東方守勢録
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第八話
「俺を……殺す?」
クルトの発言に、俊司は思わず聞き返していた。
「ああ。君の能力は、身体能力を上げたり特別な能力を与えたりするものじゃない。命の危険から抜け出せるように手助けをしているだけさ。それ以外になにかあるか?」
「……」
クルトの言うとおりだった。
別に能力が発動したところで、俊司自身の能力が変化しているわけではない。ただ時間をとめて、攻撃を避けているようなものだ。
クルトが言いたいのは、それすらできない状況にすればどうなるのかということ。何もできない・打開策がないということは、能力が発動できないということにつながる。そして、俊司は死ぬということなのだ。
ましてや攻撃に気づいていなければなおさらだ。どこから飛んでくるかわからないし、避けようがない。考えるだけで身震いがしていた。
「だから、さっきの状態なら君を殺せたのに……この女が邪魔をするから……」
「そんな……」
俊司は紫が言った「過信しすぎないこと」という言葉を思い出していた。どこかで自分は死ぬことはない……そう思い込んでいた自分を悔やんだ。それが注意不足を招き、この結果を生んでしまったのだ。
「さて、茶番はこのくらいにして……さっさと終わらせてしまおうか?」
クルトはそう言って魔方陣を描こうとする。
だが、魔方陣が完成することはなかった。
「!?」
突如鳴り響いた発砲音がクルトの手を止める。同時に魔方陣による壁が、電流が流れたような音を発していた。
俊司の武器は壊れていた。だとしたら発砲音がなることはないはず。しかし、今のは確実に銃による攻撃だった。
ふと目の前の少年を見るが、少年は銃を構えてはいない。しかし、銃口は上下左右に揺れながらも、こっちを向いていた。
「させない……絶対……」
銃口を向けていたのは、負傷していたはずの由莉香だった。
「由莉香!?」
「絶対……ころ……させ……ない。あんた……なんかに……」
「……ふん。まだ動けたのか……裏切り者」
「うる……さい……」
由莉香は反論しながらもう一度引き金を引く。魔方陣によって攻撃は届かないが、クルトの注意を向けるには十分だった。
「由莉香! 無理すんなって!」
「大丈夫……」
「バカもいるもんだな。自分が死にそうだというのに、それでも守ろうとするなんてな」
クルトはそういいながら描きかけていた魔方陣を消した。
「気が変わった……彼は殺さないが、裏切り者はそのまま死んでくれ。そのほうが、里中君も悲しむだろうし、一緒にあの世に行くよりもいいだろう?」
「……」
「自分の無力さを感じるがいいさ。そのほうが苦痛になるだろう?」
「てめえ……」
俊司はクルトを強くにらみつけたが、クルトはまったく動じず、むしろ不適な笑みを浮かべながらこっちを見ていた。
「じゃあな? まあ、近々会うかもしれないけどね?」
「くそっ!まてっ!」
クルトは軽く手を振ると、初めて会ったときと同様に光を放つ。俊司に視界が戻ったとき、彼はすでにいなくなっていた。
「くっ……また……」
「俊司君……」
クルトがいなくなったのを確認すると、由莉香は銃を持っていた手を地面に下ろし、俊司のほうを見つめていた。
「由莉香……絶対に意識手放すんじゃねえぞ!」
「あはは……ごめん……ね?」
由莉香は体中に激痛がはしっているというのに、俊司を見ながら笑っていた。
「なんであやまんだよ……悪いのは俺だろ?」
「そんな……こと……ない……よ? 誰だって……あれは……見抜けない……から」
「由莉香……」
「心配……しない……で? 覚悟は……してた……から」
「!」
由莉香は再度笑っていた。
俊司は彼女が何を覚悟したのか一瞬で理解していた。もはや自分はここで死ぬべきだと、望みたくないことを望んでいたのだ。
もちろん、そんなことを言われて少年が黙っているわけがなかった。
「冗談言うなよ! 仲間を助けないわけないだろ!?」
「そうよ! 私が時間を止めて永遠亭に向かうわ。そしたらあなたも助かるでしょ!?」
