やはり俺達の青春ラブコメは間違っている。
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第三章
そうして由比ヶ浜結衣は諦める。
前書き
HR=ホームルーム
軽く暴走ぎみですが投稿してみました。
俺はボウルにスライスアーモンドを入れ、それをゴムべらで混ぜ合わせる。
オーブンシートを敷き詰めた天板に満遍なく生地を流し込み、それをオーブンに入れた。―そして今ちょうど二十分が経過したところである。…そろそろいいかな、と思っていると向こうでゴソッ、と音がした。どうやら雪ノ下雪乃が目を覚ましたらしい。
俺は急いでオーブンから天板を取り出す。…フッ、上出来だ。
「あら、ナッツ系の匂いがするのだけれど、これはアーモンドかしら?」
「ああ、よくわかったね。…まあこれは簡単なアーモンドクッキーだけどさ」
俺は雪ノ下の方に歩み寄りながら自分の持っている天板に並ぶクッキーに目線を落とし、雪ノ下の問い掛けに答える。
「そうかしら。案外手が込んでいるように見えるのだけれど。……はぁ、手際が見られなくて残念だわ。まったく、どうして気を失っていたのかしら?」
俺はその言葉を聞くなり目前のテーブルから由比ヶ浜さんの作ったクッキーを皆から見えないようにどかした。…常人には余りにもデンジャラス過ぎるな…これ。食べなれていた俺だから軽い立ち眩みで済んだけど、まだ雪ノ下や比企谷には食べさせられないかもな。確か俺が最初にクッキー作ったときも自分で全部食ってたし…。
うん、今思うと流石にあの調味料はなかったな…。
「私が負けるわけにはいかないわ。こちらも仕上げに取り掛からないと…」
はいはい負けず嫌い乙。でもまあ、その手技だけは見させていただくか…。
―程なくして二人のクッキーはそれぞれ美味しそうに出来上がった。
× × ×
二人がようやく目を覚ました。由比ヶ浜さんはアホなので某一存のロリ生徒会長のごとくぴんぴんしていた…が、比企谷の方は虚ろな目で口に水を運ぶ動作だけを繰り返していた。…なにこれこわい。
「うん、怖いな。とりあえず、どうすれば効率よく美味しいクッキーが作れるようになるか二人で考えてみたら?」
「その流れからして あなたも考えるべきではないの?」
「うん…でも高校生の考える解決方法なんて限られてるし」
「まず、由比ヶ浜が二度と料理をしないことだと思うが?」
「ぜ、全否定、された? ……ヒッキーに?」
「だってあんな劇薬だぞ!? 気絶するなんて実際起きたらさすがに笑えねぇっての…」
…うん、比企谷? 口からぼたぼた水が垂れてるんですけど…、何? お前 顔だけ麻痺でもしてんの? 見てて怖いんだが?
「確かに解決方法として考慮するべきかもしれないわね…」
「そ、それで解決しちゃうっ…!よね…。あ、ははは、何か早かったなぁ。…よく考えれば最初からそうだったんだけど、やっぱあたし料理に向いてないんだ。ほら才能ってゆーの? そういうの、ないし…」
…その時、由比ヶ浜結衣の表情は暗かった。
その顔は自分の顔のそれに酷似していて、その幼げな顔は酷く歪み、おぞましいナニかへと変わったかのように錯覚する。妬みに乗っ取られてしまったかのような、まるで「僕」の顔だった。
「一つだけ解決方法が浮かんだのだけれど、何だかもう無駄に終わりそうね…。あなたに表情がそっくりだわ…。あなた、由比ヶ浜さんに何をしたの?」
負のオーラに取りつかれたのであろう由比ヶ浜さんを見て、雪ノ下雪乃は俺を疑いと拒絶の入り交じった目で見てくる。
「……え? 何だいその目は? 今の俺の心はコ○ンで最終的にまわりの容疑者勢から驚きと軽蔑の入り交じった目で見られる真犯人の気持ちでいっぱいだよ。何だよ、うずくまって泣いちゃうぞ? 過去の怨念を晒しちゃうぞ?」
それにしても最近の○ナンは終わり方がワンパターン過ぎると思うの。最終的に膝をついて「ちくしょうちくしょう」もしくは「あいつが悪いんだ、あいつのせいで○○は…ちくしょーおぉうおう」って泣く以外のエンディングが欲しいの。
―それと、俺への疑いについて、俺の返答は「何もしてない」だ。
