Another World
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第一話「転生ですか? はい大好物です」
「あー! あ~あ~あ~! こいつ超ウッゼー!」
ウガー! と牙を剥いた俺は獰猛な目で眼前の敵を睨みつけた。
この俺の目の前で暢気なアホ面晒してるこの忌まわしい敵、先程から何度も何度も攻撃を食らわしているのに一向に応えた様子を見せない。
こっちとら魔剣レーヴァテインで急所ザクザクして最上級魔法を十二発も食らわせているのに、「ふははは! 効かんは小童が!」なんて喚いてやがる。バグキャラかこいつは!?
「むっかつくなぁ……どうしや死ぬんだよコイツ」
認めよう、こいつは嘗てないほどの強敵だと。この俺が死力の限りを尽くし知恵を振り絞ってようやく相手になるかどうかの難敵だ。
これほどの敵に出会えたのは幸運というべきか不運というべきか。どちらでもいいが、舐められっぱなしっていうのは俺の性に合わん。
「ふっ、いいだろう……天界でも有数の隠れ猫愛好団体『にゃんこ会』名誉会長であるこの俺、トラヴィスが貴様に引導を渡してやろう。序列第三位の力を思い知るがいいっ!」
気炎を吐きつつ素早く手元を操作。奴の目の前に黄色の魔方陣が浮かび上がり、特大の雷が迸る。
さらに左手に愛剣エクスカリバーを呼び出した。右手にレーヴァテイン、左手にエクスカリバー。相反する属性の反発作用で威力が跳ね上がるはずだ。死角はない!
「これで、くたばれぇぇぇ!!」
雷が奴の身体を貫き、麻痺によるほんの僅かの隙をついて二本の剣がその首を跳ね飛ばした。ぽーんと、そっ首が宙を舞う。
「いよっしゃぁぁぁぁぁ!」
ドサッと音を立てて前のめりに倒れる敵を前に俺は天高くガッツポーズした。
三時間にまでおよぶ決闘の末、ようやく倒したのだ。身に染みる喜びの念もまた一押しだった。
全身で歓喜を現していると、背中を涼やかな声が叩いた。
「――よろしいでしょうか、トラヴィス様」
「んあ? なぁに?」
この三時間、背後でずっと控えていた俺の部下兼専属メイドであるキュリアはいつもの無表情で告げる。
「もうゲームはよろしいでしょうか? そろそろレンバルト様の堪忍袋の緒が切れる頃合いかと思いますが」
「あ……あ、あーあー、そういえば呼ばれてたんだっけ。すっかり忘れてたわ」
言われて時計を見ると時刻は招集が掛かった時間を超大幅に過ぎていた。
んー! と伸びを一つして凝った体をほぐす。眼前にある薄型ワイドテレビには今しがたプレイしていたゲーム【魔王戦記】のスタッフロールが流れていた。ラスボスのザイオンは事前情報通りの難敵だった。
今まで握りっぱなしだったコントローラを離し、ゲームの電源を落とす。
――魔王ザイオンは倒したし、セーブもした。やり残しはないな。そろそろ向かわないとジジイの血管が切れて脳出血になっちまう。
ジジイの小言はは長いからなぁ、とぶつぶつ呟いているとキュリアが外套を手渡してくれた。礼を言いつつバサッと格好良く羽織る。
「んじゃあ行くかな」
「はい」
従順なメイドを引き連れた俺は自室の重厚な扉を開け放った。
† † †
浮遊神城ラナハイム。最高神レンバルトが住まう城で俺の家でもある。
全六階層になっており、神城の大きさは言い表せない。全長五十キロと言えばわかるだろうか?
