DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
五章 導く光の物語
5-19魔女の憂慮
ホフマンとの別れを惜しみつつ、一行は明日の出発に備えて早めに休み、朝を迎える。
出発の時間に合わせ、さらに早めに起き出した少女とホフマンが、鍛錬を始める。
走り込みを済ませ、軽めの素振りを終え、武器を打ち合わせる。
最後の訓練に臨むホフマンの集中力は凄まじく、どんどん速さを増す少女の打ち込みにも動じず対応し、同じ速度で打ち返す。
打ち合う速さは、昨日はたどり着けなかった戦闘時の速度にまで達し、さらに暫く打ち合って、鍛錬を終える。
「すごいね。まだ、四日目なのに。すごく、上達した。」
「ユウさんのおかげです!今日は最後だから、気合いが入ったのもありますけどね!」
「このあとも、一緒に訓練できるなら、実戦形式の打ち合いも、したかったけど。ここまでできれば、あとはひとりでも、上達できると思う」
「はい!ひとりでも、鍛錬は続けようと思います!本当に、ありがとうございました!」
「わたしも、ありがとう。訓練のことも、勉強になったけど。戦い以外のことも、いろいろ教えてくれて、ありがとう。まだ、どうしたらいいか、わからないけど。よく、考えてみる」
「ひとりで、考えすぎないでくださいね。みなさんがいるんですから」
「うん」
「では、ぼくはパトリシアの様子を見て、馬車の準備も整えてきますから。ここで」
「わたしも……。今日は、やめておくね」
「はい。ありがとうございます。では、また後で」
「うん。あとでね」
厩に向かうホフマンと別れ、少女は部屋に戻る。
準備を整え、旅立つ一行を、ホフマンが見送る。
「では!みなさん、お気を付けて!今度は宿の人間として、お帰りをお待ちしてますね!」
「うん。行ってくるね」
仲間たちもそれぞれ言葉を返し、一行はミントスの町を出て、東へ向かう。
「さて、ひとりは馬車でいいな。ばあさん、休んでろよ」
「ふむ。先は長いでの、そうさせてもらうかの」
「ブライさんは、馬車の手綱は取れますの?お城の偉い方なら、そんなことはなさらないかしら。」
「平民出の、叩き上げでの。昔は御者でも乗馬でも、必要とあらばなんでもやったものじゃ」
「そうでしたの。それなら、おまかせしても大丈夫かしら。」
「うむ、任されよ。戦いにも、いつでも出ますでな。氷の魔法と補助の魔法を得手としておるゆえ、必要ならばお呼びくだされ」
「兄さんが使うのは炎の魔法だし、補助系はあまり覚えてませんからね。そのときは、お願いします」
「まあまあ!炎と氷の魔法の、使い手が揃ったのね!それは、よかったわ!」
「トルネコさん?どうされました?」
「あらやだ、ごめんなさい。ちょっとね、考えていたことがあって。でも今はいいのよ、まずはソレッタに向かいましょう。」
「うん。王子様と神官さんを、助けないとね」
ブライが難なく手綱を操り、トルネコが先頭に立ち、殿にミネア、馬車の両側にマーニャと少女がついて、ソレッタを目指す。
手綱を取るブライの横を歩きながら、少女が話を聞く。
「王子様は、ふつうはあまり、戦ったりはしないのよね?アリーナ王子様は、どうして強いの?」
「ふむ。話すと長くなるんじゃが。聞いてくれるかの?」
「うん。聞きたい」
「我が国サントハイムは、魔法王国として有名でな。代々の王も、優秀な魔法の素質を持っておった。今は行方が知れぬが、王子のお父上である現王も、もちろんそうでの」
「そうなの。すごいのね」
「ところが王子は、魔法の素質を全く持たずに、お生まれになった。これは王子に限らず、我が国の王族でも稀にあることなのじゃがの。王子は王位継承者として、いずれは王になる者として、お生まれになったゆえ。陰口を叩く者がおっての。陰口ならばまだ良いが、王子が幼い時分には、面と向かって罵倒する者や、手を上げる者までおったようじゃ。それも、王子ご自身のことだけでなく、今は亡き王妃様のことまで悪く言われる有り様での。王妃様は優秀でお人柄も良い、素晴らしい方じゃったが、家柄で選ばれた代々の王妃には、お家柄では及ばぬゆえ」
