我が剣は愛する者の為に
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強者と弱者
雲流に言われた道を馬で走る。
通行人は馬が横を通り過ぎるのを、鬱陶しいそうな視線を向けている。
胡蝶の馬が走っている道はかなり通行人が多く、その中を馬が通り過ぎていくのだから鬱陶しいと感じるのは無理はない。
その視線に気づいている胡蝶だが、一々気にしていたらきりがないので無視する。
診療所らしき建物の近くを見つけ、馬を適当な所に停め、中に入る。
中には診察待ちをしている人が何人かいて、ちょうど廊下に男性の医者がいたので声をかける。
「おい、そこのお前。」
「私ですか?」
いきなり入ってきた女性に呼び止められた医者は足を止める。
「この子が路地で倒れていた。
診てやってくれ。」
胡蝶は腕で抱えている少女を見せようと、近づこうと医者に歩み寄ると医者はそれに合わせて後ろに下がった。
それを見た胡蝶は眉をひそめる。
「どうして下がる?」
「だってその子、汚いじゃないですか。
何よりそんな子供を見て何か得がありますか?」
一瞬、自分の耳を疑った。
チラリと周りに視線を向けて、診察を待っている人の顔を観察する。
彼らも医者の言っている事は間違っていないと思っているのか、逆に胡蝶に対して厳しい視線を向ける。
「医者とは思えない言い分だな。」
「むしろ貴女のほうが異常に思えますよ。」
この街の住民の言葉や医者の言葉を聞いて、胡蝶は嫌な思い出を思い出す。
かつてある街を統治していた自分の一族。
民を見下し、絶対的な強者であり続け、弱者を苦しませ続けたあの家族を。
言葉にできない苛立ちが胸に広がり、無意識に空いている左手を氣で強化していた。
ここで問題を起こせば、さっき縁を止めたのが無駄になる。
文句の一つでも言って立ち去ろうと思った時、後ろの扉が開く音が聞こえ振り返る。
少し髭を生やし、眼鏡をかけた優男だ。
彼は胡蝶と抱きかかえている子供を見て。
「早くその子を僕に診せて下さい。」
「あんた、何者?」
少し警戒しながら男の素性を探る。
警戒していると分かったのか、穏やかな笑みを浮かべつつ答えた。
「私は無明。
流れの医者です。
あなたが子供を抱えて、馬を走らせているのを見かけて追いかけてきました。」
表情など注意深く観察した結果、嘘を言っているように見えない。
「分かった。」
「では、こちらへ。」
最後にその場にいた全員を軽く睨んで、胡蝶は男について行く。
薬箱を抱え、近くの長屋に入る。
中には布団に寝ている双子の子供と、痩せた女性が双子を看病していた。
「先生・・・」
女性が無明の姿を見て、顔を輝かせる。
さっきと同じ様に笑みを浮かべながら。
「奥さん、布団をもう一つ出してもらっていいですか?
もう一人診察しないといけない子がいまして。」
申し出を快く受け入れ、女性はもう一つ布団を敷く。
胡蝶に少女を寝かせるように指示し、従う。
先に双子の素早く診察し、薬箱から適量を取り出し調合し飲ませていく。
最後に少女の方も診察し、さっきと同様薬を飲ませていく。
「これで大丈夫。
薬を飲ませたので安静にしていれば、元気になりますよ。」
「あ、ありがとうございます!」
正座し、おでこを床につけお礼を述べる。
「ですが、これが何度も続けば命の保証ができません。
食事をとり、しっかりと栄養を与えないと。」
無明の言葉を聞いて母親は曇った表情を浮かべる。
「夫は朝から晩まで働いているのですが、それでやっと食べていけるくらいしか稼げません。
子供達に出来るだけ食べさせているのですが・・・」
話を聞いた限り、買える食材は本当に質素なものばかりなのだろう。
こういうのは街を統治している者に言い、流通や値段を調整してもらうのが一般だが。
(この街がそれが機能していない。
しっかりとした職を持っている者なら買えるが、それ以外は・・・)
街に入ってから今まで観察してきた情報を頭の中に整理していく。
今の暮らしの状況を聞いた無明は、薬箱からいくつかの薬を差し出す。
「もしお子さんが倒れたら、これを飲ませてあげて下さい。」
「ですが、お代は・・・」
「気にせずに。
病気にかかる人を助けるのが医者の務めですから。」
無明の言葉を聞いて、母親は目の端に涙を溜め、最後には号泣する。
さすがに無明のこの反応は予想していなかったのか、慌てて母親を慰める。
街の住民が少女に冷たく当たったように、この家族も街の住民に虐げられてきたのだろう。
だから無明の純粋な優しさに感動し、涙を流した。
母親が泣き止み、少女が目を覚ますまでここに置いてもらうようにお願いする。
無明はこれから別の所で診察があり、それが終わり次第少女の親を探すつもりのようだ。
