失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第十六話「過激なこの世界」
それはアフタヌーンティーも一息ついた時。
リンスレットの不意の言葉がそもそもの原因だった。
「そういえば、あなたたちは精霊剣舞祭のチームメンバーは揃いましたの?」
「……ま、まだよ」
「だな」
苦虫を噛み殺したような表情で肯定するクレアに追従して頷く。
どことなくホッとした顔を見せたリンスレットはふふん、と髪をかき揚げた。
「あら、まだでしたの。それはご免あそばせ。悪いことを訊いてしまいましたわね」
「ぐっ……! そ、そういうあんたはどうなのよ」
「わたくしは……わたくしの目に掛かった人がいないだけですわ」
痛いところを突かれたのか目を反らしながら口にするリンスレット。それを聞いてここぞとばかりに意地の悪い笑みを浮かべた。
「なによ、あんただってまだじゃないの。まあ、どうせあんたと組みたいなんて言うもの好きは――」
「なんだ、リンスレットもまだなのか」
このままでは喧嘩が勃発するのは目に見えているのでクレアの言葉を切る形で口を挟む。案の定、唯一のチームメンバーからは現在進行形で睨まれているが。
しかし、クレアに匹敵するほどの実力を持つリンスレットがまだ纏まっていないとは。意外な気持ちで問うと、顔を赤らめてぷいっとそっぽを向いた。
「い、今はいませんわ。今だけの話ですからね!」
悪戯っ子が浮かべるような笑顔でキャロルが囁いた。
「リシャルトさん、お嬢様はですねー」
「うん?」
「お耳を拝借……ごにょごにょ」
「ふんふん…………ほぅ、なるほどなぁ」
専属メイドの言によれば、何度かチームを組んだことがあるリンスレットだが、彼女の求める理想とプライドの高さが災いし上手くチームに溶け込めなかったらしい。チームを組んでは解散を繰り返し、今では誰からも誘われることなく現在に至る、と。
「なんとも、リンスレットらしい話だな……」
「キャロル! リシャルト様に何を言いましたの!?」
「お嬢様の現状ですー」
リンスレットの剣幕をそよ風にでも吹かれたかのように受け流すキャロル。こういうのを、いけしゃあしゃあと言うんだろうな。
「……はぁ~。ほんと、誰か居ないかしら、チームに入ってくれる優秀な精霊使い」
クレアの深いため息とともに零れた言葉を、クルクルと毛先を弄びながらリンスレットが返す。
「そ、そうですわね。……案外、近くに居るかもですわよ?」
リンスレットの現状と今の様子から、彼女の心のうちは見え透いたものだが、なにを勘違いしたのかクレアはポンッと手を叩いた。
「近くに……そうだわ! こうなったら編入生を誘ってみるわよリシャルト! ひょっとしたら掘り出しものかもしれないし!」
「そうくるかぁ」
意外と天然なクレアさんだ。
「そ、そうですわね……。でも、もっといいメンバーが近くにいるかもしれませんわよ?」
しかし、さっきからチラッチラッとこちらを窺ってくるリンスレット。このまま無視するのはいささか良心が咎めた。
ソワソワと落ち着きのないリンスレットに聞かれないように、今にも走り出しそうなクレアに耳打ちした。
「リンスレットをメンバーに誘うことはできないのか?」
「ふわっ……!」
「……ふわ?」
突然、耳を朱くして奇声を洩らすお嬢様。その様子を怪訝に思いながら言葉を続けた。
「それでどうなんだ?」
「きゅ、急に耳元で囁かないでよ……その要望は聞けないわ」
「なぜ? 戦力としては期待できると思うが」
「……あいつの実力はあたしだって認めてるわよ。でも無理よ。あんたもこの間の決闘のことは覚えてるでしょう。独断専行まっしぐらのリンスレットとどうやって連携を取れって言うのよ」
即答するクレアに問い質すと、直情的な彼女にしては至極まっとうな答えが返ってきた。
「それに、リンスレットはあんたのことを、その……」
ごにょごにょと言葉を濁す彼女の雰囲気に流され口を閉ざした。
クレアの言も一理ある。しかし、だからといってこちらから歩み寄らないというのはおかしな話だと俺は思う。向こうが独断専行するのなら、こちらが臨機応変に合わせればいい話なのだ。
なんとかクレアを説得しようと試みる、が。
「な、なにを二人で内緒話をしてるんですの……?」
毛先をクルクルと弄りながら忙しなくチラチラと視線を寄越すリンスレット。話題の本人の様子があまりにもアレなものだった……。
視線で再度問うと、さすがのクレアも根を上げたのか溜め息とともに了承した。
「わかったわよ、まったくもう……聞くだけ聞くわ」
「助かる」
「……一つだけ聞くけど、リシャルトってもしかして……リンスレットが気になったり、する?」
小さく囁くような声で呟く彼女に首を傾げ、即答した。
「もちろんだ。戦力として期待できるだろう」
「いや、そういうことじゃなくて……ああっ、もういいわ!」
「――?」
何故か憤るクレア。……なにかいけなかったのだろうか?
