Another World
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第ニ話「僕はトラヴィス・ファン・オーヴァン」
「トラヴィス様ー、どちらにいらっしゃるんですかー? トラヴィス様ー?」
やあ、問答無用で転生させられ無事第三の人生を送っているトラヴィスだよ!
あれから転生させられた俺は気が付けば赤ん坊に生まれ変わってた。生まれて間もないのか首も据わってなく目も開かない。
恐らく肌触りからしてタオルのような柔らかいものに包まれた俺は、仕方なく周囲の声に耳を傾けて情報収集に専念した。
それで分かったことといえば、俺が貴族の息子で三男だという点だ。しかも嬉しいことに名前は慣れ親しんだ『トラヴィス』にしてくれた。なんでもある日、夢で神託があったらしく、息子の名前をトラヴィスにせよとのことだった。ジジイ、グッジョブ!
そんなことで、今世の俺の名前は『トラヴィス・ファン・オーヴァン』という。元四大貴族であり、現在は没落したオーヴァン家の三男、現在二歳でしゅ!
ちなみに没落云々というのは、オーヴァン家は元々大貴族でこの国でもトップフォーに君臨する家系だったのだけど三世代前――曾爺様――がちょいと失敗してしまったらしく、ここまで落ちぶれてしまったとのことだ。
それまで国家に貢献してくれたから王の慈悲で『ファン』の名前だけは取り上げられなかった。なんでも名誉称号のようなものらしいが、難しくてその辺はよく分からん。
幸い、というべきか両親は貴族の名誉や見栄だとかは気にしないタイプで、――というより頭の中がお花畑かと思うほど温和な性格をしているため、現状の生活に満足しているらしい。
爺様も温厚な性格だからこの辺りは遺伝の問題なのだろうな。なんとも平和な家族だと思う。
父のアレン・ファン・オーヴァンは一見どこにでもいるようなオッサンだ。白髪をオールバックにしているダンディに見えなくもないオッサンだ。いい意味で貴族らしくなく常に物腰は柔らかい。
母のミリーシャ・ファン・オーヴァンは淑やかでいて頭の中がポワポワしている人だ。美女でいつも金髪が太陽光を浴びてキラキラ輝いている巨乳でもある。超ポジティブ思考というか、頭が緩いと思う程ポワポワしている気質の持ち主で、正直俺はこの人に随分救われている。
この二人は子煩悩で、特に三男である俺にすっごく甘い。砂糖がザラメに代わる程甘い。
俺は自分でも普通の子供ではないと思う。
魂が神性のためか、幾分取り上げられたとはいえ【力】を持っていると自分は知っているから、そのまま現実として受け止められるけど普通はこんな子供不気味過ぎて扱いに困るだろう。
なにせ、生後零歳で人語を理解し言葉は喋らずとも身動きでコミュニケーションを図り、一歳で乳歯が生え揃い肉に思いっきりかぶりつく。そして二歳で屋敷の中を思いっきり走り回れる程やんちゃなのだ。あまりに常軌を逸した成長っぷりに普通は疎遠になるか、最悪捨てられてもおかしくない。
人間とはどこまでも排他的な生き物で、自分たちとは『違う』という事実をなによりも受け止めがたい種族なのだから。神として、元人間として俺は人間という性質を理解している。
そんな俺を気味悪がずに他の子供たちと同等の愛を注いで育ててくれているんだ。
正直転生させられてジジイに恨み言の百や二百こぼしたが、今ではこの二人の元に生まれさせてくれたことを感謝している。
「トラヴィス様ー!」
ちなみにこの家には両親と兄二人の他にメイドが二十人ほど、執事が十人ほどいる。さきほどから俺の名前を呼びながら探し回っているのはメイドの一人だ。
ちょくちょく部屋を抜け出しては探索という目的のもと屋敷を動き回っている俺だ。俺の姿が見られなかった途端探し始めたのだろう。まだ後十分は逃げ回って見せる!
「トラー、どこにいるんだー? 早く出てきなさーい」
「おいトラヴィス! 弟のくせに隠れるなんて生意気だぞ!」
――! どうやら上二人も探し始めたようだ。
オーヴァン家長男のシアン・ファン・オーヴァンは今年で十二歳になる。
実は俺、兄弟の中で一番こいつが嫌いだ。
典型的な貴族気質というべきか、ジャイアニズムというべきか。ありもしない見栄を張り、元四大貴族というありし日の名誉をいつも口にしている。しかも自分が大貴族だと勘違いしているのか尊大な態度をとっているのだ。十歳にしてメタボのくせに、なにかと両親に気に入られている俺を邪険に扱う嫌な奴である。
対して俺の八つ上のレオン・ファン・オーヴァン、十歳は礼儀正しく笑顔が爽やかな兄だ。美男子という言葉がぴったりくる容姿をしており、将来モテモテになることは間違いないだろう。シアンとは違い弟である俺にも優しい良い兄である。母譲りの金髪が目にまぶしい。
そして俺は爺様譲りの銀髪だ。まだ二歳だから身体は小さいけれど、身体能力は二歳のソレではない。精神年齢なんか言わずもがなだし、魔力も測定器を振り切る程の量を有している。
賢い賢いトラヴィスくんは母様の言葉を借りると「神様に愛されている子」らしい。神本人ですが何か?