正直、俺のそっくりさんが現れてビックリドッキリ、メカっている。
何もしてない。大体、俺が何をすれば俺のコピーが生まれるんだ? 漫画の読みすぎだろ、もしくは中二病? …と、俺が言うと、雪ノ下と比企谷は戸惑いをあらわにする。原因がわからないからだ。彼女がどうしてここまで落ち込んで、そして落ちぶれてしまったのか…。
……二人が戸惑うその中で俺は、心底つまらないといった顔をした。だって本当につまらなかった。まるで虚空でも見つめるかのように、授業中に何気なく窓の外を眺めるかのように、由比ヶ浜結衣を眺めた。
何においても素晴らしいとは思わぬまま、俺は何でもない声でぼやいた。
「”くだらね。…ペッ”」
僕には何となくわかってしまった。彼女が「努力」をすることを諦めてしまっていることに…。
心の底からめんどくさい。でも俺はもう一度言わなければならないようだった。
「”由比ヶ浜結衣さん” 」
『……どうしたの? 』
彼女は会ったときとは見当もつかないほど捻くれた笑顔で微笑みかけてくる。やっぱり比企谷に劇薬呼ばわりされたのがショックだったのかな…。
「”…はぁ、僕言ったよね?「君の努力には意味がある」って”」
『……そうだったかな』
「"うん。でもね、基本的に誰が努力しても意味はあると思うんだ。…目的さえあればね"」
『えへ、へぇ……そう、なんだぁ』
「"そうだよ。じゃあ話をする前に僕が作ったクッキー食べてみてよ。お手本にしてもらっても僕はかまわないよ?"」
『えへへ、じゃあ貰おっかなー』
相変わらず気分の悪くなる笑顔だ…と、俺が思われている俺の笑顔にそっくり。でも、かわいいよね。僕はヤンデレにも理解があります。そうヤンデレ、今の由比ヶ浜さんの顔はそんな感じがする。いやマジで病んでる。ヤンデレ最高ぉ、萌える! ヒャッハー! …とか言ってられず黙って親切に病院に連れてってあげちゃうくらい病んでる。
あと僕もそこまでヤンデレというジャンルを好いているわけではない。ご、誤解されてたら ごめんなさいなんだからねっ! へへっ、超どうでもいい…。キョウモケシキガキレイダナー。
「"あ、比企谷と雪ノ下さんもぜひどーぞー☆"」
「では、一ついただくわね。…ふん、なかなかいい具合に焼けてるわね。侮りがたしっ…!」
「"比企谷も食えよ。…ほれっ"」
「ああ、どーも。…うん?」
―ピキーン、っと彼ら彼女らの頭から何か聞こえた気がした。
「う、うめぇー! なんだこれ、うまいっ。―え、なにこれ怖い、なにこれ怖い!」
テンション上がりすぎじゃないか? いつも一人で昼食をとるぼっちとは思えないぞ…。
「ふん…確かに意外にも美味しいわね。…私は悪くないけどあなたが作ったとは思えないわ…。へえ、少し見直したかしら」
エェー! 皆さん随分と甘口評価で…。なに? 何か良いことでもあったの?
俺がマスオさんになっていると、由比ヶ浜さんが笑いながら言った。
「ホントだ美味しい。えへへっ、私にはできないなぁ…。うん、桐山くんすごいねっ!」
「でしょー♪ じゃあ、雪ノ下さんのも食べさせてもらおうか?」
俺は雪ノ下さんの持っている皿からクッキーをぶんどって口に放り込む。
サクッ、と小気味のいい音がして、上質な甘い香りが口中に広がる。
「ま、負けたぁー。…ガフッ」
「どれどれ……うまっ! お前何色パティシエールだよっ!?」
…さあ、夢色じゃね? と言う気力はすでに俺には残されていなかった。
比企谷はまるで口直しでもするように、ここぞとばかりに雪ノ下のクッキーを食べ出した。
「っはは、ヒッキーがっつきすぎ…。はは、あたしもこんなクッキー作れれば、喜んで貰えたのかな…』
由比ヶ浜さんが諦めと嫉妬の言葉を漏らす。
「うん、うまい。…あ、【桐ケ谷】(きりがや)が女子だったら多分お前のクッキーも全部食ってるぞ?」
「お前な『も』って何だよ。もしかして、それ全部食う気か…? それと、桐ケ谷って女子ならいるかもな。桐山ってのはいないが…って、もしやこれは蛇足になるのか!?」
俺の名前の存在意義が崩壊する! 「彼」が言ってた名も無き神なのかよ俺は…。
