IS<インフィニット・ストラトス> ‐Blessed Wings‐
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第一章 『学園』 ‐欠片‐
第25話 『クラス対抗戦』 前編
――傾いた砂時計は決して戻る事はない 一度落ち始めた砂は、そのまま落ちるだけである
――そして、その『砂』という現実が、少年達を襲う。
『その中でどう抗うのか どう決断するのか』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そこは、暗闇だった。
何も見えず、何も捉えられない空間である以上、それは虚無と言えるだろう。
誰にも知られないような、世界から切り離されたみたいな、そんな場所に――その少女は存在した。
少女が居る部屋は、乱立している数多の機器は夥しい本数のコードで結ばれており、まるで森のような様相を呈している。
電灯は破壊し尽され、壁に取り付けられたモニターは大半が機能を失っており、機材の殆ども破損している。
だが、暗闇が必死に隠そうとしたのは、そんな破壊の跡ではないだろう。
部屋は廃墟であり――同時に、異界だった。
――辺りには、腐った果実が堕ちている。
碧の光でさえそれと判別できる、見渡す限りの赤い世界。
床は殆どが朱に彩られ、空気は粘ついた鉄に染め上げられていた。
腹を割かれた死骸。四肢を弾かれた屍骸、原型を留めていない残骸。
死体は何かに襲われ、抵抗したのだろうか。
傍らには武器らしき物が落ちている。
辛うじて生きていた部屋の照明の一部が照らしたのは、そんな虐殺の跡であった。
そして、そんな『異界』の中に一人の生存者がいた。
その場に存在しているのは、真紅の光翼、黒灰色のスマートアーマー、フルフェイスの竜を模した仮面。
そして女性らしいボディラインがその存在を『少女』だと証明していた。
そんな姿はどこか幻想的でもあり、まるで御伽噺に登場する騎士のようにも思える。
「――理解不能です」
竜面を被った少女はその亡骸を見るとまったく感情の感じられない声でそう呟いた。
死んだ者達の行動を理解出来ず、思わずその言葉は零れたのか。真意は少女にしかわからない。
しかし、その少女の興味は既に息絶えた死人に対してではなく、己の眼前――仮面を通して眼前に表示される見ウインドウにあった。
それを興味といえるのか、そんな人のような感情なのかは少女は理解できなかったが。
己はマシーンだ、ただ命令を遂行するマシーンにはそんなもの、感情など必要ないと少女は判断する。
だが、そう思いながらも疑問する『何故マシーンなのに、疑問と言う概念を自分を持つのか』と。
そして、自分の目的――私の目的は、何だ。 自分は、『私』の目的は――
そう思考した瞬間、頭に走る激痛を伴った頭痛により仮面の上から頭を片手で押さえる。
そうだ、自分はマシーンだ。そんな感情はいらないし、理解できるわけも無い。
少女は、自分にそう言い聞かせた。
少女は思考する。己の目的は『あの機体と搭乗者の捕獲』、それだけはハッキリしている。
他の事は不明、だが自分に命じられた、プログラムされた命令ならば従わなければならない。
だから調べた、一体どこに居るのか、存在しているのかと。
そうして見つけた、あの機体と搭乗者が居るのは――
「IS、学園」
己が唯一理解できる、唯一ハッキリとしている使命、そしてそのターゲットはIS学園と言う場所に存在していた。
だから自分は、己の命令を最優先に行動を起こした――そして、見つけた。己の探していたターゲットを。
マシーンとして、プログラムされた命令を忠実に遂行する為に自分は行動を起こした、他を全て無視して、対象だけを引きずり出そうとした。
それは成功した。しかし、成功したもの目標の確保には失敗した。
