蒼き夢の果てに
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第5章 契約
第65話 魔眼の邪神
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第65話を更新します。
次の更新は、
7月5日 『ヴァレンタインから一週間』第23話。
タイトルは、『君の名を呼ぶ』です。
その次の更新は、
7月9日 『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』第7話
タイトルは、『最後は封印して終わりですよ』です。
「湖の乙女。あの艦隊が軟着陸をしたら、俺と同期してくれるか?」
……と、彼女に問い掛けたのでした。
普段と変わりない口調。自らの精神を彼女に明け渡す代わりに、無防備と成る彼女の身体を今回は、ここ、翼ある竜の背の上に残して行く事となる危険な申し出。
そう。軟着陸をした後に、あのガリア両用艦隊旗艦に乗り込み、今回の事件の首謀者を取り押さえる。それで、この事件は終わるでしょう。
まして、俺と彼女が同期して、彼女が俺の霊気の制御を行えば、元々扱い切れずにいた自らの霊気の制御が完全に出来るように成り、俺の能力が跳ね上がる事は確認済みです。
この状況で、更に加速状態と成った龍種を止められる存在は、殆んど存在してはいないと思いますから。
現在のガリア両用艦隊の対応から考えると、なのですが。
俺の問い掛けに対して、微かに首肯く湖の乙女。
そして、この時既に、ガリア両用艦隊が徐々にその高度を下げ始めて居たのだった。
何時か虚ろな空間で…………。
目視確認が出来る甲板に転移した瞬間に、雷公の腕を召喚する俺。
そう。それまで何も存在しなかった空間に俺が現れた瞬間、周囲に存在していたガリア両用艦隊旗艦の甲板員たちが無力化されて仕舞ったのだ!
そして、一瞬の反動を付けた後、直ぐに動き出す俺。
まるで意志を感じさせない、操り人形の如き不自然な動きながらも、そんな俺を目がけてカトラスを手に左右から斬り掛かって来る二人の水兵。
しかし! その二人の水兵を囮として、おそらくはこちらが本命。俺の背後から軍杖で突きかかって来ていた士官の腕を取り、斬り掛かりつつ有った二人の水兵に向かって投げ付ける事に因り、すべての無効化に成功。
その刹那、杖を取り出して何やら呪文を唱えようとした連中に対して右腕を振るう。
次の瞬間、俺の右腕より閃いた銀光が三人の魔法使いたちを右腕ごと甲板に打ちつけて仕舞う。
そう。ここまでの行動は、すべて一瞬の出来事。
非常に間延びした世界の中、唯一人、通常の世界に生きる俺が、死んだ魚のような瞳に妖しい光を宿したガリア海軍軍人たちを次々と無力化して行くのだ。
【こいつら、本当に操られただけの一般人か?】
艦内に侵入するドアを蹴破り、待ち伏せしていた水兵をドアごと向こうの壁に激突させた直後の俺の呟き。
その【呟き】に対して、俺と共に有る少女から、同意を示す【気】が返される。
かなりの覚悟を決めて、このガリア両用艦隊旗艦ビュッセンタウル号に乗り込んで来ただけに、拍子抜けの感は否めないのですが……。
本来ならば、邪神の眷属を召喚した事件で有る以上、少なくとも、太歳星君を召喚した事件の際に顕われた牛頭人クラスの雑魚が迎撃に現れたとしても不思議でもない……と思うのですが。
何と言うか、まるで、このガリア両用艦隊の動きすら実は陽動で、その他に為したい事が有って、その為に邪魔な俺の目をこちらに向けさせる為に、あのタイミングで出航して見せたのでは……。と、思わせるぐらいには、呆気なく事が進み過ぎて居ます。
甲板から船内に至る扉を潜り、廊下の向こう側からマスケット銃を構えた二人の水兵を、ほぼ反射のみで右腕から放った釘で無効化した俺が思考を更に進める。
そう。これが例え何らかの大きな策謀を隠す為の陽動で有ったとしても、それでもあのまま、この艦隊を見逃す訳にも行きませんでしたから。
