ドン=カルロ
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第五幕その二
第五幕その二
「そんなものは本当の王冠ではない!」
「貴様は何もわかっておらんのだ!」
王は息子に対して叫んだ。
「貴様はスペインを、ハプスブルグを何一つとしてわかってはおらん。フランドルのこともな」
「いや、違う。私は・・・・・・」
カルロはそれに対し首を横に振った。
「どう違うのだ!?」
王はそれに対し問い詰めた。
「答えてみよ」
「それは・・・・・・」
カルロは言葉をとぎらせた。
「言えぬか」
「いや、言える」
カルロは再び言葉を発した。
「私の王冠、それは・・・・・・」
カルロは言葉を続けた。
「スペインだけ、旧教の為にだけあるのではない、フランドルにも、新教にもあるものなのだっ!」
「やはりわからぬか」
わからないのは王なのだろうか、カルロなのだろうか。それはこの場にいるどの者にもわからなかった。だが王はカルロを指差して言った。
「かかれ」
その言葉に従い異端審問官達は武器を取り出した。
「来たな」
彼等は建前上殺生を禁ずる僧侶であるので剣や斧は手にしていない。だがその手にはメイス等がある。
そして武器はそれだけではなかった。彼等の後ろには神という権威さえあった。カルロはそれを見た。
「貴様等の言う神とは」
異端審問官達の無気味な眼を見た。酷薄で血に餓えた眼だ。
「悪魔だっ!それは貴様等の心の中にいる!」
「言うかっ!」
大審問官は叫んだ。彼の逆鱗に触れてしまったのだ。
「捕らえよ、いや、この場で神の裁きを与えるのだ!」
王の声よりそれは強いものであった。
「これで終わったな・・・・・・」
王は息子から目を離した。全ての終わりを悟った。
「ああ・・・・・・」
エリザベッタもだ。彼女も目を伏せた。
「私は死ぬわけにはいかない」
カルロは迫り来る異端審問の黒い服を前に言った。
「私の中にいるロドリーゴの為に」
そして剣を振るう。異端審問の者達を斬り伏せていく。
「やりおるの」
大審問官は剣が人の身体を切る音を聞いて呟いた。
「だがそれも限度がある」
その通りであった。カルロは一人、だが異端審問の者達は何人もいるのだ。
「一人で神にあがらうその愚かさ、身を以って知れい!」
閉じられていたその目が開いた。眼球は既に白濁している。だがそこには明らかに何かが映っていた。
(それはもしや・・・・・・)
王もまたカルロと同じことを思った。この老人が見ているもの、それは神ではなく神の姿をした悪魔なのではないかと。しかしそれを口に出すことは出来なかった。
(それがわしの限界か)
王はそれを痛感した。しかし目の前の自身の子はそれに捉われない。
(惜しいことをした)
カルロは果敢に剣を振るう。
(そうとわかればわしの手の届かぬところで思う存分その力を養わせ使わせてやったものを)
彼は後悔した。そして唇を噛んだ。
(わしのように王冠を被りながらもそれに支配されるのではなくその王冠でもって全てを乗り越えられたのに。その者をわしは今消してしまおうとしている)
カルロの剣が鈍ってきた。もう何人斬り伏せたことだろうか。異端審問の者達は彼を取り囲んだ。
「さあ、もう逃げられんぞ」
大審問官はほくそ笑んだ。彼は耳で全てを感じていた。
「潔く裁きを受けるがいい」
「クッ・・・・・・」
肩で息をしている。もう限界であった。剣も血糊で真っ赤となっている。
「カルロ・・・・・・」
王もエリザベッタも顔を向けた。見ないではおれなくなった。
「まだだ」
彼は言った。
「まだ私は倒れるわけにはいかない。ロドリーゴの為にも」
そして剣を振るう。しかしその動きはもう今までの冴がなかった。
「無駄だ、諦めよ」
大審問官はその剣の音を聞いて言った。
「全ては裁かれる時が来たのだ」
「まだだ、フランドルへ行くまでは・・・・・・」
剣で切れなくなると今度はそれで殴った。あくまで戦うつもりだ。
「させんっ!」
剣で一人を叩いた。だがそれも遂に折れた。
剣の折れた半分が中空を舞った。そしてそれは回転し床に落ちた。乾いた音を立てて転がる。
「折れたか・・・・・・」
カルロはそれを見て呟いた。
「これで終いだ」
王は言った。エリザベッタの顔が蒼白になる。
「さあ、今までよく手こずらせてくれた」
大審問官はその音が収まったのを聞いて再び口を開いた。
「今こそ裁きを受けるがいい」
カルロを囲む輪が狭まった。
「まだだ!」
しかしカルロは諦めない。その両腕を振るう。
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