何故失敗したのか、その理由を己の中のパターンやデータベースと照合しても、結論として出るのは『理解不能』という結果だけだった。
あの時、いきなり豹変した目標――何故そうなったのかは理解できないし、自分の中には原因も該当するデータは無い。
しかし、己に課せられている命令として、目標の確保だけはなんとしても遂行しなければならない。
自分は、プログラムされているようにだけ動けばいい。
確かにそうだ――だが、この人の感情にも似た、自分の中に存在しているこれは何だろうか。
理解できない、そんなものを解決する方法など、自分の中には存在していない。
そう少女は考えた。そして、考えると同時にまた原因不明の頭痛が自分を襲う。
そこで少女は、目標の確保という命令を保留にすると、先程自分に対して襲い掛かってきた男達が持っていたデータを眼前にウインドウを展開すると、そこに写し閲覧した。
何故彼等が自分を襲ってきたのかはわからない。
だが、今の自分にとっての最優先目的は『目標の確保』だ。
そのマシーンとしての目的を達成するためにも、その人間達はただの障害でしかなかった。だから、殺した。
そして、殺した男達の持っていた持ち物から、己のデータベースを駆使して何者なのかということを検索した。
すると判明したのは、自分を襲ったこの人物達は『亡国機業』の人間であったことだった。
何故自分を狙うのかはわからない、だが今の自分にはどうでもいい事で、現段階での危険度も低いと判断、目的達成の弊害でしかないことを認識すると、そのままその情報を放置した。
そして再び思考する、あの突然豹変した目標はなんだったのか、そして自分の作戦目標を達成するにはどうしたらよいか。
少女はそんな考えと思考の渦に入りかけているときに、一人の声が響いた。
「うわぁ、これは派手にやったねー、流石の束さんもびっくりしちゃうなあ。 そして探したよ? やーっと見つけた。この天才である束さんの手をよくも煩わせてくれたね?」
突如としてその部屋の中に響き渡った声に少女は反応し、己の右腕に巨大なライフルを呼び出し、部屋の入り口に存在するであろう声の主に向けた。
しかし、その銃口は声の主、『篠ノ之束』に対して向けられることは無かった。
「おっと、やめて欲しいなぁ。束さんはキミと争いに来たわけじゃ無いんだから」
少女は、ほぼ瞬間的に反応して銃を向けたにもかかわらずに、その相手――篠ノ之束は向けた時点で既に少女の前、ライフルを撃てない位置、つまり眼前に居たのだ。
己の中で、対象――データベースに存在している『篠ノ之 束』に対しての危険度を最大に設定すると、そんな篠ノ之束を仮面越しに睨み付けた。
「……ISの生みの親であり、科学者でもある『篠ノ之束』博士だと判断します。単刀直入に言います。 何故、ここに?いいえ――どうしてここがわかったのですか?」
「ふふ……そうだねぇ、束さんは天才だから、それじゃあダメかな?」
少女が存在しているこの部屋――この場所は、少なくとも簡単にわかる場所ではない。
そして先日の目標に対するアクションの後、少女は『この施設』で情報を集めていた。
ここならば、簡単には己の存在を捕まえる事はできないし、それに『この場所』を知っている人間こそ限られていると、己のデータベースから判断したためだ。
だがしかし、今こうして部屋の入り口から入ってきて、先程殺した男達の死体を無視して――いつのまにか己の目の前に現れていた『篠ノ之束博士』に対して少女は困惑せざるえなかった。
「ねぇキミ、今さぁ――『自分はマシーンだから理解できない』とか思ってるんじゃないの? そして、機械に存在するはずの無いものを見つけてしまって、困惑している」
「ッ!?」
心が読まれた? そう感じると同時に少女は困惑した。
何故ならば、彼女の言うとおりで己の中で『自分』が『私』になりつつあり、そして本来機械には、マシーンではあり得ない『感情や自己思考』というもが己の中にあるのでは、と判断していたからだ。
