DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
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五章 導く光の物語
5-25王子と踊り手
夕食の席に現れたマーニャは、ぐったりしていた。
少女が、問いかける。
「マーニャ。どうしたの?」
「……アリーナが、しつこくてな……」
「アリーナが。手合わせの話ね」
「……おう……」
ミネアが、話に加わる。
「町中で、派手な魔法でも使われたらどうしようかと思ったけど。あの状況で、使わないなんて珍しいね」
「……使ったら、そのまま反撃されそうじゃねえか。思うツボだろ」
「そうか。それなら、今後も安心だね」
「どこがだよ」
「僕がかな」
アリーナが、マーニャに問う。
「どうして、そんなに嫌なんだ?手合わせと言っても、攻撃を当てようというつもりは無いんだが」
マーニャが、嫌そうに応じる。
「オレはアリーナと違って、戦いやら鍛練やらが好きってわけじゃねえんだよ。体力の化け物みてえな武術家なんぞに、付き合ってられるか。魔法は当たらねえって言うしよ、なんも楽しくねえじゃねえか」
「当たれば、当てるつもりなんだ……」
「死なねえ程度にな」
「完全に当たらないという訳では無いぞ。当てられる者が、サントハイムにいなかっただけだ。立場上、遠慮していた可能性もあるな」
「アリーナ。当たってもいいようなことを言わないでください」
「死なないなら、特に問題無いだろう」
「大ありです。ねえ、ブライさん」
王子の目付役であるブライに、同意を求めるミネア。
「ふむ。王子は、魔法の被害を受ける機会が、あまりにも少なかったですからな。受けたものと言えば、威力が弱すぎて避けるまでも無いと判断されたものばかり。ここらで強い魔法の威力を体感して頂き、魔法の恐ろしさをお知りになるのも良いかも知れませぬ。すぐに治せば跡が残ることも無かろうし、万一も許されぬ姫君というわけでもありませぬしな」
「……ブライさん?」
不穏な気配を感じ取り、ミネアが改めてブライを見る。
マーニャが、顔を上げる。
「ほー。城の精鋭やらでも当てられねえ王子様に、当てられりゃあ、当ててもいいわけか」
「なにをちょっとその気になってるんだよ。クリフトさん、これはまずいですよね?」
今度はもうひとりの王子の供、敬虔な神官でもあるクリフトに話を振るミネア。
クリフトが、戸惑いながらも同意する。
「え、ええ。そうですね、マーニャさんは優秀な魔法の使い手と聞きますし、素晴らしい踊り手でもありますし。本当に、当てられるかもしれません。戦いの中で止むを得ずということならともかく、あえて王子の身を危険に晒すことは、無いのではないでしょうか」
アリーナが、瞳を輝かせる。
「そうか!クリフトも、そう思うか!マーニャなら、出来そうだよな!」
ミネアは、じっとりとクリフトを見る。
「クリフトさん……。煽ってどうするんですか」
「す、すみません!アリーナ様、どうか危険なことは、おやめください!」
狼狽えながらもアリーナを止めようとするクリフトに、ブライが囁く。
「マーニャ殿の鋭い魔法攻撃を、華麗に回避される王子は、さぞ凛々しかろうの」
「……」
クリフトの動きが、止まる。
「クリフトさん?」
ミネアが、訝しむ。
更に、ブライが囁く。
「滅多に見られぬ王子の真剣なお顔も、見られるかもしれぬの」
「……」
「……クリフトさん」
「……申し訳ありません。いけないとは解っていても、アリーナ様の凛々しいお姿を想像すると、よろめいてしまう。私は、弱い人間です……」
「……トルネコさん!」
クリフトの陥落を受けて、今度はトルネコに向き直るミネア。
トルネコは、諭すように言う。
「ミネアさん。あきらめも、肝心よ。」
「だけど、兄さんが、王子様に、万が一にも傷跡を残すようなことになったら……!うう、胃が、キリキリと」
「ミネアさんなら、治せるわよ。クリフトさんも、いるのだし。」
「その王子様とばあさんがいいっつってんだ。気にするこたねえだろ」
