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形而下の神々

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過去と異世界
  瞬間移動

 翌朝、俺はレミングス達の間でスターになっていた。

「タイチが凄いんだ!!」

 サンソンがそう叫びながら寝ていたグランシェを起こしに行く。グランシェは眠たそうに小走りで来たが、やがてその目を見開いて驚いた。


「ハッハッハァッ!! これが俺の公式だぁ!!」

 俺が手に入れた公式、それは一種の瞬間移動だった。

 ツバサに聞いてみたところ、どうやら公式は神とやらに認められようがそうでなかろうが向こうから俺達には何の通告もないらしい。要するに神殿から出てまず初めにする事は、実際に公式を展開(発動)してみてそれが使えるかどうかを確かめないとイケナイのだ。
 そして俺の公式は認められていた!! 俺が提唱したのは、行列の回転移動というものを参考にした回転の瞬間移動だ。
 どうやら瞬間移動はこの世界でも最も実用的で、強力で、それゆえに最もレアな公式の一種に成るらしい。

 とは言ったものの実は瞬間移動には厳しい条件があり、発動条件が非常に難しい。あらかじめ決めたある一点を中心に自分の立つ点を通る円の円周上しか瞬間移動は出来ないのだ。

 あらかじめ決めた一点とは、自分の血液が付着した物質に限られる。その血液が付着した物質を中心に、好きな角度分だけ回転移動が出来るのだ。

 分かりやすく例示すれば……。

 俺の血液が付いている一本の木があるとしよう。そして俺はその木から5m離れた位置に立っている。この時、血液の付いた木を中心に半径5mの円を想像してほしい。その円の上には、もちろん俺も立っている。
 この瞬間、俺は公式を使えば今想像してもらっている円の外周の上に瞬間移動が出来るのだ。

 もちろん、俺と木との距離が4mになれば俺の移動できる範囲は半径4mの円の上という事になる。が、あまり離れすぎてもいけない。目標を目視出来ないとこの公式は展開出来ないのだ。


 要するにこの公式は「自分の血液が付いた物体が、自分の視野の中に入っている時」のみ発動できるものなのだ。


 ここで大問題が発生する。自分の血液が付着した場所を中心にするので、まずは敵やら何やらに自分の血液を付ける必要があるのだ。

 俺とすればここが非常に難しい。まさかあえて一度攻撃を受けるなんてことできないし。
 でも、一度相手に血液を付けてしまえば俺は自由に敵の背後へと瞬間移動が出来るのだ。こうなればもう負けないだろう。が、如何せん自分の血液を相手に付けるのが難しい。そこで、その戦略についてグランシェに聞きたかったのだ。


「血液を付着させる?新鮮なヤツが良いのか?」

 俺の話を聞くとグランシェは、さも厄介な話を持ってきたなといった感じの顔つきになってそう言った。

「いや、どんな状態でも構わないよ」
 するとグランシェは即座に言い放つ。

「じゃあ、軽い爆弾に混ぜるとかはどうだ? 自分から血液を抜いて、爆弾に込めりゃ良い。そしたら分散するから対象には勿論、他の物にも付いて効率よく血液が撒けるぞ?」

「おぉ~」

 俺が感嘆の声を上げると、グランシェは興に乗って来たのか得意げに第二の案を出してきた。

「爆弾が難しいなら石ころでも良い。石ころに新鮮な血を付けて投げれば敵にも血が付くんじゃないか?」
「確かにそうかも……」


 流石はグランシェ。戦闘のプロは考え方が違う。

 と、そうこうしている間に他のレミングス達は出発の準備に取り掛かり出した。とうとうもうすぐ第一の目的地、イベルダに到着するのだ。

「さ、タイチ、グランシェ、最後の旅の準備は良いか?」
 サンソンが快活な笑みをこちらに向けて言う。レミントとレベッカは既に出発して、イベルダで戦利品を売る準備をしているとのことで、結局はここに来てからの一番の恩人達には別れすら言う事が出来なかった。

「ああ、いつでも出られるぞ」
 少し寂しいが、俺は元気を出してサンソンに笑い返す。そして、力を込めて大きく一歩、赤の街へと踏み出した。





 イベルダに着くと、レミングス達は使わない戦利品や旅した各地の特産品を街のあちこちに売りに行った。別れは案外あっけないもので、まるで皆が「じゃあ、また明日」的な雰囲気だった。これが旅をする宿命を背負って産れた種族の当たり前の別れなんだろうが何だか寂しいなぁ。

 サンソンだけが俺達とツバサ達を情報屋へ案内すると言ったのだが、どうやらツバサ達はここに来たことがあるらしく結局は彼女達に案内してもらう事になった。


「ところで情報屋ってどんな所なんだ?」

 俺は素朴な疑問をツバサにぶつけた。

「情報屋にはラクリーという神器があって、その神器は各地の情報屋の支店と繋がってるんです。 で、それぞれの支店に色んな人が情報を売りに来て、情報屋はそれを整理し、管理する。
あとはその情報を欲しがってる人が来たら、ラクリーを通して情報を取り出し、お客様にお金と引き換えで情報を渡す。そういう場所です」

 情報を受け渡しする神器ラクリー。要するにインターネットみたいなものか。

 というか公式や神器を作るための計算技術や科学技術は物凄いのに、何故文明が発達しないのか不思議だ。
 神器やら公式やらにたよらなくても、これだけ頭の良い世界ならもっと楽な暮らしもあるだろう。

 つくづくおかしな世界だ。ファンタスティックさから言って、何だかゲームみたいだな。
 しかし、そんな世界にも少し慣れ、また楽しくも思えて来ている自分も居た。もう自分のポジティブさに感謝だな。

