やはり俺達の青春ラブコメは間違っている。
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第三章
信じてはもらえないかもしれないが彼はクッキーが作れる。
前書き
ぜひ、皆様のご意見お聞かせください。
俺が普段、読書しかしていない家庭科室は、普段は意識していないため気づかなかったが、よくよく嗅いでみると仄かにバニラの甘い香りがした。
そんな家庭科室の冷蔵庫から雪ノ下は勝手知ったる様子で、卵やら牛乳やらを取り出していた。
―それにしても、勝手に学校の食材使って良いのかしらん?
雪ノ下は食材だけでなく、他にも秤やらボウルを取り出してくる。お玉やへら、様々な調理器具をかちゃかちゃ言わせながら準備を始めた。それにしても料理をしない人間ならまず持って来ない調理器具までしっかり準備するとは、
―こいつ! まさか使える力はマグネット・パワーだけではなかったのか!?
雪ノ下ェ...。このアマ、完璧な超人のネプ○ューンマンもびっくりして、正体さらす覚悟で大人げなく喧嘩ボンバー連発して繰り出すレベルのチート女だろ。
...だが、俺も過去は家族の笑顔を守り続けた、誰も語り継ぐことない悲しき料理人...。絶対負けるかもしれなくもなく負けるけど、それでも負けたくない。
自称料理人こと俺と完璧なる悪魔超人は ここからが本番だ! と、気合いを入れ、エプロンをびしぃっと着ける。―が俺や雪ノ下は慣れたことだったため、気にしなかったが、由比ヶ浜さんは料理と関わりを持つ機会が少なかったのか、エプロンの紐の結び目がゆるかった。...と、言うか、見るも無惨にぐっちゃぐちゃだった。
「由比ヶ浜さん。紐が『【グちャぐチゃ】』になっているよ?」
「なんで『ぐちゃぐちゃ』のところだけ妙に怖い声で言うんだよ...」
助言のつもりが恐怖されたし。
「...はぁ、この程度の助言もまともにできないなんて、奉仕部失格。いえ、まともでないのだから、そもそも人間を失格しているのね」
太宰治ですね? 僕も好きです。
「由比ヶ浜さん。そこの紐が曲がっているのよ...。はぁ、エプロンの一つも着れないなんて...。そこのと同じでまともに物事をこなせないの?」
「あ、親切にどうも...えっ!? 着れるよ? エプロンくらい着れるよっ?」
どこをどう見たって着れてなかったじゃないか。
「諦め、悪すぎるんじゃないの?」
「俺さっき紐がぐっちゃになってるって言った...ああ、忘れたんだね。察しました」
「着れるのなら最初から着なさい。適当なことをしていると、そこの男たちのように取り返しのつかないことになるわよ」
「まあ、適当ですから? 取り返そうともしませんがね...」
ギロリ。と、雪ノ下が俺を睨む。
何となく小学生の時、両親にサファリパークへ連れていってもらったことを思い出してしまった。俺の手元にある肉を見つめるライオンの眼差しと俺を睨む雪ノ下の眼光鋭い眼差しとがぴったり重なる。
ホントにホントにホントにホントにユッキノ~シタ~♪ というCMの音楽がエンドレスで脳内に響く。
殺されちゃったらどーしよぉー♪ ...いや、マジでどうしよう。―アノ目、コロス気。キリヤ、ヨコに跳ぶ。っとか一瞬のうちに考えちゃったじゃないか! ちなみに今、軽く膝を曲げている状態だ。いや俺、跳ぶ準備万端だなオイ!
それにしても両親はサファリで一緒に遊んでくれたことも覚えていないんだろうな。虫の絵が描いてあって、転がしても絵だけが動かずに回る。その日に買ってもらった、その不思議なフラッシュボールを一生懸命に追いかけてた僕の髪を嬉しそうに笑いながらくしゃくしゃした事も覚えてないのだろう。
二人の笑顔も、僕を撫でた手の平の温かさも、心の熱も、感情も全て無くなってしまったのだろう。なかったことになったのだろう。
全て「嘘」にされてしまったのだろう。
....いや、嘘が優しい「まがいもの」なら、確かに今、生きている僕が取り上げられた者たちは、きっと嘘ではなく、酷く理不尽で残酷な、現実なのだ。...はぁ。
―現実。...少しは遠慮しろ。
「取り返しがつかなくなるとか人を躾の道具につかうな。俺はなまはげかよ」
もしかすると「僕」は彼らを勘違いしていたのだろうか?