だが、己はマシーンだ、そう思い続けることで人としての存在を否定している、少女はそれに気がついていても、『己は人である』ということを否定していた。
そして今、その疑問という人としての行為と己のはマシーンだという事の矛盾点についてを篠ノ之束という人間はハッキリと言い切ったのだ。
「くっ……」
「おや? 辛そうだねぇ――まるで、人間みたいにさ」
人や感情、そんな言葉を聞いた瞬間、そして己が思考した瞬間再び頭痛に襲われて、その激痛によろめく少女は、頭痛と共にある事を疑問する。
自分の一部の記憶と、そして――何故あの目標を自分が唯一の命令として追いかけていたのか。
今まで『記憶にあるだけ』だったその目標に対する行動は、何か理由があるのではないかと。
少女は、己の存在について理解していない。
というより、『己が何者か』と思考した場合『マシーンである』としか回答として用意できなかった。
今まで機械として動いてきた少女は、あの時――あの目標と戦闘をした時から少しづつ変化していた。
そして、己の記憶の一部と、自分が『人間である』という事だけは理解できた。
今自分に起こった頭痛、そしてそれと同時にまた己の記憶の一部が『また』思い出された。
「……肯定です篠ノ之博士。 少なくとも自分は『人間』ですから」
「へぇ――なるほどねぇ。 『ちゃんと機械じゃなくて人として存在している』んだね、束さんそれ聞いてかなり安心したよ」
「――理解できません、篠ノ之博士、貴女は何を言って……」
「ふふ……ねえ、束さんとお話をしようじゃないか。だから――さっきから手に持ったままの、こちらに向けようとしていたそのライフル、仕舞ってくれないかな?」
人として思考した結果、今ここで篠ノ之束という人物と戦闘を行うより、情報を得るという意味でも会話をすべきだと、自分の中で少女は思考した。
だから少女は『了解』という言葉と共に、己が向けていたそのライフルをクローズした。
「物分りの言い子は、束さん大好きだよ? じゃあ質問に答えてあげる――束さんがここを知っているのは『この場所を知っていた』から。そして、ここに来た理由は――」
『キミを、迎えに来たんだよ』
少女は理解できないと思った。ここを知っている? つまり彼女は、自分にとって何らかの関係者だ。
しかし、記憶が無い自分にとって、長い間マシーンとしての行動理由しかなかった自分にとっては篠ノ之束という人間については情報がなかった。
「――理解できません、『私』を迎えにとは……」
「あは、今……キミは自分の事『私』って言ったね?」
「……?肯定です、ですがそれが――」
「ふふ……そうだねぇ、じゃあ答えを教えてあげる――束さんはね、キミを知っている」
篠ノ之束が発したその言葉を聞いて、少女が仮面の中で作ったのは人としての『驚愕』という感情だった。
そして少女は思考する。『記憶が殆ど無い自分について、一体篠ノ之束は何を知っているのか』と。
「残念だけど、全てって訳じゃないけどね。天才の束さんだけどそんな束さんも全て知らないこと――その1つがキミの事。だからね、取引――取引とはちょっと違うね、さっきも言ったけど、話をしようよ」
「話、ですか?」
少なくとも、記憶の殆どが無い自分について彼女は何か知っている。
そして自分の中でも、目標に対する行動や命令ではなく、自分自身の意思として『記憶』を取り戻したい、そんな意識が少女の心の中にはあった。
「束さんが知ってる限りで、キミの知りたいことを教えてあげる――分からないんじゃないかな? 自分が理解できていた最初の目的と、そしてさっきの頭痛で少し思い出したんでしょ? 一部の記憶を」
「……肯定です」
「うん、だろうね――それから多分一番重要な事。束さんはね、他の有象無象には興味は無いんだ、だけど……キミはその有象無象ではなくて、少なくとも束さんの大事な存在だって事を教えておいてあげる」
