問題児たちが異世界から来るそうですよ?~MEMORY~
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~3~
[3]
「あーもう!一体何処まで行っちゃったですか!?あのお二方は!」
黒ウサギが二人を探し始めて早くも半刻が過ぎようとしている。
黒ウサギは記憶喪失の彼が何処に行ったのかも解らないので、行き先の解る十六夜を追いかけている。
上空4000mから見れば大した距離には見えなかっただろうが、彼ら四人が落下した湖から“世界の果て”に伸びる街道は途方もない距離がある。
(しかもこの辺り一帯は特定の神仏がゲームテリトリーにしています。もしも神仏たちの口車に乗せられてゲームに参加させられていたら・・・・・・!)
益々もって十六夜の身が危ない。焦りを募らせ走る黒ウサギだったが、森林の中には不自然なものが見え足を止める。
(何故箱庭の外、それも森の奥深くに女の人が?)
そこには長い黒髪の和風を着た女性が歩いていた。
「あの!すいません。そこの方!少しよろしいでしょうか?」
「あら、私?何か用かしら?」
「えっと、つかぬ事をお伺いしますが、こんな場所で何をしているのですか?」
「面白そうな少年がいたのよ。その子が“世界の果て”の辺りに行ったみたいなのね、だから見に行ってみようかと思って」
黒ウサギは嫌な予感がしていた。現在“世界の果て”はすぐ近く、なのに十六夜を見つけることができていない。そしてこの女性が言う面白そうな少年おそらく十六夜は“世界の果て”まで行ったという事。
(まさか・・・・・・!)
「そういえば、その少年が水神の眷属とゲームするらしいわ」
(やっぱり~~~!!!)
黒ウサギの嫌な予感は的中した。“世界の果て”と呼ばれる断崖絶壁には箱庭の世界を八つに分かつ大河の終着点、トリトニスの大滝がある。現在その近辺に住む水神の眷属といえば龍か蛇神のいずれかしかいない。
その水神の眷属にゲームを挑めば十六夜さんはただではすまないと黒ウサギは思った。
「本当に・・・・・・本当に・・・・・・なんでこんな問題児をぅ・・・・・・!」
「泣いている暇があるなら追いかけた方がいいんじゃないかしら?案内するわよ」
「は、はい―――わわ!」
黒ウサギが女性について行こうとした、その時だった。
突如、大地を揺らす地響きが森全体に広がったのだ。すかさず大河の方角を見ると、彼方には肉眼で確認できる程の巨大な水柱が幾つも立ち上がっている。
「・・・・・・。すいません。やっぱり黒ウサギ一人で向かった方がよさそうです」
「そんな事言わずに一緒に行かない?」
「でも、もしもの場合に貴女を守れないかもしれない。」
「もう!そんな事心配しなくても自分の身くらい自分で守れるわよ」
「うぅ。仕方ないですね、でも急いで行かないといけないので黒ウサギに掴まってください。一気に走ります!」
「わかったわ」
女性が黒ウサギに掴まると、黒ウサギは緊張した表情のままトリトニス大河を目指して走り出す。
眼前が開け、僅か数瞬後には森を抜けて大河の岸辺に出た。
「この辺りのはず・・・・・・」
「あれ、お前黒ウサギか?どうしたんだその髪の色。そして、その女誰?」
背後からあの忌々ましい問題児の声が聞こえる。どうやら十六夜は無事だったらしい。
黒ウサギの胸中に沸き上がる安堵、は全くない。散々振り回された黒ウサギの胸中は限界だった。努髪天を衝くような怒りを込めて勢いよく振り返る。
「もう、一体何処まで来ているんですか!?」
「“世界の果て”まで来ているんですよ、っと。まあそんなに怒るなよ」
十六夜の小憎たらしい笑顔も健在だ。心配は不要だったらしく、何処にも傷はない。
「しかしいい脚だな。遊んでいたとはいえこんな短時間で俺に追いつけるとは思わなかった」
「むっ、当然です。黒ウサギは“箱庭の貴族”と優秀な貴種です。その黒ウサギが」
アレ?と黒ウサギは首を傾げる。
(黒ウサギが・・・・・・半刻以上もの時間、追いつけなかった・・・・・・?)
この箱庭の世界でウサギは創始者の眷属である。
その駆ける姿は疾風より速く、その力は生半可な修羅神仏では手が出せない程だ。
その黒ウサギに気づかれることなく姿を消したことも、追いつけなかったことも、思い返せば人間とは思えない身体能力だった。
「ま、まあ、それはともかく!十六夜さんが無事でよかったデス。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」
「水神?―――ああ、アレのことか?」
え?と黒ウサギは硬直する。十六夜が指さしたのは川面にうっすらと浮かぶ白くて長いモノだ。黒ウサギが理解する前にその巨体が鎌首を起こし、
『まだ・・・・・・まだ試練は終わってないぞ、小僧!!』
「大きいわね」
黒髪の女性は感心したように呟く。
十六夜の指したそれは―――身の丈三十尺強はある巨躯の大蛇だった。間違いなくこの一帯を仕切る水神の眷属だ。
「蛇神・・・・・・!ってどうやったらこんなに怒らせられるんですか十六夜さん!?」
ケラケラと笑う十六夜は事の顛末を話す。
「なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか、上から目線で素敵なこと言ってくれたからよ。俺を試せるかどうか試させてもらったのさ。結果はまあ、残念な奴だったが」
『貴様・・・・・・付け上がるな人間!我がこの程度の事で倒れるか!!』
蛇神の甲高い咆哮が響き、牙と瞳を光らせる。巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。
黒ウサギが周囲を見れば、戦いの傷跡とみてとれる捩切れた木々が散乱していた。あの水流に巻き込まれたが最後、人間の胴体など容赦なく千切れ飛ぶのは間違いない。
「十六夜さん、下がって!」
「下がるのは貴女の方よ黒ウサギ。今、貴女が手を出すべきではないわ」
黒ウサギは庇おうとするが、女性に止められる。
「誰だか知らねぇがその女の言う通りだぜ黒ウサギ。これは俺が売って奴が買った喧嘩だ。手を出せばお前から潰すぞ」
本気の殺気が篭った声音だった。黒ウサギも始めてしまったゲームには手出しできないと気づいて歯噛みする。十六夜の言葉に蛇神は息を荒くして応える。
『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様の勝利を認めてやる』
「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」
求めるまでも無く、勝者は既に決まっている。
その傲慢極まりない台詞に黒ウサギも蛇神も呆れて閉口した。
『フン―――その戯言が貴様の最期だ!』
蛇神の雄叫びに応えて嵐のように川の水が巻き上がる。竜巻のように渦を巻いた水柱は蛇神の丈よりも遥かに高く舞い上がり、何百トンもの水を吸い上げる。
竜巻く水柱は計三本。それぞれが生き物のように唸り、蛇のように遅いかかる。
この力こそ時に嵐を呼び、時に生態系さえ崩す、“神格”のギフトを持つ者の力だった。
「十六夜さん!」
黒ウサギが叫ぶ。しかしもう遅い。
竜巻く水柱は川辺を抉り、木々を捩じ切り、十六夜の体を激流に呑み込む―――!