そんな超巨大な城の一画、レッドカーペットが敷かれた豪奢な廊下を俺とキュリアが闊歩する。カーペットにより足音は消され無人の廊下を音もなく進んでいた。
ここラナハイムは天上の世界のど真ん中にあり、天上界の象徴だ。
――天上の世界、または神界、天上界と呼ばれる世界を人々は天国と称する。この世界には神や天使、死して冥王に認められた者が住まい共存している。
とはいっても上下関係は明確であり、神が天人――死して天界に来た魂――の上に立つのがこの世界の常識だ。
神と天人の関係は良好だ。多くの神は天人や人間の信仰が無くては存在できないし、世話をしてもらわなければ生きていけない程、生活力は皆無。天人は神に加護を授かったり神力を与えてもらったりしている。言わばギブアンドテイクというやつだ。
もっとも? 一部例外として加護を必要としない神も生活力が高い神も存在する。前者は個として存在を維持できるほどの力を持つ者で、後者は真面目な性格だとか、環境だとか、教育だとかそんな感じ。ちなみに俺は両者とも当て嵌まるから、ドヤァと得意気な顔をしても良いと思う。
俺は一万年前、この天上の世界に神として転生した。なんでも最高神であるジジイに気に入られたらしく、死した魂が冥府に行こうとしたところを拉致られ、転生して息子にさせられた。ちょっと理不尽な気もするがジジイには感謝してもしきれないため気にしないことにしている。
転生した当初は力もなく、ジジイの義理息子という肩書だけしかなかった。だが、千里の道も一歩から、塵も積もれば山となる、生前の確言を胸に地道に信仰を集めて力を溜めた俺は、今では序列が三位となった。
序列というのは神としてのランク、格のようなものである。下界――人間界――に対する貢献度だったり個の実力だったりで総じて評価される。
数多の神々や天人がいる中で序列に連なる者は三百名。神や天人関係なく評価されるが神より強い天人とかぶっちゃけいないから、序列は全員神々と天使で占めている。ちなみに第一位が最高神の『右腕』アーバレスト、第二位が最高神の『左腕』シアン。この二人はジジイの補佐を務める人たちで俺の兄貴分でもある。
いつまでも頭の上がらない人たちだ。ちなみに両者とも既婚者です。
「……? どうされましたか?」
「いや、なにも」
とまあ、長ったらしい廊下を黙々と歩くのは暇なので自分のことやこの世界のことを軽く紹介してみた。次は背後で楚々と付き従うキュリアについて説明しようと思う。
この子はキュリア。位階は大天使で俺の直属部下兼専属メイドだ。こいつとはかれこれ千年の付き合いになる。
俺が元人間だったこともあり、人間界に対する勉強が熱心で日々色々な情報を仕入れてくる。その影響でメイド服をいたく気に入り常にこの格好だ。まあ、メイド属性を持つ俺からすればご褒美なのでノープロブレムだが。
キュリアとの出会いや部下兼メイドになる経緯にはちょっとしたエピソードがあるんだが、長いためここでは割愛する。ただ、その一件以来俺を主として認め従順な姿勢を貫くようになった。
ちなみに、キュリアは外見年齢二十五歳で身長は一七五センチ。肩口で切り揃えた紫髪に蒼い目の美女だ。いや、超美女だ。胸もやや大きめの俺好みなバストで腰はキュッと括れている。
対して俺は外見年齢は十三歳。身長は一五〇センチ。背中の半ばまであるダークブラウンの髪を一つにまとめたのが特徴の男の子だ。毎日カルシウムを沢山摂取しているのに身長が一向に伸びないのが目下の悩みです。
七千年前も経ってようやく一センチって……神様の陰謀ではないかと思う。
ちなみに、今でこそ大天使の位階にいるキュリアだが、元は天使だったりする。想像を絶するような美女が献身的に尽くしてくれるから、ついつい元天使だった彼女に力を与えすぎて大天使にしちゃったのだ。キャバクラで貢ぐ親父たちの気持ちが分かった気がした。
そうこうしているうちにとある一室に辿り着いた。ここにジジイがいるはずだ。
ノックもなしに開け放ちずかずかと入る。
