| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

IS<インフィニット・ストラトス> ‐Blessed Wings‐ 

作者:やつき
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一章 『学園』 ‐欠片‐
  第17話 『蒼い雫』 後編

――大空を舞うのは『赤』と『蒼』。

―― 一人の少女は、自分を偽り続けて、己の力を証明するために。もう一人の少女は、それを否定し、偽りを否定するために。

――対照的で似ている二人の戦いが、幕開けた


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ふにゃぁ……」

目が覚めて、私が本日最初に口にした言葉はそんな気の抜けた言葉だった。
我ながら一日の始まりがそんな気の抜けた始まり方で、少し恥ずかしい。

だけど今の私は個室だ、後短い期間といえど個室なのだ、だからこの部屋には私以外誰もいない、つまり問題はないのだ。 そう勝手な言い訳を自身に言い聞かせる。

私の朝は早く、そして忙しい。早朝早い時間に起きて、シャワーを浴びて身支度を整えて、普段は完全に目が覚めた状態になってから朝食を食べに行く。

そして朝の行動は全て迅速でなければならない、なぜならば……迅速に行動しなければ時間が足りないし、もし朝遅れたりしたら織斑先生の持つあの『出席簿』という最終兵器での一撃をもらう事になる。だから朝はとにかく急がないといけない。

だけど、私は基本的に朝が弱い。
低血圧だとかそんなんじゃなくて、単純に『幸せな時間』を出来るだけ長く過ごしたいと思ってしまうからだ。別に今の生活や日常に不満がある訳じゃないけど、単純に朝のベッドの中というのはある種の麻薬だ。人を誑かす非常に強力な魔力がある。

特に先日は危なかった、身支度をして時間を確認、すると多少の余裕があったので『ポン太君』のぬいぐるみを抱きしめながらベッドの上でゴロゴロしていたら突然睡魔が襲ってくる、あの時自分が遅いということでユウがきてくれなかったから確実に『おりむらせんせい』の粛清を受ける事になっただろう。

さて、ひとまずは起きて準備を始めよう。
そう考えると私は大きな欠伸をして、まだ眠気が完全に取れてない目を擦り、覚醒しきっていないぼーっとする頭を何とか働かせると、いつも通りの朝やっている事をするために、行動を開始した。

シャワーを浴びて今日という今日は朝から完全に目を覚まさせる。そして身支度を終えた私はまだ時間があるのを確認するとドサッという音を立ててベッドに腰掛けると考えの渦の中に入っていく。

「……今日、なんだよね」

オルコットさんとの試合の日、本当ならば昨日だったのだけど、織斑先生から急に『事情が変わった』と伝えられた。そして今日の放課後、昨日と同じ第三アリーナで私とオルコットさんの試合がある。

ユウが昨日、あの後ぼやいてたけど、学園の事情とか何か陰謀があったりするのかもしれないけど、私には関係ない――だって今の私の目に映っているのは、彼女。『セシリア・オルコット』さんだ。

……決して私は同性に対して好意を持つとか、ちょっと特殊な趣味ではない。
私が彼女を見る理由は1つ。『私と彼女は似ている』からだ。

確かに、まだろくに会話もしたこともないし、というか恐らく最初にしたまともな会話が凄く殺伐としてた会話だったから、その程度で彼女の何がわかるのか、という話になるかもしれない。

だけど、オルコットさんを見ているとどうしてもデジャヴに陥るのだ――まるで、まるでユウと出会う前の私。死に急いで、篠ノ之博士から貰った力を『力』だと思い込んで、それを振り回していた自分。

そして、自分に嘘ついて、自分を傷つけて、偽って――そんな事を繰り返していた自分、彼女の振る舞いは、どことなく私と重なった。

自分勝手かもしれない、私の気持ちの押し付けかもしれない、迷惑かもしれない――
だけど、彼女に私の気持ちを伝えないと、自分勝手でも彼女を止めに行かないとって思ったから。

それで彼女に否定されれば、それは仕方ない。だってその決定が彼女の意思なんだろうがら、それ以上私が何かしたりするという事はできない。
そうだ、この戦いもこの気持ちも、私のただのわがままだ。例えそうだとしても、私は自分のその『彼女は間違っている』と思った思いだけには嘘をつきたくない。

――だから、負けない。私と、生まれ変わった私の『力』、ううん……私の『翼』なら、絶対に負けない。

心の中で、そう思う。己は絶対に負けないし、負けられないのだと。
先週、レオンさんから送ってもらったイギリスの第3世代ISについてのデータ、そして昨日の織斑君とオルコットさんとの対決での戦闘記録とそのデータ、それから私が判断した事は幾つもある。そんな幾つもの情報から、私はひたすら勝利への道筋をシュミレートする。

結論として言うならば、もし私とオルコットさんが戦った場合、お互い相性は――最悪だ。そして恐らくだけど、優位性という点で考えればオルコットさんのほうが上だ。

まず、私とオルコットさんの技量差――自惚れ、かもしれないが私は『近接戦闘技術』という面だけでは、自分の中では最も自信を持っている。そしてその状況に持ち込む事こそが、自身が優位に立つ為に最も必要だという事を。

しかし、オルコットさんの技量も見ただけではあるが、『天才』と言っても過言ではない。私とは正反対で、恐らく『遠距離戦闘』という面での彼女はエリートの中でも最上位、エリートなんて目じゃないくらいの実戦経験を積んだ『スペシャリスト』という次元だろう。