「何を、言って」
篠ノ之束は少女の正面に立っていたが、そう言うとクスリとどことなく嬉しそうで、だけど悲しげな笑みを浮かべるとISを纏う少女に対して更に歩み寄り言葉を続けた
「――キミは、自分のことを機械だと、マシーンだと思ってるね? 今もそう思うかな?」
「……肯定です。記憶と情報が戻ってきて、自分で思考した結果、『私』は人間かもしれません。ですが――命令に従わなければならないという使命がある以上、人間であってもマシーンでもあります」
「でも、キミはその命令を下したのが、そうだね、例えるなら機械に対してそうプログラムしたのが誰か分からないんじゃないかな?」
「……肯定です」
「――やっぱりね」
『じゃあさ』と篠ノ之束は少女に対して言うと、少女に対して手を差し伸べる――そして、言葉を放った。
「束さんからの提案というか、お願いだね。 束さんがマスターになってあげる。ううん、ならせて欲しいんだ。 束さんには責任がある、そして少なくとも――その責任と個人的な感情だけは、束さんは何があっても枉げない。キミはきっと、覚えてないかもしれない。だけど、束さんはちゃんと覚えてるから。だからね、『私』に罪滅ぼしをさせて欲しいんだ」
何を言っているのだ、まるで篠ノ之束博士は、己についてよく知っているかのように言っている――わからない。その理由がわからない。そう少女は、自分の中で疑問すると同時に、何度目になるのか、また頭痛が自分を襲う。
己の記憶があまりにも欠落していて、それがどうしてか理解できないと少女は判断した。
だが少なくとも――
篠ノ之束という人間は敵ではない。
機械ではなく人としての自分の心が、そう言っているのを少女は理解できた。
少女の中で己の目的が1つ追加される。それは……記憶を取り戻すということ。
自分の目的は『あの機体と搭乗者の確保』だ。それは変わらない。
だが、人として考えた場合記憶と他の情報が欠落しすぎている。
何故、自分は目標を追うのか、人として考えた場合その理由が不明確であったからだ。
そして、少女は再び理解できずに困惑する。
『キミのマスターにならせてほしい』そう言われた瞬間、自分の中に発生したその暖かな気持ちは何なのか。
安心、安堵、喜び、人で言うならそんな感情かもしれないが、感情をよく理解できてない少女にはそれが理解できなかった。
だが、とても暖かいと、ただそう感じた。
少女が自分の中で『人』として出した結論は幾つかの理由からすぐにたどり着いた。
まず、篠ノ之束博士は自分のことを知っているということ、情報と何かしら重要なことを知っているということ。
次に、博士と共に行動することで己について何かがわかるのではないかと思考したから。
最後に、博士に対して暖かさを感じると同時に、人で言う、どこか懐かしさを覚えてしまったから。
それがどうしてかりわからないし理解もできないが、だが確かに『人』としてそれを感じた。
そう考え感じた結果、少女の中で結論は見えていた。
結論を出した少女は、被っていた仮面に触れて、それを量子化する――すると、長く、腰まである茶の色をしたロングの髪がふわりと揺れる。
そして、己のISを解除すると正面に居る篠ノ之束に対して少女は膝を突くとやはり機械的ながらも、感情があまり篭っていない言葉でも、自分が『人』として感じて決断したことを告げた。
「……理解できないという事はいくつもあります。そして私自身、記憶が欠落しています、ですが多くの事を考えました。 その上で――貴女をマスターと呼ばせて下さい、そして私についてと、多くの事を教えてください、『マスター』」
そう少女が言うと、篠ノ之束は一瞬だけ驚いたような顔になるが、すぐにいつも通りの笑顔を作り、まるで――母親のような、そんな笑顔を少女に向けた。
