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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode2 思い出の行方2


 「……大丈夫かよ、マジで」
 「大丈夫……大丈夫だから……」

 首都に到着したときには、モモカの振る舞いはもう俺でなくても明らかに挙動不審だと分かるものになっていた。街の郊外に降り立ち、歩き出す時にはまるで何かから隠れるように俺の体の影に隠れようとしているし、落ち着きなくきょろきょろと周囲を見回し続けている。

 「……そのっ……角のさき……左……や、宿屋……」

 彼女の声は、まるで蚊の鳴くように小さくてかぼそい。

 草原を飛び回っていた時の元気さが嘘のような、小動物さながらの怯えっぷりだ。この賑やかなプーカの首都でこの小声は、聞きとるのにも一苦労。正直俺としてはこのままさっさと聞くこと聞いてサヨウナラでも良かったのだが、この喧噪ではそうも言えないようだった。

 仕方がない。
 大人しくご所望の宿屋まで向かうしかないか。

 「そ、そこ……、二人用の、談話室……」

 別に車のナビでもないのだが、案内されつつ宿の中に入る。

 (……ったく)

 舌打ちするのは、彼女の小さな右手がしっかと俺の服の袖を掴んでいるからだ。俺も一応は男である以上女の子に袖を掴まれるのが憎いわけではないのだが、昨日の今日どころか会ったばかりの人間にそんなことをされて好意を抱かれていると錯覚出来るほど、俺もおめでたくは無い。……というか、嫌な、あるいは面倒な予感しかしない。

 妖しさMAXのモモカの様子を横目に見ながらNPC店員に声をかけて、そのまま部屋を取る。

 (何を怖がってるのかね……)

 自分の種族の領土内では、HPゲージを減らすことが出来ない。だからキルされる心配はないし、何よりも周囲を警戒せずに済む安らげる場所……なのは、それは「あの世界」での話か。キルが死と同義であり、何より優先して回避すべき事象であったデスゲームとは違い、「この世界」でならキルされるより恐ろしい問題が山ほどある。

 例えとして挙げるならば。

 (ギルドの不和、とかな………)

 ……言っといてなんだが、もっとも関わりたくない問題だな、コレ。まあ、いい。それこそ俺が聞いてなんとかなる問題でもないだろうし、であるなら関わらされそうになろうとみて見ぬ振りも容易だろう。それを責められることもあるまい。

 俺はもう、厄介事はごめんなのだ。


 ◆


 「ぷはっ! ……あ、ありがとね。……えっと、ち、ちょっと人ごみって苦手なの!」
 「そうかい」

 部屋に入ってドアを閉めた瞬間、モモカはまるで本当に息でも止めていたみたいに大きく息をついて捲し立ててきた。文字通りドアを閉めた瞬間……言い換えれば「内部音声が遮断された」瞬間の対応。「あの世界」ではそれなりのプレイヤーなら誰もが持っていた技能だっただけに、残念ながらその振る舞いに俺が違和感を覚えることは無かった。気付いた(というほどのことでもないが)のはその誤魔化そうとしているのがバレバレの言い訳だが、それに突っ込みもしない。

 話が長引くのは、正直面倒だからだ。

 「ごめんね、私がちゃんとお金払うから、」
 「いいさ、このくらい。というか……」

 さっそく、少々気になっていた事象を確認しておく。

 「一応断っておくが、俺は年は十九だ。ガキ扱いは、正直心外だ」
 「え、ええっ!? あ、そ、そうだよね、いや、そうですよね!」
 「……いや、別にVRMMOで敬語を求める訳ではないが、そこんとこ了解してくれ」
 「あ、は、はい、じゃなくて、うん! わ、分かったよ!」

 ……全く、どいつもこいつも。

 まあこの先会う奴ひとりひとりに誤解を解いていくわけにもいくまい。俺が慣れていくしかないのだろ
う。勿論、チビ呼ばわりする奴を鉄拳制裁することに関しては全く躊躇いはしないが。

 「んじゃあ、折角の縁だし、お話しようよ! シドはなんであんな強いの!? 飛べない癖にさ!」
 「……以前は格闘系のVRゲームやってたんでな。ああ言ったラッシュやジャンプは得意なんだ」
 「へーっ。じゃあキミも戦闘メインで来たの?」
 「戦闘メイン?」

