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ワルキューレ

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第二幕その七


第二幕その七

「御前はフリッカの奴隷の為に戦うのだ」
「その言葉は取り消して下さい」
 ブリュンヒルテはそれを聞いてまた言い返さずにはいられなかった。
「父上、貴方は」
「何だというのだ?」
「ジークムントを愛しています」
 このことを告げるのだった。
「貴方の為に私は」
「何をするというのだ?」
「ヴェルズングの血を守ります」
「ならぬ」
 ヴォータンはこう言うしかなかった。
「御前はフンディングを勝たせよ」
「あの男を?」
「そうだ。御前の勇気をかき集め懸命に戦うのだ」
 そうせよと。言うしかなかった。
「ジークムントは勝利の剣を振りかざす。御前が怖気付いたなら神の願いは適わない」
「ですが父上」
 それでもブリュンヒルテは言う。彼女も必死だった。
「気高い心を持ち貴方にとっても大切なその人を」
「それが誰だというのだ?」
「あの英雄を」
 あえて誰とは言わないのだった。
「あの人を葬れというのは私には」
「出過ぎたことを言うな!」
 ヴォータンの語気がまた荒いものになった。
「わしに逆らうのか!?」
「それは」
「御前はわしに従う以外に何ができるのだ」
 こうは言っても言葉は忌々しげなままであった。
「わしは御前と話した」
「はい」
「だが叱られることはないのだ」
 このことを告げるのであった。
「わしの怒りが御前の上に落ちれば」
「そうなれば」
「御前の勇気も何の役にも立ちはしない」
 これは脅しではなかった。本気だった。
「わしの胸に潜めているこの怒りが露わになればわしに笑みと歓楽を与えた世界も恐怖と後輩に覆されるのだ。怒りの当たる者には禍だ」
 それだというのだ。
「だからだ。わしの命じるようにしろ」
「御父様の命じられるままに」
「そうだ」
 そうしろというのだ。
「ジークムントを葬れ。それがワルキューレの果たすべきことだ」
 ここまで告げて姿を消した。荒々しげにその場を後にする。ブリュンヒルテはその彼を見送るだけしかできなかった。そうしてから呟くのみだった。
「あの様な御父様は見たことがない」
 こう呟くのだった。
「悦びを以って戦う時はあれだけ軽いのに今持っている槍も楯も」
 その二つを寂しい顔で見てまた呟く。
「これだけ重いなんて。哀れなヴェルズングよ」
 その一族のこともまた呟くのだった。
「強い悲しみの中に私は忠節ある者達を不実にも捨てなければならないなんて」
 こう言って姿を消すのだった。その戦場に赴く為に。
 ジークムントとジークリンデは逃げていた。二人で荒野をただひたすら駆けていく。兄はその中で疲れ切ってしまった妹に対して言うのだった。
「もう休むのだ」
「いえ、私はまだ」
「いや、休むのだ」
 こうジークリンデに言うのだった。彼女が何と言ってもだ。
「さもないと御前は呼び止めても走ろうとする。休まなければ身体は」
「いえ、駆けなければ」
 ジークリンデはあくまでジークムントの言葉を聞こうとしないのだった。
「そうでなければ追手が迫って来ます」
「だが私がいる」
 自分がいるというのである。
「御前の夫である私が剣を持って」
「けれどそれでも追手が」
 そしてここで。角笛の音が聴こえてきたのだった。ジークリンデはその音を聴いてびくりとなってそのうえでまたジークムントに対して告げた。
 
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