少女の顔が、曇る。
「……魔法を、使えないのは。王子様と王妃様のせいじゃ、ないのに?」
「うむ。全く、愚かなことじゃ。ともかく、そんな愚か者共のために、王子が歪んでしまわれるなど、とんでもないことじゃて。見付け次第、懲らしめたことは、言うに及ばぬが。王子ご自身にも、お力を付けて頂く必要を感じての。ある時、武術をお勧めしてしまったのじゃ」
昔を思い出し、遠い目をするブライ。
「王子様は、武術を使うのね」
「うむ。この武術が思いの外、王子のご性質に合ってしまったようでの。すっかり、熱中してしまわれたのじゃ。間も無く、大人の目を盗んで幼子を痛めつけるような卑怯者共は、逆に叩きのめせるようになり、面と向かって悪く言われることは無くなって、心身共にお健やかに育たれたのは、良いのじゃが。熱中し過ぎて学問やその他の、必要なことがおざなりになるような有り様でな。果たして武術をお勧めしたのが、良かったのか悪かったのか」
「悪く、言われなくなったなら。良かったと、思う」
ほっとしたように言う少女。
「ユウちゃんは、いい子じゃの。しかしの、挙げ句の果てに、頑丈な城の壁を蹴破って、ひとり旅に出ようとするような暴挙にまで及ばれてはのう。幸い、寸前で捕まえて、ひとり旅だけは免れたが。その後のことも考えあわせれば、悪いことばかりとは言えぬとはいえ」
「いいことが、あったの?」
「うむ。魔物に滅ぼされかかった村を救ったり、王のお声が出なくなったのを、治すに至ったり。他国の王家との繋がりを、深めることにもなったの。極めつけは、城の者の消失に、王子が巻き込まれずに済んだことじゃな」
「それなら。やっぱり、良かったと思う。王子様が、武術を身に付けてなかったら、できなかったのよね?」
「そうじゃの。全て、王子の鍛練の賜物じゃの。……そうじゃな。きっと、良かったんじゃの」
「うん。良かったね、ブライさん」
「おばあちゃんと呼んでくれんかの、ユウちゃん」
「いいけど、どうして?」
「わしには、子供も孫もおらんでの。王子のことは、不遜ながら実の孫のように、思ってはおるが。立場上、けじめはつけねばならんでな。ユウちゃんのような子に、そう呼んでもらえれば、嬉しいんじゃよ」
「うれしい、のね。わかった。おばあちゃん。」
「ほっほっ。ユウちゃんは、可愛いのう」
「かわいい?わたしが?……わたしが、パトリシアをかわいいと、思うようなもの?」
「ほっほっ。そうじゃの。そうでなくとも、可愛いがの」
「そうなの。うん、わかった」
「ほっほっほっ」
魔物を倒しつつ順調に馬車を進め、途中の祠で休憩を取る。
祠から、今度は南に向かい、ソレッタの国に到着する。
村の入り口付近の空き地に馬車を停め、村に入る。
「パデキアに、王子様でしたね。どちらから探すのがいいか」
「まずは、王子です!早く捕まえねば、どうなるかわかったものではない」
「一旦は、ひとりで送り出したんだろ。大袈裟じゃねえか?」
「あの時は、他に頼れる者も無く、臥せる仲間を放置もできず。それが、最善に思えたのじゃが。思い返せば、どんな事態にあっても、王子は戦いを楽しんでおられた。目の前の戦いに熱中する余り、本来の目的を忘れ、明後日の方角に突き進まれたとしても、不思議は無いのですじゃ。早く合流するに、越したことは無いのです」
「……兄さんとは別の意味で、厄介な方なんですね」
「そんなに広くはない村ですもの。気を付けて見ていれば、見逃すことはないですわ。王子様なら、いらしていれば王様と会われたでしょうから、気を付けながらお城に行ってみましょう。」
「城、ねえ。どう見ても、ただの農村だが。城なんざ、あるのか?」
