トーゴの異世界無双
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第六十三話 ステリアの兄さんってヤバくね?
ここはアーダストリンク王国。
規模的にはグレイハーツ王国に少し劣るが、その歴史はグレイハーツのそれより長い。
また、ここでしか育たない『カリン草(そう)』から作れる『カリン糖(とう)』は、多くの市場を賑わしている。
無論、他国からも要求が多くあり、グレイハーツもその恩恵に与っている。
そんな王国の象徴として、大きな城が建立されてある。
王城のアーダストリンク城である。
その城の中では、今一人の少女が………………正座させられていた。
「いい加減にしなさいステリア!」
そう、正座をしているのは第一王女のステリア・セイン・アーダストリンクだった。
そんな彼女が、母親であるメアリスに怒られていた。
「毎度毎度、貴女はどうして勝手にお城を抜け出すんですか!」
「もう! だから何度も謝ってるじゃない!」
「謝って済む問題ではありません!」
「……お母様はしつこい」
「何ですって!」
「だって、別にいいじゃない! こうやって無事に帰って来てるんだから!」
「それは結果論でしょう! もしものことがあったらどうするつもりですか!」
「……何とかなるわよ」
「なりませんよ!」
「まあまあ、それくらいにしたらどうだメアリス」
二人のやりとりを仲裁に入ったのは、ステリアの父親であるブラスである。
「ブ、ブラス……」
「お父様からも何とか言ってよ! お母様ったら分からず屋なんだから!」
ステリアの言葉にメアリスはまたも青筋(あおすじ)を立てる。
「貴女は王女なのですよ! 将来は他国に嫁(とつ)ぎ、国の礎(いしずえ)にならなければならないのですよ!」
「嫌よ! アタシは世界を旅して回るの!」
「な、何を言ってるの貴女は!」
娘の言動が信じられず激昂(げっこう)する。
「そんな政略結婚なんか死んでもごめんだわ!」
すると、ステリアはおもむろに立ち上がり、フラフラしながらもその場から立ち去る。
フラフラだったのは、長時間正座させられていたからだろう。
「待ちなさいステリア!」
「メアリス」
ブラスが未だ息巻いているメアリスを諌(いさ)めるように声を掛ける。
「もう! どうしてあんなふうに育ったのかしら!」
「まあ、男兄弟に囲まれればああなったとしても仕方無いよ」
「ブラスもブラスよ! そう言って諦めてどうするの! この国唯一の王女なのよ!」
「まあ、今はまだ成り行きを見守ってやろう。時間が来ればステリアもきっと分かってくれるよ」
穏やかに微笑みながらブラスは愛しい妻の肩に手を掛ける。
「そうなれば良いのだけれど……」
夫の言葉を聞き、それでも不安そうに体を預ける。
ブラスはそんなメアリスの様子を感じ取り軽く苦笑する。
飛び出したステリアは、苛立(いらだ)ちながら城内を歩いていた。
「おや? どうしたんだスティ、そんな怖い顔して」
「ギレン兄様!」
ステリアは先程までと違って、笑顔で兄の名前を呼ぶ。
ステリアの説明を黙って聞いていたギレンは微かに頷く。
「なるほど、スティは政略結婚は反対なのかい?」
「当たり前でしょ? 何が悲しくて好きでもない男と結婚しなきゃなんないのよ!」
「あはは! それはそれは、スティらしいね」
「ディオン兄様や、カウェルだって、政略結婚には反対って言ってたわ」
「え? アイツらが?」
少し意外そうに言葉を放つ。
「ねえ? ギレン兄様はどう思うの?」
すると、ギレンは優しそうに微笑むと、ステリアの頭に手を置く。
「僕にだって婚約者はもういるよ」
「知ってるわ。それも政略結婚でしょ? 兄様はそれでいいの?」
ギレンは軽くステリアの頭を撫でる。
「確かに、親が決めた相手だ。でもね、僕はそれが悪いことだとは思っていないんだよ」
「どうして?」
「だって、会ってみなくては分からないじゃないか。もしかしたら、その相手が運命の相手かもしれないだろ?」
「そんなに都合よくいくわけないじゃない」
「あはは! リアリストだねスティは」
「だってそうでしょ?」
「そうだね。でも、そうじゃないかもしれない」
「そ、それは……」
「何事も、決めつけて捨ててはいけないよ? まずはこちらから歩み寄って確かめてみなければ」
「……で、でもそれでも運命の相手じゃないって分かったら?」
「その時は、考えるね」
「考える?」
「そう。僕は王族に生まれた者だ。今まで生きてこれたのも、民が支えてくれた結果だ。僕はいずれ国を背負う。育ててくれた民に恩返しをしなければならない。だから考える。自分にとって、何が一番の選択かを」
真剣な兄の顔を見て、ステリアは顔を伏せる。
「それが、運命の相手じゃなくてもいいの?」
「良くは無いさ。でも、それが国にとって最良なら、僕は迷わずその道を選ぶ」
「……アタシは嫌だな」
「そうだね」
すると、ギレンはそっとステリアの顔を両手で挟む。
「に、兄様?」
「スティ、だからお前は、お前の望む生き方をするんだ」
「え? でも……」
「僕にはできない生き方を、せめてお前はしなさい」
「……」
「もし、好きでもない相手と無理矢理結婚させられそうになったら、僕に言えばいい」
「兄様……」
「その時は、全力で潰してやるよ」
「兄様っ!」
ステリアはギレンに抱きつく。
ギレンは優しく包み込むように抱き、頭を撫でてやる。
「ところで、ステリアがそこまで嫌がるなんて、もしかして誰か意中(いちゅう)の相手でも見つかったのかな?」
「そ、そそそんなわけないわっ!」
ステリアは顔を真っ赤にして首を横に振る。
「おや? 違ったかい? 珍しく僕の勘が外れたかな?」
「もう……ギレン兄様ったら……」
恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。
そんな彼女を見て楽しそうに微笑する。
「あはは、ごめんごめん。でも、そういう相手が見つかったら教えてほしいな」
「え? ど、どうして?」
ギレンの瞳に真剣さが見て取れる。
「本当にスティに相応しいかどうか見極めなければならないからね」
顔は笑っているが、目は笑ってはいない。
「えと……もし変な人とかだったら?」
「あはは、そんなの決まってるだろう?」
「……」
「……埋める?」
ギレン・セイン・アーダストリンクは、文武両道に秀でた若者である。
王族独特の気品ある整った顔立ちを持っている。
また人当たりもよく、民達からも慕われている。
思いやりがあり、心優しい青年は、誰もが好意を抱くに相応しい人物と言えるだろう。
ただ一つ、欠点を上げるとするなら、可愛い妹のためならどこまでも鬼になれるという、超シスコンだというステータスだろう。
兄の言葉に、さすがに衝撃を受けたのか、固まっていたステリアを見てギレンは小さく笑う。
「あはは、冗談だよ冗談」
「そ、そうだよね! ギレン兄様がそんなことするわけないもんね!」
「ああ、その人が素敵な男性なら何も問題は無いさ」
「……」
もし本当にギレンの眼鏡に適わなかった場合は?
と聞こうかとステリアは思ったが、天使のような微笑みを向けてくる兄を見て、言葉を飲み込んでしまった。
それ以上は聞いてはいけないと、自慢の勘が働いたからだ。
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