ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode2 妖精たちとの空中戦
とりあえず現場に急行した(マスゴミ様の野次馬根性ってやつを、一応俺だって記事書きを生業としている者として必要なくらいには持ち合わせている)俺が見たのは、五人の妖精たちだった。
いや、これは……うん、訂正しておこう。
五人と一括りにするのは忍びないし、情報を伝えることを生業とする者として真実を述べよう。
一人の妖精の女の子と、四人の男性プレイヤーがいた。
「なるほどなあ。外見ランダムってなかなかの弊害があるな……」
思わず思ったことがそのまま口に出てしまっていた。
いや、これ以上はあまり触れないでおこう。もっと他に確認するべき現状があるだろう。
見たところ、一人の妖精の女の子を四人のプレイヤーが取り囲んでいるようだった。ALOは「異種族間ではPKあり」というハードさを売りにしたタイトルであり、それどころか他種族をキルすれば名誉値などのボーナスも与えられるというゲームだ。ということは、これはゲームとして正当で真っ当で王道なプレイスタイルとしてのPKであって、獲物である女の子を四人で狩っているということか。
ちょっとカッコ悪いが、まあ狩れる獲物を狩るというのはゲームの黎明期から続く常識だ。
(っと、で、こいつらの外見は……)
素早く見やったそれぞれのステータスから、その種族を見る。表記から見るに四人組はどうやら二人がケットシー、二人がノームの混成部隊。ということは、別に異種族同士仲良くしちゃいけないってわけでもないのか。
(ふうん……)
解説書的な種族説明で言うなら。ノームはその黄土色の髪とやや色素の濃い肌でいかにも「土妖精」といった姿。ケットシーは頭髪の色が二人で異なるところをノームのように色調の統一はされていないのだろうが、それよりなにより頭の上の猫の耳が特徴的な種族。
そして俺が「妖精」から「プレイヤー」と言い直した理由でもある四人の容姿に関しては、何も言うまい。向こうもそれは望まないだろう。俺は一応ジャーナリストもどきだが、誰も幸せにならないような情報を伝えるのは好みでは無い。
対する一人の女の子は、小柄な体をセンスのいい法衣に包んだ少女。容姿で特徴的なのは、時代を何十年か間違えたような巨大なまんまる眼鏡……あれか、牛乳瓶の底のような、という奴か。頭はショッキングピンクの胸まで届く長い髪を、顔の左右で束ねている。
(で、やっぱそうだよな)
その鮮やかな髪の毛の色から予想してはいたが、確認したステータスの下に表示されているこの少女の種族は、音楽妖精だった。つまりはこのゲームの趣旨に沿うならば種族的には俺の味方で、俺の助けるべき相手なのだろう。
だが正直なところ、俺はこの時点で彼女を助ける気は一切無かった。
(だって俺、種族強化とかより観光目的だし……)
助ける気は無い。
気は、無かった、のだが。
「なんだコイツ! おめぇの仲間か!?」
「まさか! バリバリの初期装備じゃないかよ! 単なるバカだろ!!!」
「それより今なんつった!? バカにしやがったか?」
四人が、油断なく武器を女の子に突き付けながら、俺の方を睨みつけて威嚇する。
「いやいや、そういうわけじゃなくてだな、」
向こうから突っかかってこられては、俺も自己防衛せざるを得ない。だがまあ、それは誤解だ。確かに思ったことは口に出す前に一度考えるべきだし、口は災いの元ということわざだってある。しかしその誤解を解くのもまた、口だ。弁明をすべく口を開く。なんかピンク女が「はやく逃げてっ!」だの言ってるが気にしない。誤解を解いて快く狩りを再開して貰おうと口を開いて説得を述べようと、
「調子のんなよこのチビが!!!」
予定変更。事情が変わった。
「てめえら全員、皆殺しだ」
口を出る直前だった謝りの言葉を挑発に変えて、俺は地面をけって弾丸の如く男に飛び掛かった。
貴様ら、絶対に許さん。俺の心を傷付けた罪は重い。死罰で償って頂こう。
◆
俺は猛烈に反省していた。
幼い頃から背の高かった俺はそう呼ばれたことが無かったせいで、この言葉が人をどれほど傷つけるかを分かっていなかった。いや、「これは人を傷つける言葉だ」という認識はあったが、本当の意味でその傷の大きさを理解していなかった。
こんなにも、痛いなんて。
だが若干、俺の「傷ついた」の感情表現は、人と異なっていたかもしれない。
それは、世間で言う「怒りの暴走」に近かったかも。
「はっ……!!!」
「なっ……」
一瞬で俺のことを「チビ」呼ばわりした男の眼前に構え、間髪入れずに引き絞った貫手を放つ。かつての剣の世界であれば《エンブレイサー》と呼ばれた、素早い一撃。あの世界でそれこそ数限りなく繰り出し続けたその動きは、ソードスキルのアシストなしでも繰り出せる程に体に染みついている。
すさまじい勢いで繰り出されたその右手が、男の喉元の直前で止まった。
唐突な攻撃に固まった、頭一つは高い相手の顔を睨むように凝視する。
「な、な、なっ…」
「……ちっ」
突然の俺の戦意に対応しきれず、男が手にした武器を構えることすら出来ずに口をパクパクさせる。ケットシーの特徴なのだろう猫耳が、なにを思ってかぴくぴくと震える。俺はそれを機械的に確認しながら……深い位置からの、素早い足払いを放つ。
「う、うわっ!?」
