Dies irae~Apocalypsis serpens~(旧:影は黄金の腹心で水銀の親友)
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第三十二話 紫電と灼熱
前書き
馬鹿な……ベアトリスと十四歳神の嫁の二人のやり取り書くだけで終わっただと……
あ、二話連続投稿です。ご注意を。
―――遊園地―――
雷光の一撃。創造位階に達したベアトリスの一撃はまさに閃光といえた。その速さもさることながら稲妻と化したその身体はエレオノーレの放った炎や銃弾をも透過する。ベアトリスはその剣に確かな手応えを感じながら駆け抜け振り返る。
「ふむ……誇れ、大した戦果だ」
「冗談、きついですよ……」
エレオノーレは裂かれた頬を押さえながら、感慨深げにそう褒める。だが、ベアトリスからしてみれば素直に喜べることではなかった。狙ったのは首であり、それを狙って尚、頬を掠めることしか出来なかった。自らの最大のアドバンテージともいえる速度を持ってしてもこれだけの成果しか得られなかった。
だが、そうしたベアトリスの心情は当然とした上で、エレオノーレに傷を負わせたことは称賛に値する。彼女等二人は共に武装具現型であり、最もスタンダードな基本の型だといっていい。
故にこの型に得手不得手は存在せず、マキナの攻、クリストフの防、シュライバーの走、ルサルカの魔といったように何かが極端に突出せず、代わりに穴も存在しない。どちらかといえば彼女等は指揮官型なのである。
陣形や武器の種類によって一長一短があるように融合や展開、特殊の型には基本的にどれか一つを極端に絞られている。だが、具現型は指揮官の才を持つ故に流動的に形を変えれる。それは状況に応じて全ての対応が出来る代わりに、一点特化した者らほどの爆発力を持ち得ない。
言い換えれば器用貧乏ともいえるし、兵力が脆弱であれば決定力が皆無の弱者とさえいえる。だが、
「相変わらず少佐は隙が無さ過ぎですよ」
高レベルの者は目の前にいるエレオノーレやラインハルトのように文字通り万能。無敵と形容できる存在になる。
百を五つに分ければ二十だが、それが万となれば一つあたりに二千となる。この領域に至れば当然、格下に足元をすくわれることなどありえない。螢が傷を負わせれた事でさえエレオノーレからの直接の助言があったからこそだ。にもかかわらずエレオノーレを兵力で劣る同タイプのベアトリスが傷を負わせれたのは、彼女の魂と指揮官としての才が彼女に匹敵していることに他ならない。そして彼女はそれほどの英雄としての資質を持つが故にこの程度の戦果では誇れない。事態を把握し、自嘲的な言葉を紡ぐだけだ。
「ここで私が喜んだら、どうせ馬鹿者とか言うんでしょう?」
「どうも貴様は、私を極度の嗜虐家だとでも思っている節があるが……そんなことはない。公正かつ冷静に見て、評価できるものには評価を惜しまん。
辛辣に見えるのはつまらん輩が多すぎるのと、自己評価がまともに出来るやつが居なさ過ぎるからだ。あの櫻井の小娘とて、身の程さえ弁えていれば私は評価している。少なくとも側においてやろうと思うほどには」
「自分で凄い俺様宣言してるって、分かってますか?」
兵士の剣が殺人の為である以上、命に届かない剣に意味は無いだろうと反論するベアトリス。それにエレオノーレは失笑する。
「何とでも言え。それで、どうした?もう来んのか?」
今、互いに開いている距離は二十メートル以上。完全に砲手の間合いと言える距離だった。
「言ったはずだ。私に抜かせれば終わるぞと」
「今なら、この距離でも抜かせませんよ」
速度において今のベアトリスは例外を除けば最速である。であれば抜刀を間に合わせはしないと彼女は断言した。
もとより速度で距離を詰めれる事も含め、地の利も彼女に味方している。射線を遮る遊園地の遊具は、障害物としても不意を突くのにも適していた。
