連隊の娘
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第一幕その十一
第一幕その十一
「それでだけれど」
「何だい?」
「あのね」
「いや、マリー」
しかしここでシェルピスが出て来たのだった。
「言わなくていい」
「けれど」
「わしが言おう」
こう言って彼女の前に出るのであった。
「御前では言いだろうからな」
「軍曹、けれど」
「いいのだ。それではだ」
マリーの前に出たうえでトニオに向かい合う。そうして彼に対して話すのであった。
「トニオ、君にとっては真に申し訳ないことだが」
「何かあったんですか?入隊はできましたけれど」
「そう、君は入隊することができた」
シェルピスはそれは確かだと話した。
「しかしマリーは」
「マリーは?」
「去らなくてはならなくなったのだ」
「えっ、去るっていうと!?」
そう言われてまず声をあげたのはトニオだった。
「それは一体」
「だよな」
「どういうことなんだ?」
彼だけでなく他の兵士達もそれぞれ顔を見合わせて怪訝な顔になった。
「マリーが去るって」
「何処をだろう」
「この連隊をだ」
シェルピスが今度言ったことはトニオだけでなく連隊全体に衝撃を走らせるものだった。
「去ることになった」
「えっ!?」
「そんな」
「嘘だろう!?」
「わしが嘘を言ったことがあるか?」
シェルピスは驚くトニオ達に対して重厚な声で告げた。
「なかったな、それは」
「確かにそうだが」
「しかし」
「マリーの伯母さんが見つかったのだ」
「はじめまして」
ここで侯爵夫人が出て来て皆に対して頭を下げた。
「マリーの伯母でベルケンフィールドといいます」
「侯爵夫人であられる」
「侯爵夫人っていうと」
「貴族か」
「そういうことだ」
またトニオ達に対して告げるシェルピスだった。彼等はまだ驚きを隠せない様子でまさに鳩が豆鉄砲を受けたような顔になってしまっている。
「これでわかったな」
「頭ではわかったが」
「それでも」
彼等にとって急にとんでもないことを言われたので納得はできなかった。それでまだ驚いた顔でそれぞれ顔を見合わせてそのうえで言い合っていた。
「こんなことになるなんて」
「それも急に」
「御免なさい」
マリーは心から申し訳なさそうに皆に頭を下げた。
「私はこれで」
「マリー・・・・・・」
「トニオ」
とりわけトニオに対してはであった。
「貴方には本当に悪いけれど」
「それなら僕が入隊したことは」
「まあ待つのだ」
嘆こうとする彼に対してシェルピスが声をかけた。
「入隊したならばそう簡単に抜け出すことはできないがだ」
「そうですよね」
そのことはトニオもわかっていた。軍隊という場所は生半可なものではない。それは彼もよくわかっていることであったのである。
「それは」
「しかしだ」
トニオは項垂れる彼にさらに告げた。
「希望はあるぞ」
「あるんですか」
「君が武勲を挙げてそれをマリーの前に差し出せばだ」
「それで一緒になれるんですね」
「そうだ。マリーが貴族の御令嬢になったとしてもだ」
それでもだというのである。武勲を挙げればだ。
「都合のいいことに今我が軍は忙しい」
「戦争で、ですね」
「オーストリアにプロイセンにロシアにイギリスだ」
ほぼ欧州中を相手に戦争していたのである。革命が起こった直後のフランスは。そしてその中からナポレオンという男も出て来るのである。
「武勲を挙げるべき相手は幾らでもいるぞ」
「それじゃあ僕は」
「頑張るのだ」
こう言って彼を励ましたのであった。
「わかったな」
「はい、やってみせます」
入隊して早々意気込むことになった。
「そして隊長になります」
「将軍にもなれるぞ」
この時のフランス軍はそうであった。武勲を挙げれば将軍になれたのである。実際にナポレオンもしがない砲兵将校から瞬く間に将軍になっている。
「わかったな」
「よくわかりました」
「じゃあ皆」
ここでマリーが涙を流しながら皆に告げる。
「さようなら」
「さようなら、マリー」
「元気でな」
兵士達も別れを惜しむ顔で彼女に告げる。
「また会おうな」
「その時にまた飲もう」
「ええ、心ゆくまで」
「じゃあマリー」
侯爵夫人が彼女の横からそっと声をかけてきた。
「帰りましょう、私達のお城へ」
「ええ、伯母様」
伯母の言葉にこくりと頷く。そうして彼女は連隊を後にした。トニオ達に涙ながらに見送られながら。
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