有った。ミュラーの前面にパエッタが、ルッツの前面にモートンが配置されていた。パエッタとモートンの位置を交換したわけだ。
どういう事なのかと思ったがどうやらパエッタは当てにならないと判断されたらしい。というのもパエッタは俺の方に攻撃をかけてこない。正面のミュラーとの戦闘に終始している。ビュコックはパエッタを中央に置いても周囲から攻撃され混乱するだけだと思ったのだろう、そうなれば同盟軍は常に中央突破の危険にさらされる……。評価低いよな、本人も屈辱だろう。しかしビュコックの判断が間違っているとも思えない、パエッタよりもモートンの方が粘り強いし指揮能力も上だ。
モートン、カールセン、ホーウッドの三人はルッツ、ワーレンと戦闘を繰り広げている。つまりだ、ビュコックはヤンと俺を一対一で戦わせようというわけだ。一対一ならヤンはラインハルトにも勝てる、そう思っているのだろう。まあ俺もそう思わないでもない。しかし年寄りは碌でもない事を考えるな、ブリュンヒルトに乗っているのはラインハルトじゃない、俺だって教えてやりたいよ、全く……。
今のところ戦況は決して悪くない。押し寄せてくる敵を押し返す、防御戦としてはありふれた展開だ。これは俺の艦隊だけじゃない、他の艦隊も似たような状況だ。艦橋も落ち着いているし参謀達も不安そうな表情は見せていない。順調に戦況は動いていると言う事になる。このまま時間が過ぎ去ってくれれば良いんだが……、そんなわけないよな、溜息が出た。
有り得ないよな、どうもおかしい。時間制限を付けられているのは同盟側なのだ。戦線の膠着状態なんて同盟側にしてみればもっとも望ましくない事態だろう。それをもう丸一日半続けている。ビュコックとヤンがボンクラなら分かる。だがあの二人はそうじゃない、一体何を考えているのか……。今回も二時間ほど経つとヤンは艦隊を後退させた。
押し寄せては退き、退いては押し寄せる。これはヤンだけじゃない、他の艦隊も似たような動きをしている。しかも各艦隊がバラバラに行っている。同盟軍としての連携はまるで取れていない。一体どういう事だ? やはり俺の事はヤンに任せて終わりという事か?
いかんな、思考が堂々めぐりしている、建設的じゃない。水でも飲むか……。コンラートに視線を向けると緊張した様子を見せた。
「コンラート、冷たいお水を貰えますか」
「はい!」
いや、そんな嬉しそうな声を出されても困るんだけどな。
水を受け取って一口飲む。どうする? メルカッツに訊いてみるか? しかしな、参謀達は落ち着いている。彼らを不安にさせるのも考え物だが……。思い切ってメルカッツに問いかけた。
「参謀長、どうも敵の動きが不可解だと思うのですが……」
「小官も同じ思いです。いささか解せません。しかし他にはこれと言って不自然な動きは有りません……」
参謀達が顔を見合わせる中、メルカッツが戦術コンピュータのモニターを見ながら答えた。やはりそう思うか、つまり俺の杞憂じゃないってことだな。
「気を付けましょうか、油断はできない。……気付いた事が有ったら言ってください」
声をかけると参謀達が頷いた。まあ多少の気休めにはなるだろう……。
急激な戦況の変化は四時間後にやってきた。ヤン艦隊がまた押し寄せてきたのだ。しかし今度は俺の艦隊がとんでもない損害を出している。スクリーンで見ても酷い爆発だ。前線からも悲鳴のような報告が来ている、明らかにこれまでの攻撃とは損害の度合いが違う。
何が起きたかは想像がつく、ヤン艦隊お得意の一点集中砲火を受けたに違いない。艦橋の彼方此方で悲鳴が上がっているし、参謀達は顔面を強張らせて“何が起きた!”などと叫んでいる。あんまり騒ぐんじゃない、不安が増すだけだ、参謀達を睨みつけて黙らせた。
「艦隊を後退させます」
メルカッツの進言に頷いた。このままでは被害が増えるだけだ、後退せざるを得ない。多分、ヤンは突っ込んでくるだろうな。四つに組んでの戦いか……、分が悪いな、厄介な事になった……。いや、どこかでこうなるのは分かっていた事だ。これは想定内の事なのだ、まだ負けたわけじゃない。弱気になる必要は何処にもない。