相手との距離の把握、自身の銃口補正、そして狙撃を行った場合相手がどう動くかという判断。あのBT兵器、『ブルー・ティアーズ』の配置のさせ方と、射撃のタイミング、それだけではなくて――きっと全ての事を高い水準でオルコットさんはクリアしている。
オルコットさんは恐らくだけど、全てのレンジにおいてかなり高い水準の技量を持っている――だけど『それだけ』なのだ。

確かに、オールレンジにおける技量として、本人の得意不得意はあるだろうが、全てのレンジを把握できるだけの『技量』だけではなく『才能』があるというのは驚異的だ。
だが、恐らく彼女は遠距離戦闘こそが彼女の本領であり、それが『技量』。そして全てのレンジを把握して、判断と対応を行う、それが『才能』だと思う。

何が言いたいかといえば、彼女には尖がったような面がないのだ。高水準な万能遠距離型、ただそれだけで――化け物じみているとか、そんなものではない。

化け物じみた才能、というならば織斑先生や、そして本人は気がついてないかもしれないが……ユウと織斑君だろう。

織斑先生は全てにおいての万能型という次元での化け物、そして織斑君は先生に似たのか、『直接』得た技術や知識を非常に早く自身に吸収する。急激に変化して進化していくという面では化け物だろう。
そして――ユウだ。

ユウとはなんだかんだで長い付き合いになっている、最初の出会いの時に殺し合って、その後は企業でのデータ取りの為に何度か模擬戦をして、そして私はその中でわかったことがあるのだ。

ユウは、相手の行動、戦況、その場の状況などの事象や変化を情報として理解・整理した上で『先を視ている』のだ。恐らく、本人に自覚はないだろうけど、一種の直感的かつ確信に近い短期的な未来予測、そしてそれと周囲の状況判断と行動を冷静かつ連続的にやっている、それがユウという『化け物』なのだ。

時々、恐ろしくなる――ユウのそれは完全なものではないし、未来を完全に読むことなんて不可能だ。それこそ超能力や怪奇現象か何かでもない限り有り得ない。ユウが無意識にやっているのは予測だ。予知ではない。

そしてそれが、今後もっと確実なものとなって、そして今よりも遥かに早く連続的にそれを行えるようになって、『短期』ではなくある程度先までそれをできるようになったとしたら……きっとユウは、完全な化け物だ。織斑先生にも匹敵できる、世界に対して通用する、そんな化け物になる可能性を秘めている。

彼は自分には私や織斑君ほどの才能は無いと言う。だけどそれは大間違いだ――私が最も才能があって、可能性を秘めていると思っているのはユウなのだから。

……話が逸れた。変な思考に入ろうとする自身の頭をブンブンと左右に振ると、私とオルコットさんの差について考える。

技量的な差という事もあるが、大きな理由として『お互いの機体』の特徴と相性だ。オルコットさんのIS、『ブルー・ティアーズ』は遠距離型、そして恐らくだが近接用の武装も積んでいるだろう。

対して私は『完全な高機動近接型』。積んでいるのは、近接武装のみだ。これだけの情報で、どちらが優勢に立てるかと言うのは大体予測が出来る。

要するに、飛び道具と更に近接武器がある方と近接武器しかない方だ。昨日の織斑君の試合でもああだったように、そうとだけ考えた場合はオルコットさんが圧倒的に有利だ。

昨日織斑君が勝ちかけた理由は1つ、単純にあの『白式』という機体のスペックが尋常ではないという点――恐らくだけど、機体能力だけで言えばリミッター無しのユウの機体、"Tempest_Dragoon"<暴風の竜騎兵>にも匹敵するだろうと思った。

そして、あの極端かつ、超攻撃的とも言える能力……単一仕様能力『零落白夜』、あのバリアー無効化攻撃だと思う。

あれだけの性能と能力だ、近づいて零落白夜を発動して当てる――極端だが、そうすれば勝てるのだ。まさに一撃必殺を主体とした機体、それが『白式』なんだろう。

そして、私の機体もまた武装は近接武器しか詰まれていない機体だ。『高機動による近接殲滅型』、それが私の機体『ブラッディア』だ。

機動力という面では、私は織斑君の『白式』の最大加速には及ばないかもしれないが、3世代という分類の中ではほぼ最高峰の機動力を持っていると思う。
だけど、そうだとしても遠距離からの攻撃を主体としているオルコットさんのほうが圧倒的に優位だろう。いくら機動力があっても、近づいて攻撃を当てれなければ意味が無い。

今日の試合、その勝敗を分けるのは――この子の新しい力、"Nightmare Mirage"<悪夢の蜃気楼>と主任が力作だと言っていたように、尋常ではない機動力と加速能力を付与する4枚翼のウイングスラスター<スカイ・アクセラレータ>だ。

特に、"Nightmare Mirage"を使用するタイミングが最も重要だろう。時間は限られている上に、恐らくオルコットさんの事だ、一度見ると次からは対応してくる。

私がやることは結論として1つだ。とにかく『相手に優位のまま戦わせない事』、そして『圧倒的な機動力で近づいて、そして叩き切ること』それだけだ。

それこそが、私がオルコットさんに勝つための道筋であり――彼女に私の思いと考えを伝えるための方法だ。きっと、彼女は今日戦って、その中で言わないとわかってくれないと思うから。
対立して、戦って、そうやってお互い思うことを全部吐き出さないと分かり合う事はできないと思うから、だから私は――オルコットさんと戦う。

