東方守勢録
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第五話
『全隊員に告ぐ。隊員1名の裏切りにより、捕虜が5名脱走した!全隊員は直ちに捕虜と裏切り者を対処せよ!』
「館内放送……」
(この声……たしかどっかで……)
聞き覚えのある館内放送の声に、俊司は少し不安になっていた。
『捕虜と裏切り者は現在武器保管室にいる! 直ちに急行せよ!』
「ばれてますね……」
「監視ルームは抑えたはずだったのに……まさかこんなに早く見つかるなんて……」
『裏切り者の名は上条由莉香。見つけ次第直ちに抹殺せよ! 』
「!?」
館内放送が、無残にも由莉香の抹殺命令を言い渡す。
抹殺命令は由莉香の心に深く突き刺さった。抹殺命令が下された場合、どれだけ仲がよかろうが、誰もが死に物狂いで殺しにかかってくる。命令を遂行したものは、特別待遇を受けることができるからだ。
自分の身を守るためには、彼らと戦わなければならない。だが、由莉香にとってここの兵士は知り合いなどではすまない。彼らに殺される・彼らを攻撃することは彼女にとって苦痛でしかなかった。
『捕虜の状態は問わない。生け捕り・殺害好きにしろ。とにかく、捕虜を逃がすことはゆるさん! 最悪の事態だけは避けろ! 繰り返す……』
「まずいな……由莉香、急ごう」
「……」
「……由莉香?」
「……」
俊司の問いかけに由莉香は何も答えようとはしない。それどころか、彼女の手足は誰が見ても震えているのがわかった。
俊司は彼女のことをよく知っている。昔から友人思いで、よい関係を築いていた。おそらく、この軍に入ってからもそれはかわらなかったのだろう。だが、その関係は今の抹殺命令で崩れ去ったに違いない。由莉香にとってはもしかしたら初めてなんだろうと、俊司は考えていた。
由莉香は震えながらも戦おうと考えはじめたのか、ゆっくりと自身のハンドガンに手をかける。
だが、俊司は何を思ったのか、その手をつかんだ。
「……俊司……君?」
「戦わなくていい」
「えっ……」
「戦わなくていいよ由莉香。道を教えてくれるだけでいい。無理して戦うことはないんだ」
「でも……」
「あそこから出してもらっただけでも十分だよ。あそこにくるまでつらい思いもしたろ? これ以上つらい思いをしなくてもいいよ」
「俊司君のいうとおりよ。戦闘は私たちがやるわ」
「私たちにとってはこの軍は敵でしかないが……君にとっては思い出のある場所なんだろう?なら、戦うことはないさ」
「皆さん……ありがとうございます」
由莉香はそういって深々と頭を下げた。
「さて、行きますか。もうすぐそこに兵士がいそうだし」
「待ち伏せされてそうね」
「私が先に行きます」
そういって早苗は扉の前に立った。
「扉が開いたら一斉に攻撃を始める」
扉の外では、兵士たちが扉をはさむようにして待機していた。相手が出てくるのを待ち伏せて、一気にしとめるつもりだろう。
対面した状態で攻撃するため、誤射を防ぐためかシールドを持った兵士が先頭にたち、その間から兵士が銃を構えていた。
緊張感が兵士達を包んでいく。
そうこうしていると、扉は音を立てて開いた。同時にロングヘアーの少女が姿を現す。
「攻撃開始!!」
合図とともに、発砲音が廊下を埋め尽くすくらいの轟音を上げ始める。弾丸は一直線に飛び、少女の体全体を捉えようとする。
だが、出てきた少女が倒れることはなかった。
「無意味ですね」
「なっ……」
弾丸は少女にとどくことなくはじかれ続けた。よく見ると、少女の周りに薄い半透明のようなものが浮かび上がっている。誰もが結界をはっていると確信した。
何とか打ち破ろうと銃を打ち続ける。しかし、少女にかすり傷ひとつもつけることなく、マガジンはからになっていった。
「さすが、守矢神社の巫女ですね……」
すべての攻撃を防ぎきった早苗を見て、俊司はそうつぶやいていた。
博麗の巫女とは引けを取らないくらいの実力を持つ早苗。俊司にとってはすごく頼りになる存在だった。
