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翡翠のエンヴレイム

作者:北御門綴
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第一話「始まりの出会い」

 
前書き
どうぞ、よろしくお願いします。
記念すべき第一話はとある少女との出会いのお話です。 

 


 それは学校が始まってから一か月と少し、五月のある日の事だった。
 いつものように学校に行き、いつものように授業を受けて、いつもの変わらない帰り道。

 嫌になるくらい晴れ渡った晴れの日、太陽の光がさんさんと街を照らす、そんな日に。

 彼は出会った。

 自分の運命を変える一人の少女に……。



 翡翠のエンヴレイム
    第一話
      「始まりの出会い」


「じゃあなー」
「おう」

 友人と別れて、いつもと同じ道を行く。
 五月にしては少し暑くてシャツ一枚でも十分なくらいだ、そんな事を考えながら歩いていると。

 ふと、一人の少女に目が行った。

 こんな暑いのに黒いコートを着ている赤髪の少女、赤髪という事よりも先に、あんな恰好をして暑くないのだろうか、という点に目が行った。
 何故そんな恰好をしているのかだなんて、突然聞く訳にもいかないし。
 赤い髪も少し気になったけれども、彼はそのまま帰り道をまっすぐ進んだ。

 そこでふと、ある異変に気が付いた。
 人が居ないのだ。

 この時間帯なら一人くらい人が居てもいいはずだ、それに不思議な事に生活音が一切しない。

「……?」

 ランドセルを背負った小学生も、ブレザーを崩して着た生意気な中学生も、今日は居ない。

 自分だけが取り残されたような感覚に陥る。これは、なんだ?
 でも、彼はそれも深く考えはしなかった、今日はたまたま“そうなった”だけなんだろうと、思考を別の方向へとひん曲げる。
 

 しかし彼は“その光景”を見て、これはたまたまそうなった訳ではないのだと知る。



―――――。



 晴れの日、住宅街の一角。


 黒い装束に身を包み、肩まで伸びた赤い髪を揺らしながら、一人の少女が小さな短剣を片手に、三メートルはあるのではないかと思われる巨体の男と激しい戦闘を繰り広げていた。
 昼過ぎの暖かな日差し、いつもと変わらない光景の中。
 とても人とは思えない巨大な男、化け物という言葉がよく似合う彼は巨木のような腕を振るう、

 少女は何食わぬ顔でその攻撃を可憐に回避すると短剣による攻撃を仕掛けた。

「これは……紅戦隊オナゴンジャーの撮影かなんかか……?」

 あまりにも場違いなその光景に、彼は特撮モノの撮影かと勘違いした。
 けれども、その化け物はあまりにもリアルでいて、それに合わせているのではないかと思えるくらいの周囲の静けさ、彼はようやくこの状況が普通ではないことに気づく。

 彼女の小さな手に握られた、桜の花びらのような装飾が施された可愛らしい短剣が風を切る。
 斬撃は鋭く素早く巨体の化け物の皮膚を裂いていく、だけどその傷は浅く化け物の表情に変化は無い。
 そんな戦闘シーンをよそに彼は周囲を見渡した、もしも、仮に特撮モノの撮影なら周囲にカメラやいろいろな道具があってもいいはずだ。
 それに、先ほどから人一人見ていない、いつもなら、いつもならこの時間帯子供達や買い物帰りの主婦が居るはずなのに。
 彼女は化け物が繰り出した大振りな攻撃を跳躍して回避すると、ようやく彼の存在に気が付いた。

「ッ!?ちょっ、逃げなさい!!」

 焦った表情を見せながら吠える彼女、化け物は大きな瞳をギョロリ、と動かすと掌を彼女に向けた。
 人を握り潰せる程に大きなその手の前に怪しげな光が浮かぶ、周囲を雲のような靄で囲み、中央の光からカシャカシャと音が聞こえてくる。
 彼女はその音を聞くなり舌打ちをして化け物の方に視線を向けた。

 だが彼女の判断より先に化け物の術の方が早かったようで、その光の奥から現れた鎖に対処できず少女は無数の鎖の突進を喰らい、所有地を囲む塀に強くたたきつけられた。

「あぐっ……ッ~~!!」

 塀に皹が入る程の勢い、砂埃が舞う中彼女は苦痛に顔を歪ませながら、歯を食いしばり。視線を彼の元へと移した。
 鎖は彼女の動きを封じるように素早く身体に巻き付いていく。
 化け物は掌の前に展開された靄と光を消すと地面を蹴り“彼”に襲いかかった。
 大きく体を揺らし3D映画では体験できないくらいの迫力を彼に与えて、その足が地面を踏むたびにズン、ズンと音が鳴り彼の体を小刻みに揺らす。

「くっそ……!!こン、のォ~~ッ!!」

 このままじゃ死ぬ――。

 急いでこの鎖を引きちぎろうとするも鎖はビクともせず、束縛から逃れられそうには無い。
 少女は力による抵抗は無駄だ、と諦めると左手に意識を集中させて、“その名”を叫んだ。


「紋章・解放(リエン・エンヴレイム)!!」


 すると彼女の左手の甲が薄紅色に光りだして手の甲に紋章のようなものが現れた。
 翼、月、十字架、それらによって描かれたどこか神々しい印象を受けるその紋章、その紋章から薄紅色の炎が噴き出し、ソレは彼女の体を包み込んだ。

 現れた炎は彼女を縛っていた鎖を跡形もなく焼き消すと次に“彼”に襲いかかる化け物に向けて勢いよく飛翔した。
「ガバゥッ!!!」
 化け物は背後から迫りくる聖なる力に反応し振り返る、炎は既に化け物の懐にまで接近しており回避は不可能だった。

 轟、と音を立てて炎は化け物の巨体を飲み込む。

 苦しむように暴れる化け物を余所に彼女は彼に近づいた。
 その表情は物凄くムスっとしていてきれいに整った顔が台無しになるくらいだった、彼女はその表情を崩さずに口を開き、イライラを抑え込むように言った。


「あんた……、なんでここに居んのよ……!!」
 その表情からは予想できなかった平凡な問い。彼は慌てて答える。
「えっと、いや……帰り道……だから……?」


 これが、新藤翠(しんどうあきら)とアケミ・ルシエードの始まりの出会い、運命の邂逅。
 そして此処から物語は始まる、幾年の時を経て“母への怨み”によって歪んだ世界の中で。


  続く。 
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