この艦隊全体でどの程度の火石や風石が積み込まれているのか判らず、そのすべてを俺の影響を与えられない場所で、全ての精霊力を活性化させられたのなら、街のひとつやふたつは、瞬時に地図の上から消し去る事が出来るはずです。
こんな危険な連中を、流石に陽動を恐れて見逃す訳には行かないでしょう。
お前は道を見つけるだろう…………。
ブレストの街に残して来た飛霊や剪紙鬼兵。そして、ノームの連絡では、ブレストの街でこれ以上、何かが為される様子はない、と言う連絡が伝えられて居ますから、この軍事物資の横流しから始まる一連の事件は、ここで終息するはずなのですが……。
漠然とした不安を抱きながらも、昨日辿った道を、敵対者を排除しながら進む俺。
狭い艦内でガスなどの不意打ちに備える為に、シルフに因り俺の周りに空気を発生させながら……。
そして……。
そして、辿り着いたその部屋の前は、完全な静寂に包まれている。
そう。扉はこれ見よがしに開かれたままと成って居り……。
これは、どう考えても明らかな罠。しかし……。
この段階での自らの装備の確認を行う俺。
物理反射と魔法反射は一度だけ可能。
呪殺も一度だけ無効化。
精霊の支配は完璧。この世界で一般的な魔法の系統魔法は、発動する事さえ困難な状態。
物理魔法も、直接的な被害を与えるタイプの魔法なら、俺の精霊の護りを貫く事は出来ない。
それに、このハルケギニア世界に存在する未だ黎明期の火器では、精霊を纏った俺の防御力を突破する事も不可能。
相手が余程の精神力を持って居て、自らの廃人化すら厭わないような状態ならば、一度ぐらいは魔法の発動も可能でしょうが、それでも、その貴重な一度を魔法反射で魔法を放って来た相手に反射が出来ますから、俺には何の実害もなく事件は終了と言う事に成りますか。
覚悟を決めて扉の前に立ち、ガリア両用艦隊提督の執務室内を覗き込む俺。
そこには……。
「待って居たよ、オルレアンの人形姫の使い魔よ」
茫洋とした、死んだ魚のような瞳で宙空の何処かを見つめながら、提督専用の椅子に腰かけるビルヌーブ提督の執務机の前に立つ、左目に妖しい輝きを浮かべ、黒の僧服に身を包んだ青年がそう話し掛けて来た。
その青年が発して居るのは王の雰囲気。
そう。それは、我こそが世界を制する王だと言う自信に満ち溢れた者のみが発する事が許された声。まさに、覇王の声と言うべきで有ろうか。
そして、その一言により、明らかに世界の理が塗り替えられていた。
但し……。
「道化芝居に無理矢理付き合わされる者の身に成った事が有るかな、アラメダ司祭。……いや、アンリ・ダラミツ殿」
かなりうんざりとした口調で、目の前の世界の王気取りの道化者に話し掛ける俺。
そう。どうやらこの事態は、ショウも無い道化芝居に強制参加させられた、と言う事でしょうから。
もっとも、これはヤマ勘。完全に裏が取れている情報などではなく、アラメダと言う名前と、貴族の次男。そして、ブリミル教の司祭と言う役割を三銃士の中の登場人物に当てはめてみただけの推測ですから。
そして、
「ガリア両用艦隊の従軍司祭アラメダこと、元東薔薇騎士団所属アンリ・ダラミツ。いや、デルブレー子爵弟と問い掛けるべきでしょうか?」
……と、その黒い僧服を着込んだ、金の髪の毛を持つ青年に対して問い掛けたのでした。
――アンリ・ダラミツ。三銃士の登場人物で言うのなら、アラミス。三銃士内きっての切れ者ですが、後の鉄仮面事件の際に失脚。スペインに亡命すると言う人物。
尚、本名は小説三銃士内では明かされる事がないのは、ポルトスと同じ。ただ、ルネと何度か呼ばれた事は有ったはずですが。
但し、それは小説内の話。この目前の、まるで世界の王を気取った道化者に、其処までの能力が有るかと問われると、果てさて、如何ですかね、と答えるしか有りませんが。
何故ならば、
「王の前だ、ひれ伏せ、アンリ・ダラミツ」
俺が、ゆっくりとそう、目の前の僧服の青年に対して『命令』を下す。確かに、先ほど目の前の道化芝居の主人公が発した声に及ぶべくも有りませんが、それでも俺的には王の威厳と威圧を備えた心算の声に因る命令。
その瞬間、大地に両手を着け、ひれ伏す道化者。
