ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode2 妖精たちとの空中戦2
「うおっ!!?」
体が、結構な勢いで吹っ飛んだ。
それに同期して、視界が大きく回転する。
あちらさんの攻撃では無い。
太めの木の幹を蹴った足が、大きく滑ったのだ。
(……やられた!)
俺が戦闘の主軸として用いる『軽業』のスキルは確かに(俺の基準からすれば)強力なスキルだが、もちろん万能な技というわけではない。接地面にしっかりと足をつければある程度自動的に体勢を整えてくれるこの補助効果は、あくまで「しっかりと足をつけた」とシステムが判断してくれた場合にしか作用しない。
(くっ、攻撃だけじゃなく、移動も感覚が違いすぎる!)
今の俺の体は、本来の俺の体と比べれば遥かに小柄だ。装備品の重量こそ超軽量装備が常だった「あの世界」の頃と比べてもいい勝負だろうが、身長は三十センチは低く、手足もそれに伴って相当に短い。あの頃と同じ感覚で飛び回っていては、足がついていかなくなるのは当然のことだった。
明確で致命的な、隙だ。
いくら『随意飛行』しかできない雑魚とは言っても、これを見逃してはくれまい。
案の定、敵さん方が一斉に吹っ飛んだ俺へと視線を集中させてくる。
……くる。
「くっ!!!」
危機感のままに落下の途中にある別の木の幹に蹴りを入れて、なんとか軌道を変える。と同時に、紅い光が俺の体を掠めていった。触れた箇所に走る、バーチャル世界独特の微妙な熱を感じさせる衝撃。掠っただけだというのに半身が弾かれてバランスが狂うが、それを何とか立て直しながら見やると、三人のうち一人がなんだか良く分からない早口言葉……恐らくあれが「魔法」、というか「呪文」という奴だろう……を唱えていた。
「やべえな、こりゃ!」
急がないと、再びさっきの攻撃が来るだろう。
いや、さっきの攻撃ならまだ回避の余地はある。だが、もう一度アレが来るとは限らない。全くの未経験の技が来れば、さすがにそれを初見で絶対回避できる自信は無い。かといって、不用意に降りたら待ち構えた二人に同時に襲われてしまう。
(どうする……っ!?)
迷いは、一瞬だった。
「ぐあっ!?」
「くっ!?」
「ぎゃあっ!!!」
なぜなら。
(な、なんだ……っ!?)
下の三人の敵さん方が、こぞって体勢を崩したからだ。
と同時に、俺の頭にも微かな揺らぎが生じる。
(……これは、……?)
その感覚はこの世界ではもちろん、かつての世界や向こうの世界でも味わったことのないような未知の感覚だった。無理矢理に喩えるなら、まるで……そうまるで、ちょっとこっそり高校生時代に経験した酩酊感が、唐突にやってきたような「酔い」とでもいうべき感覚。……いや、勿論親とケーサツさんには内緒だが。
一様にこの場の連中を襲った謎の減少だったが、なぜか俺は軽症のようだった。
見れば下の三人は皆一様に耳や頭を押さえてふらつき、そのうち一人……さっきまで素早くなにかを呟いていた男は症状が酷かったのかがっくりと膝をついている。俺の揺らぎは、あの連中のように体勢を整えられない程ではない。
よく分からないが、とりあえずチャンスは今しかない。
「はあああっ!!!」
いい感じに視界に迫ってきた幹を蹴って落下の向きを変え、急角度で飛び掛かる。狙いは、呪文を唱えていた軽装のケットシーの魔法使い。驚いて慌ててロッドを構えようとするが、その動作は俺からすればあまりにも遅すぎる。
「ぐ、ぐあっ!!!」
連続技を見舞って、すぐさま沈める。
立ち上る黄土色のエンドフレイム。先のノームと異なるのは、種族での対応か。
そんなことを考えながらも、隙は見せない。
残る二人からの反撃に備えるべく即座に振りかえった、のだが。
「ひ、やべっ!!!」
「に、逃げるぞ!!!」
二人は既に身を翻しており、得意の随意飛行で飛び去っていくところだった。
おお、はやいはやい。俺の全力疾走くらいあるんじゃないか?
まあ、別に是が非でも殺さなきゃならん理由があるわけでもないし、追うのは諦める。
チビと言われたことを許した訳ではないが。
「ふぅ……」
「き、キミ、何者なの…? プーカがたった一人で、四人を相手に……それにあの動き……」
と、背後から突然声がかかった。
正直、結構ビックリした。
いや、いるのは分かってたけど、意識的な視界に入っていなかったというかなんというか。
振りかえったすぐに見える、驚きと恐怖、そして好奇心の混じった顔。
若干好奇心の度合いが強いのが、丸眼鏡の下の、ブルーの瞳の輝きで分かる。
(……ああ、面倒なことになったかもなあ……)
やれやれ。
心の中で頭を抱える。
予想される質問はいくつも思いつくが正直に答えるのが面倒なものばかりだし、なにより俺自身がよく把握していない部分も多い。そして今この世界において、俺は別に一人旅で十分だ。ビジネスライクに生きていくつもりなので、あんまり親しい奴なんていらんのである。
「はぁ……」
だが、一応、それをズバリ指摘しない位には、人間が出来ているらしい。
自分で言うのもなんだが。
とりあえず、早くも巻き込まれたらしい厄介に、溜め息をひとつついておいた。
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