「さて、次は私かな?」
そう言って前に出たのは藍だった。
「お願いします」
「ああ。しかし……少女一人にこれだけの男が……まったく、恥を知れ」
藍はそう言って一枚のカードを取り出す。
兵士達は一瞬でそれを理解し、藍から距離をとり始める。だが、建物の中では逃げる場所など少ない。我先に逃げようと、兵士達はかるいパニックに陥っていた。
そんな兵士を尻目に、藍はカードに念をこめていく。
「逃げるのか? まったく……だが、お前達が容赦しなかったように、私も容赦しないぞ!」
そう言って、藍はカードを発動させた。
行符『八千万枚護摩』
スペルカードの発動とともに、大量の札が高密度の扇型弾幕となって兵士を攻撃し始める。通路が少し狭いこともあってか、弾幕を避ける隙間はほとんど発生していなかった。
当然、日ごろから弾幕を見ておらず、避ける練習などほとんどやっていない兵士達は、弾幕を避けきることなく次々と被弾していった。幸い、藍は殺傷するくらいの威力は出して折らず、被弾した兵士は気を失い、その場に倒れていった。
左右の通路に均等に弾幕を出し続ける。そして、スペルカードの効果が終了した時、その場にいた兵士は全員倒れていた。
「さ、これで大丈夫だ」
「ありがとうございます。行こう」
俊司達は足早にその場を離れるのであった。
監視ルーム
「……雑魚が。これだから日ごろの訓練を行おうと提案しているというのに……」
男はモニターにうつる無様な兵士達を見ながらそういった。
「さて……ん?」
策を考えようとした男は、ポケットで震える何かを取り出した。どうやら無線が入ったらしい。男はすぐさま通話のボタンを押し、話を始めた。
「はい、こちらクルト」
「クルト大尉か。上条だ」
無線は上条からだった。
「総司令官……」
「……あれは本当なのか?」
「……はい。すでにモニターで確認済みです」
「そうか……」
上条は無線の向こう側で思い悩んでいるようだった。おそらく、彼もあの時盗み聞きをしたのが由莉香だったことに気づいたのだろう。
彼女に聞かれたのは大きな誤算だった。人一倍正義感が強く、何よりどの兵士にくらべても行動力がある。利用するにはもってこいの人材だったが、敵にねがえるとかなりやっかいな存在だった。
当初、クルトは今回の作戦に彼女を連れて行くことに反対していた。由莉香は兵士としては有能だが、彼女を総司令官の娘として見た場合、やっかいな存在になると判断したからだ。だが、上条は彼女の行動力と実力を理由にクルトの提案を拒否した。
そして、現状にいたる。こうなることは予測していたつもりだったが、対策を練る前に行動をおこされてしまった。クルトにとっては大きな誤算だった。
「……しかたない。裏切り者は抹殺しろ」
「はっ」
上条はそれだけを言って無線をきった。
「……総司令官も判断力に欠ける部分が多い。やはり、自身の右腕とも言えた人をやったのは痛手だったか」
そう呟きながら、クルトは部屋をあとにする。
「ここから逃げるには……発見されずらいあそこあたりか」
そういって、クルトは不適な笑みを浮かべていた。
「この先が出口です!」
由莉香はそう言って出口を指差していた。
「よし!もう少しで……!?」
一同がもう少しで助かると思い始めていたとき、さっき流れた警告音とは違った警告音が響き渡った。思わず足を止めてしまう俊司達。
すると、大きな音と地響きが一同を襲い始めていた。
「きゃっ!?」
「くそ! 何が起きて……!?」
俊司は出口を見た瞬間、全身から一気に冷や汗が噴出していた。
出口は鋼鉄のような何かで閉ざされようとしていたのである。
「しまった! みんな! 走れ!!」
俊司達はすぐさま走り始める。だが、地響きのせいでうまく走ることができない。
「くそおおおおお!!」
必死の思いで手を伸ばす俊司。だが、それも悪あがきでしかない。
彼らの思いもむなしく、出口は轟音とともに閉ざされてしまった。
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