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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode3 現実との戦い


 「ふぅ……」

 何とも言えない感覚が体を駆け巡っていき、深々と溜め息をつく。
 切り離されていた体の隅々に血が巡る……或いは、魂が巡っていく感触。

 それは、再びこちらの世界に来た、という感覚。

 ゆっくりと、目を開ける。
 フルダイブの後遺症……所謂「フルダイブ酔い」は、無い。

 一応対策として、こちらで座ってダイブしている際には向こうから座った状態でログアウトするようにしており、それで少しでも酩酊感を軽減するようにはしている……が、正直その必要があるかどうかも疑わしいくらいに、体はよく馴染んでいる。皆に内緒でこんなことをしている以上、体調の不良を気取られないようにと思って始めた気遣いだが、この調子では何日続くことやら。

 「戻っちまったな……」

 帰ってきて、ゆっくりと伸びをする。
 と同時に、頭に嵌ったナーヴギアを慎重に外して、目の前の机にそっと置く。

 戻ってきた。

 脳神経ではなく自分の眼球で直接見る世界に幽かな寂寞感を感じながら、目の前でつけっぱなしになっていた液晶端末モニタの右下端……現在時刻を確認する。見れば既に時間は五時を回っており、昼からダイブしていたから結構な長時間潜っていた事になる。しかしそこはまあ、一ヶ月前には二年もぶっ続けでVRワールドにいた俺からすれば、疲れなどは一切問題にならない。問題になるのは、家まで帰る電車の時間……ひいては、家の夕食の時間だ。

 (んー、急がないと結構まずいな)

 サクサクと荷物を仕舞いながら、向こうの世界に思いを馳せる。

 「仕事は、上々だな……」

 ざっと体験してみたところ、おそらく仕事の方は問題ないだろう。ありがたいことにゲームのシステム的な仕様的にソロプレイには対応しておらず、一人では難しすぎることばかりで攻略に困る、ということはなさそうだ。
 予想外の「飛行が出来ない」というハプニングはかなりのネックとはなるだろうが、これに関しては「メジャーな分野ではなく、それ以外のマイナーな楽しみ方」と称してダンジョン内の探索をメインの記事として書けばいい。ALOでは「太陽と月の力を受けて飛行する」というコンセプト上ダンジョン内での飛行は一部例外を除いて不可能であり、そこに出現するMobもそのように調整されている。であれば、空中戦では(前回のような特殊な地形でもない限り)無力な俺でも十分に通用するだろう。

 とりあえずは、しばらく……二、三日はプーカの領内でクエストやダンジョン探索をしていいスクリーンショットを探すか。それが終わったら、領外を軽く見て回ろう。あのグラフィックの出来栄えなら探せばいい写真がとれるだろうし、それに加えて基本的な動きのコツでも書ければいいか。

 問題なのは。

 「……仕事じゃなくて、『私用』のほうかね……」

 向こうの世界に残る、『あの世界』の残り香のほうか。

 手掛かりはおろか、そうなりそうなものの心当たりすらさっぱりない。そもそもゲーム内にデータがあるからといって、その手掛かりも一緒にゲームの中にあることが保障されているなんてそんな都合のいい展開があるとも思えない。少なくとも俺がこの『謎』の仕掛け人なら、そんなアホなことはしない。

 「探すつもりなら、もっと時間をかけるか……或いは、レクトに直に聞くか……」

 いや、それは逆効果か。

 あんなチートなステータスを持っているのだ、人間のゲームマスターが確認すればすぐに異常を指摘されて修正されてしまう。そうなれば俺は普通の初心者と(少なくともステータス上は)変わらなくなってしまい、ALOでそれなりに迫力のある場面を撮影できそうな高レベルダンジョンでの取材は難しくなるだろう。それに『私用』に関しても、高めのステータスを確保しておくに越したことは無いだろう。

 それに。

 (……聞きたくない、な)

 俺は、『向こうの世界』……いや、ソラのことに関しては、誰にも聞こうとしなかった。正確に言えば、聞けなかった。真実を聞いてしまうのが、怖かったからだ。彼女の死を知ってしまうことが、その事実を認識する覚悟がなかった。まだ彼女がどこかで生きているかもしれない……そんなことはありえないと頭のどこかで分かっていながら、そんな自己満足な希望を捨てたくなかった。自分の知らないことは、起こっていないことも同じ。そんなことは詭弁だと知っていながら、それでも知らないふりを決め込んでいた。

 そして今、未練がましくその希望を追いかけようとしている。

 それはかつて一人の戦友が言った「1パーセントでも助かる可能性があるならそれを追いかけろ」という言葉の通りに「可能性」を信じての行いなのか。それとも守れなかった彼女に対するせめてもの贖罪のつもりなのか。はたまた、そうすることで少しでも自分の罪悪感を減らそうという醜く自分勝手な悪足搔きなのかもしれない。

 (……やめよう)

 答えは出ない。
 出るはずもないだろう。

 それが分かっているなら、これ以上考える意味はない。

 とにかく。

 あの世界で見つけた『残り香』を、ほんの少しでも突き詰めていこうと思うのであれば、現状で最初にやるべきなのはあのゲーム内を、システムを、なるべく詳しく探索していくことだろう。リスクとリターンのつり合いを考えればこれが妥当だろうし、バイトとの兼ね合いも考えれば一番現実的な選択だと言えるだろう。

 しかし、「なんの問題もない」とも言えない。
 あの世界を知るには、一にも二にもなくとりあえずダイブしておくことが絶対条件になる。ダンジョンを回るにもシステムを探るにも、俺の一プレイヤーという立場ではとにかくログイン時間を増やすことが、唯一最大の手段。

 つまりはそれを実現するために、今よりもダイブ時間を増やさなければならない。
 こんな、家族に隠れて辛うじて数時間のダイブを繰り返しているような、俺が。

 ということは。

 「あの爺さんを、何とかしねえとな……」

 あの家の無駄に厳しい監視と管理をすり抜ける必要があるということだった。

 
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