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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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SAO編
  第23話 ビーター



 BGMだけが、陽気に流れるこの空間。誰1人、それを訊いている者はいないだろう。皆が暫く場に沈黙が訪れていたが。

《Congratulions!!》

 その文字、それを目の当たりにした皆は漸く実感してきた様だ。あの巨体はいなくなり、取り巻きであるセンチネル達も全て消失しているのだ。

「やった………」

 1人が、そう呟く。それが始まりだった。


『うおおおおおお!!!』


 場を揺らせる歓声が一斉に沸き起こった。堪えていたモノを一気に吐き出す様に。

「うおお!! やったぜええ!!」
「倒したぁぁぁぁ!! オレ達の勝ちだぁぁ!!」

 皆が喜び合っていた。死闘決着した事で 緊張も抜けた。安堵感が生まれてきたのだ。

「……ふぅ」

 リュウキは、膝を軽く払い立ち上がると、キリトの傍に寄った。

「……強くなったな。キリト。ナイスだ」

 そう言って手を差し出し、キリトの手をとって引っ張りあげた。

「ははっ……前とは違う。言っただろう? ……次は負けないってな。 だけど、やっぱり遠いなぁ……、リュウキは」

 キリトは起き上がると、拳を出した。リュウキも軽く頷くと同じ様に拳を作り。 
 
 コツンっ、と互いに当てた。

 丁度その時だ、キリトのウインドウが可視化され、見えたのは。

「ん、それは……?」

 リュウキは、少し驚いている様だ。それを見て、キリトは軽く苦笑いをする。

「ああ……、LAだろうな。……俺になったみたいだ。何か悪いな……」

 フロアBOSSを倒した者、最後の一撃を与えた者に与えられるレアドロップ。街で売っている代物は勿論、通常のモンスターのドロップやトレジャーボックスで手に入る物よりも遥かにレア度は高く、高性能の物、だからこそ、狙う者は多かった。

 因みに、リュウキが驚いていたのは 次の部分。

「いや、違うんだ。驚いたのは、キリトにも(・・)あった、と言う事だ。オレのにも有るんだよ。それ」

 その言葉を聞いてキリトも驚いていた。可視化されたウインドウを動かし、リュウキはそれをキリトに見せた。
 確かに、《last attacking bonus》と表示されている。間違いないだろう。
 だが、文字通り最後の一撃、それのボーナスなのだ。2つ出るのは矛盾している。 

「同時撃破だったから……? 多分だがそれでだろうな」

 リュウキはそう言う。2人の剣がピタリと同時にヒットし、そのダメージでHPを減らしたんだとすれば、非常に難しいタイミングだが、ありえない話じゃない。その場合はランダム仕様でもおかしくないのだが、こう言った場面を考えて製作したのだろうか。

 キリトのユニークアイテム(専用アイテム)は。

 《コートオブミッドナイト》と表示されている。
 名の通り、漆黒のコートだ。

 そして、リュウキが。

 《コートオブシルバリースノウ》。雪の白と銀の色、即ち白銀。

 漆黒と白銀のコート。

 随分と対照的な色だと思えた。そして、リュウキは自身の髪の色に丁度良いな、とも思っていた。

 その時。

「お疲れ様」
「うんっ!お疲れ様!」

 アスナとレイナが近づき、そして、エギルも近づいてきた。

「見事な剣技だった。Congratulations! この勝利はアンタ達のものだ」

 勇戦を讃えに来た様だ。それを訊いて。
 
「……違うだろ? この場の全員の勝利だ。皆が抑えてくれてなければこうはいってなかった」

 リュウキはそう言い終えると、そっぽ向いた。

「ははっ……(コイツはシャイなんだ。……察してやってくれ)」

 キリトは、エギルに耳打ちする。

「あぁ。そんな感じだな。お前さんは違うのか? お前さんの剣技も素晴らしかったぜ。Congratulions」
「ま、まぁ…… 得意って訳じゃないけど……、なぁ?」

 エギルは納得したように笑っていた。キリトは自分もどちらかといえば、ネットゲームをソロでプレイする事が多かった為、そんな注目を集めたり、賞賛されたりするのは得意じゃない。……だけど、リュウキを見ていたら……まだ大丈夫だ、と思えるのだ。
 エギルもキリトが言っている意味に気づいた様だ。


