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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第四十三話  決戦(その二)


宇宙暦 799年 4月 30日   ガンダルヴァ星系   ヒューベリオン  ヤン・ウェンリー



『第一艦隊は再編にもう少し時間がかかるそうだ』
「そうですか」
私が答えるとビュコック司令長官がゆっくりと頷いた。当然だが司令長官の表情は明るくは無い。

『上手く行かなかったな。まあ帝国軍もこちらの方が一個艦隊多いのは分かっている。それに兵力そのものは互角だ。そう簡単に上手く行くとは思わなかったが……』
「……」
今度は溜息を吐いた。溜息は深い……。第一艦隊は三千隻近い損害を出した。それに対する代償は殆どない。

『帝国軍は手強いな、なんとも戦闘慣れしている。どうもあしらわれている、そんな思いばかりさせられる、不愉快な事だ……』
司令長官が顔を顰めた。
「……同感です」
『再編が終了次第、戦闘を再開する。それまで貴官は少し休んでくれ。今度は何時休めるか分からんからな』
「はっ」

スクリーンが切れるとシェーンコップが話しかけてきた。
「手強い、ですな。勝てますかな?」
「シェーンコップ少将!」
ムライ参謀長が厳しい声を出した。もっともシェーンコップは気にした様子もない。

「なかなか難しいね。司令長官も言われたがあしらわれているような感じがする。向こうはまだまだ本気じゃない、余裕が有るような気がするよ」
「困りますな、それは。閣下もそろそろ本気を出していただかないと……」
「シェーンコップ少将! 少し不謹慎だろう!」
シェーンコップが肩を竦めた。

「いや、参謀長。閣下が本気を出せばローエングラム公にも勝てるだろうと小官は思っているんですよ。違いますかな?」
「出してるつもりだけどね」
ムライ参謀長がシェーンコップを睨んでいる。何時もの事だ、もう慣れたな。
「困りますなあ、つもりでは」
「まあ、そんなに簡単じゃないよ」

簡単じゃない……。さっきの戦い、まさか第一艦隊に帝国軍が攻撃を集中してくるとは思わなかった。防御戦である以上、ローエングラム公は後退して陣を整えるか、或いはカールセン、ホーウッドの両提督、又はどちらかに攻撃を集中する事を選択すると思ったんだが……。

ローエングラム公、ルッツ提督、ワーレン提督の三個艦隊が第一艦隊に攻撃をかけてきた。中央を分断し、それによってカールセン、ホーウッド提督を動けなくしようとしている、そう思った。ローエングラム公が攻撃を第一艦隊に集中した事でこちらへの圧力は極端に薄くなった。前進してローエングラム公に攻撃を仕掛ける!

第一艦隊への援護になるし上手く行けばローエングラム公と決着を付けられる。簡単だとは思わないが遣ってみる価値は有る。カールセン、ホーウッド、パエッタ提督がルッツ、ワーレン提督を押さえれば十分可能だと思ったのだが……。ルッツ艦隊が中央突破を図った。そして僅かだがローエングラム公の艦隊がルッツ提督の艦隊の後方に位置するように動いた……。

慌てて前進する第十三艦隊を止めた。止めざるを得なかった……。あのままローエングラム公の居る方向に進めばキルヒアイス、ルッツ艦隊に側面を叩かれただろう。前進の勢いを無くしたところをローエングラム公に正面から叩かれたはずだ……。今思い出しても溜息が出る。狙われたのは私だった……。

ビュコック司令長官が危険だと判断して全軍に後退を命じた。幸い帝国軍は追ってはこなかった。こちらの動きに合わせて兵を引いてくれた。あしらわれたと思う……。ビュコック提督の言う通りだ、同盟軍はローエングラム公にあしらわれた……。

「閣下、少しお休みになっては如何ですか? お疲れのように見えます」
グリーンヒル大尉だった。心配そうな表情をしている。どうやら自分の思考の中に入り込んでいたらしい。彼女だけじゃない、ムライ、パトリチェフも同じような表情だ。