「ふう、由比ヶ浜さん。君が無駄に諦める前に聞いてほしい。君が食べた僕の作ったクッキーは、ちょっと前に話したカレーの少年が少し成長してから作ったものと同じレシピなんだ。…もちろん彼のことだ。最初から成功するはずない。今から言うのは、彼の失敗談だ…」
「……」
俺は軽く俯きながら話を始める。
「最初はオーブンで焼くことを知らず電子レンジにクッキーを乗せた皿を入れ、二十分と材料費を無駄にした。二度目はオーブンの使い方がわからず、電源を何とか入れてもタイマーの機能を知らず、冷たい箱に天板を入れ、また二十分、材料費を無駄にした。取り扱い説明書を三日かけて探し、三度目にしてようやくオーブンを扱うことが出来たが、さも当然のように焦がす。材料費がなくなり挫折。正月が来て復帰し二~三度焦がしたあと、やっと綺麗に焼き上げたが塩とコショウを間違えていた。当然のように塩も使わないレシピ。気づくのに三日かかる。でも、また挑戦。間違えて塩を入れる。三日後に砂糖だったことに気づく、挫折。そして、バターとチーズを間違えたり、アーモンドとピーナッツを買い違えたりして、ようやく数年後食べれるレベルになった。ちなみに材料費うんぬんは全額 僕負担」
俺はため息をついたあと、顔をあげた。
「壮絶ね。努力してそれだと、もはや才能がないの域を越えているわ」
「ああ、作ろうと思い立ったのは小学三年、完全に出来上がったのは中学一年だ」
「単純計算で四年か……普通ならパティシエになる勢いだな。…なあ、その彼ってやつ、何でそんな頑張ったんだ?」
「さーあ、自分の努力に価値があったからじゃね? 正直、俺にはもうよくわかんね♪」
「はあ……そうっすか」
「だから諦めちゃいけないぜ由比ヶ浜さん。君なら彼が数年かけてやったことを数ヶ月でできるはずさ。君は砂糖とコショウの区別くらいつくだろ?」
「う、うん…」
「だから是非とも彼を嘲笑ってくれ。君に良い言葉を教えるよ『上には上がいる』って知ってるでしょ? つまり、自分のほんのちょっと上にいるやつを引きずり下ろして、その屍を踏み台にして上に臨もうって言葉何だけどさぁ…」
「何を言うかと思えば、最低ね…」
「最低だって!? 『白色と黒色のその間には無限の色が広がっている~♪』というフレーズを知らんのか! たどり着きたい、その上ってやつと自分との間にはいくつもの中途半端があって、それを引きずり下ろして目標へたどり着こうという希望を連想できる言葉なのに…! 最近はMr,チルド麺を知らない奴までいるのか……終わったな、日本」
…主に音楽業界。確かにCD離れはキツいよね。
「終わっているのはあなたの脳味噌じゃないのかしら?」
「くっ、現代っ娘め…。ごほん、つまりだね由比ヶ浜さん。君は少しずつ努力して少し上の彼らを踏み台に進めば良いということさ…。だから油断するなよ。『彼は立ち止まった君を踏みにじりながら元の高さを求めて這い寄っていくぜ?』
「……ごく」
「それまで僕が君のクッキー食べててやるからさ♪ ははっ、最近は食事に困っててねー。いやー、女子の作ったクッキー何てなかなか食べれるもんじゃないよ! これを食べない手は無いね! さすがにこれを食べないのは僕が作ったコショウ入りクッキーよりは不味いことだぜ!」
俺は由比ヶ浜さんの失敗を嘲笑うかのように端にどけておいた由比ヶ浜さんのクッキーを口に全て流し込んだ。
俺はクッキーに入っている卵の殻も、その何もかもを全て呑み込むとぐちゃりと表情を歪めて笑い、口を開く。
『…こんなもんかよ。面白味のない失敗だな、おい。才能がないって言い張るなら砂糖と白玉粉くらい間違えろよ…。僕なんかホットケーキミックスの粉入れてたんですけど? そして最後に僕から言わせてもらえばこのクッキーなんかうま過ぎるし、君は才能に満ち溢れてるんですけど。……まったく、君は報われてるぜ? 俺はもう笑顔にしたい人を笑顔には出来ないけど、君が作ったクッキーは、少なくとも僕を笑顔にはしてくれるぜ?』
「あうぅ……」
「あ、ちなみにまだ比企谷はしないぜ?」
「ガーンっ!?」
俺が厳しい現実を突きつけると、由比ヶ浜さんはなぜか、少し笑顔を取り戻したようだった。