 そして、その称賛の声はエギルからだけではない。


 他のプレイヤーからも上がっていた。

「いや、ほんとにすげーよ! お前ら!」
「助かったぜ!! ありがとう!!」
「そうだそうだ!よっ! 名剣士コンビッ!!」

 皆がそう拍手喝采。
 賛辞の言葉を送ってくれた。

 リュウキにとって、こんな経験は初めての事だった。

 疎まれる事は多くても、感謝されること等滅多にない。……これが純粋なゲームだったら判らな買ったけれど。 

 その時だ。

「なんでやっっ!」

 称賛の嵐の中で、響く声。  
 叫び声が……悲しい慟哭の様なものが聞こえてきた。その声の主は。

「何でディアベルはんを見殺しにしたんやっ!!」

 目に涙を溜めた……キバオウだった。
 そして、ディアベルと共に戦っていたグループも皆暗かった。当然だろう、リーダーを失ってしまったんだから。もう、二度とあう事が出来ないのだから。

「み……見殺し?」

 キリトは、聞き返す様に、呟いた。

「そうやろがっ! アンタらはBOSSの攻撃手段、しっとったんやないか!その情報があれば……ディアベルはんは死なずにすんだんや!」

 キバオウのその叫びが、フロアに響き渡った。それが響いたと同時にもう さっきまでの拍手喝采はなくなっていた。

 そしてキバオウに続く形で入ってくるのは、ディアベルのパーティにいたプレイヤー。サブリーダー役を勤めていた男、《リンド》。

「そうだ……! ここで、ここで、讃えられているべき人は、ディアベルさんだった筈だ!! お前は、お前達は、見殺しにした超本人だ」

 そこまで言えば、拍手どころか、疑惑の視線を向けてくるプレイヤーも大勢出来た。彼らがBOSSの剣を見切っていた事、知っている事、何故、それを教えなかったのか、と。

「《last attacking bonus》」

そんな時だ。……妙に流暢な英語が聞こえてきた。

「あんたは、あんたらは、ディアベルさんにLAを取られるのが嫌だったんだろ? だから、全てを隠して、見殺しにした。……図星、だろ? 元βテスターさん(・・・・・・・・)
「っ……!」

 リンドはその言葉を訊いて、俯く。

「本当、なのか……? おまえ、おまえらは……」

 怒りからだろう。身体が震えているのは、全てのベータテスターに対する。
 そして、リンドの前の男のその言葉には、何処か悪意が孕んでいる様にも思えた。ただ、疑惑を投げかけると言うより、争いを助長するかの様な言い方だったから。だけど、この時はどうすることも出来なかった。

 そして、その事に対しても疑問を投げかけるプレイヤーもいた。

「でもよ…… 昨日配布された攻略本にのっていたボスの攻撃パターンはβ時代の情報だ。って書いてあっただろ?彼が元テスターだって言うのなら、寧ろ知識はあの攻略本と同じじゃないのか?」

 その問いに一度は黙ってしまった、だが……ディアベルと共にクリアを目指していたシミター使い、リンドは憎悪溢れる一言が言えなかった。だが、悪意はまだ続く。
 あの流暢な英語を操る男。

「No。……違うな。あの攻略本が嘘だったんだろうぜ。アルゴって情報屋が嘘を売りつけて、そして アイツとお前らはグル。アルゴだって元βテスターなんだから、其れくらいは訳ないよな? 共謀して騙して、善意のふりでオレ達に偽情報をばらまいて、最後には美味しい所を持っていく。……It's scary。全く恐ろしい奴らだねぇ」


 争いを助長している様に感じるのに、この男には何処か説得力がある。疑惑の念がどんどん黒く場を染めていくのだ。

(……まずい、この流れは……。)

 キリトは危惧した。この場で……リュウキと自分だけが糾弾を受けるのならまだ良い。その矛先が他の元テスター、アルゴ達の様なプレイヤーにまで及んでしまえば。敵意が暴走すればそれこそ魔女狩りのような状況になってしまうだろう。中でもアルゴに関しては、危ない。アイツはベータテスターとビギナー達の橋渡し。アルゴ以上に、その役割を果たせる者はいないのだから。

(どうすれば良い? 何を言えば収まってくれる? 謝罪か? いや……駄目だ。他のプレイヤーにまで……上る)