戦って、そしてもし、全部終わった上で彼女が私に手を伸ばしてくれるなら――私は、自分と似ていて、正反対の彼女と仲良くなりたいと、そう思ったから。

考えの渦から脱し、部屋にある備え付けのデジタル時計を見る――考え事をしていたら、随分時間が経過していた。既にいつも朝食を食べに行く10分前だった。
恐らくだけど、ホウキとユウ、それから織斑君は既にいつも朝待ち合わせをしている食堂前で待っているだろう。いい加減に出ないとダメかな、と思う。

「……そういえば、ホウキが和食セットがオススメだって言ってたっけ。よくホウキと織斑君が食べてる奴だよね、よしっ――」

部屋を出ようとして、ふとそんな事を考える。確かにホウキと織斑君がいつも食べているのを見ていたが、美味しそうだった。

よし、今日は和食セットにしよう。
そんな事を私考えると、ふっと笑う。

きっと、今日もいい日になるから。今の私が幸せで、尊いと思ってる普通の日常になると思うから。だから――今日もそんな日常を過ごそうね『ブラッディア』

そんな事を思うと、私は部屋を出て、恐らく既に3人が待っているであろう食堂前へと向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

上から流れ出る熱めのお湯が、自身の身体に当たり、そして地面へと落ちていく。
朝、シャワーを浴びている私、セシリア・オルコットはただただ、熱めのお湯を浴びながら考え事をしていました。考えるのは――そう、昨日の出来事でした。

自分が提案した『決闘』という名目でのクラス代表決定戦。そして、昨日の私は――感情が高ぶり、対戦方式をどうするかと聞かれた時に『私が全員倒しますわ』と言ってしまいました。

己の力を証明したかった、そして男では己に勝てないという事を、それから……ローレンスさん、あの時の彼女を見て私は恐怖しました。視線だけなのに、顔は笑っているのにまるで――自分の喉元にナイフを突きつけられているような感覚でしたわ。
だから、私の力でローレンスさんを倒して、自分の中にある恐怖心を無くしたかった、私の方が大言を吐いた貴女よりは強いと、そう証明したかったんですわ。

しかし、昨日の一戦目、彼――『織斑 一夏』と戦い、私句の中の考えは少し変わる事になりました。勝負自体は私が勝ちましたわ、ですけど……自分の中ではその勝利を喜べなくて、腑に落ちなくて、そして――納得がいかない自分が居ました。
恐らく、私の勝手な予測ですが――最後の彼の一撃、私が確実に直撃を受けると確信したあの一撃、あれを受けていたら……きっと私は負けていましたわ。根拠なんてありません、ですが――そんな根拠の無い確信が、私句の中にはありました。
そして、まず私の中で思い出されるのは、あの時の彼、『織斑一夏』の言葉と、私が決闘を申し込んだ時の『月代悠』の言葉でした。

――『オルコットさん、あんたにはわかんないだろうさ……この、俺自身が誇りとする最高の姉と、そして友達、その尊さが、大切さが!』
――『教えてくれ――君の言う『力』とは何だ?そして『力』を持つ者としての君の覚悟は――何だ?俺に、教えてくれ』

織斑一夏が言った言葉、その言葉と彼の瞳から感じしたのは――彼の信念と強い意志、そして『己の大切な存在達』を大切にして、信頼しているという事。そして……私には、彼の言うような心から信頼できるような友人は、あまりいませんでした。
幼少の頃、私の父は女性である母に媚びてばかりの人でした。常に意志の強かった母に媚びて、頼りない姿ばかり晒していた父。ISが登場して、母に対する態度がどんどん弱々しくなっていく父。そして私は、そんな父が嫌いでした。
母は、とても強い人でしたわ――意志が強い人で、私に優しくしてくれて、時に厳しくもあって、そして多くの成功を収めていた、私の憧れで、最愛の母でしたわ。
ですが、そんな大好きだった母も、嫌いだった父も、もう居ませんわ――3年前に事故で亡くなって、もう帰らぬ人となってしまいました。

未だに原因やどうして発生したかがよくわかっていない越境鉄道の横転事故。その横転の原因も未だにわかっておらず、事故についての詳細も当初は完全に伏せられた。
死傷者が大量に出て、そして原因も不明――そんな、大規模な事故で私の父と母は亡くなりました。

私は、『ひとりぼっち』 になりましたわ。

父も母も失い、元々友人が少なかった私は――ただ、一人だけになりました。唯一助けとなったのが、私の親友にして、メイドのチェルシー・ブランケットでした。
一人になった自分、そんな中で私に手を伸ばしてくれたチェルシーに対して、当初の私はその手を払いのけました。誰にも頼ってはいけない、信じてはいけない、『力』こそ全てだと思っていましたから。
そう思ったのには理由があります、あの事故からあっという間に時間が過ぎて……そして私の手元に残った両親が残した莫大な遺産を目当てに、金と権力の亡者が群がりましたわ。そしてその多くは『男』でした。
自身の両親が残した唯一の遺産、それを守るために私は必死に勉強しましたわ。信頼していたチェルシーの手すら払いのけて、一人で全て背負わなければならないと思って、ひたすらに勉強して力を求めました。

