東方守勢録
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第三話
「……始まったみたいね」
ゲートの方から銃声と爆発音が断続的に聞こえ始めた。時折炎による光が一同を照らしてくる。
そこから少し離れた木々の間で、俊司たちは突入のタイミングを見計らっていた。
「いつ頃突入するんだ?」
「もう少し待って頂戴」
「これだけの規模の戦闘……負傷者だけですむでしょうか……」
「革命軍も日々の訓練は欠かさないはずだよ。それに、彼らは仲間のことをきちんと思いやっている。負傷した兵士を何としてでも助けようとするさ」
正直、今回の戦闘はかなり危険だと全員が感じていた。
規模的にもかなり大きいうえに、囮班は潜入班が仕事を終えるまで戦い続けなくてはならない。それに、犠牲者を出さないために手加減を考えながら行動しなくてはならない。体力と精神力の両方が必要になる。そのためにも、俊司たちはなるべく早く事をすませないといけなかった。
「今はあの部分に厄はありません。しばらくは大丈夫だと思いますよ」
「そっか、雛さんがそう言うなら安心できるな」
「そうね……さて、そろそろ始めましょうか」
紫はそう言うと、一同の目の前にスキマを展開させた。
本拠地内 監視室
「来たか」
男は監視モニターに映る少女たちを見てそう呟いた。
「この人数でやっと抑えられるわけか……まあ、能力持ちの兵士は、全員総司令官の護衛に当てたからしかたないか」
総司令官の身の安全が第一と、能力を持った兵士達は全員護衛に向かわせていた。襲撃とともに護送車を攻撃されては、もともこうもないからだ。
この施設に残っているのは最低限の兵士と、護送待ちの捕虜達。あと、唯一の能力もちであるこの男だけだった。
「さて、そろそろ現れるはずだが……」
男は何かを待っているのか、たくさんあるモニターを順番に見ていく。
「……来た」
あるモニターを見た瞬間、男は不敵な笑みを浮かべながらそう呟いた。
「……さあ、上の階で待っているよ……里中俊司」
男はそう呟いて、部屋を後にした。
本拠地内、捕虜監視室付近
外では依然と戦闘が続いている。時折起こる地響きが、戦闘の壮絶さをあらわにしていた。
見張り兵のほとんどが外に向かい、基地内は静かになっていた。
そんな中、5人の少年たちが基地の中に足を踏み入れていた。
「さて、潜入したのはいいけど……どうするんだ?」
「まずは俊司君の言ってた捕虜の解放かしら? でも、全員では行かないわ」
「というと?」
「その場所には悠斗君と厄神さんで行ってもらうわ」
「私達二人ですか?」
雛は不安そうにそう言った。
「時間の都合上仕方ないわ。悠斗君はあの子から武器をもらってるわね?」
「はい」
悠斗は返事をかえすと、腰に添えていたハンドガンをホルスターから抜き取った。
「じゃあ俊司君、場所を教えてあげて」
「ああ。確か……そこの角を右に曲がってからまっすぐ進んで、曲がり角を左に曲がってください。そこが監視室だったと思います」
「わかった。行こう雛さん」
「はい」
「気をつけてください!」
見送ってくれる三人に悠斗は軽く笑みを返すと、雛と共に監視室に向けて走って行った。
「さ……私達も行きましょう」
「とりあえず上に向かうか」
「そうですね」
俊司達も、自分たちがやるべきことに向けて、その一歩を踏み出して行った。
監視室前
「ここだね」
「はい」
捕虜監視室と書かれた部屋の前で、悠斗達は深呼吸をしていた。
「じゃあ……あけるよ」
悠斗は近くにあったカードリーダーに手をかざす。そのまま、自身の力をカードリーダーに流していった。
『IDカード認証完了』
「よし」
悠斗の力に反応したのか、鍵がかかっていたはずの扉はゆっくりと開いた。
部屋の中に警備の兵士はおらず、鉄格子のなかには捕虜の姿が微かに見えていた。どうやら霧の湖の基地のように、捕虜が護送される前についたようだった。
「誰も……いませんね」
「……行こう」
悠斗と雛は、辺りを警戒しながらゆっくりと中に入って行った。
「結構多いんですね……」
「本拠地になるからね、それなりの規模は確保しとかないといけないから」
内部の大きさと牢屋の数は、霧の湖に比べると段違いだった。霧の湖にいた捕虜の大半もここに送られているだろう。
ひとつずつ鍵をはずしていると時間がかかってしまう。悠斗は神経を集中して、一気に鍵をはずしてしまおうとしていた。
「おい!そこの兄ちゃん!!」
「えっ!?」
そんな彼に、牢屋の中から一人の男が声をかけた。
「あんた、霧の湖にいた人だよな!」
「はい。ちょっと待っててください。今そこから出しますんで……」
「それはあとでいい!! 気をつけろ! ここにはあいつらがいる!!」
「あいつら?」
「悠斗さん!! 前!」
男としゃべっていた悠斗に、雛が叫びかける。何事かと悠斗は不思議に思いながら、ゆっくりと前を向いた。
そんな彼の目の前に、ゆらゆらゆれる半透明の何かが迫っていた。
「!?」
悠斗は何かを察知したのか、すぐさまその場から離れる。
その数秒後、悠斗が立っていた地面には刃物で切りつけられたような傷が出来上がっていた。
(半透明の物体……刃物……もしかして!)