 キリトは、考えを張り巡らせていたその刹那。

「………ッ! リュウ…キ?」

 リュウキがキリトの肩を叩いた。
 そして、……キリトはリュウキの目を見た。悲しげなその目を……キリトは決して見逃さなかった。リュウキは徐に移動して行く。まだ悪意が漂っているであろう渦中に向かって。


 その先には、今までずっと我慢して聞いていた3人。

 恐らくは誰よりも……この中で誰よりもこの戦闘の功労者は誰なのか。誰のお陰で生き残る事ができたのかがわかっている3人だ。礼を言う事はあったとしても、罵倒するような事は絶対に間違えている。

「あの人は、そんな人じゃないっ!!それに、アルゴさんだって、アルゴさんだって!なんでそんなことを言うのよっ!!」

 レイナがまるで絶叫するかの如く叫び声をあげていた。3人の中で一番先に声を上げたレイナ。
思い切り声を上げたせいか、肩で息をする。

「……あんた、なんでそんな奴の肩なんか持つんだ? あんたもグルなのか?」
「なっ!!」

 レイナの事をも標的に入れようとする。その事だけはアスナが我慢出来ないようだった。アスナが、そして隣にいたエギルも一歩前に出ようとしたその時だ。

「……馬鹿な事を言うな」

 低く、そして冷たい言葉が場に響いた。決して大きな声じゃないのに、よく通る、身も凍る様な声だった。

「冗談だろう? そいつは、正真正銘の初心者(ビギナー)。スイッチは疎か、パーティ申請のの仕方も知らなかった程にな」

 リュウキは3人の間を縫うように前へと出てきた。そして、疑惑の視線を向けてくるプレイヤー達に向かいつつ、続ける。

「……共にパーティを組んだからって、あまり懐かない事だ。そう懐いてしまったら、仲間だと思われるだろ? ……まぁ 初心者(ビギナー)だからこそ、判らないんだろうな。利用されたことに」

 リュウキは、ふてぶてしい表情のまま、そう答えた。

「それに元βテスターだって……? オレをあんな連中と一緒にしないでくれないか……?」
「な……なんだとっ!」

 そんな言葉を聞き、更に憎悪を燃やすメンバー。中でもリンドは、目に涙さえも浮かべていた。悔しさと怒りが混濁しているようだ。

「……お前らの足りない脳を最大限活用してみろ。そもそもSAOのCBTの倍率は、かなりのものなんだぞ? そして、受かったのは たった1000人。今回正式サービス人数の更に10分の1。 その中にどれだけいたと思う? 熟練者って呼べるものが? ……殆ど、レベリングの仕方も知らないような連中だったよ。……そう初心者(ニュービー)。中には新しい物好きの連中もいた。今日みたいな戦い方ができるお前ら達の方が遥かに優秀だ」

 それは侮蔑極まる物言いだ。この世界に来た、全てのプレイヤー達全員を。

 そのリュウキの言葉に皆が押し黙った。この部屋の空気は、まるでBOSS戦の時の様に空気が一気に張り詰め、緊張感を生んでいた。

 リュウキはそれを確認すると、意図的な冷笑浮かべ続ける。

「――オレは他の連中とは格が違う。あの時。β時代に 2ヶ月の期間で登った層は16層。 他の連中は付いてこれなかったよ。当然だ……。オレに付いて来たら来たで、何も出来ず即効で死ぬんだからな。そしてあのBOSSが使用していた刀、あれは10層の敵……だったかな? だから知っていたんだよ。初めから情報を渡せ……? 意図的に隠した? そんな事する必要さえない。 1層目のBOSS戦でいきなり10層レベルのスキルが出る事は、流石のオレも驚いたがな」

 軽く首を振ると、再び冷笑。……というより冷徹な表情に感じた。皆は本能的に悪寒が走る。この仮想世界で、同じ人間とは思えなくなってしまう程に。……そう、化物の様に感じるのだ。
 それは、信頼をし、戦いを終えた後に賞賛を送ったエギルも同じだった。