「ジジイ、来たぞー!」
「失礼いたします」
我が物顔で入室する俺と優雅に一礼してから音もなく後ろに続くメイドに、部屋の奥で書類を捌いていた人物が大きくため息を吐いた。
「ようやく来よったか、トラヴィスよ」
「悪い悪い、ちょいとゲームに夢中になり過ぎたわ」
「ふん、そんなことだろうと思ったわ。まったく……これはやはりアレしかないか」
ジジイは書類の束から一枚の紙を取り出した。
「トラヴィス、最近のお主の生活には呆れてものも言えんぞ。仕事はせずに娯楽に時間を費やし食っては寝る生活を送る。自分で何か思うところはないか?」
「べっつにー、仕事なんて十年先まで済ませてあるし、あとは何しようが俺の勝手っしょ」
「そうもいかん。お主は人間を守護する神としての自覚が足りんのだ。この際だ言っておこう。儂はとある決意をした」
「なになに? リー○二十一にでも通う?」
軽口を叩く俺を無視して先に進めるジジイ。
「お主にはその軟弱な精神を改めてもらうため、転生してもらう。今のままでは、ええっと……にーと? になるのが目に見えておる。その世界で人生をやり直して性根を叩き直して来い」
「な、なんだってー! ちょ、ちょっと待ってよ、異世界ってどの世界よ? 文明レベルがクソだったらゲームできないじゃん!? まだ積んでるゲーム十作もあるのに!」
「ちなみにお主の持ち物をやることは出来んぞ。そんなことをしたら転生した意味がなくなるわい。ああ、またこっちに戻れるようにはしてやるから」
ジジイの言葉を聞いて背筋に雷のような衝撃が走った。な、なんてことだ……これでは娯楽という娯楽が、俺のバイブルが消えて無くなってしまうじゃないか!
「じょ、冗談じゃない! そんなことしたら、俺はなにして遊べばいいんだ!? ネットどころかゲームもない世界なんて嫌だぞ俺はっ!」
「安心せい。ねっともげぇむもないところだ」
「安心できるかー!」
しかし、ジジイは聞く耳もたんといった風情でパパッと書類にペンを走らせた。
「あっ、テメ――」
「ではの、精々向こうでその性根を叩き直して来い」
足元に黒い穴が開き、言い終える間もなく俺の身体は重力に捕らわれた。
† † †
トラヴィス様が転生されるのを見届けたレンバルト様は重い溜め息を吐かれました。
「はぁ、いつかはこうなるかと思っていたが、ついにこの日が来たか……。あやつのグウタラな性格はどうにかならんものか」
頭痛がするとでもいうように額に手を当てたレンバルト様は力なく首を振りました。
確かに最近のトラヴィス様は日々ゲームや漫画を読んでお過ごしになられて、以前のような精力をあまりお見せになりません。しかし、そんなトラヴィス様は悩みを抱える天人や天使たちの相談に乗られるなどお優しい心を持っています。気さくな性格もあって部下や下々の者どもの信用も厚く人気は絶大です。根っこの部分の優しく気高い以前のトラヴィス様と変わりありません。
「いえ、トラヴィス様はよくやっておいでです。すでにお仕事は十年先まで処理済みです」
ですから、私がそのような言葉を口にするのも当然のことです。
「……なんだかんだで仕事は迅速に済ませるから儂らも強く言えんかったのだ。今思えば、儂らはあれを甘やかし過ぎた」
はぁ、と吐息を零したレンバルト様は老いてなお鋭さを残した眼差しで私を見詰めました。
「キュリア、愚息を頼む」
「はい。トラヴィス様は私の全てです。我が全身全霊を以てしてお仕え致す所存です」
「……すまない」
なにを謝られますか。あの方にお仕えすることができるのは私にとってこの上ない幸せなのです。
一瞬そんな言葉が浮かんだが、すぐに飲み込んだ。私の心情などレンバルト様はすでにご存じのことだろう。
――待っていてくださいトラヴィス様。すぐにそちらに向かいます。
我が主の後を追うため、レンバルト様に深く一礼した私は後任となる部下の元へ向かった。
後書き
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