そう、コイツは、俺に魔法反射が掛けられて居る事も知らずに、精神支配を可能とする魔法を仕掛けて来たと言う事。
俺の事も知らずに自らの切り札に等しい魔法を使用して来る段階で、コイツの程度が知れていると言う事ですから。
もっとも、人間のレベルで俺の魔法反射や物理反射を確実に知って居るのは才人のみ。ルイズも知って居る可能性も有りますが、飽くまでもそれは可能性。それ以外は、神の領域での戦闘を確実に目で確認出来なければ、知る事は難しいでしょう。
何故ならば、加速状態の俺やタバサの動きを、常人の目で完全に捉える事は不可能ですから。
更に、例え俺の精神を操る事が出来たとしても、現在の俺は、武神忍本人だけではなく湖の乙女も精神の中に同時に存在しています。
そして、水の精霊と言うのは、精神や感情も司る精霊。果たして、彼女の精神を人間程度の魔力で操る事が出来るかと言うと……。
【彼の使う魔法は強制。魔眼を相手に覗き込ませる事に因り魔法を掛け、相手を完全に自らの支配下に置く水の系統魔法に存在する禁呪】
そう、龍の巫女と成った湖の乙女が解説を行う。
成るほどね。確かに聖職者ですから、相手に瞳を覗き込ませるのは簡単ですか。この世界の教会にも懺悔と言うシステムは存在しているはずですからね。
更に、三銃士内のアラミスは色男と言う設定ですし、俺の目の前にひれ伏している線の細い、如何にも美青年と言う雰囲気の青年に被る部分も有り、まして、瞳を覗き込むだけで相手の意志を操る事が出来るのなら、女性の心を持て遊ぶ事など訳は有りませんか。
もっとも、このレベルのヤツがダゴンを召喚するようなマネが出来る訳は有りません。
つまり、ダゴンを召喚したのは別口。おそらく、ブレストの街に上陸して来たマーマンやアズミ。インスマウスを操って居たヤツが、ヤツラを通じて、ダゴンを召喚したのでしょう。
今宵はスヴェルの夜。魔が騒ぎ、活性化する異界の夜ですから。
おそらくは、今回のブレストで起きた事件は、ラ・ロシェールの街で起きた事件や、ベレイトの街で起きた事件と同根の可能性が高いと言う事。
異世界からの侵食の大きな事件だったと言う事なのでしょう。
暗黒への道を…………。
それでも……。
「立て、アンリ・ダラミツ」
何時までも目の前でひれ伏されたままでは気分が悪いので、世界の王様気取りの、この道化者に対してそう命令する俺。
それに、思考の海に囚われるのは未だ早い。事件はすべて終わった訳では有りませんから。
こいつを完全に拘束し終えた時――――――。
そう考え掛けた瞬間、俺の背後からヤケに乾いた音が響く。
そして、次の瞬間。その額に銃創を穿ち、背後の壁と床に赤とその他の毒々しい色に因り織り上げられたタペストリーを飾ったアンリ・ダラミツ。
俺が振り返ったその先に存在していたのは……。
人の良い雰囲気。中肉中背。差して目立つ容姿と言う訳でもない人物。この艦に最初に乗り込んだ際に、このガリア両用艦隊指令室にまで案内してくれた人物。ヴェルーニー海軍士官が、右手にオートマチック式の拳銃……コルト・ガバメントらしき拳銃を構えた状態で棒立ちと成って居たのだ。
但し、彼の表情は何の感情も浮かべる事もなく。そして、死んだ魚のような瞳には、妖しい光を浮かべた状態で、何処とも知れぬ虚空を見つめるのみ……。
そして、
「お久しぶりですね」
感情の籠らない平坦な声で、そう話し掛けて来るヴェルーニー海軍士官。しかし、この口調は彼の物ではない。まして、彼が俺の正体を知って居る訳は有りません。
それに、この無駄に明るい。しかし、陰気の籠った、深淵の彼方から問い掛けて来るような気を発する相手と言えば……。
「ソルジーヴィオ」
この場面で、この茶番劇の黒幕として一番相応しい人物の登場と言う事ですか。
但し、今回は明らかにメッセンジャーのみの登場で、あの時に顕われた薄ら嗤いを浮かべた黒髪のイケメン青年では有りませんが。
「覚えていてくれましたか」
口調は非常に嬉しげな口調を、抑揚のない、感情を表す事のない声と表情で伝えて来るヴェルーニー海軍士官。
そして、
「流石に、今の身体のままで貴方の前に顕われるのは危険過ぎます。