「そうね。桐ケ谷くんの言っていることの全てが正しいとは思わないけど、桐ケ谷くんが話した『彼』のように、とは言わないけれど、最低限の努力もしない人間には才能ある人間を羨む資格すらないのよ。成功できない人間は成功者が積み上げた努力を想像できないから成功しないのよ。時間はかかったかのかもしれないけど彼だって最後には成功したでしょう? ……桐ケ谷くんの言うことに賛同するのは癪なのだけれど、努力もしないで自分を無能だと思い込むなんて、恥ずかしくないの?」
えー、それは、その…恥ずかしい、よな…。
「は、恥ずかしいっ…かも。ごめんなさい! 恥ずかしいから、あたしにもう一度クッキーの作り方を教えて! あ、ください…」
「そ、そう…」
「…あっそう」
「はあ、そういうことなら俺も教えてあげないとナー。あれ? 比企谷はまた味見係?」
「ちょ、おまっ…さっき僕が全部食ってやるだのなんだの格好つけてなかったか? お前も食えよ!」
「お前『も』だなんて、優しいやつだな比企谷…。お前は寛容だ…」
「し、しまった!」
こうして由比ヶ浜さんのクッキー《Remake》を比企谷と二人で食べることになった。
× × ×
「うーん、どうして上手くできないかなぁ? 桐山くんわかる?」
「はぁー、どうでしょう…。もしかして焼きすぎ?」
「比企谷くん。さっき食べてみたのはどうかしら?」
調理は難航していた。
「さあな、うまいクッキーの作り方なんて知らねぇしよ…。匂いはそれなりに良いんだけどな…」
「彼みたいに頑張んないと雪ノ下さんみたいに上手くはできないのかな?」
「いやー、そこまでしなくても済むとは思うけどね…。二周目とか俺の精神が持たんわ」
うむむ、料理を教えるとは難しいものだな…と、俺、そして雪ノ下も多分思っていると、比企谷がそれらを台無しにすることを言った。…いや間違ってないんだけどね?
「あのさぁ、さっきから思ってたんだけど、なんでお前らうまいクッキー作ろうとしてんの? 桐山のカレーの話からなにも学ばなかったの? 努力した姿勢と、何だっけ…食べてくれる人がいるってのが重要なんだろ? さすがに気絶するのは無理があるが、このくらいで十分じゃないのか?」
「……は?」
比企谷の言葉に「なにこいつ童貞?」みたいな目を向ける由比ヶ浜さん。…ど、童貞は悪くないよ?
「ふぅー、どうやらおたくらは本当の手作りクッキーを食べたことがないか、それを忘れてしまったように見える。十分後、ここに来てください。俺が‘‘本当‚‚の手作りクッキーってやつを食べさせてやりますよ」
「何ですって……。上等じゃない。楽しみにしてるわ!」
雪ノ下は自分のクッキーが否定されたのが悔しかったのか、かなり取り乱している。
つーか、これは何? 今まで俺がいた世界はグルメ漫画なんですか? だとしたらさすがの俺もびっくりド○キー。それと「びっくり」とPCで打つと「びっくりド○キー」という単語が表示されることにびっくりした。蛇足だが「がす」と打つと「ガ○ト」と出る。
俺は雪ノ下に敵意を向けられた比企谷に一声かけることにした。
「比企谷が何をすんのか期待せずに待ってる」
「…そうかい」
「美味しくなかったら笑ってやるんだから!」
由比ヶ浜さんも雪ノ下に便乗して声をあげる。
…ビッチが。と捨て台詞を吐き、我らがぼっち代表 比企谷八幡は家庭科準備室へと消えていった。
「だからビッチ言うなし! 付き合ったことだってないわ! そ、そりゃ付き合ってる子だって結構いるけど……そ、そういう子たちに合わせてたらこうなってたし……」
「落ち着け由比ヶ浜さん。それはあいつの思うつぼだ……。とりあえず本でも読んでさ…待っててやろうよ」
「本なんか持ってきてないよ?」
うーん、本くらい貸してやろうかと思ったが「変態王女と笑わない犬」略して「変犬」はさすがに貸せないので諦めました。…が、他にも二冊持ってきてるから「恋と占拠とテロリスト」なら貸せると思い…やっぱキツいか…。 ギャルゲーが原作だしなぁ…。よし、潔く最後の一冊に懸けるか…、
ノベライズ版。「天照大御神」通称「天神」だ。これもギャルゲーかよ!
