スペインの時
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第一章
第一章
スペインの時
古都トレド。何処かのどかなこの街の時の流れは実にゆったりとしたものである。街の人々も呑気な感じで非常に穏やかに行き来している。
その中で街の大時計が十二時を示した。鐘が鳴りこのオレンジと青の街に昼が来たことを教えた。
「あれっ、もう昼なのか?」
「そうみたいね」
太って恰幅のいい男に対して彼とは正反対に小柄であだっぽい顔の女が応えた。男は黒いズボンにチョッキを着ていてシャツは黄色がかった白である。女は青いスペインのスカートに黒い背中がよく見える上着である。男の髪は黒で人懐っこい顔をしている。女は黒髪を上で団子の様にしてまとめている。そのあだっぽい顔はやや浅黒く黒い目の光が実に奇麗である。
観れば二人は時計屋の中でのんびりとしている。男は何か時計をいじっていて女は周りを少しだけ掃除している。一応働いてはいるがやはりのどかなものである。店の中は壁の至る場所に時計がかけられている。カウンターのところにも小さな時計が幾つもある。すぐに時計屋とわかるものであった。
「早いもんね。もうお昼なんて」
「そうだよな。飯を食ってちょっとしたら」
「シェスタね」
「食ってすぐにでもいいな」
男はこんなことも言うのであった。
「もうすぐにでも」
「好きにしたらいいわ」
女は男の今の言葉にこう返した。
「あんたの好きなようにね」
「そうするか」
「そうしたらいいわ。いえ、ちょっと待って」
「どうしたんだい?コンセプシオン」
男はここで女の名を呼んだのだった。
「何かあったのかい?」
「今日はあれじゃない」
コンセプシオンと呼ばれた女はここで彼に対して告げた。
「市役所の時計の時間合わせに行く日だったわ」
「ああ、今日だったか」
男はコンセプシオンの言葉を聞いて思い出したように声を出した。
「もうその日か」
「そうよ。だから行かないと」
「じゃあお昼を食べてからね」
「御飯はもう用意してあるから」
コンセプシオンはこう彼に告げた。
「一緒に食べましょう」
「そうだな。じゃあ食べてからな」
「行くといいわ」
こう話をしてから店でもあるこの家の中に消える二人であった。二人が家の中に消えると暫くして痩せて明るく屈託のない顔の若い男が店にやって来た。郵便屋の服を着ていてロバを連れている。やはり黒い目であるが鳶色の目が少し違う印象を与えていた。
「おおい、トルケマダさん」
彼は店の前まで来るとこう言って人を呼んだ。
「いるかい?いたら返事をしてくれよ」
「ああ、ラミーロさん」
コンセプシオンが店から出て彼に応える。
「何の様なの?」
「時計の修理を頼みたくてね」
ラミーロと呼ばれた彼はこうコンセプシオンに告げた。
「それトルケマダさんに頼みたくて」
「旦那なら今出て来るわ」
コンセプシオンはこう彼に離した。
「今御飯を食べ終わったから」
「そうなんだ。じゃあすぐに」
「けれど今日は無理よ」
ところがコンセプシオンは今度はこんなことをラミーロに言うのであった。
「今日はね」
「それはまたどうしてなんだい?」
「今日亭主は市役所に行かないといけないから」
だからだというのである。
「それにね」
「それに?」
「今私の部屋に時計を入れてもらっているのよ」
こう彼に話すのだった。
「だから今日は暇がないわ。悪いけれどね」
「じゃあ帰れっていうのかい?」
「悪いけれどそうよ」
結局言いたいことはそういうことであった。
「だからまた明日来てね」
「やれやれ。困ったなあ」
ラミーロはそれを聞いて諦めて帰ろうとする。コンセプシオンはそんな彼を見て何故か口元を笑わせていた。その彼女の後ろにあの男トルケマダがやって来た。
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