それでも、わざわざ貴方がやって来てくれたのです。御挨拶しない訳にも行きませんからね」
まるで、本当に仲が良い相手に対して顔を見せに来たような気安さで、そう伝えて来る若き海軍士官の姿をしたソルジーヴィオ。その際にヤツが浮かべる嗤いから、仕草。そして、雰囲気まで簡単に想像させる言葉の内容で。
それにしても……。
今の身体のままで、……と、コイツ、言いましたよね。
これは、つまり、自称ソルジーヴィオと言う人物は、あの東洋人のイケメン青年風の身体以外に、別の身体も持って居ると言う事なのでしょうか。
例えば。俺に取っての奥の手。龍体と言う状態のような姿形を……。
ただ……
【ワイバーン。湖の乙女の身体を護って、安全圏まで即時撤退。
サラマンダーは、ワイバーンの護衛を頼む】
ソルジーヴィオが現れたのなら、これで事件を終わる訳が有りません。そんな危険な場所の上空にワイバーンと、湖の乙女の身体を待機させて置く訳には行きませんから。
「あぁ、そうでした」
そんな、俺の思考が次の戦闘準備に進み始めたのを知ってか、知らずか。いや、そもそも、その程度の事など気にしてもいないソルジーヴィオが、何か、とても楽しい事を思い出したかのような雰囲気で、そう話し掛けて来る。
普段通りの柔らかい男性の口調の中に、底知れぬ狂気を垣間見せながら……。
【ハルファス。周囲……この俺が居るガリア両用艦隊旗艦を中心に置いて、五芒星の形で結界を構築。何が来ても対処出来る形を】
但し、ヤツが現れた理由がこの場所に俺を釘づけにする事が目的ならば、その策に乗った振りをして次の策を用意するのも悪くはない。
もっとも、この程度の事はヤツも想定済みのはず。
ならば、次のヤツの一手は……。
「オルレアンの姫には、僕の事を感謝して貰う必要が有るかも知れませんね」
その内容はやや意味不明。そして、ヴェルーニー自身は、何の感情も示さない、操られた者の表情でただ其処に存在するのみ。
しかし、
「その程度の事をわざわざ教えて貰わずとも、大体の事情は掴めているから問題ないで」
【アガレス。俺に消費した魔法反射を施して置いてくれ】
実際の言葉ではソルジーヴィオの相手を。そして、【念話】では、この場所にまで連れて来て居るアガレスに対しての依頼を行う。
そう。今回の事件がこれで終わりと成るか。それとも、もう一戦用意されているのかが分かりません。準備を怠る訳には行かないでしょう。
アガレスから同意を示す【指向性の念話】が返されると同時に、
「タバサの親父さんを操ったのはギアスの魔法。そして、その魔法を掛けたのは、さっきのアンリ。親父さんを殺したのは、シャルル・アルタニャン。アンリ・ダラミツ。イザーク・ポルトー。そして、アルマン・ドートヴィエイユ。この四人だったとオマエさんは言いたいのやろう?」
……と、本当にくだらない問題の答えを返すような雰囲気で答える俺。
そう。タバサを見て居たら、彼女の父親がどんな人間で有ったのかの、ある程度の想像が付くと思いますから。
今の彼女から感じるのは、聡明で冷静な判断を下す事が出来、更に、貴族の身分などに対する拘りなどまったく見せる事はない雰囲気。そして、貴族の身分などなくても、自分一人でも生きて行けるだけの実力を持って居ると言う自信。
その娘の父親にしては、オルレアン大公と言う人物の残した結果はあまりにも……。
確かに、舅に当たるガスコーニュ侯爵などが、彼の耳元で王位に対する甘い言葉を囁いた可能性が有るとは思いますが、その程度の事で簡単に王位への野望をむき出しにして、既に決まって居た世継ぎ問題を蒸し返すようなマネを為すとは思えませんから。
これは明らかに父王に対する不敬な行いと成りますし、国を内側から壊す可能性の有る非常に危険な行為。
何故ならば、もし、今の彼女の耳元で、俺自身がガリアの次の王位にはタバサが即位すべきだ、……と甘く囁いたとしても、今の彼女が首を縦に振る事はないでしょう。
おそらく、今まで見せた事のないような哀しい表情で俺の事を見つめ返すだけでしょうから。