―強く残った記憶は消えない。そんな甘い言葉が載った「涙がでるお話」を小さい頃、母親に読んで聞かされた。そして、成長してからも嵌まった漫画に登場した最低最弱の過負荷の、あの『』つけたキャラに感動し、彼の『強く残ったその記憶は僕の劣化した過負荷なんかじゃ消せないぜ』と、いう言葉に可能性すら感じた。
―ただ、その理想すらも、やはりただの大嘘憑き。
漫画や物語なんて同じような弱者が考えた、ただの願望。『物語の外側』は悪人が改心することなんか無く、過負荷は過負荷のまま、球○川は球磨○のまま、マイナスはプラスになれず、不幸なやつはいつまでたっても不幸を感じる。そして、最低は這い上がれない。そのキャッチコピーの通り、正しく『混沌より這いよる過負荷』。決して這い上がりはしない。
そう諦め半分でも「彼」なら全てを救ってくれると理不尽に信じてしまう俺は本当の意味で救いようが無いかもしれない。
あの日の夜、公園で出会った彼は、一体今はどこにいるのだろうか...。
「それで桐山。お前雪ノ下に何にも言い返さなくて言いのか?」
「...へ? あ、いや、何でもないし。...えーと、まぁそういうのも雪ノ下さんぽくって良いんじゃない?」
「...ど、毒気のない、桐山だと!?」
「いや、毒気って...酷いだろ」
どうやらここに俺の味方はいないようだ。...ってか俺の味方とかどこにも居なくね?
「珍しいこともあるものね。...でも、気持ち悪いから、ほどほどにね」
何その優しい微笑みに似つかわしくない横暴な台詞! どうすりゃいいんだよ...。やめろよ。ニコッとするなよ...。その無い胸に跳び込んじゃいそうだ。...ねぇ。これ跳び込んでいい? 跳び込んでいい!?
ちなみに今、軽く膝を曲げている状態だ。...って俺、跳び込む準備万端だなオイ! いや、それよりも由比ヶ浜さんにターゲットを変更した方が―。
「意外と寛容なんだな」
「優しいね桐谷くん」
「突然だったから驚いて気持ち悪い、と思ってしまったけれど、あなたが悪いわけでは無いか...無いのかしら?」
最後の最後で疑問を抱きましたか雪ノ下さん。ちなみに「優しいね桐谷くん」と言ってくれた由比ヶ浜さんには特別に、現在進行中の仕返しである嫌がらせを免除...できない。嬉しかったからもう一回脳内でリピートしてみたら名前間違ってた。惜しいなぁ、谷じゃなくて山だったね。でも、ちょっと近づいてきて霧夜うれしい。
...ちなみに男の比企谷に褒められても、それで許したらこの場のバニラエッセンスのいい香りがBL臭に支配されてしまうので許してあげないんだからっ! ふんっ! そ、そういうのは二人きりの時だけに―以下の文章は特殊かつ一般的でない、低年齢層の教育に悪影響を及ぼす表現、思考、性癖が含まれたため管理人代理により削除されました。大変、大変な変態が皆様にご迷惑をおかけしたことを御詫びします。...では引き続き物語をお楽しみください。
―そして、...こんなだから雪ノ下にキモいって言われるんだろうなぁ...。ちょっと、自重しようかなぁ。とか、一瞬でも思わない俺が好きだ! ...それと、俺。曲がりなりにも許してやらないんじゃなかったの? 規制入っちゃったよ、ねぇ?