「そうだね、一時間程タンクベッド睡眠を取らせてもらうよ」
「紅茶を用意しておきます」
「有難う」
礼を言って席を立った。悩んでいても仕方ない。取り敢えずは心身をリフレッシュしよう。まだ戦いは始まったばかりだ。溜息を吐くのを堪えて歩き出した。



帝国暦 490年  4月 30日   ガンダルヴァ星系   ブリュンヒルト   コンラート・フォン・モーデル



艦橋は静かだ。皆それぞれに飲み物を楽しんでいる。頭領はココア、エンメルマン大佐とシェーンフェルト大尉が紅茶、ヘルフリッヒ中佐が水で他はコーヒーだ。僕もコーヒーを飲んでいるけど良いのかな? 頭領は良いって言ってくれたけど……。

「思い通り行っている、そう見てよろしいのでしょうか?」
ライゼンシュタイン少佐が問いかけると皆が顔を見合わせた。
「今のところはそう考えて良いんじゃないかな。結構反乱軍に損害も与えたし悪くないと思うんだが……」
副参謀長のゾンバルト准将がそう言って頭領に視線を向けた。皆も視線を頭領に向けた。

「過程はどうであれ取りあえず時間は稼げている、そういう意味では思い通りなのでしょうね。それにお茶を飲む余裕も有る」
頭領の言葉に皆が笑い声を上げた。
「しかし兵力は同数でも艦隊数が一個多いと言うのは結構厄介ですね。こっちももう一個艦隊増やせば良かったかな」
頭領が首を傾げた。

「しかしそれでは反乱軍が誘引されない可能性が有ったでしょう。已むを得ない事だと思いますが」
「そうですよね、全く上手く行かない。何だって同盟軍は一万隻の艦隊を三個なんて中途半端な事をしたのか……。まあゲリラ戦なら兵力よりも艦隊数と考えたか……、碌でもない」

メルカッツ参謀長の答えに頭領が顔を顰めてぼやいた。何となくおかしかった、黒姫の頭領がぼやいている、こんな事滅多にない。皆もちょっと困ったような表情だ、どう反応して良いか分からないんだと思う。でも僕はこんな頭領も好きだな、なんかとっても普通の人っぽくて身近に感じる。

「しかし結構終盤は激しい戦いになりました。ヤン・ウェンリーが向かってきた時はどうなるかと思いましたが……」
クリンスマン少佐が呟くように言うとエンメルマン大佐が
「これからはもっと激しくなるさ。それにいずれはヤン・ウェンリーと戦う事になるだろう。今回はそこまで行かなかっただけだ……」
と答えた。皆が深刻な表情で頷いている。

確かに最後は凄かったし激しかった。反乱軍の第一艦隊に攻撃を集中して有利になった時は皆が喜んだ。艦橋が割れんばかりの大きな歓声に包まれたんだ。そんな時にヤン・ウェンリーがこっちに向かってきた。あの時はオペレータが悲鳴みたいな声で叫んだよ。“ヤン艦隊! こちらに来ます!”って。歓声なんか一瞬で消えてしまった。あの時思った、ヤン・ウェンリーって本当に怖いんだ、皆怖れてるんだって。

でも黒姫の頭領は落ち着いていた、メルカッツ参謀長もだ。頭領は参謀長にルッツ提督に中央突破をさせたいって言ったんだ。メルカッツ参謀長はちょっと驚いたみたいだけど直ぐ頷いてオペレータに指示を出した。その上で艦隊を少し横にずらしてはどうかって頭領に進言した。頭領は“それは良い”って直ぐに許可した。

ルッツ提督が前進して僕達が横にずれるとヤン艦隊は動きを止めた。そして反乱軍は後退し始めた、ヤン・ウェンリーもだ。その動きを見届けてから帝国軍も陣を引いた。一瞬の攻防だったけど本当に凄かった。僕なんて喉がカラカラに干上がったよ。

「取りあえず挨拶は終わった、そんなところでしょう。今回は何とか優勢を保つ事が出来ましたがこのまま終わるとも思えない、向こうも次は本気を出してくるでしょうね、何と言っても同盟軍には後が無い。今の内に休息を取っておいて下さい」
頭領の指示に皆が頷いた。