そこに今回の事件。ギアスと言う種類の精神支配の魔法が存在した上に、その使い手が、この世界のシャルル・アルタニャンと繋がりが有るかどうかは判らないけど、小説版三銃士では彼の親友で、更に権力志向の強いアラミス役のアンリ・ダラミツがその魔法の使い手だったと言う事実が判明する。
ここまで状況証拠が揃っていたら、流石に、鎌を掛けるぐらいの事はやって見ても良いと思いますしね。
俺の答えに対して、先ず、ヤツに相応しいパチパチと言う少し軽薄な調子の賞賛が浴びせられる。
そして、
「流石ですね」
それに続く言葉にての賞賛に因り、俺の想像がそう外れて居なかった事が証明された。
但し、そんな事は大きな問題では有りません。
まして、今更、その程度の事が判ったトコロで意味は有りませんから。
何故ならば、オルレアン大公の名誉は既に回復され、タバサが成人した暁にはオルレアン大公家が復興される事は確定済みなのですから。
そうして、オルレアン大公暗殺の実行犯のシャルルとイザークは既に謀反人として家もろとも処分され、アンリ・ダラミツはこうやって、俺の目の前に無残な死体と成って存在する。
最後の一人アルマンは未だ逃亡を続けて居ますが、この雰囲気ならば、向こうの方からのこのこと現れてくれる可能性が高いでしょうから。
「安心して下さい。オルレアン大公暗殺に、僕は直接的には関与していませんから」
相変わらず、無表情。そして、無感動な口調でそう告げて来るヴェルーニー海軍士官。しかし、その向こう側で、妙な東洋的笑みを浮かべるソルジーヴィオの姿が透けて見える。
まして、ヤツは直接関与をしていないとは言いはしましたが、間接的に関与している可能性については言及していません。
この状況の何処に、安心出来る部分が存在しているのか、教えて欲しいぐらいなのですが。
闇。それが、我の名前。
何処かから。
そう。例えば、地震により地面が割れ、断層が出ている場所。
例えば、強い磯の香と、大いなる邪神の寝息を感じられる場所。
例えば、一世紀以上使われた墓場や納骨堂の近くの湿った土の上、などから響いて来て居た意味不明の言葉。
但し、同時に、何故か意味が通じる何モノかの召喚呪文が今……。
境界線を越えた。
そう言えば……。
蒼き月の輝く夜。闇の丘の洞窟の奥にて、一人の生け贄を捧げる事に因って召喚出来る邪神が居ましたか。
そいつの瞳は紅とも、そして緑とも言われている邪神で、精神支配を行う……。
「いいえ」
しかし、何故か、海軍士官の皮を被ったソルジーヴィオが否定する。
何を否定したのかも判らない。しかし、それは確実な否定。
そして、
「未だ、この召喚の呪文は完了した訳では有りませんよ」
……と告げて来るソルジーヴィオ。
【湖の乙女。ヤツを、ヴェルーニーから祓う方法は有るか?】
最早、遅きに失した感の有る問い掛けを行う俺。但し、今の俺の能力では、どうしようもない状況だったが故の、ヤツとの会話だったのも事実。
何故ならば、これはアンリ・ダラミツのギアスの魔法が造り出した呪を、ソルジーヴィオが乗っ取ってヴェルーニーを操っている状態。今の俺の能力では、そのギアスの魔法の術式を一瞬の内に解析して、そこに自らの術式を上書きした上で乗っ取る、などと言う事が即座に出来るほどの器用さは持ち合わせては居ません。
それに、例えヴェルーニーからヤツを祓う方法が有ったトコロで、ソルジーヴィオ自身は、ヴェルーニーを奪われたとしても、誰か別の人間の精神を乗っ取って、最後のキーワードを呟くなり、最後の生け贄を捧げるなりすれば終わるだけですから。
この召喚の儀式に関しては。
そう。この場にヤツが顕われた段階で、既に詰んでいるのです。
「そうだ、闇の丘が何処に有るのか私は知って居る」
ゆっくりとソルジーヴィオが呟いた瞬間。背後の死体。額を撃ち抜かれ、壁と床に赤黒い液体をぶちまけて絶命したはずのアンリ・ダラミツに視線を送る俺。
何故、そのようなマネをしたのかはっきりとした原因は判らない。しかし、何故か確認しなければならない。そう思ったのだ。
其処。最初にヤツの死体が貼り付けられるようになった壁に、矢張りアンリの死体と……、ビルヌーブ提督の死体が存在していた。