「まあ、俺がそんなに良いやつじゃないってことは、雪ノ下さんの疑問の通りさ。...うーん、それにしても普段の俺を見てれば絶対俺を寛容だなんて思わないと...あ」
そして、俺が事実に勘づくと比企谷はふっ、と目線を逸らせた。
俯いた彼はとても申し訳なさそうにぼそりと呟く。
「あ、あの...な? 普段の桐山を見たことがあんまり、っていうかだな...見えないんだ...」
だったね...。うっかりしてたよ。
まあ、自分を忘れるなんて俺も君らと同じ人間なのかな。なかなか受け入れがたいよ...。
そう心の中で嘯いて、俺は癌から人へのシフトを謀る。...な、なんて外道!
「だが、あれだけ言われたのに文句の一つも言い返さないのは十分寛容と言えるんじゃないか?」
そ、そうか? 俺寛容なのか? ...ん、俺流されてね?
「あれだけ言われて、だなんて。初めて人の役に立てたのだからもっと喜びなさい。...ああ、なまはげと言っても別に比企谷くんの頭皮に対して何かふくむところがある...と、言うわけではないから、安心して」
そう言った雪ノ下の表情は、正しく天使の微笑みだった...うわぁ。
「別に最初から心配してねーよ。一瞬でも落ち込んでなんかしてねーし...やめろよ。そんな温かい眼差しで俺の髪を見つめるなよ...。あ、 あの...そ、それとなんだが桐山。珍しく本当に優しげな微笑みを俺の髪の生え際に向けるなよ...。おい、やめろ。あのお前がそんな顔したらほ、本気で心配になっちゃうだろぉが...。―なっ、手を合わせて合掌すんのやめろよ! 別れの言葉を呟くなよ!」
どうやらギャップというやつの破壊力は凄いらしい。比企谷が珍しく結構本気で涙目だ。
比企谷は目をしこたま潤ませながら怒鳴り声をあげ、さっと自分の髪の生え際を手の平で隠した。
比企谷の涙目=二十円、プライスレス...。ちょっとやり過ぎた?
俺は少々罪悪感を覚え、比企谷を見て笑う由比ヶ浜さんをなだめた。
俺は未だに紐を結んでいない由比ヶ浜さんに注意をし、俺もすぐクッキー作る気だけど、雪ノ下さんと先に作っていてくれ、と頼んだ。
そして、隣の家庭科準備室に繋がっている扉に雪ノ下と由比ヶ浜さんが入っていくのを見届けてから、残された比企谷に声をかけた。
「悪かった比企谷。...今回ばかりは俺が悪かった。八十円、明日返すよ...」
「良いんだ。だけど桐山、聞いてほしい。...実は俺の父ちゃん、最近でこが広くなってきた気がするんだ...」
「...ぐぅっ! そ、そうか...お父さんが。わ、悪かったよ比企谷...。当然ながら俺の冗談なんだ。大丈夫、気のせいさ、まだまだ俺も、お前も死なねーよ...」
俺は比企谷に腐った笑みを向けて言った。そして、引きつった口を小さく歪め、少しの恥じらいを感じながら、俺も髪の生え際をおさえた...。
―父さん...最近でこが禿げ上がってきたんじゃない?
× × ×
落ち着きを取り戻しつつある比企谷をその辺の椅子に座らせてから、俺もクッキーを作り始めた。
すでに一つのテーブルは雪ノ下と由比ヶ浜さんが使用していたので、俺は比企谷を連れて、隅っこのテーブルに陣取った。それにしても女子のエプロン姿とは、癒されるなぁ。
...何だろう、この絵面。僕らは一体何をしてるんだろう...。そう、一瞬考えてしまったが、奉仕部の活動にやる気を見せている俺はオーブンを170℃に設定し、今のうちから温めておく。
「意外とテキパキしてるのな」
「お? まあ、よく作ってたからなー。慣れだよ、慣れ」
「ほー、どんなクッキーを作る気なんだ?」
こうして男二人で雑談を始めた。
――ボウルに入れた卵白にグラニュー糖を投下し、泡立て器で混ぜながら「アーモンドクッキーを作るつもりだ」と俺が言った...途端。へぇ、と頷くだけだった比企谷の表情が戦慄する。
「う、うおぁ...!」
「どうした、比企...うわっはぁ...!」
対極の位置にいる彼女らのテーブルの上は、地獄と化していた...。
「ちょ、ちょちょっと見に行こうか...?」
「う、うぐあぁー」
何それ比企谷、返事? まあ、その気持ち、わからんでもない。
――グラニュー糖と混ぜ合わせた卵白は泡立たない程度がちょうど良いという事もあるので、ひとまず中断し彼女らの様子を見に行くことにした。
雪ノ下と由比ヶ浜さんが料理をしていたテーブルにはインスタントコーヒーやバニラエッセンス、小麦粉、牛乳が飛散していた。悲惨だな、飛散しただけに...。うん、上手いこと言ったな、俺。
――と、現実逃避して、天井を仰ぎ見てしまうしまうくらいには、彼女ら...主に由比ヶ浜結衣の作っていたものは中々のモノだった。
俺の隣に立つ比企谷八幡はその黒い山を一瞥し、それを指差し尋ねる。
「この山...何?」
「隠し味のインスタントコーヒー♪ ほら、男子って甘いもの苦手な人、多いじゃん?」
「「ぜぜっぜ...全っ然隠れてねぇ!」」
てか隠す気ねぇ!