そして、その一環の中で私が受けたISの適正テスト――そこで私はA+という当時自分が信じられなかった結果が出ました。
政府からの好条件の数々の提案、ブルー・ティアーズという『力』、私は――両親の遺産を、そして『自分自身』を守るために迷う事無くその条件を飲みました。
ブルー・ティアーズという力、それを得た私には力がありました。力があったからこそ、私こそが誰よりも優れていて、他社の上に立つべき存在だと、思っていましたわ。
そうして、代表候補生となった私はブルー・ティアーズの稼動データとテストのために日本のIS学園にやってきました。

ですが、そんな学園で――私は衝撃を受けました。己の中の、決して揺るがないだろうと思っていた意思が揺らぐほどに。

「織斑一夏、月代悠、それから――アリア・ローレンス」

織斑一夏、彼からは――とても強い意志と信念、それを感じましたわ。そして、私の持つそれとは何かが違う気がしました。何処が違うのか、何故彼の意思はあそこまで強いのだろうか、私には理解できませんでした。
ですが……知ってみたいとは思いました、彼の信念という力が、意思という想いが、どんなものなのか――知りたい、と思いました。
最初私は、その気持ちが恋慕の気持ちなのかと思いましたが――よくも知らない男性に対して、そんな想いを抱くというのは違う気がしました。ですからきっと私は、彼のその意思に魅せられたのだと想います。ま、まぁ……もしかしたら恋慕に発展する可能性はありますが――今はそんな気持ちありませんわ、決して。決してありませんわ

そして、『月代 悠』――彼の言葉もまた、私の心に突き刺さりましたわ。
『君のその力を持つ覚悟は何なのか』、そう訊かれた時、私は……即座に応える事ができませんでした。私の力を持つ覚悟、それは『己の存在の証明』、そして『己の力を示す』ということでした。
ですが、そう私にはあの場で答える事ができませんでした。一体何故?どうしてですの?私は――『ずっと、そう思ってきたはずなのに』、『ひとりぼっちが嫌だから、周りが怖いから力を示してきた』筈なのに。
わからない、わからないという言葉が私の結論でした。そして――あの時の彼は、どうして『あんなに哀しそうな目』をしてのかと。
冷たくも、厳しくもあって、鋭い言葉――確かに彼の言葉はそれでした。しかし……どうしてそんな言葉のはずなのに、あんな哀しい目をしていたんですの?そして、どうしてその言葉に僅かの温かさが入り混じっていましたの?
わからない――ですが、織斑一夏同様、私は今度は彼の覚悟や信念、それを聞いてみたい、知りたいと思ってしまいました。


最後に、『アリア・ローレンス』――彼女について私が最初に思ったのは、『恐ろしい』の一言でした。
自己紹介や『織斑一夏』、『月代悠』と話している彼女を見ていましたが、よく笑って、怒って、どこにでもいるような普通の女の子でしたわ、ですけど……『あの時』だけは違いましたわ。
『決闘』という名目で勝負を挑んだあの時、きっと私の言葉の何かが彼女の逆鱗に触れてしまったのだと思います、そして……私に対して『その感情』を露にする彼女は、ただ恐ろしかったですわ。
怒りでも、憤りでもない――それを通り越した、冷たい何か。まるで自分の首にナイフを突きつけられるように、頭部に背後から銃口を突きつけられているような、そんな感覚。

だから私は、己の力で彼女を倒して、自分が彼女より上だという事を証明して――その恐怖心を無くしたかったんですわ。
ですけど……今更になって思うことがありました。あの時の――彼女の絶対零度とも言える瞳の中にあった、本当に僅かにだけ見えた気がしたもの……『否定』のような、そんな感情は、なんだったのかと。

今日私は、彼女と――ローレンスさんと戦いますわ。彼女については調べましたが、情報は全く出てきませんでした。わかったのは『専用機持ち』ということだけで、他の事は一切不明。
負ける気はない、そう思いました。ですが……昨日の一戦で考えるものがあって、そして――3人の事を知ってみたいと、もし、もしできるなら……歩み寄りたいと、そう思っている自分に、私は気がつきませんでした。

考えに耽っていると、既にかなり時間が経過している事に気がついて、私はバスルームを後にする――その心の中にただ、『知りたい』という気持ちだけを残して。
私の意思は、信念は――間違っていたのでしょうか? 一瞬ではありましたが、そう思ってしまった自分が居ました。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時間は流れて、放課後。私は昨日と同じように第三アリーナのAピットに来ていた。私はISスーツ姿、そしてピットには制服姿のユウとホウキ、織斑君の姿もあった。
ひとまず、放課後までの間、私は授業を受けながらひたすら考えた。頭の中で昨日の織斑君とオルコットさんの戦いを思い出し、レオンさんから送られてきたデータの事を考えて、どうやったら自分が優位に進められるかをひたすら考えた。
考えたのはいいのだけど、実はぼーっとしすぎて織斑先生から『出席簿アタック』という渇を貰ってしまった。未だに少し頭に痛みが残っている、これ試合に響かないよね? と心の中で思う。

モニターを確認すると、昨日同様――というより、昨日より観客席の人数は少ないかもしれないが、かなりの生徒がこの試合を見に来ているのがよくわかった。
よく見れば、観客席で『お姉様ぁぁあああ!!』とか何か変に騒いでいたり変なポーズを取ったりしてる人達が居た気がするけど、私は見なかったことにする。うん……私は何も見てない。
そんな頭痛の種から目をそらして私は はぁ… とため息をつく。とにかく、私はこの戦い――自分望んだ事をするだけだ。それをしないと、譲ってくれたユウにも申し訳ないし、きっと悔いが残るから。

