スペインの時
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第二章
第二章
「あ、駄目だったよ」
「駄目だったって?」
「とても重くてね」
両肩を竦めさせてコンセプシオンに話すのだった。
「二階まで持って行けないよ」
「えっ、そんなに重い時計なの」
「重いなんてものじゃないよ」
たまりかねたような声で言うトルケマダだった。
「だからね。それよりも」
「そう。市役所にね」
「行って来るよ。あっ、ラミーロ君」
ここでラミーロにも気付いたのだった。
「どうしたんだい、今日は」
「家の時計の修理を頼みたくて」
「ああ、じゃあすぐに戻るよ」
ラミーロのその言葉を聞いてすぐに述べたトルケマダだった。
「それまで待っていてくれよ」
「ええ、わかりました」
「それじゃあ」
トルケマダはそのまま店を後にして歩いて市役所に向かった。コンセプシオンとラミーロは二人になったがここでコンセプシオンはラミーロに対して言うのであった。
「御願いがあるけれど」
「御願いですか」
「ええ。うちの亭主が運べなかった時計だけれど」
このことを言うのであった。
「時計ね。私の部屋に運んでくれないかしら」
「奥さんの部屋にですか」
「いいかしら」
ラミーロの顔を見上げて問う。
「それで」
「ああ、別にいいですよ」
ラミーロは二つ返事でそれに応えた。
「僕も待たせてもらっている間暇ですしね」
「お昼はもう食べたのね」
「食べましたよ」
もうそれは食べたというのである。
「とっくに」
「そう。それじゃあいいわね」
彼がお昼と食べたと聞いてそれでいいとしたコンセプシオンであった。
「御願いするわね」
「それで部屋は」
「二階よ」
こうラミーロに告げた。
「二階の左側の一番奥よ。私の部屋は」
「わかりました。じゃあそこに」
「御願いね。じゃあ行って頂戴」
「はい」
「時計は大きくて数字がギリシア数字と中国の文字両方で書かれていて白いのだからすぐにわかるわ」
「また随分と変わった時計ですね」
「わかり易いようにそれにしたの、私のってね」
こんな話をしてからラミーロは店に入った。だがコンセプシオンは店の外に出たままである。そうして店の外、街を見回すのだった。
「まだ来ないわね」
少し苛立ったような顔で呟くのだった。
「いつもはもう来ているのに」
どうやら恋人を待っているらしい。結婚しているがコンセプシオンはどうもそうしたこともお盛んなようである。
「遅いわね」
こう呟いて不満を感じているとだった。茶色い髪に黒い目の白い肌の青年が来た。マントを羽織り羽根帽子で頭を飾り上着もズボンも洒落たものだ。顔立ちは整っているが妙に胡散臭い雰囲気もそこに醸し出している若い男がやって来たのであった。
「ゴンサルベさん」
「どうも、コンセプシオンさん」
ゴンサルベと呼ばれた若い彼は気取った動作で恭しく彼女に一礼してきた。
「今日もお美しい」
「有り難う」
このお世辞には礼の言葉で返す。しかしその表情は少し苛立ったもののままであった。
「それで学校は?」
「もう講義は終わりました」
ゴンサルベは軽やかな声で答える。
「それで今は詩を考えているのです」
「詩をなのね」
「はい。それでコンセプシオンさん」
その軽やかな声でまた話すのだった。
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