そう提案したのは咲夜だった。
確かに、咲夜の能力を使えば由莉香が助かる確率は上がる。俊司もそれに賛同して、由莉香を励ました。
だが、由莉香はその提案を聞いて、
「やめて……ください」
と言い返していた。
「な……何言ってんだよ……お前は……冗談言うなよ……」
「私は……冗談なんか……言ってないよ……?」
由莉香の目は自身の覚悟であふれていた。
それを見た俊司は、無意識に涙を流していた。彼女のこの目は俊司も何回か見てきた。こうなってしまえば、彼女は絶対と言い切れるほど意見を曲げない。その後でいくら後悔してしまおうが、すぐに行動を起こそうとする。
彼女の悪い癖だった。
「由莉香……お前……」
「ごめんね……俊司君」
由莉香も俊司が自分の考えを悟ったことに気づいたようだった。これで彼は引き下がってくれるはずと考えていた。
だが、少年もいつものように引き下がるわけにはいかなかった。
「ふざけんなよ! お前……いつもそうやって後悔してたろ!? どうせまた後悔するだけだって!」
「死んじゃったら……後悔することも…ない…でしょ?」
「そうかもしれないけど!」
「だったら……今のうちに……死なせてよ? そうじゃなきゃ……もう……覚悟できなく…なるし……それに……言ったでしょ……?」
「言ったって……何を……?」
そう問い返した俊司をみて、由莉香は軽い笑みを浮かべていた。
「あの物語……好き……なんだって……」
そう言われて、俊司は言葉を失っていた。
由莉香が言った物語は、俊司の記憶にも深く刻まれていた。自分の正義を貫いて死んでしまう主人公の物語を。
「お前……」
俊司はやっと、由莉香の言う覚悟の意味を知った。
由莉香はただ単に死ぬことを望んだのではなく、自分なりの正義を貫いて死ぬことを覚悟していたのだ。覚悟ができなくなるというのは、いずれ軍と戦うことになった時、一度決めた覚悟が崩れるかもしれないと恐れていたからだろう。そうなってしまうなら、ここで死ぬほうがいい。それが彼女なりの考えだった。
「お願い……俊司君……」
「……」
俊司は何も言い返すことができなかった。
彼女に死んでほしくはない。だが、彼女の覚悟を知ったからか、その気持ちを尊重したい自分もいた。
心臓の鼓動が早くなっていく。自分が今決断すべきときにいるからか、冷や汗がとまることなく噴出していた。
そして、俊司は考え抜いた後、自分の思いを踏みにじる決意をしていた。
「ほんとに……それでいいのか……?」
「……うん」
「……わかった」
俊司は泣きながらも、彼女に笑みを返した。
これ以上つらい思いをさせないほうがいいし、望んでいるようにしてあげたほうがいい。それが彼の考えた結果だった。
「俊司君……」
「すいません咲夜さん……」
「あやまることないわ……しかたないのね……?」
「はい……」
咲夜は返答を聞くと、軽くうつむいていた。その後ろでは早苗や橙が泣いている。藍は泣いてはいなかったが、必死にこらえているようだった。
「ごめんね……」
「もう謝るな……もういいから……」
「そっか……あの……ね……しゅん…じく……ん……?」
「ああ……なんだよ……?」
そう問いかける俊司。
だが、何秒たっても彼女は口を開こうとはしなかった。
「……由莉香?」
不思議に思い再度問いかける俊司。だが、彼女は何もしゃべろうとはしない。
俊司の体中を悪寒が走り去った。
「おい……冗談だろ? まだ何も……言ってないじゃん……」
「……」
「……」
俊司は恐る恐る彼女の首元に指を当てる。だが、何の振動もかえってこず、残っていたのはかすかに感じる体温だけだった。
「……中途半端……すぎんだろ……いつも……なあ……」
再び大量の涙が俊司の目から溢れ出す。わかっていたことでも、悲しみをこらえることはできなかった。
「おいてくなよ……なあ……何が言いたかったんだよ……なあ……答えてくれよ……由莉香……」
少年は問いかけ続ける。
だが、それも無意味でしかなかった。
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