ドン=ジョヴァンニ
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第一幕その十六
第一幕その十六
「それもとびきりのが。誰だと思います?」
「ツェルリーナだな」
ジョヴァンニは少し考えてから察した目で述べた。
「若しかすると。そうだな」
「そしてもう一つ台風が来まして」
「エルヴィーラだな」
今度はほぼ瞬時に答えることができた。
「そうだな」
「その通りです。貴方のことを皆に言いました」
「それもとびきり悪くだな」
「ええ。真実をそのまま」
悪く言うことがそのまま真実になるのがジョヴァンニであった。
「仰っていましたよ」
「それで御前はどうしたんだ?」
「もう何も言えませんでした」
たまりかねた顔での言葉だった。
「何もね。エルヴィーラさんがヒステリックに旦那のことを皆に話すのを聞いているだけで」
「それで今ここにいるのか」
「あの方がやっと疲れだした頃にです」
レポレロはここからまた話すのだった。
「庭の外に優しく連れ出してですね」
「うむ」
「巧に戸口を閉め鍵をかけて」
つまり締め出したのである。
「それで村人達も放っておいてここまで逃げてきたんですよ」
「ここまでか」
「村人はまだ屋敷にいるんじゃないですか?」
このことはあまりよくわからないようだった。
「多分ですけれど」
「そしてエルヴィーラは」
「道でしょうね」
そこにいるというのである。
「まあそんなところでしょうね」
「よし、これ以上はない」
ジョヴァンニはここまで聞いたうえで満足した顔で笑った。
「最高の出来だ。後はだ」
「後は?」
「最後の仕上げを私がしよう」
満足した顔のままの言葉だった。
「最後はな」
「最後はっていいますと?」
「まだ屋敷には村娘達が残っているな」
「多分」
やはりこのことははっきり言えないレポレロだった。
「そうだと思いますけれど」
「よし、その娘達だ」
全く懲りることのないジョヴァンニだった。
「酒で皆が酔い潰れるまで華やかな宴を開くのだ」
彼は実に明るく言いだした。
「若し広場で娘を見つけたら誰でも連れて来て踊らせる」
「踊りは何を?」
「メヌエットだろうがラ=フォリアだろうがアルマンドだろうが何でもいい」
とにかく何でもなのだった。
「皆が歌い踊る間に私は恋を探す。そして」
「そして?」
「カタログには十名程度の名前が新たに載ることになるのだ」
「だといいですけれどね」
何故か少し醒めたレポレロの言葉だった。
「まあとにかくです」
「うむ」
「仕切りなおしといきましょう」
何だかんだでジョヴァンニと共にいると生き生きとした顔になるレポレロである。
「その為にも」
「屋敷に戻るぞ」
「はい、そうしましょう」
こんなことを言い合いながらこの場を後にする二人だった。そしてその頃少し遠くにジョヴァンニの屋敷が見える庭先で。ツェルリーナがマゼットに必死に言っていた。
ジョヴァンニの屋敷はさながら宮殿のようである。大きく立派でかつ豪奢である。彼の豊かさを示すだけでなくその家柄さえ示しているようだった。
だが今はそれは背景でしかなく。ツェルリーナは必死にマゼットに言い続けていた。
「だから聞いてよ」
「聞くものか」
マゼットは必死に声をかけるツェルリーナに背を向けていた。
「誰が聞くものか」
「それはどうしてなの?」
「自分の胸に聞いてみたらいいだろ?」
ツェルリーナに背を向けたまま言う。
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