帝国暦 490年  4月 30日   ガンダルヴァ星系   ブリュンヒルト   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



酷い戦いだった。全体としては優勢だったけど何時までこの優勢が持つか……、そんな事を思わせる戦いだった。溜息が出そうだよ……。最初の一時間、あれが大きかったな、上手く同盟軍の出鼻を挫く事が出来た。戦闘の主導権を握る事が出来た……。

しかしなあ、俺もミュラーも追い打ちが出来ないんだ。いや出来ないわけじゃないがヤンとモートンが正面だからな、ヤンはもちろんだがモートンもしぶといから無茶が出来ない。頭が痛いよ、あそこでもう一撃できればもっと有利になったんだが……。結局は中途半端な形になってしまった。

防御戦か、もうちょっと楽かなと思ったけど結構きついな。攻撃の主導権が相手に有るわけだからな、せっかく取った主導権も向こうに渡してしまう事になる。兵力に余裕が有るならそれも良いが今はほぼ同数だ、結構精神的にきつい。ラインハルトがバーミリオンで攻勢に出るはずだよ、性格的なものも有るだろうが、その方が楽なんだ。戦争の本質ってのは攻めなんだな、主導権を握りやすいんだろう。

ヤンが押し寄せてきた時はやばかった。あれは俺を斃しに来たのかな、多分そうだろう。艦橋も凍りついていた、精鋭部隊ってのは押し寄せるだけで迫力が有る。後退するって手も有ったがそれだと相手を勢い付けるだけだと思った。だから思い切ってルッツに中央突破をさせる事にした。

第一艦隊は混乱していたからな、上手く突破できれば後方からヤン、モートンを攻撃できる。或いは先にカールセン、ホーウッドをワーレンと前後から叩く事も可能だ。危険ではあるが俺が有る程度時間を稼げれば十分に勝機は有る、そう思ったんだ。

だがメルカッツが艦隊を少し横に移そうと言ってくれた。なるほどと思ったね、パエッタは俺とルッツの丁度中間あたりの前方に位置していた。ルッツが中央突破を図るとなれば多少斜めに進む事になる。ヤンが俺を目指してくればミュラーとルッツから側面を撃たれやすいんだ、そして俺からは正面を攻撃される。

中央突破を図りつつヤンを誘引して三方から叩くか……。ちょっと俺には考え付かなかった手だ。流石はメルカッツ、堅実にして隙無しだな……。亀の甲より年の功とは上手い事を言うもんだ、年寄りはなかなかしぶとい。そしてもう一人この戦場にはしぶとい老人がいる。同盟軍宇宙艦隊司令長官、アレクサンドル・ビュコック……。

ビュコックも楽じゃないだろう。本来なら攻撃の主軸になるはずの第一艦隊があまり当てにならないと思ったはずだ。頭が痛いだろうな、その状態で帝国軍と戦って勝たなければならない……。今頃は戦力の再計算をしているかもしれない。一体誰をヤンと組ませるか……、モートン、カールセン、ホーウッド……。

帝国軍の増援が来るのは早ければ八日か九日と言ったところだろう。俺にしてみれば未だそんなにあるのかと言った気持だが相手にしてみればそれだけしかないという焦慮が有るはずだ。ビュコックは一体何を仕掛けて来るか……。想像したくないな、溜息が出そうだ。



宇宙暦 799年 4月 30日   ハイネセン 最高評議会ビル   ジョアン・レベロ



「それで、状況は」
私が問いかけるとクブルスリー本部長がチラリとホアン・ルイ国防委員長に視線を向けた。ホアンが微かに頷く、それを見てクブルスリー本部長が咳払いをして話し始めた。

「四月二十六日に同盟軍五個艦隊、約六万隻の艦艇がガンダルヴァ星域に進出、三十日間近になってから帝国軍本隊との戦闘に入りました。帝国軍は四個艦隊、兵力はこちらとほぼ同数の六万隻。総司令官はローエングラム公です」
「うむ、それで」
そこまでは分かっている。その先だ、私が訊きたいのは。