思わず比企谷と声が重なる。だってそうだろ? 百歩譲って、インスタントコーヒーこぼしちゃった、えへ☆ ...でしょ? まさか純粋に料理のためとは...。このっ、黒い山っ!
「えー。うーん、じゃあ砂糖を入れて調整するよー。...こういうの何て言うの? 相殺?」
正しくは相殺。そして、それは調整とは言わないと思うの。だって調ってないし、整ってもないもの...。
ちなみに暴走、自暴自棄がこの場合一般的正解となる。
俺は比企谷と目を合わせてアイコンタクトをとってから、もう一度そのボウルを見つめる。
――何も変わらない。そこには、ただひたすらに高く盛られたコーヒーの黒い山と、その隣に新しく現れた、これも負けじと高く聳え立った白い山が鎮座していた。
その二つの魔境を溶き卵がうねりをあげて呑み込んで、正しく地獄絵図。プカプカ浮いている卵の殻や小麦粉がまるで三途の川にのまれた人間の成れの果て、白く映る白骨のようだ。
某中二病の知り合い風に言うなら「インスタント・ヘル」といったところか...。ちなみにインスタント・ヘルと書いて「由比ヶ浜の料理」と読む。そして逆も然り。
俺がもとのテーブルに戻り、薄力粉をふるい、混ぜ、そして溶かしたバターを入れてまた混ぜ...そうしているうちに例のブツが焼きあがったようだ。ちなみに目を離していたのになぜ焼きあがったことに気がついたのか。...それは匂いからして既に苦かったからだ。...ソレ劇薬か何かなの? それともここは理科室なの? 硫黄と鉄を化合させて硫化鉄でも作ってるの? それともアンモニアでも扱ってるの? と、言うような濃度の匂い。これはアンモニア臭ではなく、インスタントコーヒー臭だが。もしくは刺激臭とも言う。
...臭いをかぐときは手で扇いでかぐべし。
「な、なんで?」
由比ヶ浜さんは愕然とした表情で、物体Xを見つめている。...もしくは化学物質Xとも言えそうだ。
「理解できないわ...。どうやったらあれだけミスを重ねることができるのかしら...」
雪ノ下が静かに嘆く。...小声なのは由比ヶ浜さんへの配慮だろう。流石に我慢しきれず声が漏れてしまったという感じだ。
由比ヶ浜さんはできあがった未元物質を皿に盛りつけようとする。...さすが学園都市の第二位。常識が通用しねぇ...。まあ、常識なんて有って無いようなもんだからな。一つの見方で全てを知った気にはならないぜ。
「待て。その未元物質は薬包紙に包んで扱ったほうが...いや、やはり安定した蒸発皿がいいかな...?」
「失礼な! あとここ家庭科室だし! そ、それに見、見た目はあれだけど...食べてみないとわからないよね!」
「そうね。味見してくれる人たちもいることだし」
「ふはははは! 雪ノ下。お前にしては珍しい言い間違いだな。...これは、毒味と言うんだ」
「もはや人体実験ですと言っても差し支えない。...違うぞ比企谷、これは毒殺と言うんだ」
「どこが毒よっ! ...毒、うーんやっぱ毒かなぁ?」
いや「どう思う?」みたいな目で見られても...。
俺は敢えて何も言わなかったが、比企谷は「答えるまでもない」と、いった様子だ。
「おい、これマジで食うのかよ? ジョイフル本田で売ってる木炭みたいになってんぞこれ」