「気にするよ!普通は!」
呑気な兄に、思わず声を荒げるミネア。
少女が、声をかける。
「ミネア。大丈夫?」
少女の気遣いに、思わず縋る眼差しになるミネア。
「ユウ……。あまり大丈夫ではないです……」
「わたしは、魔法があまり得意じゃないから。マーニャが本気で魔法を使って見せてくれるなら、見てみたいけど。ミネアがそんなにいやなら、止めたほうがいい?」
「……ユウは、見たいんですね」
「うん。でも、ミネアがいやなら、いい」
「…………わかりました。万一のときには、私が責任を持って、治しましょう」
しばしの逡巡の後、吹っ切れたように宣言するミネア。
「では、いいんだな!」
「面白そうだからな。ま、付き合ってやるぜ」
喜ぶアリーナと、満更でも無いマーニャ。
まだ心配そうな少女。
「ミネア。ほんとに、いいの?」
「ユウを育てるのも、私たちの旅の目的ですからね。兄さんが意味もなく他人を傷付けるのは、論外ですが。意味のあることなら、仕方ないでしょう」
「そう。ありがとう、ミネア」
和やかな空気を醸し出す少女とミネアの様子に、アリーナが呟く。
「一応、俺が魔法を受けること自体にも、意味はあるという話だったと思うが」
「ミネアの奴も、嬢ちゃんには甘いな」
「そうか。そういう話にすればいいんだな」
「……脳味噌まで筋肉ってわけじゃねえんだな」
「ところで、いつにする?早速、明日の朝でもいいか?」
「朝かよ……。オレは朝は弱えんだよな」
ブライが口を挟む。
「待ちなされ。魔法を用いての手合わせならば、鍛練場も無い町の近くでは出来ますまい。通りすがった者を、巻き込まぬとも限りませんからな。町を発ち、船に向かう途中か、一旦船に着いてから適当な場所に移動して行うのが良いでしょう。船の上では出来ませぬし、これから向かうキングレオでも目立つ真似は出来ませぬでな。するならば、出航前ですな」
「それなら、さすがにオレでも目は覚めてるな」
少女も、意見を言う。
「パトリシアが、心配だから。それなら一度、船に馬車を置いてきたい。トヘロスを使えば、魔物の邪魔も、入りにくいと思う」
「ふむ。わしがマホカンタを使い、まとまっておれば、わしらはまず安全じゃが。馬車や馬までとなると、覆い切れぬからの。それが良いの」
「ってことは、誤爆したらオレに返ってくるわけか。せいぜい、気を付けるか」
「誤爆って……」
「んなヘマはしねえがな。気を付けるってだけの話だ」
「それなら、いいけど。いくら兄さんの魔力が多くても、ムキになったらどうなるかわからない。旅立つ前になるんだから、やるとしても一本限りということで」
「そうじゃの。王子の体力は回復出来るが、マーニャ殿の魔力は、そう簡単にはいかぬからの」
「お風呂が沸かせなくなっても、困りますわね!」
「すっかり燃料扱いだな。いいけどよ、もう」
話はまとまったと見て、少女が話を変える。
「それじゃ、明日ね。アリーナは、朝の鍛練はどうするの?」
「それはそれだ!勿論、やるぞ!」
「そう。手合わせも、するの?」
「勿論だ!」
「そう。それなら、そのつもりでいるね」
「元気だな、おい。正直、気が知れねえな」
「さて。それでは明日に備えて、早々に休むとするかの」
「そうですね。それでなくとも、明日からは船旅ですからね。しっかり備えないと」
「クリフトさんも、よくお休みになってね。」
「はい。お気遣いありがとうございます」
翌朝、今度はブライの監視も無く、アリーナは少女と伸び伸びと手合わせをを行い――監視があっても伸び伸びとはしていたが――、鍛練の後にふたりは厩に寄り、宿の仕事の合間に訪れたホフマンに会う。
「おはよう、ホフマンさん」
「おはようございます!ユウさん……と、アリーナ様!あわわ、なんで厩になんか」
慌てるホフマンに、頓着せず挨拶を返すアリーナ。
「おはよう、ホフマン!そうか、パトリシアはホフマンの馬だったな」
「アリーナも、パトリシアの手入れを、手伝ってくれるの」
「ええっ!?パトリシアの……馬の手入れを、王子様がですか!?そ、それは、まずいのでは!手入れなら、ぼくがやっておきますから!」