「君達は何を調べに来てたんだ?」

 俺は質問ついでに少し前から気になっていた事を聞いてみる事にした。

「私たちはこの国の国王、カールの生徒でした。 あ、カールはここの王であると同時に公式研究の第一人者でもあるんです。しかし彼はある日、国の研究所から大量の原子球と共に姿を消したんです。
そこで私たちは、彼の一番の生徒でしたからその責任といいますか、とにかくカール先生の行方を追っているんです」

 一国の主が行方不明とか、しかも国の財産を略奪とか。なんというか……凄いな。カールってやつは。

「タイチさん達は一体何を?」

 ツバサは目を輝かせて聞いてきた。

「あぁ、俺達もある人を探してんだ。ナツキ=シライといってな、もし何か知ってたら教えてくれないか?」

 もしかしたら、こちらでも白井夏希は有名人かもしれない。
 もはや名前すら別かもしれないけど。

「私たちは知りませんね。一般の人探しなら情報屋より奴隷商の方がいいかも知れませんよ」
「ど、奴隷商!?」

 淡い期待は脆くも崩れ去ったが、同時に訳の分からん話が出て来てしまった。というか奴隷商という名前からして訳が分かってはイケナイ世界な感じもするが。

「え、はい。奴隷商です。ご存知ありませんでしたか?」
「い、いや、少し驚いただけです。奴隷商は何処に行けば会えるか分かる?」

 奴隷と聞いて少し驚いたが、そもそもこの世の言語は日本語ではない。なぜか自動で訳されたものなのだから、奴隷というのはニュアンス的には使用人くらいの意味かも知れない。

 ツバサが当たり前の産業みたいに言っている事から、こっちでは当たり前にあるみたいだし。 逆に奴隷商を知らないと怪しまれるかもしれないので、とりあえずは知ったかぶりでごまかしておいた。

 まったくややこしい翻訳をしたもんだ。

「奴隷商館ならちょうど情報屋の隣ですね。案内しますよ」
「あ、ありがとう」



 と、そのまま赤い街をひたすら10分くらい歩いた所で、一際大きな建物に着いた。

「さ、こちらの大きいのが奴隷商館です」
「で、デッカイな」

 例えるなら赤土の山。そのドーム上の屋根は完全に山にしか見えない。

 それほど巨大な建物だった。

「イベルダの奴隷商館は世界でも有数の広さらしいですからね。では、私たちはこれで失礼しますね」
「あ、色々とありがとう!!」

 それを最後に、ツバサとエリザベータは俺達を置いて隣の小さな赤い半球に入っていった。


「ど、どうするグランシェ?」
「なんだタイチ、奴隷と聞いて引け腰か?」


 いやいや、こちとら普通の日本男子なんだよ。まぁアメリカ在住だったけど。


「奴隷なんてそこら中にゴロゴロ居やがるよ。特に戦争中の場所なんて、兵隊は一種の奴隷だしな」

 そんなコトはどうでもいいんだ。と、その時グランシェがとんでもない発案をしてきた。

「しかしタイチ。俺は奴隷を買う事は賛成だぞ」

「はぁ!? 何言ってんだよ!!」

 いくら何でもそりゃあ人道的に無理があるだろ。と思ったが、グランシェは俺の驚きを誤解して受け取ったらしい。

「いや、確かに金はないけどな」
「そういう問題じゃないだろ。金じゃなくてさ、人道的に無理があるよ……」

 と、俺がグランシェに言うと、グランシェは「甘い!」と発して一喝した。

「人道もクソもないんだよ」

 俺の意見はグランシェに一蹴されてしまったのだ。

「日本やアメリカみたいな先進国では奴隷という言葉や文化は忌み嫌われる。まぁ実際あまり良い文化ではないがな。 しかし、一部の発展途上国は奴隷はれっきとした職業として存在する地域もあるし、今でも使用人と奴隷の差なんてそう区別されていないところもあるんだぞ?」

「それとこれとは話は別だろ。ここは俺達の世界じゃないんだ」

 と、俺も反論してみる。 が、グランシェは諦めない。

「その通り、ここは俺達の概念が通じないんだ。なら、奴隷の概念だって一方的に搾取される様な惨たらしいものばかりではないかも知れないだろ? しかもただでさえ俺たちは大きなハンデを背負っているんだ。使えるモノは使わんと、すぐに生きていられなくなるぞ?」

 それに。と、グランシェはまだ続ける。

「仮に俺達が奴隷を雇えば、それはその奴隷を救った事にもなるんじゃないか?」
「どういう意味だ?」

 グランシェは目を細めて言った。彼が目を細めるのは、それだけ真剣に語っている証拠だ。

「タイチ、お前は奴隷を手に入れたら酷い仕打ちをするのか?」
「いや、しないな」

「俺達が買わなきゃ他人に買われ、人道から外れた仕打ちをされていたかも知れない人間の人生を、そうしてタイチは救った事にならないか?」

「それはただの詭弁に過ぎないだろ」

 どうしても俺には彼が理解できなかった。
 やはりグランシェと俺ではこれまで生きてきた環境が違い過ぎるのか。この話題に関しては永遠に分かり合えない気がする。 
 

 
後書き
 お疲れ様です!
 今回のお話は、とっても面白くなかった自信がありますが、次々話辺りからはちゃんと面白くなっていきます。
 やはり、哲学的な面と理屈的な面を持つお話を書くときにはどうしてもツラツラと書いてしまいがちですが、読みながら自分ならどうするか、どう考えるかとかを思いながら読んで頂ければ幸いです。


 ──2013年05月13日、記。 
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