「比企谷、それは言いすぎだ。ジョイフル本田の木炭のほうがまだ食えたりするかも」
良く言いすぎたという意味か? と比企谷が言う。
「食べられない材料は使ってないから問題ないわ、たぶん。それに」
雪ノ下が俺と比企谷のほうに歩み寄ってくる。
「私も食べるから大丈夫よ」
そう耳打ちしてきた。
似つかわしくない胸を打つ台詞に、
「マジで? お前ひょっとしていい奴なの? それとも俺のこと好きなの?」
調子こいた我を忘れしぼっちがここに一人。
バカ以外に上手い言葉が見当たらない。おかしいなぁ...。
「…やっぱりあなたが全部食べて死になさいよ」
「すまん、気が動転しておかしなことを口走りました」
「お菓子だけに、な…」
あと雪ノ下さん? 食べても問題ないんじゃなかったの? その口ぶりだと生命の危機に陥るように聞こえるんですが。…まったく、お口が過ぎますよ?
「あれをお菓子と呼べるなんて、やっぱお前寛容…はっ」
何かトラウマでもあったのかな? 髪の生え際なんか押さえてどうしたんだい?
「それと比企谷。俺が由比ヶ浜さんの料理を拒絶しないのは自分にも似た思い出があるからさ…」
「あなたも失敗したの?」
…俺は比企谷に言ったつもりだったのだが…。とりあえず失敗だったが成功のもとだったと言っておこう。
「失敗したが寛容に受け止めてもらった」
「食べてくれる人がいたのね…」
俺は雪ノ下の視線をものともせず、全てにおいて無関心に大声で話をきりだす。
「…はい。今週もやって来ました。全ての僕以外に期待と優越感、そして安っぽい希望を。桐山エレクトロニクスの提供でお送りします!」
「えぇ…。何か言い出したんだけど…」
「由比ヶ浜。桐山は、変わった子」
ほっとけ。
「それと桐○エレクトロニクスのネタはさすがにマイナー過ぎて通じないと思う。お前がペ○ソナが好きなのは良くわかったけどな…」
「ああ、特に3のラストは余裕で泣ける…って、ほっとけ!」
5はまだかな。
「桐山なんとかがどうしたのかしら?」
「ああ、桐山エレクトロニクスはおいといて良く聞け。昔々、あるところに爽やかイケメンがいたんだが…ある日、家族を喜ばせようと考えた彼は料理を作ろうと思い立ったんだ。ちなみにフライパンを持ったことすらなかったのにだ…」
「へぇ…」
「あなたに知人はいないし、あなた自信と言う説も俗に言うイケメンではないから違う。…となると作り話ね」
「さらっと酷いこと言うなぁ雪ノ下さんは…。危うく頷いちゃったじゃないか」
「さ、避けきれない危機だったんだね!」
「ぐっす。それでだね…。彼はとりあえずカレーを作ることにしたんだ。カレーは母さんによく作って貰っていたからだ。…しかし、彼の料理の腕は壊滅的だった」
そう言って俺はおもむろにボタンを外し、制服から一枚の紙を取り出す。
「なんだそれ…って、うわぁ」
「どうしたのかしら、比企…う、これは」
「え、え~っ! どうしたの二人とも!? って、何これ? 」
由比ヶ浜さんは俺のつかんでいる紙に記されている『僕』考案のレシピを読み出す。
「ぼくのけいかく。その一。カレーを作るため人じんを用いします。人じんは二つに手でわって、お湯に浸けます。お次はじゃがいもです半分にわって入れます。玉ねぎも手で半分に…って無理だよっ!? なにこれ、嫌がらせ!?」