「そう言うなら、今は任せても良いが。旅に出れば、どうせやるぞ」
「ええっ!?ブライさんも、それでいいって仰るんですか!?」
「聞いたわけでは無いが。大丈夫だろう」
「ええっ!?それで、いいんですか!?…………いや、いいんでしょうね。ぼくの価値観で、みなさんを測ろうというのが、間違いでした。取り乱して、すみません」
さんざん狼狽えた後、落ち着きを取り戻すホフマン。
「いや、構わない。むしろ、普通の反応だろう。驚いても受け入れるとは、ホフマンは柔軟だな」
「みなさんに、鍛えられましたから。でも、宿の人間として、お客様である王子様に、目の前で馬の手入れをさせるのは、やはり問題がありますので。今は、ぼくに任せていただけますか?」
「そうか。それなら、そうしよう。見ているのは構わないか?」
「はい。それは、もちろんです!」
「わたしは、手伝ってもいい?」
「うーん。身分という意味でなら、問題ないんですが。身分によってお客様の扱いを変えるというのは、どうなんでしょう。ユウさんは、お付きの方というわけでもないですし。すみません、勉強不足で」
「わからないなら、やめておいたほうがいい?」
「そうですね。今回は、それでお願いします。ぼくが世話してやれる機会も、当分はありませんからね」
「そうね。パトリシアも、ホフマンさんにお世話してもらいたいよね」
「ありがとうございます。でも、ユウさんだけでなくアリーナ様にも、ずいぶん懐いてるみたいですね!ユウさんの運命のお仲間だということですし、こいつもなにか感じてるのかなあ」
「パトリシアも、運命の仲間のようなものだからな!」
パトリシアが、鼻を鳴らす。
「パトリシアは、賢いな!」
「なんだか、妬けますね!パトリシア、しっかりやれよ!」
また、鼻を鳴らすパトリシア。
「……なんだか、呆れられたような。そうだな、お前はしっかりしてるもんな。うん、しっかりやるのは、ぼくだよな。頑張るよ」
「パトリシアも、ホフマンさんも、しっかりしてるから。大丈夫」
「……ありがとうございます、ユウさん」
朝食を摂り、準備を整え、一行は宿を出る。
見送るホフマンに、クリフトが声をかける。
「ホフマンさん。私が臥せっていたときに、色々と気を配って頂いたそうですね。お礼が遅くなって申し訳ありません。どうもありがとうございました」
微笑みかけられ、ホフマンの顔が赤くなる。
「い、いえ!当然のことを、したまでです!」
ひそひそと話し合う仲間たち。
「あらあら、ホフマンさんたら。」
「ふむ。クリフトはあれでなかなか、城の若い男共に人気があっての。いや、人当たりが良いゆえ、老若男女に、というべきかの。無理も無いの」
「そうは言っても、相手がわりいな。深みに嵌まらねえでよかったか」
「相手が、王子様じゃね」
「そっちも脈はなさそうだがな」
「クリフトも、向けられる好意には疎いでな。やはり、望みは薄かろうの」
自分たちのことを言われているとは気付かない若者たちは、更に言葉を交わす。
「ホフマンさんが気を配ってくださったことで、随分助かったと聞いています。お仕事だとしても、やはり有難いですわ」
「そ、そうですか!とにかく、元気になられて、よかったです!」
「ホフマンさんは、こちらで修業をされているとか。ホフマンさんなら、きっと立派な商人さんになれますわ。頑張ってくださいね」
「は、はい!クリフトさんも、お身体にお気を付けて!」
「ホフマンさん、元気でね」
「ホフマン、世話になったな」
少女とアリーナに声をかけられ、ほっとしたようにそちらに向き直るホフマン。
「はい!おふたりも、お元気で!パトリシアを、よろしくお願いします!」
また、ひそひそと話し合う仲間たち。
「まだまだだな」
「もっと、話を広げればいいのにねえ。」
「中途半端に親しくなっても、傷を負うだけでは」
「いやいや。想い人がはっきりしておるがゆえに、これまで想いを伝えてきた者はおらぬようでな。強く押せば、わからぬよ」
「なら、どっちにしても無理だな」
ホフマンが、見咎める。
「みなさん?どうかされましたか?」