「アリア、大丈夫か?」
「ん、大丈夫だよ……私もこのこの子もコンディションには問題はなし、後は行くだけ」
「気合、入ってるな――じゃあ見せてくれな、アリアのオルコットさんに対する覚悟と戦いってのを」

ユウが多少心配そうに声を掛けてくるが、私は自分の首のチョーカーを指差すと笑顔でそう返してみせる。考える事は殆ど考えた、後は実戦でそれをやるだけだと思う。
そうして、暫くすると織斑先生がピットに入ってくる。どうやら――始まるようだ

「ローレンス、オルコットの準備が出来たようだ、お前はどうだ?やれそうか?」
「問題ありません。 私もこの子も、いつでも行けます」
「そうか……ではオルコットがゲートから発進次第、お前も発進しろ――悔いの残らないようにな」
「はい、ありがとうございます織斑先生」

そう言うと、織斑先生は私に対してふっと笑うと背中を向けて手を振りながらピットを去っていった。
そして暫くして――モニターの中でオルコットさんがアリーナ内部へと飛び立つのが見えた。さて、『私達』も行こうか、『ブラッディア』
チラリ、とユウの方を向くと彼は一度だけ笑いながら頷いてみせる。そしてホウキと織斑君も私を見ながら『いってこい』という言葉を掛けてくれた。

そんな3人に心の中で『ありがと』と言うと私は意識を集中して――己の分身である『ブラッディア』を展開する。
一瞬光に包まれたかと思うと、分身である愛機を身に纏っているのがよくわかる。生まれ変わった――私の愛機を、その鼓動を感じることが出来る。
私が身に纏うのは『赤』。少し黒混じりな赤色のスマートな装甲に、機体自体に装備されているメインスライター、主任が開発した非固定浮遊部位として存在する4枚のウイングスラスター<スカイ・アクセラレータ>、そして――この機体の最大の武装でもある己の身体よりも長い、死神の大鎌のような武装<ハルパー>。
全ての装備と全システムの問題を全て確認して、全て問題なくクリアされることを確認すると、私は織斑君とホウキを見る。2人とも結構驚いているようだ。
確かに、私のISをこうやって企業関係者以外に見せるのは、恐らく初めてだろう。少なくとも学園に来てからは一度も使用していない。
そんな驚く二人と、口元に笑みを浮かべているユウの方を向いて、私は言葉を紡ぐ

「さて、と……それじゃあ、行ってきます――頑張ってくるね?」

「見せてやれよアリア、お前の気持ちって奴を」
「ああ、頑張って来いよな、ローレンスさん!」
「行って来いアリア、私達はここで応援しているからな!」

ユウ、織斑君、ホウキのその言葉を聞いて私はもう一度心の中で『ありがとう、行ってきます』と言う。そして私は、ピット・ゲートに移動して――


「アリア・ローレンス、『ブラッディア』――行きます」

普段あまり見せない、真面目な目に私はなると、そう冷静に言って、アリーナの空へと飛翔した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


アリアが戦う、か。想いと意思、強い信念をオルコットさんに対して持って、そして伝えたい事を伝えるために『今』のアリアは――戦おうとしていた。
本当に、本当に変わったと思う――出会った頃のまだ少し不器用な彼女の面影はもうなくて、ただ凛々しくて、強い意志を持つ彼女が今ここに居る。
俺は、どうだろうか? 色んな事があって、これからISの可能性を探しに行くと決めて、力を持つ存在としての覚悟と責任を持って――俺は、あれだけ変わった彼女のように、少しでもいいから強くなれているだろうか?
そんな事を考えながら、俺はモニターを見る。そして……己の隣に今立っている友人に対して、口を開いた。

「一夏」

「ん?何だよ、悠」

「よく見ておけよ」

「は?」

一夏は何の事だ?というように頭の上に疑問詞を浮かべながら俺を見ていた。だが―― 一夏もこの後すぐに分かる事になるだろう、アイツの、アリアが『天才』と呼ばれる理由を。
同じ近接型として、一夏は何を思うのだろうか?そんな事を考えながら俺は言葉を続ける

「アリアはな――ある種の天才なんだよ。『近接戦闘における戦闘技術』、その点においてはアイツは俺なんか足元にも及ばないくらいの天才だ。よく見て置けよ一夏、同じ近接型のお前は、アイツの動きを、この戦いを目に焼き付ける必要がある」
「……悠がそこまで言うのか。なら――わかった、ちゃんと見ておくさ、そして学ばせてもらう」

一夏は俺の言葉を聞いて、一気に真面目な顔になるとモニターを食い入るように見始めた、その意気だ一夏、お前にも――天才と呼べる才能があるんだからな。
そして俺自身もモニターに目を戻す、そこには――対峙した『蒼』と『赤』が存在した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まず感じたのは、風だった。ピットから飛び立ち、真っ先に私が感じたのは心地のよい風だった。
空を飛ぶのが、風を感じるのがここまで気持ちいいものだったなんて。 そう私は思った。
企業に居た頃は室内でのテストが多かったし、昔の私は――今の私みたいに、こうして心地よいということを感じることすら知らなかった。
だからこそ、もう少しその心地よさを味わいたかったが……今は、それよりも優先すべき事がある。そう考えると、私は正面に視線を向ける――そこには、オルコットさんの機体『ブルー・ティアーズ』が存在した。