「いや、彼は本当に純粋に、これでいつも母さんが作ってくれるカレーができると信じていた。レシピは知らなかったから、いつも食べている具材を使い、足りないとこは想像で補った。…ルー箱の裏に『カレーの作り方』が載っているとも知らずに…」
まわりがうわぁ、という顔をする。…その顔見飽きたわ。
―でも。と、俺は付け足す。
「人参はかたくてじゃりって言うし、わずかに人参臭い。玉ねぎはでかすぎて食べ辛いし食べてみても生のまるごとオニオン。ルーは溶けきってなくて最悪。…彼は自分のカレーを食べて絶望したよ。ここがダメだあれがダメだって、理想だけは高かったんだよね。…でも、彼の家族はほんとうに笑顔で言ったんだ。
『…けど、じゃがいもはやわらかくて美味しいな』…霧夜が作ってくれたのかい? ありがとう、ってね。それを聞いて彼は喜んださ、自分もそれを食べたから余計に家族の優しさがわかった。少し悔しくもあったけどね…。気づけば彼は泣いていたよ。優しさが嬉しかったのか、それとも悔しかったのか…はたまた、両方か、なんてのは覚えてないけどね。…あ、それとじゃがいもだけは確かにおいしかったよ」
「イイハナシダナー」
「優しいご両親ね…。それにしても霧夜…。聞いたことのない名前ね、他校の人かしら?」
「うん、つまり味じゃないんだ。自分が努力した姿勢と、食べてくれる人がいることが重要なんだ」
「そ、そうだよね!」
「マジかよ…」
鉄鉱石って言われても信じちゃうぞコレ、と比企谷は納得いかない様子だ。
「…はぁ。一つ、いただくよ?」
「え、あ、うん…」
―っぱく。
「うん、一番必要なものが入ってて良いと思うけど、焼きすぎに注意ってとこかな? それさえできれば比企谷なんてぶちコロさ!」
「た、頼むからいちコロでお願いします。ぶちコロって…絶対打撃だろ」
「冗談冗談。マイケル・ジョーダン♪ ほら雪ノ下さんも黙って見てないで、どーぞっ☆」
―っぱく。
「……」
二人がなかなかクッキーを食べずにいてくどかったので、俺は雪ノ下の口にクッキーをさし込んだ。
「おい、雪ノ下の目が潤み出したんだが?」
だ、だからどうしたってんだ比企谷!? 何の問題もないと思うが? どのみちお前らもこのクッキー食うことになるんだしさ。
「ふぃなないかひら?(死なないかしら?)」
「さぁな。もう食べた桐山にでも聞けば? 」
「き、桐ヶ谷ふん」
―キュイン。くいっ、ぱくっ。
「おっと名前を間違えられたショックからなのか、誤ってスピーディーに気配を消しながら器用に小さな顎を持ち上げたあとに口を優しくこじ開けておまけに手からクッキーを滑らせてしまった。大丈夫かい雪ノ下さん。さすがにクッキー二枚はその小さい口じゃきついんじゃない?」
「ゆ、雪ノ下が苦しそうだ! もういい…、もうやめてくれぇ!」
比企谷が、口に挟まれているクッキーに怯える雪ノ下さんに対し「もう見てられない!」と声をあげた。…本当だ! 雪ノ下さんが苦しそうだ! …ちくしょう、こんな時に何もできないなんて自分は何て無力なんだ…ニヤリ。
「ごめん雪ノ下さん…。別に君に恨みがあったとか嫌なやつだなと思ってたとか、胸は控えめが丁度良いさ…にこり☆。何てまったく考えてもないし行動にあらわした訳でもないんだ…。それにしても口が塞がって苦しそうだね。……よし」
―ジャリリリッ!