しかし。二人の死体は何故か上下がさかさまの状態。頭の部分が床に。そして、脚の部分が天井に向いて固定されて居り、最初には無かった傷。咽喉と両の手首が切り裂かれていた。
但し、床は綺麗な状態で、最初の時には確かに存在していた、ヤツ……アンリ・ダラミツ自身が作り出した血だまりは、跡形もなく消えて仕舞っていたのだ。
そう。狂気の物語に伝えられて居る、ヤツに関係した死体のままの姿で、俺の前に存在していたのだ。
そして……。
どさりと言う何か大きな物が倒れる音と、そして、鉄に似た異様な臭気。更に、何か粘りのある液体が撒き散らされる異音が背後から響いた。
……いや、それだけではない。
ヒューヒューと言う笛にも似た風音が背後から。
足元から。駆け抜けて来た狭い艦内の通路から。そして、この艦に乗り込んだ甲板からも聞こえて来る。
いや、この物音に関しては、もう振り返って確認する必要など有りません。
あの物音は、俺の背後でソルジーヴィオに不必要と成ったメッセンジャーが処分されただけ。
そして、アンリ・ダラミツに精神支配されたガリア両用艦隊乗組員たちの生命が……。
まして、大量の生け贄を得られた事により世界の理の上書きがスムーズに行われ、
明かり取り用に作られた窓から差し込む蒼き月の光が、ここに乗り込んで来た時よりも明白に力を増し、周囲に漂う気が、邪神が召喚されるに相応しい雰囲気へと移行していたのだ。
【ハルファス、シルフ! この場の風の精霊力を出来るだけ掌握して、邪神に与える力を削いでくれ!】
天井をぶち抜き、狭い艦隊司令の部屋から、一息に蒼き月が支配する世界に上昇を行う俺。
その俺に付き従う活性化した精霊たちが喜びの舞いを始め、
歓喜の歌を奏で始める。
【我は祈り願う】
俺が、最初の召喚呪を心の中で唱えると同時に、俺が口訣、導引を結び、最初の呪符を放つ。
刹那、遙か眼下に広がる森の木々が、ざわざわと不吉なざわめきを発し始めた。
いや、違う。ざわめくだけではない。見ている目の前で、明らかに森自体が精気を失くして行くのが判る。
俺の指し示す気が陽の気ならば、この月下に沈む深き森の中に顕現しようとしている存在は明らかに陰。
【時の始まりよりすべてを生み、そして滅ぼす者……】
再び、同じように、俺が次の召喚呪を唱えるのとほぼ同時に、俺が口訣、導引を結び、呪符を放った。
しかし……。
しかし、その程度では、異界化への流れを止める事は叶わない。
微かに漂う匂いを何と表現すべきか。死臭か。腐敗臭か。それとも、それ以外の何かおぞましい物か……。
ざわざわと。ざわざわと枯死して行く闇の丘の木々。
そして、その一瞬一瞬の間に、大きく、強く成って行く異世界の臭気。
【輝く豊穣の女神。万物流転の源にして、闇を照らす最初の女性……】
三度、放たれる呪符。起動状態と成った呪符が、ハルファスの創り上げた結界を強化して行く。
但し、世界を塗り変えようとする流れは止まらない。
そして次の瞬間。大地よりしみ出すかのように現れた黒き何かが、蒼い月の光に包まれた蒼穹にゆっくりと浮かび上がって来る。
【崇拝される者、女神ブリギッドよ。我が召喚に応えよ】
後、一枚。四枚目の呪符を起動状態へと導く俺。
徐々に、徐々に凝縮して行く黒き闇。あふれ出す異世界の臭気と、世界を塗り潰して行く狂気。
そして、その黒き闇が凝縮していた蒼穹に割れ目が顕われた。
いや、違う。それは単なる割れ目などではない。
それは……。
蒼き月に支配された蒼穹に浮かぶ巨大な紅い瞳。開かれたのは割れ目では無く、巨大な目蓋。そして、その瞳に纏わり付くように蠢く無数の触手たち。
その触手たちがウネウネと、ウネウネと冒涜的に蠢いていたのだ。
刹那、顕現してから今まで、何の目的もなく、ただ、ウネウネと冒涜的に蠢くだけで有った無数の触手が、その瞬間に明確な意志の元に統一された動きを開始する。一直線に伸ばされたそれが、大地を、ガリアの空中戦艦を、そして、この世界そのものを穢して行くかのようで有った。
それは……そう。完全に物言わぬ存在と成ったガリア両用艦隊所属の船乗りたちを、大地に根を張る緑を、そして、逃げ遅れた森の生命たちを見境なく空中へと巻き上げ、その肉に穴を穿ち、獲物たちを貪り始めたのだ。