「なんでもねえよ。ホフマン、達者でな」
「修業、頑張ってくださいね」
「色々と、世話になったの」
「身体を壊さないように、気を付けてね。」
「ありがとうございます!みなさんも、お気を付けて!旅のご無事を、お祈りしてます!」
ホフマンの見送りを受けながら、町を出て船に向かう。
トルネコが手綱を取り、ブライとクリフトは馬車で休み、アリーナ、少女、ミネア、マーニャが馬車の外を歩く。
アリーナは少女が経験を積む妨げにならないよう、適度に敵を引き付け、適度に敵を倒す。
「これはこれで、なかなか楽しいものだな!」
「オレらの仕事がねえな」
「ホフマンさんもトルネコさんも、前衛向きとは言っても、訓練を積んだ人ではなかったからね。頼もしいね」
「アリーナは、すごいね」
「ユウも、なかなかのものだぞ!これで魔法の使い方に慣れれば、俺も危ないかもしれないな!」
「マーニャが、見せてくれるのよね。頑張って、覚えるね」
「手加減しねえで使う機会ってのも、なかったからな。ま、楽しみにしてな」
「うん」
「ああ!楽しみだな!」
「兄さん……程々にしてくれよ」
「わかってるって。そもそも当たるとも限らねえし、当たっても死なねえ程度にするからよ」
「……そうだね。生きてれば、なんとかできる、かな…………たぶん」
ベギラゴンの火炎を思い出し、遠い目をするミネア。
アリーナが、請け合う。
「当たったからと言って、全く防御出来ないということも無いだろう。大丈夫だ」
「……そうですか。頑張ってくださいね……」
船にたどり着き、馬車を船に置いて、開けた場所に出る。
少女がトヘロスを唱えて魔物を退け、ブライがマホカンタで魔法を反射する光の壁を展開し、アリーナ、マーニャ以外の仲間たちが後ろに隠れる。
「準備は整いました。いつでも、良いですぞ」
「トヘロスは、使ったけど。わたしより強い魔物には効かないから、気を付けてね」
「魔法を当てりゃオレの勝ち、打撃を入れるか急所に寸止めでアリーナの勝ち、でいいんだな?」
「それでいいが。マーニャは、武器は使わないのか?」
「使っていいのかよ」
「丸腰で戦うことも、普通は無いだろう。ユウに見せるなら、使った方が参考になるだろうしな」
「アリーナは、使わねえのか?」
「鉄の爪か。あってもいいが、無くてもいいからな。今回は、やめておこう」
「なら、いいか。ナイフを寸止めでも、オレの勝ちでいいな?」
「それでいい。ブライ、合図を頼む」
「ふむ。それでは、構えなされ」
アリーナは素手で、マーニャは毒蛾のナイフでは無く、投擲の芸に使う普通のナイフを持ち、構えを取る。
ブライが大きく息を吸い込み、声を張り上げる。
「始め!」
合図と同時にアリーナは走り出し、マーニャはメラミの火球を放つ。
アリーナは火球の動線を見極め、進路を僅かにずらして火球を避け、殆ど速度を落とさないまま走り続ける。
マーニャが、ナイフを投擲する。
火球で一瞬、視界を遮られていたアリーナは、ナイフを認めた瞬間に、横に跳んで回避する。
足の止まったアリーナの眼前にマーニャが迫り、同時にベギラゴンの火炎が拡がり、アリーナを包み込もうと殺到する。
アリーナは後ろに大きく跳び退り、寸でのところで火炎を避ける。
ふたりの間で火炎は渦を巻き、両者の視界を遮る。
火炎の渦を突き抜けて、イオラの光球が飛んで行く。
光球が炸裂し爆煙を巻き起こすが、アリーナも既に動いており、当たらない。
爆煙で一帯の視界は悪くなり、マーニャはアリーナを見失う。
アリーナは気配で相手の位置を捉え、爆煙に紛れてマーニャに迫る。
姿を現したアリーナの一撃を、新たに構えていたナイフでなんとか往なすが、力負けして体勢を崩される。
二撃目は避けきれず、アリーナの正拳が、マーニャの喉元で止まる。
爆煙は晴れ、ブライが宣言する。
「勝負あり!王子の、勝ちじゃ!」
後書き
拳を交えて、親交を深めた男たち。
そして再び、海へ。
次回、『5-26船旅』。
8/21(水)午前5:00更新。
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