状況は最悪に等しかった。姿が見えない上に刃物による攻撃。あたってしまえば命の保障はない。悠斗の背中を悪寒がはしっていった。
「雛さん! こっちへ来て……!?」
危険と判断した悠斗が雛を呼ぼうとしたときだった。
彼女はわけがわからずに悠斗のほうを見ている。その背後には、半透明の物体が音もなく飛びかかろうとしていた。
(間に合わない!)
悠斗はほとんど無意識の状態で銃を構えると、そのままの勢いで発砲した。
「……!」
銃から飛び出した弾丸は一直線に飛ぶと、雛の顔の横をすり抜けて半透明の物体にぶつかった。いくつかの破片が飛び散り、半透明だった物体も少しずつその正体をあらわにしていった。
「えっ!?」
「こっちへ!」
何が起きたかわからず呆気にとられている雛を、悠斗はすぐさま自分のもとに引き寄せた。
「なっ……なにがおきてるんですか!?」
「噂ではまだ試作段階だって話だったけど……もう完成していたなんて……」
悠斗は弾丸を受けて破損した物体を見ながらそういった。
「これは……いったい……」
「戦闘用のアンドロイド……試作1号機だよ。忍者の戦闘をベースとしていて……近距離をメインとしてる。近距離の戦闘能力でいえば……この世界の人たちと互角だろうね」
「ごめいとーーーう!!」
悠斗が物体の説明をした瞬間、どこからともなく声が発せられた。
「この声……牧野博士か」
「さすがですねぇ……元看守さん。まあ、それぐらい当然だろうとは思っていましたが」
そう言って、牧野は軽く笑っていた。
「……あんたは消えてるのか?」
「いえいえ。私はそこにはいませんよぉ? 私には総司令官の護衛という任務がございますから」
「護衛……」
「そちらに残っているのは最低限の兵士と数十体の一号機『影丸』。あと、指揮を取る方が一名でしょうか?」
「指揮……クルト大尉か」
悠斗がそう言うと、牧野は関心したのか「ほう」と呟いていた。
「大尉らしいな。俊司君が来るとわかってそうしたんだろう?」
「どうでしょうかねぇ。ただ、ひとつだけわかっていることがありますが」
「わかっていること?」
「……彼はすでに命を捨てています。まあ、タダでというわけではなさそうですが」
「!」
牧野の言葉を聞いた瞬間、悠斗の背中を再び悪寒が走り去っていった。
クルト大尉は予想できないことを考えることが多い。自分を犠牲にするということは、それと同等の価値がある何かがあるということ。悠斗が考えていた同等の価値があるものは、誰かの死亡だった。
悠斗の脳裏には、復習の念を持ったある少年の顔が浮かび上がっていた。
「まさか……」
「まあ、何を考えているかまではわかりませんがねぇ」
「ふざけんな! あんたなら何を考えてるかなんて、簡単にわかることだろ!」
「さあねぇ?」
牧野はわざとらしくそう言っていた。
「まあ、それはさておき……あなたは自身の心配をしたらどうですかぁ?」
「なにを……!!」
言い返そうとした悠斗の耳に、かすかな機械音が聞こえてきた。
(まだいるのか!?)
身の危険を察知した悠斗は、雛の手を掴むなり壁に向けて走り始めた。
「どっどうかしたんですか!?」
「あいつは一体だけじゃない! まだ数体はこの部屋の中にいる!」
「えっ!? でも何も見えませんよ!?」
「さっきのやつも半透明だったから、遠くからだと見分けがつかない! とにかく、壁を背にしていくしかない!」
壁までたどり着くと、悠斗は背中を壁に向けてあたりを見わたした。
だが、距離が遠いからか全くといって敵影は見えていなかった。徐々に悠斗の心が焦りで埋め尽くされていく。
「くそっ……どこにいるんだ……」
「悠斗さん! 上!」
「なっ!?」
悠斗が上を向くと、半透明の物体が壁をつたってこっちに向かってくるのが見えた。
悠斗は雛をかばうようにしながらその場を離れる。その数秒後、二人がいた場所に小さな亀裂が入っていた。
「くそっ!」
悠斗は、とりあえずすきだらけになった物体に銃撃を加える。物体はそのまま部品を飛び散らせながら倒れていった。
(忍者ベースだから壁も渡ってくるわけか……これじゃあどこにいても危険すぎる!)
もはや悠斗達に逃げ場などなかった。
試作一号機は忍者をベースにしている。壁を走ることもできれば、身体能力の高さを生かして上下左右からの攻撃ができる。おまけにスピードも速い。
あきらかな劣勢だった。
「さあさあ! もっと戦ってくださいなぁ!!」
「ぐっ……」
なんとかして思考を働かせるが、何も思いつかず時間だけが流れてしまう。このままでは二人ともやられてしまう。悠斗の脳裏にはそんな状況が見え始めていた。
「……悠斗さん。私もいるんですよ?」
「えっ……」
あせりの色を隠しきれない悠斗に、雛はやさしく声をかけた。
「私に任せてください」
「でっ……でも……」
「おねがいします」
何か確信があるのか、雛はまっすぐ悠斗を見ていた。
「……わかりました」
「はい。じゃあ……私から離れないでください」
そう言って雛は真剣な顔つきになっていた。
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