悲鳴すら上げる事もなく、ただ、触手たちに因って持ち上げられ、そして、触手と共に、魔眼の邪神の身体の中へと消えて行くガリア海軍軍人たち。おそらく、彼らは既に絶命している。
冒涜的な。そう、例え操られた結果、邪神召喚の贄とされ、生命を散らされた人間だったとしても、その人間たちの亡骸をこのような邪神の贄に――。
うっすらと粘液を帯びたその触手は黒き闇を纏い、その表面は月の光を反射して蒼く輝き、そして、絶えず何かの文様が浮かんでは消えていた。
いや、今のヤツ自身は蒼穹に浮かぶ瞳と触手と言う形態を維持しては居ますが、本来、ヤツには定まった形など存在してはいないはずです。
何故ならば、召喚に使用された存在が、ギアスと言う魔眼に因る呪を使用した為に、あの姿を取る事となった可能性が高いと思いますから。
呼び出す為に使用された贄。アンリ・ダラミツが望んだ形があの魔眼の邪神の形を決めた。そう考える方が理に適って居ますか。
そう俺が考えた瞬間、更に、展開する事態。
この地に溢れる炎の精霊たちを中心に、すべての精霊が一斉に活性化を始めたのだ。
但し、これは違う。今、顕われつつある魔眼の邪神は、炎と水の精霊を完全に従える事は出来ません。
この状況は……。
次の瞬間。俺が丁度、最後の呪符を起動させた瞬間、以前に、俺を包み込んだ凄まじい炎が世界を満たした。
そうだ。この場を支配する炎の精霊力の源、火石と、俺の式神たち。シルフとハルファスが支配する風石に籠められた風の精霊が爆発的に呪力を発し始めたのだ。
あの時と同じように。いや、あの時よりも更に巨大な精霊力を背景に、ゆっくりと……、ゆっくりと花弁を広げて行く聖なる炎。それは、五芒星の形を象り、地上に大輪の桔梗の花を咲かせた。
そう。すべての邪まなるモノを燃やし尽くして行く炎で有りながら、それ以外のモノを決して傷付ける事のない炎に因る、晴明桔梗印を……。
そうして……。
そして、邪神が顕現するに相応しい異常な世界が、再び、本来そうで有るべき世界へと上書きを行われる際の凄まじいばかりの違和感。歪み切った世界が、通常の理の支配する世界へと急速に復帰する際の異常な感覚が、俺と、世界を再び包み込んだ。
そう、新たに呼び出された炎の少女神によって、歪められた因果律が元通りに修復されて行って居るのだ。
炎が緋色の粉を巻き上げて、世界を焦がし続ける。
視界を埋め尽くす煙。吹き付ける熱風。そして、大地を穢し、見境なくあらゆるモノを呑み込んで行って居た触手に次々と燃え広がって行く聖なる炎。
そうして、大気に充満する血と臓物の臭いが、おぞましい何かが燃えて行く際に発せられる異臭へと置き換えられる。
その瞬間、異世界の生命体が発する咆哮が世界を震わせた。
それは……、そう怒り。そして、生きながら燃やし尽くされようとする痛みに耐えかねた絶叫。
単に醜いと言う一言で済ます事は出来ない程の狂気と、そして、神と呼ぶに相応しい威厳を伴って、その巨大な瞳に俺と、そして……何時の間に顕われたのか、俺の一歩前に立つ炎の少女神を映す。
刹那。何かを引き裂くような吐き気を催す不快な物音に続いて、水気を含んだ何かが、大量にばら撒かれる音が聞こえて来た。
そう。その瞬間に、遙か上空より生け贄とされたガリア両用艦隊乗組員の遺体の断片が、赤い液体と共に撒き散らされていたのだ。
手が、脚が、内蔵が。そして、更に判別の出来ない何かの部分が驟雨の如く撒き散らされて行く。
そんな異常な世界の中心。いや、俺の視線の中心に存在していたのは……。
火石に凝縮された炎の精霊力と、風石に凝縮された風の精霊力を惜しむ事なく使用して顕現した少女神。
それは、前回の召喚に応えた時とは違う、絶対の神性を帯びた存在。
陽炎の中にたなびく長い髪の毛。
全身に炎を纏う姿は正に女神。
その背中に広げられた天使を思わせる炎の羽根は、雄々しく広がり、
燃え上がるような輝きを示す瞳に、蒼穹に浮かぶ黒い邪神の姿と、そこから伸ばされる冒涜的な触手を映す。
その刹那!