そして膝を突く少女に対して自身も姿勢を低くすると、そのまま目の前の――豊かな腰まである茶色の髪に、『蒼い目』をした少女を篠ノ之束は抱きしめた。
「うん――私が、束さんがキミのマスターだよ。そしてもう……二度と離さない、無くさないから 絶対に、何があっても今度は、絶対に」
「……マスター、その――」
少女は、異様の空間で篠ノ之束に抱きしめられながら、その暖かさを感じていた。
どう表現したらいいのか、少女にはからない。だがとても暖かく、そして――人として言うなら『母性的な優しさ』を感じた。
感情を人並みに表せない少女は、その暖かさに心地よさと言うものを覚えると同時に、気恥ずかしさという気持ちを覚えていた。
「それとね――キミは、自分の名前、覚えてるかな?」
「……申し訳ありませんマスター、私は――自分の名前は認識できていません。理解できているは機体に登録されている登録名称だけで――」
「じゃあ、キミの本当の名前を教えてあげる。キミの本当の、束さんが知っているキミの名前は――」
少女は、この先も己の『マスター』であり、そして己について知る篠ノ之束から、自分についての最初の情報を教えられた。
そして、その言葉を聞いて――少女は、人としての感情でただ驚くと同時に、理解できないという感情がまた浮かび上がってきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
五月病という言葉がある。
正確には病気の類ではないが、恐らくこれに掛かったことがある人間は多いと俺は思う。
名前の通り五月になるとだるい、やる気が出ない、無気力、そんな状態になる精神的な症状の総称が五月病である。
気がつけばもう5月だ。
色々あり過ぎたせいで時間を気に留めている余裕はあまりなかったが、少し落ち着きを取り戻しカレンダーを見るともう5月だ。
時間が過ぎるのは早いなと思う。
5月に入り、最近俺達の中でもクラスの中でも、五月病の魔の手を受けてぐってりしてる奴も少なくは無い。
俺もその一人であり、そしてアリアと、後一夏達なんかも最近ぐってりしている。
たまに手伝いに行くが、生徒会室で見る楯無も最近はデスクにぐってりとしており
『やる気でないー』 『おねーさん月代先輩がハグしてくれたらやる気出るー』
等とほざいていたが、『真面目にやれ』と結構キツめに一喝したら渋々ながらもちゃんと仕事をしていた。
流石あの時は少しキツかったかなと思う。楯無も最近大変みたいだし、今度息抜きに買い物にでも誘ってみようか。
さて、俺とアリアがそんな状態なのには理由がある。
単純な話、五月病の魔の手に掛かったというのもあるが、魔の手に掛かる原因となった事態が特に大きい。
もうお約束と言うか恒例というか、五月病の大本は『へんたい達』とシャルロットである。
思い出したくも無い、あれはつい先日の事だ……定期報告の際に対応してくれたレオンさんから聞いた話で、それを聞いて俺とアリアはもう慣れてきたがまた頭痛を引き起こすことになる。
とうとう完全に毒されたのか、レオンさんから聞く限りだととうとうシャルロット本人も開発研究室によく篭るようになってしまったらしい。
レオンさん自身はあの『へんたい達』の良心ある親玉なので、当然だが開発室には出入りしているし本人もよく開発室は利用する。
しかしどうも最近開発室に行くと『必ずシャルロットが居る』らしい。
気になってレオンさんは仕事をしながら会話を聞いたらしい。
曰く、シャルロットが『日本の倉橋重工を見習ってもっと一撃必殺かつ大火力のものを作るべきだと開発室の研究員に主張し、討論していた』
曰く、シャルロットが『完成して最終調整を行っている機体のテストをしながら『僕色に染め上げるッ!』等と言いながらカラーリングについて開発部の連中と熱論していた』
まだまだあるのだが、どれもこれも頭が痛くなり、俺もアリアも思ったのは
『シャルロットはもう手遅れ、諦めるしかない』