「とても国とは思えぬ規模じゃが、確かにここがソレッタに間違い無い。恐らく、城も城とも呼べぬような代物じゃろうが、一番大きな建物を探せば良かろうて。さ、行きますぞ」
「……他人のこたあ、言えねえが。ばあさんも、なかなか言うな」
「兄さんを越えるかもしれないね」
「大きな、建物ね。それと、王子様ね」
「……ユウは、そのままでいてくださいね」
「なにか、言った?」
「いえ。行きましょうか」
「大丈夫だろ、嬢ちゃんは」
「そうだね。そう、願いたいよ」
他よりは立派というよりも、まともな建物は一軒しか無く、他は雨風を凌げれば十分とでも言いたげな村の様子に、半信半疑になりながら、一行は一軒のまともな建物に入る。
中には、玉座のような配置で簡素な椅子が置かれているが、そこに座る王の姿は無く、大臣と思われる立ち位置に、外で畑仕事に励む村人たちよりは、多少は小綺麗な男がいた。
ブライが男に声をかける。
「わしは、サントハイムのブライと申す者。我が王子、アリーナ様が、こちらに来られたはずじゃが。王子が何処に行かれたか、ご存知であれば、伺いたい」
「サントハイムの。かつて、宮廷魔術師団の華、美と叡知の魔女、王国最強にして最高と謳われたという、あのブライ殿ですかな。ご高名は、かねがね。」
「誠に失礼ながら、話し込む時間は無いのじゃ。ご存知ならば、お教え願えぬか」
「これは、失礼いたしました。こちらは城とは言っても名ばかりで、陛下も通常、こちらにはおられませんので。外で陛下に会われたかもしれませんが、少なくともこちらには、王子殿下はいらしておりません。」
「今おられぬのは、見ればわかるが。いつも、おられぬのか」
「はい。我が王は、いつも野良仕事に出ておられまして。王自ら働かねばならぬほど、この国は貧しいのです。本来は私こそが働くべきなのでしょうが、私は生来体が弱く、かわりに事務仕事は得意で。王はその逆と申しますか、ともかくそんな事情で、外の畑におられます。お会いになるなら、ご案内いたしますが。」
「うむ、頼む」
「では、こちらへ」
大臣らしき男に、外へと誘導される。
「ばあさんはあっさり流してたが。王様が野良仕事とか、どういう国だよ。もう村に村長でいいじゃねえか」
「色々、あるんだね」
「ソレッタのパデキアは、いろんな国の、それも偉い方が欲しがりますからね。国と取り引きするのに、村では都合が悪いから、国ということになったそうですわよ。でも、そんなに貧しいなんて、おかしいわね。パデキアは、安くはないはずだけれど。」
「よくご存知ですね」
「なら、それはそれでいいとして。ばあさんの二つ名、あれもどういうことだよ」
「色々、あるんだね」
「ありすぎだろ」
「女には、いろいろあるんですのよ。」
外に出た大臣は、農作業に勤しむひとりの壮年の男に近付き、声をかける。
「陛下。謁見を願う方がおいでです。サントハイムのアリーナ王子殿下のお付きの、ブライ様です。」
「おお。先頃参られた、アリーナ王子の。よくぞ、参られた。このような格好で、失礼する」
「こちらこそ、お仕事中に押しかけてしまい、申し訳ありませぬ」
「いつも仕事中ゆえ、遠慮は無用。それより王子には、パデキアをお渡しできず、申し訳ない。パデキアが干魃で全滅してから、すでに久しくてな。」
「なんと!パデキアが……全、滅……」
衝撃を受け、よろめくブライを、トルネコが支える。
「ブライさん。どうぞ、お気を確かに。」
「お、おお……すまぬな……」
王が話を続ける。
「お陰でこの国はすっかり貧しくなり、わしもこうして働いておるわけだが。前の王が、このような事態に備えて保管しておいたという、パデキアの種さえ取って来られれば。すぐにも、お渡しできるのだがのう。」
呆然とするブライに代わり、ミネアが話を引き取る。
「種が、あるのですね。その種は、どちらにあるのでしょうか」