「戦闘は約十時間続いた様です。現在では両軍ともに兵を引き艦隊の再編と補給、そして休息を取っています」
悠長な、そう思ったのは私だけだろうか……。不満を押し殺して更にクブルスリー本部長に問いかけた。

「それで、戦闘はどちらが有利だったのかね」
クブルスリー本部長の表情が多少歪んだように見えた。思った通りだ、状況は同盟軍にとって不利だったのだろう。良ければ私が訊かなくても自分から積極的に話す筈だ。

「幾分同盟軍が不利だったようです。各艦隊とも多少の被害が出ましたがもっとも被害の大きかった第一艦隊は三千隻近い損害を出したと報告が有りました」
「……」
主力の第一艦隊が三千隻近い損害を出した? 幾分同盟軍が不利という状況なのか、それが……。私が視線を向けるとクブルスリー本部長はバツが悪そうな表情をした。

「ビュコック司令長官からの連絡では五月一日午前零時をもって戦闘を再開するそうです」
午前零時か、時計は二十二時三十八分を指している。あと一時間二十二分……。
「勝てるかね?」
「……勝って欲しいとは思いますが……」
歯切れが悪いな、表情も暗い、難しいと言う事か……。

「補給基地の制圧に出た帝国軍がガンダルヴァ星域に戻るのは何時頃になるのかな?」
「早ければ八日か九日には戻ってくると軍では想定しています」
八日か九日、後一週間……。
「時間が無いな」
クブルスリー本部長が頷いた。

「正直に申し上げますと状況は良くありません。帝国軍の指揮官はローエングラム公以外もいずれも有能です。ローエングラム公を斃そうとすれば彼らが前に塞がるでしょう。同盟軍は彼らを排除してローエングラム公を斃さなければなりません」
「……分かった、状況に変化が起きたら教えてくれ。ご苦労だった」
クブルスリー本部長が一礼して執務室を出て行った。

「不満かな、レベロ。軍は良くやっていると私は思うがね」
「……」
「三倍以上の敵を相手に時間の制約は有るが五分の条件にまで持ち込んだんだ。それは認めても良いだろう」
「良くやっているじゃ駄目なんだ! ホアン」
少し声が強かったか。私が答えるとホアンが肩を竦めた。

「この戦いは負けられないんだ。負ければ民主共和政が終焉しかねない、そうだろう?」
「……」
「彼らの努力は認めても良い、だが勝たなければ駄目なんだ……」
溜息が出た。ホアンがそんな私をじっと見ている。

「ホアン、私がどれだけ皆から非難を受けたと思う」
「それは……」
ホアンが何かを言いかけて押し黙った。
「ヴァンフリートの一件では売国奴、恥知らずと皆から非難を受けた。だがあの条約を結んだから軍備を増強できた……」
「……そうだな」

誰もやりたがらなかった交渉だ。周りからは止めた方が良いと忠告された。政治生命を失う危険性が有るとも忠告された。ホアンもその一人だ。だが一つ間違えば同盟は二進も三進もいかなくなる可能性が有った。自分が出るしかなかった……。

「無防備都市宣言の事もそうだ」
「……」
各有人惑星の知事に防衛作戦を説明した時、どの知事も同盟政府だけが生き残ろうとしているのではないかと猜疑心を露わにした。卑怯者と罵られたことも有る。それでもなんとか説得した。だから同盟はまだ国家として纏まっている。

「辛かったよ、何度も投げ出したいと思った。私はあの思いを無駄にして欲しくないんだ」
「……それは」
「エゴだと思うか? だがこの国を守りたい、民主共和政を残したい、その一心で耐えたんだ。それでもエゴか、ホアン?」
「……」
ホアンが太い息を吐いた。
「勝って貰わなければ困るんだ。勝って貰わなければ……」
頼むから勝ってくれ、そしてこの国を守ってくれ、それだけが私の望みだ……。



 
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