俺が頭を抱えていると、鞄の奥に一冊の本が…。俺が枕にするため持ってきた、その最後の一冊。取り出したのは「真夏の足し算」…ちなみに単行本。
…由比ヶ浜さんにはそれを貸し、自分は己の私生活を反省し、黙って待つことにしました。
× × ×
比企谷がドヤ顔で持ってきたクッキーはお世辞にも特別上手くできてるとは言えないものだった。
「これが『本当の手作りクッキー』なの? 形も悪いし、不揃いね。それと少し焼きすぎ。―これって……」
「もうわかったなぁ…俺も」
「「……ふむぅ」」
「え? 二人は何かわかったの?」
そりゃあ、なぁ…。そもそも十分でクッキーが作れるかっての。
「とりあえず食えばわかると思うよ?」
「桐山くんがそう言うなら…」
―サクッ、とこれまた小気味のいい音がする。
やはり来た。一瞬の沈黙…。
「っ! こ、これはっ!?」
由比ヶ浜さんの目がくわっと見開かれた。…もう前置きはいいよー。長いよー。
「別に特別何かあるわけじゃないし、ときどきジャリッてする。はっきり言ってそんなにおいしくない!」
やっぱね…。もういいよー。怒りの目もういいよー。長いよー。
そんな躍りながら大捜査する映画の、管理官みたいな顔しなくていいから。
「そっか、おいしくなかったか。……頑張ったんだけどな」
比企谷が急にしゅん、っとして俯く。ユー、俳優にナレルヨー。
「―あ……ごめん」
「あ、いや。…わり、捨てるわ」
そう言って比企谷はクッキーの乗った皿を持って、くるりと背を向けた。…その先にはゴミ箱。
「ま、待ちなさいよ」
「……何だよ?」
由比ヶ浜さんは比企谷の持っている皿から形の不揃いなクッキーを掴み取ると、ばりばりと音をたて、じゃりじゃりとしたそれを噛み砕く。
「べ、別に捨てることないじゃん! それに言うほど、まずくないし…」
「……そっか。そんなのだけど、満足してくれるか?」
比企谷がはにかんで笑いかけると、由比ヶ浜さんは夕日に顔を染め、ぷいと比企谷から顔を逸らした。…ダカラナンダヨ コノラブコメテンカイ。皆さん脳内は一面花畑か? お前らがそうやってると俺まで毒されて、脳内花畑なんか全部枯れてんのに無理やりのこじつけで花○牧場とか命名しちゃうぞ。…あげく生キャラメルとか作り出すけど良いの?
「つーかさっさと種明かし頼むわ」
俺は比企谷に「もう帰りたいよー、ママー!」といったオーラを出しつつ、ほぼ無表情で催促した。
ちなみにまだ「ドラえ○~ん」のレベルには達していない。それがでると無言で気配を消し、帰宅するのでアウトである。
「やっぱりお二人さんは気づいてたか…。おい、あんまり覚めた目で見んなよ。…まあ、それにしても流石だな、このクッキー由比ヶ浜が作ったやつだってどうして気づけたんだ?」
「……あたしも不思議。どうしてわかったの、って……え?」
やっぱアホの子だな。そうだアホヶ浜ちゃんだ! やーい、やーい♪ ……自分で言っといて難だが何が楽しいのやら。
「こんな言葉がある……『愛があれば、ラブ・イズ・オーケー!!』」
比企谷が素敵スマイルでぐっとサムズアップしてきた。……キモッ!
「古っ」
由比ヶ浜さんが反応する。―え、古いんだアレ。ネタだと言うことにすら気づかなかったから余計キモかった。……ごめんよ比企谷。あれはキモイ。
「素敵な笑顔だったぞ比企谷。……で、結局どう言うことなんだ? わかりやすくまとめてくれ」
「え、ああ、おお…!お前らはハードルを上げすぎてるってことだ。…それに、そいつが四年かけてやったことを一日でやるのはいくら何でも無理がある」
比企谷は得意気に言い放つ。…なに優越感に浸ってやがる! 速くしろ! ……比企谷は「素敵な笑顔、か…。そうなのか?」と呟いたあと、すらすらと言葉を発する。
「フッ……。ハードル競技の主目的は飛び越えることじゃない。最速のタイムでゴールすることだ。飛び越えなきゃいけないってルールはない。ハー ――」
「言いたいことはわかったからもういいわ」
「――ドルをなぎ倒そうが吹き飛ばそうが下を潜り抜けようが構いやしない、と続けようとしたんだね。わかります」
「へぇー…で、どうゆうこと?」
アホヶ浜ちゃん再来。
「今までは手段と目的を取り違えていたということね」
「ああ、せっかくの手作りクッキーなんだ。手作りの部分をアピールしなきゃ意味がない。店と同じようなものを出されたって嬉しくないんだよ。むしろ味はちょっと悪いくらいのほうがいい」
「ああー、それもそうだな。つまり、例えば雪ノ下さんのクッキーはおいしいけど手作り感が足りなくて、由比ヶ浜さんはクッキーがおいしくないからって頑張りすぎるとせっかくの手作り感を失ってしまうことになるのか…」
「……と、言うことは味は悪い方がいいの?」
雪ノ下は納得がいかない様子だ。そりゃあ上手な自分の手作りクッキーが「あんなの商品」みたいなこと言われたら、ねぇ…?
