万華鏡
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第二十九話 兵学校その八
「起きてそれで着替えてよね」
「全速力で出て整列しないといけないよ」
「走って?」
彩夏が怪訝な顔で里香に問うた。
「そうしないと駄目?」
「絶対になの」
「起きてその瞬間からすぐに走るのは」
彩夏はそのことにはうんざりとした顔で言った。
「私は」
「彩夏ちゃん低血圧だからな」
「今朝だって準備体操があったからまだましだったけれど」
それでもだと、彩夏は美優に答えた。
「そういうのはね」
「辛いよな」
「朝早く起きてすぐは苦手なの」
如何にも低血圧の娘らしい言葉だった。
「そういうのはね」
「朝ってすぐには動きにくいよな」
「それでもすぐなの」
「そう、起きたらね」
もうその瞬間にだというのだ。
「その五分前に一旦放送があって事前に身構え出来るけれど」
「それでもその時間になったらよね」
六時、その時間になればというのだ。
「ベッドから飛び起きてよね」
「それで着替えてベッドも整えてね」
「ベッドもなの」
「ベッドを整えるのは絶対だから」
自衛隊では、というのだ。
「そうしてからね」
「それで全速力で走ってなの」
「そう、それでなのよ」
「私にも無理ね」
苦い、これ以上はないまでにそうなったうえでの言葉だった。
「絶対にね」
「神社も朝早いけれど」
景子も言う、五人共順調に泳いではいる。
「それでも起きてすぐに全速力っていうのは」
「やっぱり辛いわよね」
「着替えてお布団を整えて」
「ベッドよ」
「ベッドは無理よ」
琴乃に困った感じの顔になって述べる、純和風な趣きの景子は寝る時も布団なのだ。そこで寝ているからだった。
「あんなの整えられるの?」
「自衛隊では整えるの」
里香は景子にこれもだと話す。
「きちんとね」
「お布団は畳めばいいけれど」
「もうきちんとしないと駄目なの、シーツも毛布もね」
「そうしないとどうなるの?」
「最悪ベッドを壊されて上から放り投げられるから」
「そこまでされるの」
「そう、毛布なりシーツをね」
乱れているからそうされるのが自衛隊の理屈だ。
「本当に厳しいから」
「厳し過ぎない?」
景子はつくづくという口調になっていた。
「そこまでって」
「軍隊だからね、だから」
自衛隊もそうみなせるからだというのだ。
「そうしたこともあるのよ」
「軍隊は特別なのね」
「戦う場所だから」
「うん、だから特別なの」
それでだというのだ。
「あの学校はね」
「ひょっとしてその中に入ったら」
琴乃は里香の話を聞いて不安を感じて言った。
「私達も?」
「あっ、それはないから」
すぐにだった、里香はそれは否定した。
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