「それとな……エギル」

 リュウキはエギルの方を見た。

「ッ! ………」

 エギルは、リュウキに呼ばれて思わず押し黙ってしまった。今の冷徹な感じが、化物に感じたそれが、嘘のようだからだ。
 
 声、そしてその仕草から感じる、それ とは裏腹にエギルを見る彼の目は、『申し訳ない』と、そう謝っている様にも見えたから。

 驚いていたのは、エギルだけじゃない。言葉を遮られたレイナもそう、そしてアスナも。 でも、リュウキの顔を見たら、すぐに判った。それだけで、よく判ったのだ。

 リュウキが、彼らを見たのは一瞬だけ。更に驚愕の事実を告げた。

「アンタが手にした情報……1000コル分のな、アレの情報をアルゴに渡したのはオレだ」
「「「「!!!!」」」」

 リュウキのその言葉に、場にいた全員が驚いていた。怒りよりも、驚きが勝る程に。エギルの話後、あの攻略本は、皆が確認していたのだ。いや、エギルの話を聞いて、すぐに買いに行った者プレイヤーもいる。その内容は、β時代と今の差を主に書いていた。

 なぜ、こんな短期間でできるのだろうか? と、疑問にも思ったが、何人もいるのだろう。結論は勿論、βテスター達、大人数で稼ぐ為に行ったのだろう、と解釈をしていた。だが、目の前の男が1人で提供したといっている。

 そして、それは、嘘には見えなかった。嘘だとしても、嘘をつく理由が判らなかった。

「情報の売買を生業としているアルゴなんか目じゃない程にもってるんだよ。それに、あれは片手間で手に入れたものだ……。あの程度、安いものだ」

 最後にそうはき捨てた。……それを聞いたE隊のメンバーの1人が掠れた声で言う。

「なんだ……なんだよっ!それ!それ元βどころじゃねえじゃねえか!」
「そうだ……!もうチートだ!チーターだ!」

 チート……ゲーム上の不正な力。
 世界を捻じ曲げ、書き換えた力だ。オンラインじゃ、忌み嫌われる象徴だった。だが、そう言われても当然だと、この時リュウキは素で想っていた。《視えるから》。

 そして、それらの単語は徐々に重なり、βテスターとチーター。それらが合さり……。

 ≪ビーター≫

 それがリュウキに与えられた名、その名で定着してた。

「………オレの事をどう呼ぼうとお前らの勝手だが……、あまりセンスない風に言わないでくれよ。……そして、これからはオレを元βテスター如きと一緒にしないでくれ。熟練者は殆どいない。一緒にされたら、不愉快極まりない」

 そう言うと、背中を見せた。


――……これで良い。


 まだ、βテスターは600人ほどはいるんだ。そして、大部分がリュウキの言ったように、殆ど初心者。その中でも少数なのが情報を独占する汚いプレイヤーだ。ビーターとよんでいたが、まるで動物の名か? と思えるような名だったから嫌だったが、とりあえずは、今後元テスターだからといって、目の敵にされる事は無いだろう。その代わり恐らくは二度と前線でギルドやパーティなりに入れる事は無いといって良いだろう。情報の伝達は恐ろしいほどに早いからだ。

(―――……オレは元々ソロだ。1人でも問題ない。これまでも……そしてこれからも……)

 リュウキの中に僅かに寂しさの様なものも残っていたがそれを押し殺した。そして、キリトと共に入手したユニーク品。

 《コートオブシルバリースノウ》を装備した。

 体は光につつまれ……その次には白銀のコートにつつまれる。丈も随分伸び足元にまで達するほどだ。
そして、その白銀のロングコートをばさりと翻し、BOSS部屋の奥の小さな扉に向きなおした。

「第2層の転移門はオレが有効化(アクティベート)しておいてやる。そこからは、主街区までフィールドが続く。1層とは比べ物にならないMobが出るだろうから、今のザマでついてきたいなら、……死ぬ覚悟をしておけよ。初見で死ぬ様な連中は腐るほど見てきたからな」

 皆のほうに向いた。言葉は失っていたが、殆どが憎悪の目で見ていた。涙を溜めたリンドは、力の限り言葉を振り絞る。

「ふざけるな……ディアベルさんに謝れ……謝れよ!」

 ディアベルを心底信頼し、尊敬すらしていたリンドが叫び声を上げた。

「ビィィィィタァァァァァ!!!」

 喜怒哀楽の怒の感情が前面に現れる叫びだった。アバターの顔はその感情を正確に読み取り、憎悪溢れる表情になって、リュウキに叫び声をあげていた。


 あたりには、恨みの声が渦巻いているが、その中でも4人は違った。

「……なぁ? あんた達、あれが本心じゃない事くらい」
「っ!!もちろんよっ…… リュウキくんは……そんな人じゃないっ」
「言われなくてもわかってますっ!」
「っ……」