「―――ハッ―――しゃらくせえ!!」
突如発生した、嵐を越える暴力の渦。
十六夜は竜巻く激流の中、ただ腕の一降りで嵐をなぎ払ったのだ。
「嘘!?」
『馬鹿な!?』
「流石ね」
驚愕する声。十六夜のそれはもはや人智を遥かに超越した力である。しかし蛇神の一撃もそれだけでは収まらず攻撃の余波が黒ウサギ達二人を襲う。
「しまった!下がって」
「だから、下がるのは貴女の方よ黒ウサギ」
庇うように女性の前に出る黒ウサギだったが女性に押し止められる。
蛇神の一撃は余波とはいえ呑み込まれれば人はただではすまない。にもかかわらず後ろに下がろうとしない女性に対して黒ウサギは焦っていた。
「弾き跳ばせ!『拒絶の衣』!」
女性の和服の一部が僅かに光ると攻撃の余波は見えない壁に弾かれたかのように止まった。
「言ったでしょう黒ウサギ。自分の身くらい自分で守れるって」
「・・・・・・!」
黒ウサギは驚きを隠せなかった。黒ウサギが女性と最初に出会った時には女性自身にも女性の持ち物全てにも強い力は感じなかったのに。
女性がギフトと思われる力を発動させると蛇神の攻撃をたやすく防いでしまった。
「少年、これは手を出した事にはならないわよね」
「ハッ―――そのくらいなら別にいいぜ。アンタなかなかやるじゃねえか」
蛇神は全霊の一撃を弾かれ放心していた。十六夜はそれを見逃さずに、
「ま、なかなかだったぜオマエ」
蛇神の胴体に蹴りを打つ。蛇神の巨躯は空中高く打ち上げられて川に落下した。
(人間が・・・・・・神格を倒した!?それもただの腕力で!?そんなデタラメが―――!)
黒ウサギは思い出す。彼らを召喚するギフトを与えた“主催者(ホスト)”の言葉を。
「彼らは間違いなく―――人類最高クラスのギフト保持者よ、黒ウサギ」
黒ウサギはその言葉を、リップサービスか何かだと思っていた。
(信じられない・・・・・・だけど、本当に最高クラスのギフトを所持しているのなら・・・・・・!私達のコミュニティ再建も、本当に夢じゃないかもしれない!)
黒ウサギは内心の興奮を抑えきれず、鼓動が速くなるのを感じ取っていた。
「黒ウサギ?ボーっとしているとこ悪いのだけれどちょっといいかしら?」
「え?あ、はい」
「私、そろそろ行くわ。貴女はあの子と話があるだろうから一言だけ言っておくわ」
「はい。なんでしょう?」
「話が終わったら箱庭の都市の入口辺りに戻りなさい。貴女の捜し物が見つかるかもしれないわ」
捜し物と言われ黒ウサギは思い出した。蛇神と十六夜のゲームに気をとられもう一人の捜し人の彼を。
箱庭二一○五三八○外門。黒ウサギ達は箱庭の入口に戻って来た。
「あ、黒ウサギと十六夜君。“世界の果て”は楽しかった?」
「ああ、なかなかに面白い場所だったぜ」
「それはよかった。ならそろそろ箱庭の都市に入ろうこの中も僕には興味深い」
「そうだな」
彼らは箱庭の中に足を踏み入れ・・・・・・
「ちょっとお待ちなさい!なにをお二方は何事もなかったかのように箱庭の都市に入ろうとされてるのですか!?」
なかった。
黒ウサギは驚いていた。苦労して捜していた二人が本当に何事もなかったかのような態度に。
「十六夜君。黒ウサギは何故こんなに大きな声を出しているんだ?」
「さあな。何か大変なことでもあったんじゃないか?」
「貴方達のせいですこのお馬鹿様方!」
パシーン!黒ウサギは何処からともなく取り出したハリセンで二人の頭を叩く。
「でもまあよかったのデスよ。あの女性の言う通りに貴方様がいてくれて」
「それはいいから早く行くぞ黒ウサギ!あまり遅いとまた一人で先に行っちまうぞ」
「はい!今、行きますデスよ」
三人は箱庭の都市に足を踏み入れた。
後書き
新しい女性キャラについてはまた今度の話で書こうと思います。
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