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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第八十九話 みんなに心配かけちまった

 タッグマッチは異様なほど盛り上がっていた。
 その理由はやはり敵同士が一時的に仲間として、力を合わせて闘う新鮮さが面白いのだろう。
 また、それぞれ勝ち抜き方式で闘う者達や、そのまま四人でのロイヤル方式で闘う者達がいる中で、互いにルールを決めてもいいという方式が、観客達の興味をそそられるポイントなのだろう。


 初めに闘った者達は、勝ち抜き戦でもロイヤル方式でもなく、闘い方はタイマンなのだが、いつでもパートナーと交代できるルールを作り闘っていた。
 それも一度沈ませた舞台を、また上げてその上で闘っていた。
 こんなふうに、二対二なら闘い方は自由というのが盛り上がっている一番の理由だ。


 そして、第四回戦にカイバが出てきた。
 闘悟はそれまでの対戦をあまり真剣に見ていなかった。
 それはやはりカイバのことが気になっていたからだ。
 闘悟の様子に気づいていたクィル達だが、何故か話し難い雰囲気が出ていたのか、誰も闘悟に話しかけなかった。
 それがカイバが出てきた瞬間、闘悟の表情がいきなり変わったので、VIPルームにいる皆が闘悟に注目する。
 そして、それまで黙って闘悟を見ていたミラニが声を掛ける。


「はぁ、先程から一体どうしたというのだ貴様は?」
「え?」
「え? ではない。貴様気づいていなかったのか? 先程から無愛想な貴様をクィル様がどれほどご心配なされていたかを?」


 その言葉を受け、クィルに視線を向ける。
 その表情は不安そうに眉を寄せていた。


「クィル様だけではない。ここにおられるお方達が、皆貴様の様子を気にしていた」


 全く気づかなかった。
 闘悟は周りを確認する。
 ニア、リア、ハロ、ミラニ、ヒナ、ステリア、それぞれが闘悟に視線を向けていた。
 ハロは闘悟の近くにやってきてズボンをクイッと引っ張りながら声を上げる。


「どっかいたいのか、トーゴ?」


 こんな小さな子まで心配させてしまった。
 ヒナも暗い表情を向けている。
 …………はぁ、ダメだな。
 一つのことを考えると周りが見えなくなるのはオレの欠点だな。
 そんな自分に凄く腹が立った。
 闘悟は「大丈夫」と言って、ハロの頭を優しく撫でる。
 ハロは「にししし」と嬉しそうな声を出す。


「悪かったなみんな。何でも無い……とは言えないよな」
「当たり前よ」


 ステリアが口を尖らせながら言う。
 こうなったら少しでも心配の種を取り除こうと思う。


「実はカイバのことなんだ」


 だから正直に言うことにする。


「カイバ? あそこにいるカイバ・バン・ハッセルのことか?」


 ミラニがカイバに視線を走らせる。


「ああ、実はオレでもよく分からねえんだ。でも、何かアイツの顔が気になってな……」
「顔? ……ふむ、確かに顔色は良くないようだ。だがそれだけでそんなに気になるものか?」
「だから分からねえんだよ。ただあの顔が気になって……」


 まるで何かに追い込まれているような、逃げ道が無くて絶望しているような、そんな顔つきが気になった。
 だがそんなふうに感じるのは闘悟だけだ。
 それは、闘悟自身が経験のある顔つきだったからだ。
 誰にも助けを求められない、誰も信じられないといった感じの表情。
 その経験は闘悟にとっても苦い思い出になってはいるが、まさか身近な仲間がそんな表情をするとは思っていなかった。
 しかも普段のカイバとは比べるべくもない負を現す顔である。
 だからどうしても気になったのだ。
 それにそれ以外でも気になることがある。
 カイバが自分に何かを言いかけて止めた時、明らかに彼の様子が急に変化した。
 だが今ここで考えてもハッキリとした答えが出ないのも確かだ。


 そこでふと観客の方に目を向けた。
 今日は応援に来てねえのか……?
 それは昨日見たカイバの母親と妹のことだった。
 あれだけカイバの二次予選出場を喜んでいたというのに、この場にいないのは違和感を感じる。
 もしかしてそのことが何か関係しているのかもしれない。