という事だった。本当に学園来てからが少し怖くなってきた。
……俺達が知っているあの純粋なシャルロットはちゃんとまだ存在しているのだろうか。
あの太陽みたいな純粋な笑顔を向けてくれたシャルロットは、へんたいたち によって消えてしまったのだろうか。
へんたいたち についてはもう慣れたからいい、だが自分達の妹のような存在であり、恐らく企業の若い人間の中では最後の良心だったかもしれない彼女がへんたいたちによって汚されたのだ。
いや、汚されたというのは言い方が悪いかもしれない。正確には『毒された』という言葉が最もしっくりくる。
とにかく、そんな出来事が俺とアリアの心に対して壊滅的な打撃を与え、五月病への引き金となった。
閑話休題。
既に時期5月で、つい先日はクラス対抗戦の詳細が掲示された。
皮肉と言うか何と言うか、一夏の初戦の相手は凰さんだった。
それを見た時の凰さんはなんというか、前日にアリアにも慰められていたし、何よりも本人のやる気も高かったため非常に闘志を燃やしていた。
対して一夏はと言えば、『おぉ、初戦の相手は鈴か』とだけ言っており、先日の自分がやったことには何も気がついていなかった。
ひとまず、反省を見せないというか気がついてすらいない一夏に対しては放課後に訓練にと言う名目で俺とアリア、オルコットさんによる修正を行った。
事情を話したらオルコットさんは快く一夏を修正するのに協力してくれた。
というか、下手したらオルコットさんが一番えげつなかった。
俺とアリアが一夏を追いかけていたら一夏の逃げた先にBT兵器8基で集中射撃。そしてブラスターモードでの収束砲撃。
エネルギーカートリッジが無くなるまでそれを続けて、無くなったら実弾での狙撃。あれはかなりえげつなかった。
梓姫と篠ノ之さんはそれを下から見ていたが、ちらりと確認した限りではただ苦笑いをしていた。
篠ノ之さんには申し訳ないと思う、想い人でもある一夏をボコボコにされるのは気分のいいものではないだろう。
と、思ったが一夏が凰さんを泣かせた現場に居た篠ノ之さんは、無論凰さんが一夏を好きだという事は伏せたが、大まかな事情を俺が説明したら一言。
『……そうか――遠慮は要らない、全力でやってくれ。 私が許可しよう』
と発言。どうやら友人を泣かされた事に対して篠ノ之さんもかなりご立腹だったらしい。
そこまでやったにも関わらず
『き、今日の特訓はいつも以上にキツいな……何かあったのか?』
と返答してきた一夏に対しては、もう怒りを通り越して呆れしか出なかった。
そして現在。
対抗戦まであとわずかとなった今日この頃、本日の授業を全て終えた俺達は恒例の放課後特訓を行う為に、第三アリーナへと来ていた。
「それで一夏、来週から対抗戦な訳で。アリーナの準備やら色々あるらしいから暫くこうやって直接特訓はできなくなる。実質対抗戦前の特訓は今日でラストだな」
「そうなんだよなぁ……本音を言えば、実戦的な特訓をできないのは俺としても辛いんだよなあ――そこのところどうなんだ、悠」
「まあ、ゴネても仕方ないだろ。学園側にも事情あるんだし、アリーナ以外で勝手にIS使うわけにもいかないし。今日でやるだけやって、残りの期間は自身の準備期間にでもしとけ」
毎日恒例のメニューである
俺・アリア・オルコットさんの3人との模擬戦の3連続の後に反省会。
そしてその後にひたすらにオルコットさんの弾幕を制限時間限界まで避け続ける。
最後に3対1での模擬戦。
それを終わらせて、完全に死に掛けている一夏が回復した後に俺と一夏はそんな会話をしていた。
さて、これからどうしたものか。今日が最終日だし、アリーナの使用時間もまだ少しある。
なので何かしようかなあと俺が考えていると、アリーナの入り口からこちらに向かって歩いてくる姿があった。
「あれ? 凰さん?」
