ドン=カルロ
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第五幕その一
第五幕その一
第五幕 別れの聖堂
エリザベッタは聖堂にいた。そしてカール五世の墓の前に来た。
「偉大なる先王よ」
彼女はその前に跪いた。
「貴方はこの世の全ての空しさをお知りになられています」
カール五世は最後の最後で裏切られ神聖ローマ帝国の皇帝を退いている。
「そして今はこの僧院へ永遠の平安の中におられます」
顔を上げた。
「私も何時か、いえ近いうちにそのお側に」
既にこの世での幸福は諦めていた。
「あの美しき祖国を離れ今はこのスペインにおります。しかし」
言葉を続ける。
「フォンテブローでの出会いを忘れたことはありません!」
カルロとのはじめての出会いのことが脳裏に甦る。
「あの森で私達は永遠の愛を誓った。しかしそれは叶わなかった」
彼は王の妃となった。
「このスペインの美しい太陽も花に囲まれた庭も私の心を癒してはくれない。私をこの世に繋ぎとめる絆ももう消えてしまった」
絆、それは心の希望であった。
「今の私に残された仕事は只一つ、それが終われば私は・・・・・・」
そう言ってうなだれた。
「神の御許へ旅だちとうございます」
そして立ち上がった。そこにカルロがやって来た。
「ロドリーゴの言った通りだ。本当にここにいるとは」
「来たのね」
エリザベッタはカルロに顔を向けた。
「はい、旅立つ前に会いに来ました」
「これが永遠の別れ」
エリザベッタは強い声で言った。
「それは誓っています。心の中にいるロドリーゴと共に」
カルロの声も力強いものであった。
「決められたのですね」
「はい」
カルロは頷いた。
「フランドルの地に彼の身体は眠ります。そして心は永遠に私と共に」
「彼も喜ぶことでしょう」
ロドリーゴの遺体は今棺の中にある。カルロはそれを既にフランドルへ向かう船の中に入れておいたのだ。
「彼の身体はフランドルの土となります。その墓はどのような王の墓よりも素晴らしいものとなるでしょう」
「公爵・・・・・・」
エリザベッタはそれを聞くとロドリーゴが全てを賭けたことが報われたと感じた。
「その周りを美しき花々が取り囲みます」
「まあ・・・・・・」
「そして彼の墓を作った後私はフランドルを生まれ変わらせます」
カルロは顔を上げた。上を見た。
「炎によって焦がされた空、血に濁った川、廃墟と化した町や村」
彼の脳裏に荒れ果てたフランドルの地が浮かぶ。
「それを全て変えます。フランドルの民達は私が救います」
「それこそが公爵の望み・・・・・・」
「そうです、貴方は私がフランドルで為すことを伝え聞いて下さい」
(それは神の御許で)
エリザベッタは心の中でそう呟いたが口には出さなかった。
「貴方とはこの世では永遠の別れ」
彼女は言葉を替えてそう言った。
「ですが別の世界ではまたお会いしましょう。今度はこの世の惨たらしい運命などない心優しき世界で」
「はい」
カルロはまた頷いた。
「私達はまた会うでしょう、そしてその時こそ永遠の愛を結ぶ時」
「ええ」
「また会う時まで」
二人は手を取り合った。
「永遠のお別れを」
そして手を離した。それが二人の別れであった。
カルロは聖堂を出ようとする。そして行く先はフランドルだ。
だがその前に影が現われた。不吉な影達であった。
「ム・・・・・・」
カルロはその影達を見て腰の剣に手をかけた。
それは異端審問官達であった。彼等はカルロを取り囲んだ。
「ロドリーゴの仇か」
彼の目が光った。
「望むところだ、貴様等だけは神の裁きを受けさせてやる」
そして斬りかかろうとする。だがその時だった。
「待て」
そこであの声がした。
「あの時言った筈だ」
「父上・・・・・・」
フェリペ二世が姿を現わした。
「フランドルに行くとなれば命はないと」
「貴方はまだそんなことを・・・・・・」
カルロは顔に怒りをあらわさせた。
「言うな」
王は一旦カルロから顔を外した。
「これは王としての勤めなのだ」
そして再びカルロを見た。
「ロドリーゴをなくしておいてまだそのようなことを!」
「言うな!貴様には所詮王冠の重さがわからんのだ!」
「そんなものわかりたくもない!」
カルロは言い返した。
「ロドリーゴがその為に命を捨てる位なら!」
「クッ・・・・・・!」
王は言葉を返せなかった。ただカルロが睨むのを睨み返すだけであった。
「陛下よ」
そこで別の声がした。大審問官である。
「今こそ王の尊厳を確かなものにする時ですぞ」
彼はやはり左右を他の者に支えられながら出て来た。
「そのような者の力を借りなければいけない王冠なぞ・・・・・・」
カルロは大審問官を睨みながら言った。
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