俺は雪ノ下さんの顎に負担を掛けないようにと気遣って、ゆっくりと口を閉じさせてあげた。
これで由比ヶ浜さんの作ったクッキーがよーく味わえるね♪ 君は勝ち組だ。
「き、桐山! 雪ノ下が水を欲してるぞ!」
「んー、んー(水、水、水、水、水、水、水、水、水、水、水、水、水…! ――以下 水)」
「え? 水なら今俺が飲んでるけど? …ごきゅごきゅ…ぷはぁ!」
「喉を潤してる場合じゃない! 速く!」
「むぅ、仕方がないな…」
俺はわざとらしく口を尖らせながら、ぶっきらぼうに自分の持っていたコップを手渡す。
「……(た、助かったわ。…こひゅー、こひゅー)」
「次は比企谷の番だな……って、あ! コップ洗うの忘れた!」
―ばしっ。(雪ノ下が飲もうとしていた水の入ったコップを奪う音)
「ふー、危なかったー。危うく間接キスしちゃうとこだったね……あ、あははっ♪ ちょっと恥ずかしいな」
「……(……)」
「いいからな? こんなタイミングで純情さを発揮しなくていいからな? 柄にもなく頬を赤らめなくてもいいんだからな?」
結果、俺が雪ノ下さんに水を飲ませてあげる事となった。
雪ノ下負傷=二十円、プライスレス。…もうやり過ぎも糞もないや。
倒れこんで俺に抱きかかえられている雪ノ下を見て、比企谷が由比ヶ浜に恨みをこめた目を向ける。…それは母親を目の前で巨人に食い殺された少年の目に似ていた。
「畜生! どうしてこんなことに…、いや、由比ヶ浜。お前も食え―」
「やだよ! あたしだってこんなの食べたくないよ! 雪ノ下さんだって倒―」
―ビシュシュシュシュ…じゃりじゃりりり!
某最弱の過負荷ゆずりの華麗な螺投げ…ならぬクッキー投げ。
「二人とも、口がお留守になってるぞ…。ほら、ちゃんと舌を使ってよく舐めて味わえよ?」
「ぎ、ぎりやま、下ネタが…多―あれ? これ秋刀魚の腸なんて入ってましたっけ? …がふっ」
元同志はそう言い残すとバタリ、と音をたて前のめりに倒れこんだ…。そして由比ヶ浜さんもそれに続き、床に膝を着く。
それにしても由比ヶ浜さんは自分が食べることができないものを人に食べさせるなんて嘗めたことを…、俺が一番大切なものが入ってると勘違いしたのは塩とコーヒーの塊だったようだ。…と、言うか、あの白い山は塩だったことに驚きだ。…ただ、自分もクッキーを初めて作ったときに塩と胡椒を間違えたことがあるから余り強くは言えないが…。
だが、この絵面どっかで見たことある気がするなぁ…、何だっけか?
俺は、まるで、まだ生きて眠っているかのように見えてしまう…状態の三人を壁際にもたれ掛かるように寝かせ、とりあえず脈を測っていた。…こんなのアニメや漫画でしか起こらないと思ってた時期が僕にもありました。
天井を見上げ、少し遠い目をすると、この既視感の正体に気づくことができた。
「……あっ、バ○テスか!」
俺は一人で頷きながら納得し、自分のクッキーの仕上げに取りかかった。
後書き
ちょっと、まずったかな...?
一話一話なげぇ...。挫折☆
でもこの話書き終えたらオリジナル回を書くつもりだったのに、また分割します。
そして感想に飢える。
次回「そうして由比ヶ浜結衣は諦める」です。
―あ! ここから先はムリにお読みにならなくても良いですよ?
最後に、何気ないつぶやきに返信をくださった御方が良い人過ぎて泣けた。「~先生」と呼ばれるほどの方からかまってもらえるなんて、チューボーは喜んでおります。まったく暁ユーザーさんは良い人ばっかし…ですよね?
いや、僕は決して良い人ではないけれども…。
……ふう、それにしても今日学校では学総なるものが行われていたようだね。自分は帰宅部 部長(仮)として他校より安全、かつスピーディーに帰宅するように臨みました。
…つまり普通授業。でも、めちゃくちゃ早く帰れた。
―言ってて悲しくなります。励ましの言葉を図々しく待っています。
それと、他のクラスメイト達が学校総合体育大会のような県の学校ぐるみの大会でいない日の話をオリジナル回として書いてみても良いかもしれないな!―ではっ。
―数日後に彼は失踪し、これが彼の最後の言葉となってしまうことなど、読者さん達が知るよしもなければ覚えているよしもなかった…。(嘘?)
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