「南の洞窟なのだが、いつの頃からか魔物たちが棲みつき、我々では太刀打ちできぬ。すまぬのう。」
「そのお話は、王子様には?」
「もちろんお伝えしたがの。聞き終えた後、急いで発たれての。てっきり戻られたものと思っておったが、そなたらとはすれ違ったのかのう。」
呆然としながらも会話は耳に入っていたブライが、はっとして立ち直る。
「魔物の棲みつく洞窟とは。王子はそこじゃ、間違い無い。陛下、ありがとうございました。急ぎますゆえ、これにて」
「うむ。なにか知らぬが、気を付けてな。」
ソレッタ王の御前を、畑を辞し、馬車へと戻る。
急ぎ足のブライに、四人が続く。
「目的を果たすために、洞窟に潜らねばならぬとは。鬼門もいいところじゃ。おひとりで行かせて、目的が達せられる訳が無い。調子に乗りすぎて、力尽きるなどということにすらなりかねぬ」
「洞窟好きの王子様かよ。全く気が合いそうにもねえな」
「お好きなのは洞窟じゃなくて、戦いだろうから。意外と気が合うんじゃないかな、兄さんとは。それはそれで困るけど」
「ブライさんは、足腰がお強いんですのねえ。これなら、旅も心配いりませんわね。」
「おばあちゃん。王子様が、心配なのね」
「心配の方向がおかしいがな」
再びブライが手綱を取り、南の洞窟に向かう。
鬼気迫るブライの様子にマーニャが空気を読み、積極的に魔法を使って敵を蹴散らし、早々に洞窟に到着する。
「洞窟内には、わしも行きますぞ!ここは、譲れませぬ!」
「なら、オレが留守番か。洞窟は嫌いだし、丁度いいな」
「そうだね。トルネコさんをひとりで残すのは不安があるし、前衛は必要だし。回復役の僕も要るしね」
「嬢ちゃんを外しちゃ、旅の意味がねえしな。じゃ、気を付けてな」
「うん。馬車とパトリシアを、よろしくね」
トルネコを先頭に、少女、ミネア、ブライの順で続き、洞窟に入る。
洞窟の壁や天井は凍りつき、大きな氷の結晶が、水晶のように煌めいていた。
「きれい……!」
「随分、気温が低いですね。だから、種を保管してるのか」
「床も、凍ってるところがあるわね。滑らないように、気を付けましょうね。」
「王子と病気のことが無ければ、ゆっくり観賞していきたいところじゃが。すまぬが、急ぎますぞ」
最初の階を通り抜け、階段を下りると、人の声が聞こえてきた。
「鍵がかかっているな。よし、蹴破るぞ。下がっていろ」
若者の促しに従い、連れの三人が、行く手を阻む扉から離れる。
ひとり残った若者は、助走を付けて扉に近付き、その勢いのまま飛び蹴りを放つ。
凄まじい音と共に扉が内側に向かって弾け飛び、蹴破った若者は平然と、扉があった場所の向こう側に着地し、振り返る。
「扉は開いた。行くぞ」
連れが動き出すのを待たず、どんどん中に進んで行く若者。
連れの兵士が、戸惑ったように言う。
「王子は確か、盗賊の鍵を持っていたよな。そんなに、扉を蹴破りたかったんだろうか。」
仲間の戦士が応じる。
「とにかく、追いかけよう。このままだと、見失ってしまう。」
最後の詩人も同意する。
「こんな場所で王子とはぐれては、私たちの身も危ないですからね。急ぎましょう。」
頷きあい、若者を追いかけていく三人。
ブライががっくりと項垂れ、溜め息を吐く。
「王子……。意味も無く、扉を破壊するとは……。なんと言う……」
「……やはり、今のがアリーナ王子様でしたか」
「恥ずかしながら」
「なんというか、豪快な方ですのね。」
「本当に、恥ずかしながら」
「おばあちゃん。王子様は、ひとりじゃなかったから。少し、安心ね?」
「ものの役には立ちそうも無い者たちであったが、そうじゃの。役に立たぬが故に、王子がご無理をなさることもあるまい。これで、残る心配はパデキアだけじゃな。さ、早く探しに参りましょうぞ」
後書き
万病に効く薬草を求める旅は、続く。
旅路の、果て。
次回、『5-20王子と神官』。
7/31(水)午前5:00更新。
ページ上へ戻る