右手で太刀を振るう崇拝される者ブリギッド。その刀身が纏う高密度に凝縮された炎が、正に真昼の太陽の如く輝き、激しく渦を巻く。
ゆらゆらと揺らめく炎の向こう側で、再び放たれる異次元の絶叫。
そうだ。俺たちへと伸ばされた触手が、その目的とする俺たちに近付く瞬間に、ブリギッドの炎によって次々と蒸発させて仕舞ったのだ。
完全に邪神のファースト・アタックを無効化した少女神が、僅かに俺を顧みて、少し不満げに鼻を鳴らした。
そんなトコロは一切変わっていない、普通の少女そのものの雰囲気。
そして、彼女の輝ける瞳が何を語り掛けて来たのか、その時には判ったような気がした。
俺たちが滞空する個所よりも、更に上空より俺とブリギッドを、その紅き瞳で睨め付ける魔眼の邪神。その神気は凄まじいばかりの物。少し気を抜けば、間違いなく精神を蝕まれ、次の瞬間には操られて居る事は間違いない。
そう。あれは、一部の者たちの間では、間違いなく神として崇められた存在。
一歩前に進み、彼女……崇拝される者ブリギッドの隣に並ぶ俺。
呼気に因り……。いや、それ以外にもあらゆる手段により、外気から精霊力を集める俺。
但し、今回に関しては、水の邪神の眷属神の時とは状況が違います。あの時は、腕の中に存在して居た湖の乙女と俺との間で精霊力をやり取りして、取り込んだ自然の気を俺と同じ霊気の質に変える事が可能でした。
まして、あの時は土地神の加護を得ていた事に因り、龍脈自体を制御出来ましたから。
しかし、今回はむき出しの精霊力。本来ならば、これは俺だけでは絶対に扱えない代物なのですが……。
俺と共に在る少女が微かに首肯いた雰囲気を発する。
そう、大丈夫。今は彼女が共に在る。
一人ではない。
空中からうねり、のたくり迫り来る触手の群れ。ただ、今回はブリギッドの炎に対抗する為でしょうか。複数の触手が複雑に絡み合い、それぞれがそれぞれを強化し、俺たちに向かって来るその触手の先は、妙にキラキラと輝く結晶へと変わっていた。
彼女の左側に並び、左脚を後ろに、右脚を前に。所謂、抜き打ちの構えを取る俺と、ブリギッド。
月下に佇む二人の姿はほぼ同じ。
そして、俺の徒手空拳の右腕に集まる精霊力が、蒼白き輝きを放ち、
半身に構えた、女神ブリギッドの毛抜形蕨手刀に集まる炎の精霊力が、再び、太陽に等しい輝きを放つ。
その輝きが、接近中の触手に触れた瞬間、触手が。そして、魔眼の邪神自体に、微かな萎縮に似た雰囲気が発せられる。
しかし、それも当然の帰結。
何故ならば、古の書物に記された、ヤツが苦手な物のひとつは晴明桔梗印。そして、もうひとつの苦手な物は輝ける強き光。この地上に舞い降りたふたつの太陽に対して、ヤツが萎縮し、怯むのは当然。
身体の内側で。そして、身体の外側にも凶悪なまでの霊気が満ちている。
そう。この瞬間、俺と、俺の傍らに立つ少女神の周囲は、既に異界と化して居たのだ。
一気に意識を失わせ暴走した俺の霊力が、邪神を滅ぼした後に、地上に計り知れない被害を与えるのは間違いないレベルの霊力が渦巻く異界。
先ほど。……水の邪神の眷属を屠った時に感じた霊気以上のソレが、今、俺の周囲に存在しているのは間違いない。
その霊気を自在に操り、間違いなく右腕へと導く湖の乙女。丹田に蟠る龍が螺旋を駆け登り、天頂から抜ける霊気と、琵琶骨を抜けて右腕に凝縮して行く霊気。
イメージするは、放たれた光輝。
そして、その光を導く言葉。……いや、詞。
迫り来る巨大な一本の巨大な槍と成った触手が、俺と、炎の少女を目指し迫り来る。
そのスピードは、本来、神の速度。しかし、極限まで能力の高められた俺の目からは、非常に緩やかに近付いて来るようにしか見えていない。
しかし、その触手は、確実に世界の裂け目を引きずって来て居る。
そう。その世界の裂け目の向こう側に垣間見えるのも、異なった世界。俺と炎の少女が触手に翻弄され、押し潰される世界が。喰われ、分解され、無に帰す世界が。
そして、
そして、その中にたったひとつ、奇跡のように光り輝く世界――――――
その瞬間。それまで徒手空拳で有った右腕に一振りの神刀が顕われた。
瞬転。それまで以上の光輝を放つ七星の宝刀。
「勝利をもたらせ、隔てられぬ光輝!」
その刹那。俺の右隣でも同時に爆発的な気が発せられた。
裂帛の気合いの元、まったく同時に振り抜かれた神刀が、それぞれの霊気の質に等しい現象を巻き起こし、
発せられる光と熱が、俺の身体と、そして炎の少女を包み込む。
そして、その眩い白に俺と共に在る湖の乙女の精神すら、白く塗り変えて行く!
そう。その瞬間に魔眼の邪神。俺と炎の少女。そして、世界自体。闇の丘に存在するありとあらゆる存在が、光の中に溶けて行ったのだった。
後書き
やれやれ。ようやく、何故オルレアン公が王位を狙うような真似をしたのか、の部分にまで到達しました。
流石に、この部分は微妙な部分ですし、原作のままではちょいと問題が有りますしね。
あまりにも原作のままだと、原作コピーと取られる可能性も出て来ますから。
それに、この方法の方が、丸く収まると思いましたから。
双方共にね。
それでは、次回タイトルは『おまえの名前は?』です。
追記。
そろそろ、ハーレム(?)のタグを入れた方が良いのかな。
元々、女性キャラの比率が高い作品ですから、今まで流して来たけど……。
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