それにしても上手くしてやられた、これまでの丸一日半の攻撃はこれのためか……。平凡な攻撃を繰り返す事でこっちを油断させた。いきなり攻撃方法を変える事で混乱を誘った。見事だよ、ヤン。やっぱりお前は戦争大好き人間だと言う事が良く分かった。俺の忠告も無視してくれたしな、この礼は高くつくぞ、楽しみにしてるんだな。
「してやられましたか……」
「頭領?」
「ウチだけじゃないようです、他の艦隊も被害を受けている」
メルカッツが戦術コンピュータのモニターに視線を向け、そして表情を厳しくした。どの艦隊も押し込まれている。つまり、ヤンだけじゃない、同盟軍としての作戦であり攻撃だ。
「各艦隊に命じてください、無理せず後退せよ」
「各艦隊に命令、無理をせず後退せよ、損害の軽減を図れ!」
メルカッツが命令を出し終わるのと同時にオペレータが叫んだ。
「反乱軍、陣形を変えつつあります!」
戦術コンピュータのモニターはヤンが紡錘陣形を取りつつある事を示している。中央突破を狙うか、どうやら他の艦隊も同じらしい。
「参謀長、後退しつつ陣形を縦深陣に変えましょう」
「はっ。後退しつつ陣形を縦深陣に変えます」
メルカッツが陣形を変えるために指示を出している。それを聞きながらもう一度モニターを見た。ミュラーは後退しつつあるようだ、こっちと動きを合わせようと言うのだろう、問題は無い。問題はルッツとワーレンだ。拙いな、カールセンが二人を分断しようとしている。突破されたらお仕舞いだ。或いは真の狙いはこっちかもしれん……。と言ってメルカッツは陣形を変えるので手一杯だ。参謀達を見た、顔面蒼白だが少しは落ち着いたか。
「副参謀長、ルッツ、ワーレン艦隊に命令。後退しつつ両艦隊でV字陣形を取れ。カールセン艦隊の突破を許すな!」
「は、はっ」
おいおい、目を白黒させてどうするゾンバルト。特等席で見物させてるわけじゃないぞ。お前も戦力の一部なんだ、しっかりと働いて貰う。
「全艦、ヤン艦隊の先頭に攻撃を集中せよ! 急げ!」
俺の命令をオペレータ達が全艦に伝えている。攻撃が先頭に集中されれば少しはヤン艦隊の進撃を遅らせる事が出来るだろう。メルカッツの作業を助ける事にもなるはずだ。まだまだだ、不意は突かれたが負けたわけじゃない。これからだ。
戦術コンピュータのモニターが状況を映し出している。俺の艦隊がゆっくりと陣形を変えていく、もどかしいほどの速度だ。そしてヤン艦隊が陣形を変えつつ前進してくる。その先頭に攻撃が集中した。先頭が歪に凹む、しかし崩れない、再度陣形を整えつつ前進してくる。流石はヤン艦隊と言うべきだろう、同盟軍随一の精鋭だ、士気が高い! しかし僅かだが艦隊の前進が遅くなったし時間も稼げた……。
縦深陣は何とか間に合うだろう、問題はその先だ。ヤン・ウェンリーは兵を退くか、それとも突っ込んでくるか……。兵を退くなら問題は無い、しかし変化を求めて損害を覚悟で突っ込んでくる可能性も有る。出鼻を挫いて膠着状態を作り出す必要が有るな。……あれをやるか、丁度いい、勢い込んで来る奴には効果的だろう。
宇宙暦 799年 5月 2日 ガンダルヴァ星系 ヒューベリオン ヤン・ウェンリー
「ローエングラム公は後退しつつ縦深陣を取りつつあります」
「そうだね」
「第一、第十四、第十五、第十六艦隊も動きが取れずにいるようですがどうなさいますか」
ムライ参謀長の言葉に皆が私を注目した。やれやれ期待されているのは分かるが何とも視線が痛い。思わず髪の毛を掻き回した。
「ビュコック司令長官と話がしたい、通信の準備を」
「はい」
グリーンヒル大尉がオペレータに指示を出すと中央のスクリーンにビュコック司令長官の顔が映った。互いに敬礼をする。
『不意は突いたが向こうも反応が早い。どうかな、突破出来そうかな、ヤン提督』
「何とも言えません」
私が答えると司令長官が大きく息を吐いた。思うようには行かない、そう思ったのだろう。