「雪ノ下のクッキーはおいしかったし、手作りなのは知ってたし、まあ嬉しかったが上手にできなかったけど一生懸命作りましたっ! ってところをアピールすれば、『俺のために頑張ってくれたんだ……』って勘違いすんだよ、悲しいことに」
「よくわかったよ、比企谷。でも雪ノ下さんが悪いわけでもないな。『料理が得意な娘なんて……ああ、毎日この娘の手料理を食べていたい。っていうかこの娘をいただいてしまいたいっ…!』って思わせられるもんなぁ…」
「真剣な顔でよくそんなことが言えるわね。…本当に、一度死んだら?」
……心の底からごめんなさい。
「でも、そんなに単純じゃないでしょ……」
由比ヶ浜さんは疑わしげに比企谷を見る。……まあ、普通だったら「あんまおいしくないな…。そうか、あの娘にとって俺はおいしくないクッキーで済ます程度の存在なんだ…、死のう」ってなると思うし…。
まあ、かわいい女の子がおいしくないクッキーを作って来たとしても「ちょっと、頑張りすぎちゃった、かも…。えへへ」と笑いながら絆創膏の巻かれた指でも隠せば、俺は無言でその娘を抱きしめている自信がある。
俺の好みの容姿の女の子が「べ、別にあんたのために作って来たんじゃないから……ほら、失敗したやつを処理してもらおうと思っただけだし…」とか言いつつも、えらくかわいい柄の袋にクッキーが入ってたり、怪我した指でも隠してれば多分だが結婚を申し出ている。ちなみに毒が混入していたとしても、きっとそのクッキーは全部食べる。……って、これギャルゲ脳じゃね? それと俺にクッキーくれるやつなんかいねーよバカ。…ぐすっ。
涙を流す俺を他所に、比企谷は話を切り出す。
「信じないなら説得力のある話をしてやるよ。……これは俺の友達の友達の話なんだがな、そいつが中学二年になったばかりのことだ。新学期だから最初のHRで学級委員を決めなくちゃならない。だが、そこはさすがに中二。男子は誰一人として委員長になんてなりたがらない。無論くじ引きだ。そいつは生来の運の無さからか当然のように委員長になってしまう。そして、教師から議事進行を引き継ぎ、女子の委員長を決めなければならなかった。内気で恥ずかしがり屋のシャイボーイには荷が重い」
「そこ全部同じ意味ね。あと前置きが長いわ」
いやぁ、今更でしょ雪ノ下さん。
「黙って聞け。そのとき、一人の女子が立候補した。可愛い子だった。そして、めでたく男女の学級委員が決まった。その女子が『これから一年間よろしくね』とはにかみながら言った。それからというもの何くれとなくその女子はそいつに話しかけてくる。『あれ? ひょっとしてこいつ俺の娘と好きなんじゃね? そういえば、こいつ俺が委員長になったら立候補してきたし、よく話しかけてくるしもうこれ絶対俺のこと好きだよ!』そう確信するのに長い時間はかからなかった。だいたい一週間くらいだ」
「早っ!」
「そいつ別に内気で恥ずかしがり屋のシャイボーイでも何でもねぇよ…。もっと別の、こう…何か危険なあれだよ…」
「ばっかお前ら、愛に年の差とか時間とか関係ねーんだよ。そして、ある日の放課後、教師から命じられたプリントの回収をしていたとき、そいつは意を決して告白する。
『あ、あのさ、好きな奴とか、いるの?』
『えー、いないよー』
『いやその答え方は絶対いるって! 誰?』
『……誰だと思う?』
『わっかんねーって。ヒントっ! ヒントちょうだい!』
『ヒントとか言われてもなあ』
『あ、じゃあイニシャル、イニシャル教えて。苗字でも名前でもいいから、頼むっ!』
『うーん、それならいっかなぁ』
『マジで!? やたっ! で、イニシャルは?』
『……H』
『え……、それって、……俺?』
『え、何言ってんのそんなわけないじゃん、何、え、マジキモい。ちょっとやめてくんない』