 聞いたことの無い単語に、思わず聞き返す。

 「ああ、そっか、分かんないよね。戦闘メイン、っていうのは、プーカの種類だね。プーカは大きく分けて三種類なんだ。一つは、完全にお仕事としてこの世界に来る人。ここならウィンドウいくつも開けるし、目とか指とか疲れないし、事務作業をしに来てるんだ。このテの人には、近場で新しいBGMとかが買えるからプーカは人気なんだ。二つ目は、音楽をしに来る人。プーカは楽譜からの自動楽器演奏とか、キーを弄っての声の質を変えたりとかができるから、自分の好きな声、好きな楽器が自由に使えるんだ。それでストリートで歌ったり、作曲とかしたりする人達。で、三つ目が、」
 「その戦闘メイン、って奴らってわけだ」
 「うん! 執行部の人たちとか領主さんとかは、すっごい強いんだよ! プーカは大した特殊技能も無いからその分プレイヤースキル重視で、コアな人には人気みたいね。中には戦闘狂って言われるくらいにアツい人もいるしね! シドも、」
 「俺は違うかなぁ。少なくとも戦闘狂では無い」
 「えーっ! あんなすごいのに!?」

 失敬な。俺はこう見えても平和主義者だぞ。あの世界でも最前線での経験値稼ぎという名の虐殺に励む『攻略組』とは違って、積極的に戦闘に関与しては、

 (……いたなぁ、確か)

 単身でアヤシイ情報屋なんぞを営んでいた俺は、顧客やら大手情報ギルドなんかからいちゃもんつけら
れ、デュエルにまで行きついた事態も少なくない。いや、でもこっちから喧嘩売ったりは……していたかもしれん。ずんずん墓穴を掘っているような……。

 いやでも、まあ、少なくともこの世界では、俺は三のプレイヤーではない。
 しいて言うならば。

 「一、かな…?」
 「ええーっ!? なに、キーボードとか打つの!? それとも格闘技関係の仕事してるの!?」

 ああ、なんか知らんが話の流れ的に仕事に持って行けそうだ。それならそれでいい。聞きだしたい情報だってあるのだし。俺はある程度のぼかしを入れて自分の仕事を簡単に告げた。即ち、この世界には取材で来ており、これからいろいろな場所を旅してスクリーンショットを取って回るつもりだということを。そして、聞きたかった情報の一つを問いかける。

 「プーカは、他の領の街って入れるのか? なんでも対立種族だと出入りが制限される、なんてのを聞いたんだが」
 「ああ、それなら大丈夫だと思うよ! プーカは種族的に……っていうか、主に「二」の人達が自分の作った歌とかをいろいろ売りに他の街にいくこともあるから、基本的に立ち入り禁止、ってのはないよ! あ、でも、入ったらキルされるかも、ってのは」
 「それなら逃げればいいんだろ? 問題ねえよ」

 あの世界、俺は非力アバターだったこともあって、こちらからは毛ほどの傷もつけられない相手から逃げまわるのは結構得意だった。例え向こうがコードに保護されていても、逃げるだけなら問題なくこなせる自信がある。

 (それにこの世界は、あの世界とは違うからな)

 殺されても、死にはしない。

 俺のストレージ内の「アレ」のせいでまだ死ぬかもしれないという思いはあるが、まあ、死んだら死んだ時考えればいい。今更迷ったって仕方無いし、俺が森で殺した連中はちゃんとリメインライトで帰っていっていた。

 「じゃあ、すぐに行くの?」
 「んにゃ、まずはこのプーカ領で遊んでるつもりだ。まあ、二、三日で出ていくと思うがな」
 「んっと、じゃあ、さ、あの、」
 「ああ、そうだ、もう一つ」

 モモカの言いだそうとした言葉を遮る。

 それを言わせると、俺のもう一つの目的……いや、「真の目的」に多大な影響を及ぼしてしまうから。正直、部外者を巻き込みたくない。だから早いところ切り上げるべく、言葉を紡ぐ。

 「この世界、倉庫とかあるか? お金はかかっても構わないんだが」

 もう一つ、「真の目的」の為の質問を口にした。

 
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