「ねえ、リンスレット」
「な、なんですのクレア・ルージュ」
「あんた……ひょっとして、あたしのチームに入りたいの?」
――その聞き方はダメだろう……。
案の定とでもいうべきか、プライドの高いリンスレットは毛先を弄っていた指をピタッと止めた。
「――ふっ、なにを言うかと思えば」
胸を大きく張ると、クレアとは真逆の豊かな母性がプルンと揺れた。……つい目がいってしまうのは男の性だと思う。
「あなたこそ、わたくしのチームに入りたいのでしょう?」
「……は?」
なに言ってんのコイツ? クレアの目がそう語っている。……エストはいつの間にか船を漕いでいた。
エストの頭を倒し、膝の上に乗せる。丁度膝枕の形を取り、柔らかな銀髪をそっと撫でた。
穏やかな風が肌を優しくくすぐるなか、二人のお嬢様の主張はどんどんエスカレートしていく。
「あんたがあたしのチームに入りたいんでしょ!」
「あなたがわたくしのチームに入りたいのでしょう!?」
――ああ、今日は良い天気だな。
遠い目で燦々と輝く日差しを手で遮る。まさに、現実逃避という名の仮想世界に浸かっていた。
キャロルはキャロルで、お嬢様方の喧嘩を楽しそうに見学しているし。
――この二人でチームは無理かもしれん……。
早くも挫折に心が挫けそうになっていたその時、
「――君たちはいつも争ってばかりだな。もう少し静かにできないのか。ここは公共の場だぞ!」
まさに救世主のような声が、その場に響いた。
サロン・カフェに響く凛とした声。
カフェの入り口から軽甲冑を身に付けた一人の女生徒がやってきた。
「エリス……!」
呻くようにその名を呟いたクレア。また邪魔なのが来たとでも言うような顔だ。
エリス・ファーレンガルト。武門で有名なファーレンガルト家の御息女であり、学院内の治安を預かる風王騎士団の団長でもある。
以前、俺たちは彼女といざこざを起こした経緯がある。すでにその件は相互に遺恨のない形で片付いているが、クレアにとってはなにかと注意してくる彼女に苦手意識があるのだろう。
少々、真面目すぎるエリスだが、その一本芯が通った姿勢は俺も好ましく思える。騎士として将来大成することだろう。
「あら、騎士団長様じゃありませんか」
「何の用よ。また決闘でもしに来たわけ?」
剣呑な光を帯びたクレアたちは敵意も露わに訪問者を睨みつける。
エリスも気に中てられたのか、腰に下げた剣の柄に手を掛けた。
「ふん、私は今この場で決着をつけてもいいぞ?」
「言ってくれるじゃない」
今にも契約精霊を召喚しそうな二人――否、三人。
エリスの背後から同じく軽甲冑を身に付けた女生徒が二人、慌てた様子でやってきた。
「だ、団長! 落ち着いてください! ここで剣を抜いちゃだめですよ!」
「むぅ……」
しぶしぶといった感じで柄から手を離すエリス。こちらもお嬢様方を抑えるため、その脳天に軽いチョップを見舞った。
「君たちも落ち着け。こんな場所で乱闘騒ぎでも起こすつもりか?」
「うー……」
「……わかりましたわ」
頭頂部を抑えて唸るお嬢様方を無視し、エリスたちに向けて頭を下げる。
「すまなかったな、うちのじゃじゃ馬たちが失礼した」
「じゃじゃ馬って言った!?」
「君は黙っていろ」
がばっと顔を上げるクレアを視線で封殺する。