「……覚悟は出来てまして?ローレンスさん」

「それはこっちの台詞。 ねえオルコットさん――少し聞いてもいい?」

最初に口を開いたのはオルコットさんだった、自信に満ち溢れた顔、優雅ともいえる素振りを見せながら私に対して言葉を放ってきた。
そして私は、こんなオルコットさんに対して言葉を返す――それは、私からの問だ。聞きたいと思っていた、問い。

「何ですの?」

「ん――オルコットさん、『自分を偽って、辛くない?』」

ビクッとオルコットさんの身体が一瞬震えて、自信に満ち溢れていたその瞳が揺れる――ああ、やっぱりそうなんだなあと私は思う。
私が過去にそうだったから、オルコットさんと似たような感じだったから、もしかしてとは思った。だったら……きっと、私の推測はほとんど当たっている

「――何を、言って」

「私にはね、オルコットさんが自分を偽っているように見えるんだ。ごめんね、勝手な事言わせて貰う――オルコットさんはね、『昔の私に似てるの』」

呆然とするオルコットさんを見ながら私は言葉を続ける、今こうして戦って、この場で伝えないと、そうじゃないといけないってそんな気がしたから。

「私にはオルコットさんがどんな過去を背負ってるかなんて知らないし、殆ど話したことも無いし、よくも知らない。 だけどね……『あの時』のオルコットさんを見て、私は貴女に過去の自分を見た、そんな気がしたの」

「戯言を――」

「偽って嘘ついて、そんなもので自分を虚飾して、自分を傷つけて――そして、貴女のその子まで傷つけてる」

そう言うと私は、オルコットさんの機体、ブルー・ティアーズを左手で指差す。

「私と似ているから――ううん、『わたしといっしょ』だから、なんとなくわかる。そうやって辛い事続けて、その先に何を望むの?そして――オルコットさん、貴女の『その子を持つ覚悟と目的』は何?ISっていう一種の力を持つ貴女の信念は、何?」

「貴女に――貴女に何が分かりますのッ!」

それまでただ私の言葉を聞いているだけのオルコットさんは、いきなり声を荒げてそう言った。きっと、私の推測でしかないけど、オルコットさんにも何かを背負うだけの理由があって、そして理由の為に自分を虚飾したんだよね。
わかってはいた、言うだけじゃ伝わらない、わからない、だったら――お互い、ちゃんと争って、戦って、言いたい事言わないと何も分からないよね
だから私はそこで言葉を切って、ただ無言で――自身の獲物である大鎌、<ハルパー>をオルコットさんに向けた

「そうだね、きっと言葉だけじゃわかんないし伝わらない、そしてそれはオルコットさんも同じじゃないかな?だったら……戦おう?戦って、その中で私が全く知らないオルコットさんについて教えて?」

「ええ……教えて差し上げますわ、私とブルー・ティアーズこそが、最も強く、そして上に立つのに相応しいという事を!」

「――きっと、泣いてるよ?その子も」

私がその言葉を言った瞬間、試合開始の合図が出される――それが、私とオルコットさんの戦いの幕開けの合図だった。

まず始めに動いたのは、オルコットさんだった。開始の合図と同時にオルコットさんは後方へと飛翔、そして自身の獲物であるライイフル、スターライトmkIIIをこちらに向ける。

<<警告、敵機射撃体勢に移行、ロックオンされています――敵機兵装にエネルギー装填を確認、攻撃来ます>>

自身の愛機がそんな警告文を出した瞬間に、オルコットさんのスターライトmkIIIから狙撃が行われる。だけど――私だってそんなもの、来る事くらいわかっていた。
私はオルコットさんが放ったその狙撃を、自分の獲物である<ハルパー>で切り払った、そして自身の機体ダメージを確認する――よし、ダメージはなし。

「なッ……そんな馬鹿な、あり得ませんわ!あの攻撃を切り払うなんて、そんな芸当、まるで――」

まるで と言ったところでオルコットさんは言葉を切る、何を言いたかったのかは知らない、だけど……私はただ往くだけ

「……今度は、こっちの番」

そう言うと、私は背中のウイングスラスター<スカイ・アクセラレータ>を全て起動させる――そして最大加速、真正面からオルコットさんに接近していく。
無論、無防備でそれを見ているだけの彼女ではない、スターライトmkIIIとBT兵器の<ブルー・ティアーズ>を展開し、私に対しての狙撃と射撃を行ってくる。
先程はあの狙撃を私は切り払ったが、そんなもの1発や2発程度ならできるという芸当で、遠距離からの連続攻撃――弾幕を生成されると考えると、そんなもの不可能だ。だから、防いだり切り払いができないなら、最大速度で自分のレンジまで持っていく。それが最も効果的だと私は判断した。
主任一押しのこの<スカイ・アクセラレータ>の加速力は尋常ではない。その加速力は、ユウの機体"Tempest_Dragoon"の加速能力を参考にしており、あの機体ほど、とまではいかないが超高機動と加速能力を実現できる。
もし、この場に主任が居たら『主任、これは殺人的な加速だよ……!』と言ってやりたい、きっと全力で喜ぶだろう。
私は全力で加速する、加速して――そしてオルコットさんが狙って射撃をしても『当たらない』くらいの速度で、加速して接近する。
そうして、その弾幕を全て被弾無しで抜けると、私はオルコットさんの正面上空から<ハルパー>を振り上げ、それを振り下ろす