 エギル、レイナ、アスナ、そしてキリト。彼ら、彼女らは違っていた。

≪何もかも解ってくれていた。≫

 そのやり取りは、リュウキの耳には届いていた。他の者達の憎悪が渦巻く中で、はっきりと。

「ははっ………、最初で最後だったけど。良い仲間……持ったもんだな……」

 リュウキはそれだけで心が軽くなっていた。

 一度手に入れられてそれを失う喪失感は……酷いものだったが。見てくれている人がいて、理解してくれている人がいる。
 そんな人たちがいるからこそ、軽くなっていた。

 そして、主を失った玉座の通り越し、次層へと続く扉の光の先へと入っていった。


『爺や……安心して、僕……持てたから。……大切なもの。また会えたら……、帰れたら。話をするよ。この世界の事……』

 次の層へと続く光の道。
 その光につつまれながら……リュウキはそう考えていた。








「リュウキ………ッ!」

 キリトは、リュウキが見えなくなった後、漸く正気を取り戻し、床を殴りつけた。

 ……キリトは後悔をしていたんだ。

 彼も……キリトもリュウキと同じコトを考えていた。だけど……自分の身に何が起こるか予測が付かない。最悪、同じプレイヤーに闇討ちされる危険性だってある。モンスターに殺されるのならまだしも、同じ境遇の人間に殺される可能性すらあるのだ。だから……直ぐに実行できなかった。

 怖気づいてしまったんだ……。

 何が起こるかわからないから……。ゲームに殺されるんじゃなく……同じプレイヤーに殺されるかもしれない。だから……、どうしても最後の一歩を踏み出す事が出来なかった。

 そして、それを見越したように、リュウキが行った。

 ディアベルの残した言葉通りに。

 《皆為に》

 リュウキが、バラバラになりかけた仲間達を紡いだ。怒りを一点に向ける事で、他の元テスター達に火の子が降りかからないようにもした。
 初心者(ビギナー)達と元βテスター達の両方を、救ったのだ。

「ッ……。お姉ちゃん。私……ちょっと行ってくるね」

 レイナは、アスナにそう言う。

「え……?」

 アスナは、何を言っているのかわからなかった。ここから先は彼の言うとおり、敵もかなり力を増しているのだろう。ここはまず、街に戻って整えてからだと思っていたからだ。
 
 でもレイナは強い意志で続けた。

「私、彼とは付き合いは短いけど……少しは解っているつもり。だって、物凄くシャイで……そして、思春期っぽくない男の子なんだよ。……何かを、何かを、きっと抱えてる男の子。……直ぐに、1人にさせたくない。だから、少しでも話してくる。違う……私が話したいの!」

 レイナは強く訴えた。

「……うん。なら、私も行くわ」

 アスナは、妹を1人にすることは出来ない。だから頷いた。

「……オレも行こう。オレだって《元βテスター》だ。アイツ程じゃないが、2層くらいは楽勝で抜けられる」

 キリトもだ。いや、キリトはわざと大きな声で言っていた。非難を受けるのは、リュウキだけだったらあんまりだから。
 
 リュウキは、自分と違って情報も提供してくれていた。誰も死なない様に、と思って行動をしてくれていた。


――あの男が……最大の功労者なんだ。


 死者も、もしかしたらあいつがいなかったら、もっと増えていた可能性が高いからだ。エギルもリュウキの情報のお陰で命を救われたといっている。……それがエギルだけとは思えない。

「なら、オレの伝言も預かってくれねぇか?」

 エギルは、ニカリと笑うとキリトにそう言っていた。キリトは、無言で頷いた。

 そして、キリト、アスナ、レイナはその場からリュウキを追いかけた。その事と、キリトが言った元テスター・この2層くらいは楽勝の言葉。それらで、リュウキに向けられた行き場のない怒りをキリトにも向けられ。

≪ビーター≫

 その名をリュウキ同様につけられた。キリトはそれを一笑し、アイツの……リュウキの言っていた事は正しいとこの場の全員に告げると、その場から離れていった。


 

 
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