「ああ、やっぱりここに居たのね――本当は対抗戦終わるまでは特訓に来ないって言ってたんだけどあたしとしてはどうしてもやっとかなきゃいけないことがあって……ちょっと邪魔させて貰って構わない? 悠」
「いや、俺はいいけど――」
チラリ、と篠ノ之さんやオルコットさんを見ると
『別に問題は無い』 『構いませんわよ』
と返事をする2人。アリアや梓姫も問題ないらしいし、多分全員凰さんの一件の大まかな事情は察してるのだろう。
俺達の意思を確認すると、凰さんは一夏に対して口を開いた。
「一夏、本当は約束で対抗戦が終わるまで来ないと約束したのにあたしがここに来た理由、分かる?」
「ん? どうしたんだ? うーん……悪いな、鈴。思い当たらない」
「アンタねぇ……じゃあ単刀直入に言ってあげる。 反省した?一夏」
「は? いや、反省したかと言われても……確かに俺が鈴に対して何かしたのはわかる。だけど、それが何なのかはわからないし、それに少なくとも――俺は悪い事はしてないぞ」
一夏……お前と言う奴は――
俺は流石にイラっとしたので、このまま凰さんに当たらない程度に背後から一夏に対して<インフェルノ>を加減して叩き込んでやろうかと一瞬考えた。
無論、例えだ。そんなことはしないが、流石に一夏の発言と言うか行動はちょっと酷すぎる。
鈍感で馬鹿で救いようが無いのかもしれないが、だがこれじゃあ凰さんが不憫すぎる。
そして俺はいいんだ。まだこの憤り抑えられてるけど、他の女子勢の方々が不味い。
まるで気の立っている猫みたいに暴れかけているアリア
『死ぬよぉ! 私を見た奴はみんな死んじゃうよぉ!』
などと、色々場違いな言葉を発しながら今にも一夏に襲い掛かりそうだが、オルコットさんに後ろから抱きしめられて抑えられている。
彼女をなだめているオルコットさんも、冷静に見えるがいつでも射撃体勢に入れる用意があるというように表情に示している。
訓練で使用している打鉄、搭載されているブレード<葵>を抜き放とうとして、それを梓姫に『落ち着け、俺もあの馬鹿をバラしたいんだ』と言われている。
というより梓姫さん、バラすとかちょっとえげつないです。女の子がそんな言葉言っちゃいけません。
そんなうちの最近色々変な方向へと進んでいるのではないかとと怖くなってきた女子勢の方々を見て冷や汗を流していた俺であった。
しかし、突如としてヒートアップした一夏と凰さんの会話で、俺達の意識は2人に方向へと戻ることとなる。
「いい加減にしなさいよ一夏ッ! 本当に自分が何したのか分かってないの!?」
「おう、わからん。第一、ここ最近俺を避けていたのは鈴じゃないか。どうしてか理由を訊こうにも避けられていたら訊けないしさ――それに、俺は約束は覚えてたろ? だったら、俺が一体何したって言うんだ? だったら説明してくれよ、説明を」
「せ、説明ってそ、それは……い、言える訳無いじゃないッ! い、今はいえないって言うか……ちゃんと、その時が来たら言うというか……」
「はぁ? じゃあ説明もされてないのに俺が謝る道理もないよな? だって、俺は特に何もしてないんだからさ」
あ、ダメだ俺限界。
黙って無言で<インフェルノ>をコール。
今の俺は一夏、貴様を討つ事だけには躊躇いはない。
いいか、絶対に凰さんには当てるなよ。絶対だ、『一夏はもうこの際どうなってもいい』。
織斑先生に事情を話せば、きっと半殺しでも理解してくれるだろう。
と、本気で銃口向けようとしたら梓姫に『まてまて、マジで落ち着け』と説得される。
確かに冷静さを失っていた。ここは梓姫の言うとおりに引き下がろう――チッ、命拾いしたな一夏。
「アンタのそれについては昔からだとは思ってたけど……流石にあたしも今回はちょっとご立腹なのよ。いいわ、じゃあ一夏、こうしましょう――対抗戦、そこで勝ったほうが負けたほうに1つだけ言うことを聞かせられるって提案。あたしが勝ったら、ちゃーんとあたしに謝ってもらうから。それから――あたしの話を訊いて貰う」