「確かに、オルコットさんは強いよ――それも、ただのエリートなんて目じゃないくらいに、遠距離戦闘じゃ、その類で経験を積んだ超優秀な『スペシャリスト』と言っても過言じゃないくらいの才能があると思う、一種の天才だとも思うよ――だけど」

真上からの一閃、そしてそこから連続的に続けた私のの連撃をオルコットさんは無理な機動で再び後退することでそれを回避する。距離を取り、スターライトmkIIIを再び私に向けてくるオルコットさんを見て私は言葉を続ける

「天才、ただそれだけ――そして、自分を偽って、心に迷いがある貴女じゃ私には勝てない」
「では、では貴女は――貴女は何なんですの!?先程からの戦闘技術、最初の狙撃の切り払い、貴女だって――『天才』にカテゴライズされる人間ではなくって!?それなのに――それなのにどうして貴女は、力を振りかざさず、その力を誇ろうとしないのですか!?」

距離を取ったオルコットさんは、再びこちら対しての弾幕とBT兵器による射撃を展開してくる、こうなってしまうと私の分が悪い――その攻撃の嵐を私は再び全力で加速しながら避ける、だけど……当然凌げない攻撃もあり、何発か機体を掠める。
そんなオルコットさんの展開する弾幕の嵐を回避しながら、私は先程の言葉に対する返答を返す。そうすることで、少しでも分かり合えるって信じてるから。

「そんな才能も力も、今の私は『何の意味も無い』って知ってるからだよ――確かに、素晴らしいかもしれない、だけど……それだけじゃきっと、何の意味も無い」
「そんな…そんなのって…!」

過去の己がそうだったから。『力』というものに溺れて、ただひたすらにその力を振るい、自身を『殺せる』存在だけを追い求めた。そんな――過去の私。
大体わかってきた、そう思うと同時にまた私は全スラスターを吹かせて加速する。距離を離されて、弾幕を展開される中、私はそれをただひたすらに避けることを繰り返し、当たると思ったものは切り払う。当然――このままじゃジリ貧だし、埒が明かない。オルコットさんの優位は動かないままだ。
何度オルコットさんの弾幕を凌いだのか、そこで私は流石にちょっと辛いかな、そう思い始める――アリーナの空という広さの制限が殆ど無い空間にとって、オルコットさんの機体は非常に有利だ。いくらでも逃げ道はあるし、戦いようはあるのだから。

「オルコットさん、貴女は『わたしといっしょ』、だからね――そうやって偽り続けて、無理ばっかりしてたら……その先にあるのはきっと破滅だよ?」

「私は――私には、プライドがあります! 大事なものを守るというプライドと、そして……己自身のプライドが!」

距離が離れた先、そこでオルコットさんが私に対してそう言い放つ。うん、そうだよ――だけど、そのプライドが自分を殺すんだよ。それが、オルコットさんにはわかっていない。
オルコットさんの射撃と狙撃については大体だけど掴めた、確かに最初は少し辛かったけど……試合開始から既に30分、戦闘を行いながらオルコットさんの攻撃を見続けて大体理解できた。そして――やっぱりオルコットさんの動きには致命的な『遅れ』があるということも。
だから私は、もう一度<スカイ・アクセラレータ>の推進機関を全て起動させて、高機動モードでオルコットさんに向かっていく――再び放たれる狙撃と射撃、だけど……もう私には見えてる。そして、アレを使うタイミングも掴めた。

「そのオルコットさん自身のプライドが――オルコットさんを殺すのが、分かんないのッ!?そんな、そんなプライドなんていらないよ!不必要なんだよ!?」

普段、あまり大きな声は出さないのだが、今回ばかりは特別だった――昔の自分を見ているような気がして、オルコットさんにそんな風になってほしくなくて。だから大きな声が出てしまった。
そして、そんな悲痛とも呼べる叫びを上げた私を見て――オルコットさんは目を見開いて、驚いていた。

「どうして、貴女はそこまで――貴女にとっては私は他人でしょう!?」
「そうだよ、他人だよ。だけどね――誰だって最初は他人なんだよ?そこから、どんな形にもなっていける、私はオルコットさんに昔の私みたいになって欲しくない、オルコットさんの事情なんて知らないけど、見てて辛いの!そうやって――そうやって自分を誤魔化し続けて、傷つけて、それで……自分の大切な分身"ブルー・ティアーズ"さえ傷つけてるのが、見てて辛いの!」

距離を詰める、だけどオルコットさんだって距離を詰められると不味い事くらい知っている――向こうもスラスターを吹かせてまた距離を取ろうとする、だけど……加速と機動なら、こちらのほうが上だ。

「私がオルコットさんを許せないのは2つ理由がある!1つはユウを、何かを成そうとしてる人を見下して侮辱した事!そして――自分に嘘ついてそうやってただ、過去の私と一緒の事をして過ちを犯してる事ッ!」

そう言うと同時に、私は――切り札として残しておいた"Nightmare Mirage"を起動する。起動すると同時に、私の両手腕部と両足の装甲が変形し、そこが赤く発光する――そしてウインドウには『"Nightmare Mirage"起動確認、残り30秒です』と表示される。
そして今のオルコットさんには――私は見えていない、射撃型でもあり、BT兵器という空間認識が必要な兵器を使用しているのだ、ハイパーセンサーや電子機器の類は常に作動している筈だ。そして今、この瞬間、この戦況、オルコットさんは『ブルー・ティアーズを展開している』