「トラヴィス様ー! もうご夕食のお時間ですよー!」
――やばっ、メイドのマリィさんが来る!
とある一室に隠れていた俺は素早く廊下に出る。足音が近づいてくるのを確認すると窓枠に足を掛けて大きくジャンプ!
素晴らしい跳躍力を発揮し、天井にぶら下がるシャンデリアの上に飛び乗った。
「まったく、トラの奴どこに行ったんだ?」
「なんでこの僕があんなやつを探さないといけないんだ……!」
「まあまあ兄さん、トラを早く見つけてみんなで夕食をいただきましょう。今日は兄上の好物のサンクベルの塩焼きだそうですよ」
愚図るシアンを宥めすかしながらレオン兄が眼下を通り過ぎた。
――よし、このままやり過ごそう……。
ひっそりと息を潜めて二人が視界から消えるのを待っていると、背中に声が掛かった。
「トラヴィス様ッ!? またそんなところに……! 危ないですよ!」
「トラ?」
マリィの悲鳴にも似た声に兄たちが振り返る。
「……あ、みつかっちゃった」
身を伏せていた俺は大人しくいそいそとシャンデリアから降りた。
† † †
「まったく、トラには困ったものだな。怪我をしないか父様は心配だぞ?」
「大丈夫ですよアナタ。トラちゃんは賢くて強いですもの。怪我しないように自分で気を付けますよ」
「いやいや、トラはまだ二歳なんだ。目を離した隙にどこか危ない所に行ってしまっては叶わん。それでなくとも活発的な子なんだから」
「あらあら、アナタってば心配屋さんね」
うふふと品のある笑顔をこぼす母様の隣で俺はメイドの差し出す料理を片っ端から平らげていた。
二センチはある厚切り肉のステーキにドシュッとフォークを突き刺し、あーんと大口を開けてかぶりつく。
豪快でとても品のあるとは言えない食べ方をする俺をシアンが眉を顰めながら眺めていた。
「おいトラヴィス、その品のない食べ方は止めろ。貴族の品質を問われるぞ」
「おことばですが兄さま、しょくじはおいしく食べるのがいちばんですよ?」
「だとしてもだ。お前の食べ方はあまりに見れるものじゃない」
それはお前だろう。気付いてないみたいけど、さっきからポロポロ食べかす落としてんぞ。
「シアン兄さんのいうことはもっともだな。トラの言うことも一理あるけど、その食べ方はいささか豪快すぎるぞ?」
「うー……レオン兄さまが言うならそうします」
「なんでレオンの言うことは聞いてボクの言うことは聞かないんだ!」
うっせ、いちいち喚くなメタボ。
ソースをつけた俺の口元をメイドが恭しく拭う。レオン兄様に言われては仕方がないな。
少し肩を落とした俺の耳に母様の優しい声が耳打った。
「まあまあ二人とも、食事くらい自由に食べても良いじゃない。トラちゃんの言うこと、母様はもっともだと思うわよ?」
「まあ、レオンの言う通りトラの食べ方は……なんというか、二歳の食べ方とは思えないけどな。トラ、父様のようにやってみなさい」
苦笑する父様は優雅とも言える手つきでナイフとフォークを使い分け、ステーキを切り分ける。
まるで、こうするんだぞというように一瞥する父様に大きく頷いた俺は、シャキーンと両手に装備した金属を掲げた。
「えい」
ぶすっ。
左手のフォークで獲物(肉)を突き刺す。もちろん力加減は絶妙でソースを飛ばすなんてヘマはしない。
「やあ!」
天高く掲げた右手を振り下ろす。ナイフは一筋の銀の軌跡を描き、肉もろとも皿とテーブルまで切り裂いてしまった。
溶けたバターに刃をいれるような滑らかさで切り裂いたテーブルに一瞬場が凍りつく。
「しっぱいしちゃった……」
失敗どころではないが、取りあえずシュンとする。こうすると周囲から受けるダメージが少ないのだ。
「し、失敗どころの話じゃないだろっ! なんなんだそれはっ!」
ガタッと音を立てて席を立ち、唾を飛ばしながら激昂するシアン。血圧上がんぞ?