長屋を後にし、無明は胡蝶に話しかける。
「そう言えば名前を聞いてませんでしたね。」
「司馬懿だ。」
「司馬懿さんはこの街の人ではないですね。」
「分かるの?」
「私もそうですから。
この街の人は路地に倒れている子供を助けようとしません。」
馬を回収し、無明の話に耳を傾ける。
「最初はこの街に来た時、賑やかな印象がありましたが裏道に入れば貧しい住民で溢れている。
街の人に聞いた話によると彼らは弱者で、自分達は強者と言ってました。」
「弱肉強食。」
「その通り。
それはこの裏道でも同じです。
自分より弱い弱者から物奪い、盗られた弱者はさらに弱い弱者から奪う。
ここはそれが平然と繰り返されている街です。」
次に診察する家の前に着いた無明は胡蝶に別れを告げ、家の中に入って行く。
胡蝶も馬に乗り、城に向かった。
雲流に案内され、兵達に休息を命じ、俺はこの街を統治している者に会いに行く。
玉座の間に入ると肥え太り見るから上質な絹で作られた赤の服を着た男が、机に並べられた豪華な食事を堪能している所だった。
「苑意様、曹操様からの使いが只今到着いたしました。」
「うむ、ご苦労。」
仮にも相手は華琳より上の地位。
膝を折り、ある程度の礼節を見せる。
「私は曹孟徳の部下、関忠と申します。」
「救援の早馬を聞いてからの迅速な対応、感謝するぞ。
今朝に賊が近くの村を襲われ、兵達も苦しんでいたところだ。
そなた達の活躍に期待しておる。
下がっても良いぞ。」
普通ならここで下がるが、どうしても尋ねなければならない事があるので尋ねる。
「一つ尋ねたい事があるのですが。」
「何だ?」
食事の邪魔をされて不満の籠った声を出す。
「街の住人についてです。
彼らは貧しい人間を寄ってたかって虐げています。
これに対して何も対策を取らないのですか?」
「まぁ、他所から来たお前には異常に見えただろうな。」
箸を置いて面倒くさそうに苑意は答える。
「民は弱者だ。
搾取され続け、統治者が変わればその流れに身を任せる。
それではいつまで経っても弱いままに過ぎない。
統治者は民を強くしなければならない。
他の所よりもより強く!
だからこそ、私は弱肉強食の制度を作った。
強き者が私の傘下に入れ、良い思いをさせる。
所謂、勝ち組という奴だな。
定期的に街を見回り、どれだけ強者なのかを知りその者を傘下に加える。」
「なん・・・だと・・・」
思わず素の言葉が出てしまったが、呟き程度なのと距離が離れていたために聞こえていないようだ。
「これを続ければより強い強者が生まれ、兵に繋がり、どこよりも強い兵や民が生まれる!
それによって・・・」
「苑意様。」
興奮したのか話を続けようとしたが、雲流の冷静な一言を聞いて正気に戻ったのかわざとらしい咳払いをして。
「まぁ、そういうことだ。
よそ者であるお主には関係のないこと。
ほら、分かったのならさっさと下がれ。」
「・・・・・」
言いたい事は山ほどあった。
だが、それを喉元でぐっと押える。
ここで啖呵を切って、言った所で何も変わらない。
むしろ、華琳の立場を悪くしてしまう。
頭を下げて、下がろうとするが。
「にしてもお主はいい尻しておるの。」
下衆な言葉を聞いて後ろを振り返る。
苑意の近くにいる侍女の尻をいやらしい手つきで苑意は触っていた。
しかし、侍女は何も言わずただ黙って耐えている。
不快と思っている筈なのにそれらすらも、極力顔に出さないようにしている。
今すぐにでも助けに行きたいが、歯を強く噛んで耐え、玉座の間を後にした。
廊下を歩き、個室に向かっていると前から胡蝶が歩いてくるのが見えた。
さっきの少女の事が気になっていたので、どうなったのか聞く。
「ちょうど医者がいてね、何とか助かったよ。」
「そうか、それは良かった。」
「ただ教えて貰った診療所では診て貰えなくてね。
幸いにも他所の医者が居てくれて何とかなったけど。」
詳しい話を胡蝶に聞いて、本格的にこの街は弱肉強食が浸透しているのが分かった。
(どうやら賊との関連以外にも、やらないといけないことがありそうだな。)
俺は部屋に戻らず、街を見回ると胡蝶に告げると。
「私も着いて行く。」
「・・・・意外だな。
てっきり部屋で待っていると思ったんだが。」
「この街を見ているとね、イラついて堪らないんだ。」
「どういう事だ?」
「歩きながら話すよ。」
そう言って俺よりも先に胡蝶は街に向かって足を向ける。
何となくだが、あいつの声は苛立ちが感じられた。
俺も彼女の後に続いて街に向かって足を向けた。
後書き
遅くなって申し訳ないです。
出来るだけ早く投稿していきたいな。
誤字脱字、意見や感想などを募集しています。
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