エリスはバツが悪そうに視線を切った。
「い、いや、こちらこそすまない……。騎士団長ともあろう者が軽率なことをした」
「じゃあ、ここはお互い様ということで」
「うむ」
この話はこれで終い。気を取り戻して、エリスの背後に立つ二人を見遣った。
髪の短いボーイッシュな感じの娘と真面目な雰囲気を持つ、三つ編みの娘。二人とも見覚えがある顔だ。
「そこの二人は確か……ラッカにレイシア、だったかな?」
「わ、私たちの名前を憶えてたんですか?」
三つ編みにしているレイシアが驚いた表情を浮かべた。
「当然だ。三度も顔を合わせ、一度は刃も交えた相手だ。記憶にない方がおかしい」
「あ、あの時は本当にごめんなさい」
恐縮した様子で頭を下げるレイシアとラッカ。
そんな二人に笑いながら手を振った。
「いやいや、謝らなくても大丈夫だ。こちらにも非があるし、なにより過ぎた話だ」
「そう言ってもらえると助かります……」
ホット安堵の吐息を零すレイシアに微笑み返し、エリスに向き直った。
「それで? リンスレットの話ではないが、騎士団長ともなれば多忙だろう。なにか用でもあるんじゃないか?」
「う、うむ……流石だな、リシャルト・ファルファー」
エリスはもじもじと身体をしきりに揺する。
顔を赤らめて俯く団長の後ろからラッカの声が掛かった。
「ほら団長、言っちゃいなって!」
「あ、ああ。その、だな……」
「うん?」
「あの、えっと……」
言葉にならない声を洩らしながら、あーでもないこーでもないと言を濁す。
そんなエリスの後ろではレイシア達がひそひそと囁き合っていた。
「団長照れてる。こういう団長も可愛いですね」
「なー。まさに恋してる乙女って感じだな」
そんな団員の言葉に顔を真っ赤に染めたエリスは声を荒げた。
「か、からかうな! た、確かに先日の件で少しは見直したが、それだけだ! 私が憧れるのは、かの謎の精霊使いのような、凛々しく高潔で強い女性なんだ。断じてこんな男ではない!」
――ここにも謎の精霊使いのファンが……。
認めたくはないが、フローレン・アズベルトは精霊使いの中では、売れっ子アイドル以上の熱狂的なファンや、教祖にも匹敵するほど崇拝されているのが現状だ。
原作のレン・アッシュベルと同等かそれ以上の人気っぷりを誇る自分の偶像に、顔が引き攣りそうになる。
そんな俺に何を思ったのか、キッとエリスが睨んできた。
「なんだ、私がフローレン・アズベルトに憧れているのがそんなにおかしいのかっ!」
「誰もそんなこと言っていないだろう……」
疲れた返事をする俺は悪くないと思う。
いつまでも話が進まないことに業を煮やしたのか、トントンとリズミカルにテーブルを指で叩く音が加速した。
「いいから、早く本題に入りなさいよ」
「むっ、そ、そうだったな……コホン」
仕切り直しをすると、キッと強い眼差しで俺を見据えた。
こちらも背筋を正し、傾聴の姿勢を取る。
「リシャルト・ファルファー……」
「いけ、いっちゃえ団長!」
ラッカの発言を黙殺し、エリスが言葉を続けた。
緊張で震える手をキュッと握り力強く言葉を口にする。
「き、君がほしい……!」
――いつだって世界は過激だ。
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