東方守勢録
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第七話
「……」
黒煙が立ち込める中、俊司は以前と険しい顔をしていた。
クルトは確実に炎の渦に飲み込まれたはずだった。防御を行った様子もないし、確実にしとめたと思い込んでもいいだろう。
それでも俊司は彼を倒しきれたと思っていなかった。相手はこれまで何度も予想を覆した行動をとってきた。今のような安易な攻撃が通るとはのだ。
だが、黒煙が晴れてもクルトが姿を現すことはなかった。
(いない……まさかほんとに……)
そう思い始めた時だった。
(殺気!?)
微かだが、背後から殺気が漂ってきたのを感じ取っていた。俊司は振り向きながらも、迫ってくる殺気から距離をとっていく。
その後、俊司がいたところには大きなくぼみが出来あがっていた。
「……」
「いや~油断した。まさかあんなところで先手を取られるなんてね」
くぼみの中央にはクルトが立っていた。さっきの俊司の攻撃が微かにあたっていたのか、彼の左腕には焼けどを追った部分が見え隠れしていた。
俊司はすぐさま攻撃を開始する。しかし、クルトはさっきまでとは段違いに違うスピードで攻撃を避けていった。
「さっきとぜんぜん違う……」
「緊急用に自分に魔法を設置しといたんだよ。身体能力を強化するだけの簡単な話さ」
「ちっ……」
分が悪いと感じた俊司は、すぐさまスペルカードを発動させた。
変換『犠牲と発達』
「嗅覚を犠牲に!」
身体能力を強化した俊司は、すぐさまクルトとの距離をとりながら攻撃開始する。クルトもそれにあわせながら、攻撃を避けていった。
しかし、攻撃を行うのは俊司だけで、クルトはひたすら攻撃を避けていくだけだった。
(攻撃する気がないのか? あるいは何か策があるのか……)
「せっかく身体能力上げてるのにさあ、銃で攻撃しても意味ないんじゃないかなぁ?」
「それがどうしたんだ!」
「確かに攻撃を避けることはたやすくなるけどね、君は中距離の戦闘のことしか考えてない。君のスペルカードでは近距離では対応しきれないってことだよ」
「何を言って」
「二つ目起動……」
「!?」
クルトがそう呟いた瞬間、彼は俊司の目の前まで迫ってきていた。
(まだ自分にかけてる魔法があったのか!?)
「こうされたら、君は早急に対応できない」
「くそっ!」
俊司は急いでクルトと距離をとるが、身体能力に差ができてしまったのかすぐに追いつかれてしまう。
俊司に少しずつ焦りの表情が見え始めていた。
「さて、そろそろこっちの番かな!」
「やばっ…うっ!?」
クルトの蹴りが俊司の腹部を一気に捕らえる。重い一撃が駆け抜けたあと、俊司は思いっきり吹き飛ばされていった。
「がはっ……」
「君のスペルカードは一度発動してしまえば、それ以上身体能力を上げることはできない」
「うぐっ……」
「先を見据えない判断が……勝負を左右するんだよ」
「がっ……う……あ……」
クルトは俊司の首をつかむと、握り締めながら持ち上げていく。
「さて、そろそろ終わりにしようか」
「ぐ……が……」
息ができず声を発することもできない。非常に危険な状態だった。
だが、俊司には秘策があることを彼は忘れていた。
「……?」
首を絞められていたはずの俊司は、なぜか笑みを浮かべていた。だが、この状況を見ても抜け出せるすべはないはず。
そう思っていたときだった。
「ぐっ!?」
いきなり右腕に激痛が走る。同時に手から力が抜け、俊司は拘束から開放されていった。
(なぜ……!)