「き、消えた!?――そんな馬鹿な、一体どこへ行ったというんですの!?」

加速し、接近し続ける私が見たのは――オルコットさんが何が起こったのかわからない、といった状態に陥っている姿だ。そしてオルコットさんは態勢を立て押すために、ブルーティアーズを戻そうとする――だけど、そんなの無意味だ。

「戻りなさい、ブルー・ティアーズ!一旦体勢を整えて――ど、どうしたんですのブルー・ティアーズ!?」

アリーナの戦闘が行われている空間、その空間には――オルコットさんが展開したBT兵器、ブルー・ティアーズがただその空間で停滞だけしており、『オルコットさんの指示に従っていない』という状況だった。
私はこの瞬間を待っていた。あのブルー・ティアーズというBT兵器は、オルコットさんの機体、本体の『ブルー・ティアーズ』の加速能力と機動力を補助するスラスターとしても機能する。
そして、オルコットさんの最大の弱点――動きの中に存在する遅れ、その遅れがどのタイミングで発生しているのかという事を理解して、オルコットさんの射撃の特性について大体の把握をする。そうすることで自分が一気に決めにいけるタイミングを作り出して、勝負を決めに行く。
だから私は、彼女の主兵装であるBT兵器の機能と機体の機動力を大幅に下げて、更に"Nightmare Mirage"でオルコットさんからのロックを完全に外した上で、ブルー・ティアーズの兵装を完全に機能できなくする、そうする事で勝負を決められると私は考えた。

こちらは近接武装のみで、相手は遠距離武装に特殊兵装、ならば勝つには、確実に勝てるタイミングで一気に攻め込む、これしかなかったのだ。
だから私は、オルコットさんの動きが鈍るか、停止するのを待っていた。そのタイミングを見極めていたのだ。


『最大の力を最高の速度で、最善のタイミングで相手に叩き込む事』
私が狙っていたのは、これだ。そして今――その展開は成された。


私は、今の自分が完全に見えなくなっているオルコットさんに、"Nightmare Mirage"の持続時間がカウントゼロになると同時に、ほぼゼロ距離で、彼女の背後から<ハルパー>を振り上げた


「嘘なんて、つく必要ないんだよ?無理なんて、する必要もないんだよ?だから教えて、オルコットさん 本当の貴女の気持ちを、貴女の本当の思いを。私に、教えて欲しいんだ――それから、オルコットさん、オルコットさんはね『ひとりぼっちなんかじゃないんだよ』」

「……負けましたわ、では――私にも教えてくださいな、どうしてローレンスさんがそう思うのか。そして、貴女が言っている過去の貴女を、一体何がローレンスさんを変えたのか。それから、どうして貴女がそこまで強いのかを」

「私は弱いよ、今も昔も弱いままだけど……うん、いいよ――だけど、この勝負は……私が貰うね?」

「次にやる時は、私が勝ちますわ――ですが、その前に……ありがとうございます、ローレンスさん」

そう言って、一瞬だけしか見えなかったが――どこかスッキリしたような表情で笑うオルコットさんに対して、私は背後から振り上げた<ハルパー>を振り下ろす。恐らく、これで勝負が気まるだろう――そう、思った瞬間に。

それは、起きた。



<<警告、上空よりエネルギー反応――収束砲撃来ます、威力推定不可能、緊急回避を推奨します>>


「ッ!――オルコットさん!」

「え……?――きゃあっ!」

私は、その警告が来ると同時に自身に怖気が走るのを感じる、何が起こったのかは理解できなかったが、不味いと思うと同時に――私は攻撃を中止して、<ハルパー>を量子化してクローズ、無理矢理オルコットさんを空中で突き飛ばした
次の瞬間――私が見たのは、上空からアリーナのシールドバリアーを貫通してきた赤い閃光で、それが見えたと思った瞬間、私は――激痛に襲われると同時に、機体へのダメージ、そしてその痛みで制御が不安定になり墜ちていく。
あ……これ、まずいかな――墜ちながらそう思っていると、ドサッという音と共に温もりを感じる。

「ローレンスさんッ!しっかりしてください、ローレンスさんッ!」

何者かからの収束砲撃を受けて、墜落しそうになった私をオルコットさんが急いで駆けつけて空中で抱きしめてくれる、ん……オルコットさん、あったかいなあ。
そんな場違いな事を考えながら、私は今の自身の状況を確認。ISは解除されてないようだ、だけど……さっきの砲撃で私自身にも直接ダメージがあったらしい。正直、かなり辛い。心配そうに私を抱きしめて、何度も私の名前を呼んでいるオルコットさんに対して心配を掛けまいと、笑って大丈夫、と言おうとしたが――その言葉は『ソレ』を見てしまった事で、言えなかった。
そして私が、朦朧とする意識の中で、最後に見たのは――


「ユ……ウ?――」


そんな馬鹿な、と思った。だって、だって彼は――今アリーナのピットに居る筈なんだから。
私が見たのは、アリーナの上空に存在する、真紅のエネルギーウイングを広げ、その手にバスターライフルを持つ黒灰色の機体――ユウの"Tempest_Dragoon"に酷似した、機体だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――『世界』が今、新たな『現実』を投げる。それは、とても過酷な現実。『運命』という名前の過酷な現実。

――そしてその投げられた『運命』も、過酷で残酷な現実を少年達に投げる。 それに直面して、少年達は何を思うのか、どう乗り越えようとするのか。どんな意思の輝きを見せてくれるのか。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