ランメルモールのルチア
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第三幕その六
第三幕その六
「誰もがルチア様を追い詰めてしまった」
「そうなってしまいました。これは」
「恐ろしい後悔、深い絶望」
それを感じるしかなかった。
「最早この世での光は失われた」
「最早残っているのは」
「絶望だけだ」
彼等はその中に沈んでいった。その中にだ。
墓地。朝が近付く薄暗い世界の中で無数の墓標が並んでいる。その中に一人エドガルドが立っていた。彼は自分の前の墓標を見て呟いていた。
「私の祖先達の墓よ」
その墓を見ての言葉である。
「不幸な血筋に最後に残った私を受け入れて下さい。私の怒りの短い火も消えました」
残ったものは。絶望だけなのだった。
「私は仇敵の刃に倒れます。この生涯は恐ろしい重荷でした」
彼にとってはまさにそうだったのだ。
「ルチアのいない世界は何もありません。ですがあの城は宴を照らし短い夜を過ごしている、私が絶望の中に沈んでいる時に貴女は笑い幸福の中にいる」
こう言うのである。
「貴女は幸福に、私は死の胸に抱かれているのだ」
顔をあげる。見えるのは黒から青に変わろうとする世界だ。遠くには白くなってきている空が見える。星もまだ僅かに残っていた。
「間も無く忘れられた我が一族の墓が私の永遠の家になる。憐れみ深い涙がそこには注がれない。私には死者に払われるべき慰めさえないのだ」
彼の一族の運命も重なり。そう言わせていた。
「誰もが忘れてくれ。誰も私の墓の前を通ってくれるな、最早私には」
こう言って絶望の中に浸っていた。するとここでルチアの城の方から悲しい声が聞こえてきた。
「不幸な乙女よ」
「身のすくむ恐ろしい運命」
「最早何の望みもない」
「あの声は」
エドガルドもその声を聞いた。そしてそちらに顔を向ける。
「何なのだ?」
「全てが終わろうとしている」
「あの乙女の」
「一体何だというのだ?」
悲しみにくれた一団がエドガルドの前に来た。彼はその彼等に対して問うた。
「お話頂きたい、何があったのか」
「泣いているのです」
「あの方の為に」
見ればその通りであった。彼等は確かに泣いている。そして言っているのだった。
「今はです」
「死にゆくあの方の為に」
「死だと。死ぬのは私だが」
「いえ、ルチア様です」
しかしだった。ここでエドガルドは思わぬ声を聞いた。
そして唖然となって。さらに問うのだった。
「ルチア!?何故だ」
「悲しみの中に全てを失われて」
「そうして心も消えて」
「馬鹿な・・・・・・ルチアが」
「間も無くです」
「あの方が」
こう言って泣くしかない彼等だった。エドガルドもそれを見て呟いた。
「こんなことになるとは」
そしてだった。城の方から鐘の音が聞こえてきた。清らかだが寂しく悲しい、そんな鐘の音が城の方から聞こえてきたのである。
「あの鐘の音は」
「ルチア様が」
「もう」
「そうか。ルチアは旅立ったか」
エドガルドは全てを悟った。そして。
「最早私の運命は決まった」
「!?一体」
「どうされるのですか?」
「どちらにしろこうなる運命だった」
腰の剣を抜きながらの言葉である。
「ならばだ」
「ならば!?」
「しかしそれは」
「この世に望みはない」
言いながらその剣を胸にやる。だがここでライモンドが来て彼を止めるのだった。
「お待ち下さい」
「ライモンド殿か」
「そうです」
その彼が来て止めるのだった。
「貴方まで死なれることはありません」
「だがルチアはもう」
「しかし貴方は生きておられます」
「私の全てはルチアと共にあった」
言葉は既に過去のものだった。そしてその目も。
この世を見てはいなかった。既に。彼は旅立とうとしていたのだ。
そして今。言うのだった。
「神の下に向かう貴女に言おう」
「ルチア様に」
「そうだ。心を穏やかにして私の方に向いて欲しい」
剣を放しはしない。決してだった。
「貴女に誠を誓った男が貴女と共に天に昇れるように」
「それだけはどうか」
「例え人間達の怒りが私達の間にこの様な残酷な運命を与えても」
ライモンドの制止は最早彼には何の意味もなかった。
今まさに剣を胸にやり。また言うのだった。
「私達二人がこの世で隔てられたとしても」
「しかし貴方まで」
「天上で神が結びつけて下さる様に。私は今」
こう言って自らの胸を刺した。彼もまた全てを終えたのだった。
「貴女の場所へ行こう」
「何故こんなことを」
「私にはこの世はあまりにも悲しかった」
エドガルドは死に瀕した顔で呟いた。ライモンドがその彼を支える。しかしそれは最早何の意味もなかった。彼の死は間も無くだったからだ。
「しかし神の傍では」
「ルチア様と共にですね」
「そう、共にいられる」
こう言って今崩れ落ちた。そして最後の言葉は。
「そして永遠に貴女に誠を誓おう」
「全ては終わった」
ライモンドは事切れたエドガルドを抱きながら呟いた。
「神よ、全てを許し給え」
鐘の音がまた鳴り響いてきた。それは静かな鎮魂の鐘の音だった。朝になろうとしている墓地にまで鳴り響き。悲しい運命を辿った者達の魂を慰めていた。
ランメルモールのルチア 完
2010・1・6
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