『あ、はは。だ、だよなー。ちょっとボケてみた』
『いや、今のないと思う……。――もう終わったし、私帰るね』
『お、おう……』
そうして一人教室に残された俺は夕日を見ながら涙を流した。しかも、翌日登校してみるとその話はクラスのみんなが知っていたんだ」
「……何だ。ただの比企谷か。それにしても『マジで!? やたっ!』とか無理しすぎだろ。軽く吹いたわ! うん……それにしてもこの話だけで恋愛恐怖症になるな…、聞かなきゃよかった」
「ヒッキーの話だったんだ…」
「ちょ、ばかお前。誰も俺の話とか言ってねーよ、あれだよ言葉の綾だよ」
比企谷の言い逃れを無視し、雪ノ下は面倒そうなため息をついた。
「そもそも友達の友達、という時点でダウトじゃない。あなた友達いないし」
「なっ、貴様っ!?」
「比企谷がそれをきっかけにさらに女子から嫌われて男子からはからかわれまくり『ナルが谷』なんてあだ名をつけられた何てことは見当もつかないからどうでもいいけどさ…、結局何が言いたかったのかは教えてくれないか?」
「くっ…まぁどうでもいいよね。つまりあれだ。男ってのは残念なくらい単純なんだよ。話しかけられるだけで勘違いするし、手作りクッキーってだけで喜ぶの。だから、」
比企谷はそこで言葉を区切り、由比ヶ浜を見つめる。…さあ、俺は帰りの支度を始めよう。
「別に特別何かあるわけじゃなくてときどきジャリってするような、はっきり言ってそんなにおいしくないクッキーでいいんだよ」
「~っ! うっさい!」
「まあ、なんだ…。お前が頑張ったって姿勢が伝わりゃ、桐山が言ったように、男心も揺れんじゃねぇの」
比企谷が言うと、由比ヶ浜さんはドアの前で振り返る。逆光で見えづらいが、少し頬が染まって見える…。
「ヒッキーは、家庭的な女の子がいると喜ぶんだよね? 桐山くん」
まさか、な。……って、ん?
「……え、俺? え、まあ超揺れるんじゃね。比企谷のことそこまで知ってるわけじゃないが…。うん、揺れる。揺れるよ。みんな揺れる。いやー、由比ヶ浜さんに掛かればいちコロだよ、いちコロ。軽く比企谷の二~三匹はいける!」
「ふふっ、ありがと♪」
……はい、俺史認定。
俺がグッドトリップしていると雪ノ下が帰ろうとする由比ヶ浜さんの背中に声をかけた。
「由比ヶ浜さん、依頼のほうはどうするの?」
「あれはもういいや! 作り方は桐山くんから教わったし、自分のやり方でやってみる。ありがとね雪ノ下さん」
振り向いて笑ってから、由比ヶ浜さんが僕に向かって言ってきた。
「桐山くんもありがとう! 何組か知らないけど、また明日ね。ばいばい!」
「ああ、さよならー」
同じクラスらしいけどな…。それとエプロン着けたまま帰るんだね。あと、俺のレシピを書いたメモと一緒に「真夏の足し算」も持っていきやがった。まあ、気に入ったならあげてもいいんだけどさ…。
「……本当に良かったのかしら?」
雪ノ下が由比ヶ浜さんの通ったドアの方を見つめたまま、呟きを漏らした。
「私は自分を高められるなら限界まで挑戦するべきだと思うの。それが最終的には由比ヶ浜さんのためになるから」
「まぁ、正論だわな。努力は自分を裏切らない。夢を裏切ることはあるけどな」
「どう違うの?」
鞄を肩に掛けた俺の隣で雪ノ下と比企谷が何かについて語り合っているが、どうでもいい。
「努力しても夢が叶うとは限らない。むしろ叶わないことのほうが多いだろ。でも、頑張った事実さえありゃ慰めにはなる」
「それは、ただの自己満足『努力なんてのは慰めにもなりゃしねぇことだってあるぞ』…っ!」
思わず声が出てしまった。…どうでもいいと言っても我慢できなかった。
『努力』が慰めだぁあ? じゃあ「彼」は努力なんてもんに慰めてもらったのかな?