「おういいぜ、じゃあ俺が勝ったらなんで鈴がそんなに怒ってるのか教えてくれよな、ちゃんと説明もして貰う」
バチバチッと火花を散らしながら睨み合う2人、そして―― 一夏が言ってはいけない事を言った。
「いいわよ、ま―― 一夏が勝てればの話だけどね。あたしは強いわよ? 少なくとも、今の一夏があたしに勝てるとは思えない」
「はっ、そんなのやってみないと分からないだろうが――俺だって学園に来てただ毎日何もしないでいた訳じゃない、鈴こそ俺が納得できるように説明する準備しておけよ?」
「い、言ったわね――この鈍感、朴念仁」
「うるさい、貧乳」
その一夏が発した言葉によって、今まで膠着状態だった状況が一気に動いた。
キレて、ISを部分展開したまま壁をドゴォン! という音を立てて殴りつける凰さん。
そして、そんな凰さんの表情は完全にキレており、展開しているISの腕部には彼女の怒りを表すかのように紫電が走っていた。
流石にというか、今のは最もやっちゃいけないだろう一夏。
というより、女の子に対して『貧乳』って言うか?普通。
少なくとも俺にはそんな状況になるのが理解できないし、そしてどうしてそんな相手のことを考えないような発言を出来るのかが理解できなかった。
いや、別に凰さんのスタイルや容姿がどうのじゃなくて、単純に人としての問題。
たまに俺とアリアも喧嘩するが、決して相手のトラウマを刺激したりコンプレックスを指摘するような事はしない。
たかが喧嘩くらいでそんな事をしても意味はないし、デリカシーにも欠けていると思うし。
「あんた――今、一番言ってはいけない事を言ったわね?」
「い、今のは俺が悪かった!流石に俺がどうかしてたから! 悪かったって、鈴!」
「い・ま・の・は? 勘違いしてるみたいねぇ一夏――『今のも』よ! そうよ……いつだって、いつだってアンタが悪いのよッ!もういいわ、一夏。対抗戦、精々遺書でも書いておくことね? 本当なら半殺しくらいで謝ったら許してあげようと思ったけど、もう許さない。あたしの全力で一夏、あんたを落とすッ!」
凰さんを見ると、完全にキレており普段俺達の会話の中では見せないような鋭く、敵意に溢れた視線を一夏に対して放っていた。
いや、そりゃあそうされても仕方ないとは思う。男の俺からしても今の一夏は不味い。刺されても文句が言えないくらいには。
完全に一夏に対してキレてしまった凰さんは、そのまま俺のほうを向くと、俺達に対してはどこかすまなさそうに
『ごめん、邪魔したわね――じゃあ、また当日に』
とだけ言って、そのまま踵を返すとアリーナから出て行った。
凰さんが去って、ただアリーナには暫く沈黙が流れた。
ひとまず、一夏には言っておくことがある。
そしてきっと、それはここにいる一夏以外の全員も同じである。
「一夏」
「な、何だよ悠――」
「一回地獄に落ちろお前」
「死んだほうがいいよ、織斑君」
「男としてというより、人として最低ですわ、一夏さん」
「私から見てもあれは許せないな、鈴が可哀想過ぎる――豆腐の角に頭をぶつけて死ぬといい、一夏」
「なぁ一夏、お前一回オレにバラされるか?」
そんな俺達の怒りの言葉を受けて、その理由がわからないのか困惑しているだけの一夏がそこに居た。
本当馬鹿に塗る薬はないのか、いや、鈍感に塗る薬はないのか。
とりあえず、対抗戦は一夏ではなく凰さんを応援しよう。一夏、お前は一度地獄を見て反省するといい。
そう俺は思うとやはり自分はどこか疲れているのだと判断した。
きっとそれは、五月特有の五月病が原因ではないんだろうなあ、そう俺は内心で思うとため息をついた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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