男が慌てて飛び退こうと頭で思ったのだろう、顔に恐怖を露わにした時には、既に俺の足払いは完了していた。全力の下段の回し蹴りは、それ自体もダメージ判定を持つ。派手にすっ転んだところに放つ追撃は、《ルーフ・ブレイク》…現実で言う、空手の瓦割り。ヘルメット類を装備していなかった頭部に、凄まじいスピードで炸裂したそれに、男の顔が驚愕に歪み。
茶色い炎を上げて、燃えるようにその体ごと消滅した。
「なっ……!」
「まじかよ……!」
その一瞬の出来事に、他の三人が呆気にとられて固まる。
二連の攻撃で男のHP…まだ六割は残っていただろうそれが、一気にゼロになったのだ。
ついでにピンク女も、口をあんぐりと開けて停止する。
さらに俺も、ちょっと口が開いてた。さっきの「まじかよ」は、俺の口から出ていた。
正直、かなり驚いた。
この世界での、ダメージ計算式は、SAOのそれとは異なる。攻略サイトで見たところその変数は「武器の攻撃力」、「防具の性能」、「攻撃のヒット部」、そして「攻撃速度」の四つ…つまり、SAOで言う所の『筋力値』が関係しないのだ。つまりは敏捷(この世界では反応速度だけで決まるらしい)さえ高ければ、十分な量のダメージが発生することになる。結論、超非力アバターだった俺でも、それ相応のダメージ量を与えられることになる…とは思ってはいたが。
(こいつは、予想以上だ)
確かに当てた二発のどちらも、ちゃんと革製鎧の隙間を突くように入れた。加えて、一撃一撃も、結構な威力を持つ単発の重攻撃だった。だがそれでも、たった三発……実質二発で、あのHPを削り取った。うん、向こうの世界では味わったことの無い快感だ。なかなか気分いいな、これ。キリト達のような攻撃特化やる奴らの気持ちが分かる気がする。
そして、もう一つ。
(こっちも、予想以上だなぁ)
構えたまま、ちらりと右手を見やる。
さっきの《エンブレイサー》は、別に寸止めを狙った訳ではない。
腕の長さが、全く足りなかったのだ。
一応はその危険を考慮して結構深めに……手首まで貫通するくらいのつもりで繰り出していた。
それが、寸止めにしかならないほどに、俺の今の腕は、短い。それはつまり、今まで通りの感覚で技を繰り出しては今の体との差によって攻撃が当たらないということだ。二回目の足払いの蹴り技も、思い描いていたのとはやや異なる軌道だった。
いや、それもまだいい。感覚自体はまた慣れればいいのだが、問題は根本的なリーチの短さか。こればっかりは、頭が慣れてもどうしようもない。ぎりぎりの命の削り合いであれば、それは命取りになるかもしれない。まあ、そこまで切羽詰まった戦闘は、しないつもりではあるのだが。
「っ、な、なんだコイツ、やべえぞっ!?」
「あ、慌てんな、一旦飛んで距離を取るぞ!」
俺が「待ち」の構えとみた(実際は物思いにふけっているだけだ)のか、三人が一斉に空中へと飛び上がる。おや? この世界では空を飛ぶのに初心者はコントローラを用いると聞いたのだが、目の前の三人は何も使わずに飛びあがった。つまりはあれは『随意飛行』という、熟練者、一流戦士の証といわれる代物か。…ってあいつらで一流なのか?
「っ、あいつら、この辺では敵無しのPKギルド、『空飛ぶ狩人』の連中なんだよ!? こと飛行に関しては『随意飛行』がギルド加入の最低条件、その空中戦闘の腕も相当のものだ、って! き、キミは『随意飛行』出来るの!?」
「出来ん。『随意飛行』どころか飛んだ事ねえ」
「えええーーーっ!!?」
なんか言ってきたピンク女の言葉に脊椎反射で返答すると、絶叫がかえってきた。やかましい。
確かに闘技場でデュエルでもしようもんなら、相手が飛んでいてはこちらは攻撃出来ない。投げ槍などの投擲武器はおろかまともなリーチすら無い《体術》使いの俺ならなおさらだろう。それに対して、この世界は『ソードスキル』の代わりに魔法がある世界だ、飛行する敵さん達は遠距離攻撃手段には事欠かないだろう。
だがそんな状況で、こんなに俺が落ち着いていられるのにはそれなりに訳がある。
……ここは、闘技場ではない。真っ直ぐで頑丈な木々の茂った、針葉樹林の森だ。
「……ここなら、飛ぶ必要はない。跳べば、いい」
呟いて、全力で地面を蹴る。
この世界でも可能なのか少々不安があったが、『軽業』のスキルはこの世界においても力強く俺の体を支持してくれたようだ。跳躍した先の木を足がしっかりと踏みつけることが出来、一瞬で……しかも木に足を付けたままの状態でありながらも体勢をアシストでしっかりと立て直せる。
膝を曲げ、再び跳躍。
「おおおっ!!!」
跳躍、跳躍、跳躍。
三角跳びの要領で次々に幹を蹴って、みるみる高度を上げていく。
羽のある世界とはいえこの移動方法は初めて見るのか、連中は俺のこの跳躍に対策を取るどころか動きを目で追うことすら出来ていない。これでホントに一流なのか? いや多分、「とりあえず随意飛行はできる」ってだけだろう。
「なっ、ぎゃふっ!?」
「こ、このチビ、ぐえっ!?」
「た、助け、ひいいぃ!」
飛行する三人の、更に上からの一撃を背中……飛行の要になるらしい……に入れて、その力のまま地面へと叩き落とす。今回は跳躍しながらの攻撃だったために満足な攻撃力は無かったようで、それぞれ一割もHPは減っていない。一応それなりの衝撃は与えたようだが落ちた連中はすぐに起き上がり、降りてくる俺を今度は必死に目で追う。
まあ、やはりとらえ切れてはいないのだが。
これなら余裕か、という油断が心によぎった、その瞬間。
「うおっ!!?」
俺の体が、大きく傾いた。
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