レオン兄は頬に一筋の汗を垂らしながら苦笑いした。
「うーん、トラは力加減を覚えなくっちゃダメだな……」
「そうねー、これじゃあお肉さんを上手に食べられないわねぇ」
「いや、そういう次元じゃないんだが……」
同じく引き攣った笑みを浮かべる父様と、「困ったわー」と頬に手を当てて然程困ってなさそうに言う母様。
「そもそもなんで二歳のトラヴィスがこんな怪力なんだ!?」
シアンのある意味最もな意見に、愛する両親は。
「もうトラヴィスだからとしか言いようがないな」
「そんなの、トラちゃんが特別だからに決まってるわ! なんていったって神様に愛されてる子だもの!」
もう堪らない、とばかりにギューッと抱きしめてくる母親。
豊満な胸の柔らかさと何とも言えない良い香りに包まれ、性欲よりも安心感を覚えるのは俺の身体がお子様だからか、それともこの人の子供だからか。
背後に控えたメイドたちはもう慣れましたとでもいうように全く顔色を変えず、割れた食器や汚れたテーブルを処理していく。
――拝啓、天国のお父様。今日も我が家は賑やかな食卓に包まれてます。そしてブタが煩いです。
† † †
この世界はアルカディアと呼ばれる。それが惑星を意味するのか世界を意味するのは分からないけど、固有名詞がつき認識されているのは意外に思った。
アルカディアには人族と亜種族、魔族、精霊族、悪魔族、天使族、幻種族が存在している。
我がオーヴァン家は人族なのだが亜種族の血も混ざっており、寿命や魔力はそこらの人間より強い。亜種族でも長命のエルフには遠く及ばないけれど、平均寿命は四百年とのことだ。
珍しいけれどそういった人間はいるにはいるらしい。そのため村八分のような扱いは受けていない。
人族は魔力を持つ者と持たないものがおり、前者は全体の三割くらいしかいない。そのため魔術師の職は重宝されるらしい。
これは生まれつき魔力を持つらしく、我が家では母様とレオン兄様、そして俺が該当する。魔力の有無は出生後、神殿で魔力探知機による調査が行われそこで知ることとなる。
一般の魔力平均値を十とすると、母様は千、レオン兄様は八百だ。
その昔、母様は王宮魔術師筆頭としてその敏腕を振るったらしい。それならばその数値も納得だ。その息子であるレオン兄様も当然高い。これらは亜種としての血が色濃く出ていると思われる。
そしてそして、三男の俺の魔力数値は――測定不能。測定器は最大で一万まで図ることが出来るから、最低一万以上。
これにはその場に居合わせた者たちを絶句させた。神殿から王宮に緊急報告が行ったくらいだ。
まあ、種族的には人間だけれど魂は神様だし、この数値も俺からすれば妥当な線だ。正確な数値は十万八千だけれど。
王宮の人たちは将来魔力が暴走する危険を持つ俺を即刻処分するように言い渡した。しかし、それを両親が猛反対。母様に至っては大激怒して魔術の大判振る舞いをしたらしい。くわばらくわばら。
慈悲深―い王は流石に幼子を殺すのは忍びないと判断し、要監視対象として処分を下した。簡単に言えば正しく育てなさい、悪しき成長を遂げたらどうなるかわかるよな? とのことらしい。
生まれつき魔力が超高い俺は、魔力封じの腕輪を五重で施すことで申し訳程度に魔力を封じている。
そんなこんなで、俺は幼少から魔力の扱いを覚えましょうと、母様から魔術に関する本――魔術書超初級編:子供も分かる魔術入門編を読み聞かせられている。
今日も今日とて、寝室のベッドで母様は背後から抱きつく形で本を朗読していた。
「――精霊さんは願いを聞いてくれる代わりに魔力というご飯を上げます。そうすることで初めて精霊さんが力を貸してくれるのです」
現在は精霊魔術について教わっている。この辺は生前から小説やゲームでイメージが固まっているから想像するのは楽だ。
「おかあさまー、せいれいさんってどこにでもいるのー?」
母親の顔を見上げて問うと、ふわっとした柔らかな笑みが返ってきた。
「ええ、そうよ。精霊さんはどこにでもいるの。この部屋にもいるのよ?」
「えー、どこどこ~? せいれいさんみえないよー?」
むぅ、精霊を視認できないとは。まだ神眼が開眼していないのかな?
神眼とは神なら誰でも持っている目で、精霊や力の流れを視認することが出来る。魂は神性を帯びているから神眼は開眼するはずだ、そのうち。
「はやくせいれいさんみたーい! ぼく、せいれいさんだーいすき!」
「ええそうね。精霊さんもトラちゃんのことが大好きよ。きっと姿を見せてくれるわ」
実際俺は精霊が好きだ。天上界にいた頃は精霊王たちとも仲良くしていたし、よく下界に降りては精霊たちと遊んだりしていた。
――この世界の精霊たちとも仲良く出来ればいいな。
その後、眠くなるまで母様と一緒に本を読んだ。
後書き
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