『俺が話した「彼」の話なんだけどさ、実はあれしょうもない続きがあんだよ。……一人の少年がいて優しいと思ってやまなかったご両親のために一生懸命ダメな自分を変えようと、まさに血の滲むような努力をして、学力の高い中学に通って、笑顔を作るためにクッキー作った少年の話だ。その中学生になって束の間の幸福を噛み締めていた彼に神の悪戯か、悲劇が訪れる…。
翌日、彼が目を覚ますと、やはり誰も自分を覚えてなかった。自分が努力した目的だった両親も自分を覚えてなかった。血の滲む努力をしたのにだ…。傷ついた彼は己の努力がその価値を失ったことに気づいた。四年も費やしたものがごみになってしまった。それ以前に今まで自分が見てきた人たちが嘘になった。
その「彼」は今、高校二年生だ。勉強をいっぱいして一流の企業に入って両親を喜ばすなんてもう考えなかったから、それなりの偏差値の高校に入学した。…それで無気力に過ごしてたら「部活に入れ」だ。
そうそう、彼の名前は「桐山 霧夜」。君たちが全然よく知らない総武高校の二年生だ』
…ながながとよく喋ったものだ。俺がドアに向かいながら言うと、雪ノ下が声をかけてくる。
「じゃあ、由比ヶ浜さんには嘘をついたの? あなたの言う「彼」が結局、幸せではなかったとしたら、彼女の希望を損なうかもしれないじゃない!」
「っはは、『彼』が僕で絶望したかい? でも優しい嘘じゃないか。…それに大した嘘じゃない、嘘ですら無いんじゃないか? 言わなかっただけさ…。俺の言葉に希望を抱くのは彼女の勝手だし、それに彼女が僕のようになるとは限らない。僕の目的と彼女の目的は違うしさ。安心して、奉仕部としてそのへんは心得てるよ。……はぁあ、それにしてもさっさと誰かを引きずり下ろすかして僕以下の存在を作らないと、正直なところ人としてもう立っていられないかもしれないなぁ…」
「自分の弱さを他人の弱さで誤魔化そうとするなんて、生きてて恥ずかしくないの?」
「恥ずかしい。弱い自分が恥ずかしいよ…。『―でも、その恥ずかしさが心地いい』」
「気持ち悪いっ…!」
「なんてのは冗談冗談。自分をコケにして由比ヶ浜さんが笑顔になるならそれで良かったのさ、うん。…ってことは立ち止まってると『彼』が由比ヶ浜さんを踏みにじりながら這い上がるなんて物騒なのが嘘だったわけだ。……じゃあ、俺は帰るよ? 今日は由比ヶ浜さんのために努力しちゃったから疲れたよ。もう二度としない。
最後にもう一度、僕の名前は『桐山霧夜』だ。名前だけでも覚えて帰ってね」
「ええ、よろしく桐ケ谷くん?」
「あ、ああ、よろしくな桐谷」
「はは、どうやら先は長そうだね。お二人さん。これからは雑にこなすから、よろしく頼むよ」
「ええ、明日、平塚先生から何かしら連絡があるかもしれないけど、私を恨まないでね?」
平塚先生かぁ…。あの人の存在ははこの高校に入って唯一後悔したことかもしれないな。なぜか俺の行動を把握してるし……。まあ、俺のことを知らないまま成績もつけてなくて、俺が成績表つけてないんですか? と、指摘すると慌ててオール5をつける奴らよりだんぜん増しか…。
「うん、まあとりあえず神を恨んでおくよ…」
「そう、さようなら」
「じゃあな桐ケ谷!」
間違った名前を笑顔で呼んでくる比企谷。…たまに合ってるんだけどなぁ、なんで安定しないんだろ?
部活には入っていなかったためいつもは直帰していたため気がつかなかったが、時間はこんなにも長かったんだ、と感じる。…マジで疲れたが価値のある疲労感だった。
比企谷の言葉に冷静を保てなかったこの日の自分は多分、俺史に残るくらいカッコ悪かったと思う。
後書き
後半は夜の妙なテンションで書いたので後々修正があるかもです。でも読者さんが見逃してくれるなら修正はしません。←ものぐさ
感想をいただけるとこのままでいいのか、話を変えた方がいいのか気づけるので、ぜひ感想からご指摘、批評などをお願いします。
あと、原作とかなり変えるのはもうオリジナル回くらいの予定です。特に何でもない話だけわりと原作通りにやります。要所要所で違う展開になる予定です。それでも、ここまで変わるのはこの回くらいです。
それにしても夜のテンションで書くのはダメですね。前のやつもすごいことになってた気がします。
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