俊司の右手には、銃ではなくナイフが握られていた。それに、ナイフには赤い血液が塗られている。
それを見た瞬間、クルトは忘れていたあのことを思い出してた。
「そうか……俺としたことが、君の能力の事をすっかり忘れていたな」
「発動するかどうかは微妙だったけどな」
俊司の能力『危機を回避する程度の能力』が、偶然にも発動していたのだ。
首をつかむだけでは詰みにはならない。クルトの表情にも焦りの色が見え始めていた。
(これでは止めをさせないな……どうしたものか……)
(あぶねぇ……能力発動してなかったら確実に死んでな。慎重にいかないと)
あたりに流れる緊張感が、少しずつ大きくなっていった。
「さてと……そろそろ本気で決着つけるか?」
「奇遇だな。俺も同じことを考えてたんだ」
俊司はそう言うと再びハンドガンを取り出した。
「じゃあ、さっそく」
「その前に一ついいか?」
「? いいよ?」
不思議そうにするクルトに、俊司は睨んだまま話を続けた。
「なぜお前は、そんなに軍に忠実でいられるんだ?」
「……どうなんだろうね? 昔の僕なら……こんなにはなってないだろうな」
「どういうことだ?」
「……ただの昔話」
そう言ったクルトは、なぜか懐かしそうにしながらも悲しそうな顔をしていた。
「ある人に言われたんだ。組織と言うのはつながりがなければ強くはならないって」
「……」
「昔の僕は一人を好んでいてさ、人とのかかわりなんていらないものだと思っていたさ。でもね……その人はそんな僕をいつも叱ってきてね、あれはうざかったな~」
「……で?」
「それからいろいろあったんだけどさ……それがもとなのかな?今の総司令官に会ったのはそのあと」
「……」
「僕は総司令官に助けられてね。そのこともあってこの軍に入隊した。だから……総司令官の壁になるものは……排除するんだよ」
「……由莉香もか」
「彼女も障害だ。排除するにきまっているさ」
クルトは澄ました顔でそう言った。
軍を思って行動する。クルトの考え方は確かに正論だ。俊司にもそれがわからないわけでもなかった。
だが、それでも彼を許すことはできない。幻想郷を支配しようとするものでもあり、幼馴染の仇でもある。だからこそ、彼はいまここにいる。
情けは無用だった。
「……やっぱり許せないな」
「別に分からなくてもいいよ?じゃあ、はじめようか!」
「絶対……ぶっ殺す!」
そう叫んだあと、俊司はある物を発動させた。
変換『感情の真骨頂』
「憎しみの感情を糧に!!」
「憎しみ……!!」
クルトが呟いた瞬間、目の前にいた少年はすでにいなくなっていた。
辺りを見渡すが、少年どころか人影すら見当たらない。クルトの顔から、徐々に焦りの色が見え始めていた。
そんな彼のおなかに、猛スピードで拳が突っ込んできていたにもかかわらず。
「うっ……ごふっ!?」
次の瞬間、クルトは血を吐きながら大きく吹き飛ばされていた。
何か衝撃が走りぬけただけで何があったか覚えていない。クルトの思考は一瞬吹き飛びそうになっていた。
「なにが……!!」
起き上がった瞬間、すでに少年はクルトの目の前まできていた。すぐに回避行動を取ろうとするが、さっきの一撃が体中に負担をかける。
そのままなすすべもなく、クルトは再び吹き飛ばされた。
「がはっ!?」
「これはさっきのお返し……これで終わらせるかよ!!」
俊司はそう言いながら再び地面をける。
すると、ものの五秒もかからないうちに、吹き飛ばされたクルトのそばまでやってきていた。
(これが憎しみを具現化した力か……)
「もらった!」
「三つ目を起動!!」
「なっ!?」
手のひらに仕込んでいた設置魔法を解放すると、クルトは一気に加速して俊司から距離を取った。
「ちっまだまだ!!」
俊司は再び距離を詰めると、そのままの勢いでクルトを殴ろうとする。
だが、その一撃をクルトは片手で受け止めていた。
「!?」
「力は……五分五分と言ったところだね」
そう言ってクルトは俊司を突き放す。
一瞬だが、二人の間を静寂が駆け抜けていった。
「さあ、フィナーレに入ろうか!!」
「そうだな!!」
そう言った瞬間、二人はほぼ同時に拳を突き出していた。
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