『カールセン達も動けずにいる。まさか二個艦隊でV字陣形を作ってくるとは……』
「……」
同感だ。まさかあんな事をするとは……。
今回の作戦の狙いは二つあった。一つはローエングラム公の艦隊を攻撃し中央突破を図る事。上手く行けばその途中で彼を斃す事が狙いだった。もう一つはモートン提督の第十四艦隊、ホーウッド提督の第十六艦隊がそれぞれルッツ、ワーレン艦隊に一点集中砲火を浴びせつつ中央突破を図る。
当然だが敵は後退しつつ縦深陣を取る可能性が高い。そこをカールセン提督率いる第十五艦隊が分断し突破すると言うものだった。突破できれば後背からローエングラム公を攻撃する事も出来る。そうなれば前後から挟撃できるのだ、必ず斃せるはずだった。
第十三艦隊の攻撃もどちらかと言えば陽動の色合いが濃い。ローエングラム公を慌てさせ注意を逸らす、そしてカールセン提督の動きに驚いて慌てた時にはこちらが押す。そう考えていたのだがまさか二個艦隊でV字陣形を作るとは……。あれではカールセン提督は突き進めない。兵力は同等なのだ、一つ間違うと第十四、第十五、第十六艦隊は包囲されかねない。とんでもない損害を被るだろう。
『で、どうするかね』
「このまま、前進を続けようと思います」
『ふむ、損害が増えるが』
「ですがここで退いても何にもなりません。せっかくここまで踏み込んだのです、なんとか突破する事を考えたいと思います」
私の言葉にビュコック司令長官が顎に手をやり少しの間考えた。
『……分かった、貴官の判断を尊重しよう。しかし危険だと思ったら直ぐに撤退してくれ』
「分かりました」
通信が切れる。皆が私を見ていた。
「聞いての通りだ、このまま突破を図る、最大戦速だ!」
皆が頷いた、私を信頼しているのが分かる。ムライ参謀長が突入を命じオペレータが艦隊に指示を出し始めた。しかし本当に突破できるだろうか……。不意を突いたはずだった、優位に立った筈だった。だが予想外に帝国軍の反応が早い。そして的確に対処してくる……。
ローエングラム公は艦隊を後退させている、縦深陣はほぼ完成していた。第十三艦隊がローエングラム公を追って速度を上げた。こちらが前に出るにつれローエングラム公の反撃が激しくなった。こちらが追い向こうが逃げる、もう少しで追いつく。……何かがおかしい、戦術コンピュータのモニターを見た。馬鹿な! 紡錘陣形の先端が突出している!
「グエン・バン・ヒューに命令! 速度を落し、本隊を待て!」
私の命令にオペレータ達が驚いたような表情をしたが直ぐに指示を出し始めた。何故だ、何故先鋒が突出している? そうか、そういう事か……。
「閣下?」
「……ローエングラム公にしてやられた……」
ムライ参謀長を始め皆が私を見た、愕然としている。
「ローエングラム公は故意に砲撃する箇所に濃淡をつけたんだ。紡錘陣形の最先端の部分を淡く、その後ろの部分を濃く……。戦術コンピュータがそれを示している」
モニターに映る紡錘陣は瓢箪のような形になっている。これでは先鋒のグエン・バン・ヒューは孤立してしまう、帝国軍にとって各個撃破の対象でしかない。間に合うだろうか、グエンが速度を落してくれれば本隊と連携できるのだが……。
「こ、これは、最前線で味方が帝国軍の攻撃を受けています!」
オペレータの悲鳴のような報告が届いた、遅かったか……。いやグエンは私の命令を聞かなかったのか……。戦術コンピュータは突出した先鋒部隊が帝国の攻撃で粉砕されていく所を映している。
「戦艦マウリア、破壊されました! グエン・バン・ヒュー提督、戦死!」
オペレータの報告に艦橋が凍りついた。先鋒部隊が指揮官を失い半壊している。してやられた、突破は出来なくなった。半壊した先鋒部隊をどうするか……、見捨てるか、それとも救出するか。どちらを選んでも損害は出るだろう、難しい判断を迫られることになった……。
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