「でも、良かったのです」


 不意にクィルが声を上げる。
 闘悟はそんなクィルに顔を向ける。


「もしかしたら、どこか体調が優れないのではと心配していたのです」
「悪かったなクィル」
「はいです。ですが、カイバさんはどうなされたのでしょうか?」
「……とりあえずこの試合が始まればハッキリする……そんな感じがする」


 闘悟の言葉に皆が互いの近くにいる者と顔を合わせる。
 そして再び舞台の方へ注目する。





 ヤーヴァスは不思議に感じていた。
 昨日に顔を合わせた時は、とても愉快で陽気な少年だった。
 だがどうしたことか、昨日の人物とはまるで雰囲気が違う。
 別人ではないかと疑ってしまうほどの変わり様だ。


「もうすぐ試合が始まる。少年よ、準備はいいか?」


 未だに沈黙を座している少年であるカイバに声を掛ける。
 すると、突然カイバは笑顔を作り言葉を放つ。


「あはは! もっちろんっすよ!」
「だが、顔色が優れないが?」
「いや~実は昨日試合のことを考えて眠れなかったんっすよ!」


 それで表情が優れなかったのかと、ヤーヴァスは納得した。
 それにしてはあまりにも悲壮(ひそう)感が強そうに感じたが、余程緊張しているのかもしれない。
 彼はまだ若く発展途上だ。
 昨日の対戦も見たが、自分の実力がどこまで通じているか理解しているのだろう。
 まさかここまで勝ち残れるとは思っていなかったに違いない。
 だから不安で仕方無かったのだ。
 ヤーヴァスはそんなふうに解釈した。


「だがもう試合は始まる。方式はロイヤルだ。単純に二対二でのバトルだ」


 カイバが呆然としている間に、ヤーヴァスと相手選手とでバトル方式を決めた。


「わっかりました!」


 カイバは大きく頷いた。
 やはり何か空元気(からげんき)のように感じるが、もう気にしている時間は無い。


「彼らはここまで勝ち残って来た猛者(もさ)だ。気を緩めるな少年」
「はいっす!」


 二人のやりとりが終わると、ちょうどいいタイミングでモアが開始の合図をした。
 四人に緊張が走る。
 互いに対戦相手を観察するように睨み付ける。





 カイバとヤーヴァスの相手をする二人は、どちらもギルドに所属する者で、かなりの実力者だ。
 一人は『黄金の鴉(からす)』に属し、名をグレイクといい、もう一人はフリーのギルド登録者で名をコークという。



「少年、私の後ろへつき、サポートを願えるか?」


 ヤーヴァスは自分の後ろに控えているカイバに、背中越しに声を掛けた。


「えと……」


 少し戸惑いを見せたカイバは、さりげなく相手側に視線を向ける。
 まるで何かを確認するような仕草をする。
 そして、軽く目を伏せ頷く。


「わ、分かりましたっす」


 ヤーヴァスが何故カイバをサポートにしたのか幾つかわけがある。
 その一つは、カイバの実力を見抜いたからだ。
 相手はとてもではないが、カイバが前衛を務められる相手ではない。
 むしろ足手纏いになる確率が高すぎる。
 だから彼には自分の後ろで大人しくしておいてもらう方が闘い易かった。


 もう一つは、仮に彼が、それなりに闘える能力があるとしても、彼の雰囲気が気になった。
 覇気が感じられないのだ。
 今から闘うというのに、どこか心が別の場所にある。
 そんな感じがするのだ。
 そんな者が積極的に闘いに参加したところで結果は見えている。
 これは相手を死傷させるのは禁止されてはいるが、互いに勝つために真剣に闘う。
 そんな相手と対峙し、集中しなければ、命を落とす可能性だってあり得る。
 だからこそ、今のカイバには前衛は荷が重すぎる。


「私が合図するまで防御に徹してもらいたい」


 ヤーヴァスは瞬時にカイバの様子を見抜き不動(ふどう)を命じたのだ。
 カイバが頷くと、ヤーヴァスは目の前の相手に集中し始める。
 相手も前衛と後衛に分かれている。
 グレイクが後衛で、コークに指示を出しているみたいだ。
 いよいよカイバの闘いが始まる。
  
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