「これだけで勝てるなんて甘っちょろい考えはしてませんけど、切り札を出させるような隙は絶対に見せませんよ」
一気に詰め寄り、剣を放つ。肩を、太腿を、肘を、指先を、髪を、次々と近づいては離れる様に軌跡を描きながらエレオノーレを追い詰めていく。
「話の続きをしようか」
にもかかわらず、彼女は焦りも、怒りも無かった。彼女にとって歯軋りどころでない屈辱を受けているであろうにも関わらず。
「そもそも何故、と今更ながらに思うのだが……貴様は何を求めて、黒円卓にいた?我々がハイドリヒ卿に打ちのめされ、引き抜かれたのは確か―――」
いきなり何を言い出すのかと思いながらも雷速剣舞のなかで剣戟を緩めずに答える。
「19、39年……その年の今日です。クリスマス・イブだって言うのに少佐がまた面倒なことを言い出して、私は迷惑したものですよ」
「別に男と約束があったわけでもあるまい」
「それは、そうですけどッ!」
少し声を荒げながらそう反応するベアトリス。だが、荒げているのは話の内容からではなく今の戦況からだった。手を緩めなどしていないにも関わらず、攻撃が段々と当たらなくなっている。
「それで、結局何なんですか!!」
「何、至極簡単だよ。始まりは共に巻き込まれただけだ。結果、恐れもしたし、躊躇いもした。最終的には是だとしてもな。貴様は元々、虫すら殺せぬ腰抜けだ。そうでありながら武門に生まれ、軍に入り、黒円卓のヴァルキュリアだ。見事だ、貴様の経歴は誰もが勇気と覚悟を褒め称えるほどのものだ――――――ここまでならな」
振り下ろされる剣を掻い潜り、エレオノーレはベアトリスの横をすり抜けた。その際に髪留めが切り飛ばされ、真紅の長髪が解かれた。
思わず見惚れ、追撃を止めてしまうベアトリス。そんな彼女を見ながら、エレオノーレは問いを投げる。
「問題はその後だ、キルヒアイゼン。貴様一体、何をスワスチカに願っていた?」
軟弱者の弱者に過ぎなかった彼女が半世紀以上もスワスチカという殺戮儀式に加担していた不思議。
「昔は家族の蘇生や、消えた国家の再興といったところだと思っていたが……違うだろう。言ったように、貴様はどれだけ腰抜けでも戦士だ。死を何たるか、骨身に沁みて分かっている筈。立ち上がれぬものは捨てていけと」
終わったものを取り返すことなど出来ない。後ろを見ていては前に進めぬ。戦場の大原則であり、絶対のルール。
「死者蘇生はない。だからといって私と同じ英雄化が望みではない。今まさに私を否定しているのだから。分からぬ。解せぬよキルヒアイゼン。貴様は一体、何をなそうとしていたのだ」
「…………」
ベアトリスは即答しない。だが、ややあって問いに答えを出す。
「確かに私は、死んだ人を蘇らす気はありません。いっぱい死なせたし、いっぱい助けられなかった。悔しくはありますが、少佐の言うとおり、戦争とはそういうものです」
「そう、我々は殺すのが商売だ。死なないようにする術と、死なせるようにする術に長けている。生き返らす術など我等兵士の領分ではない。私もハイドリヒ卿も、厳密には一度たりとも死んでいない。生きながらに死を超えただけだ。そして貴様もそうなるだろう。だが、貴様はそれが嫌なのだろう?」
だからこそ、このヴァルハラを否定して、エインフェリアになることを拒んでいる。
「拒絶は好きにすればいい。嫌がる部下を連れて行くことなど慣れている。その決定を変える気は無い。なんなら先程の小娘も連れていっていいぞ。だが、そこで最初の疑問だ。考えれば考えるほど理解できなくなる。
命令だ、キルヒアイゼン。貴様が懐いていた望みを言うがいい。事によれば、叶えてやれるかもしれん」
「言ったはずです。私には敬愛する人がいると。その人、頭はいいはずなんですけどね。何ていうか、馬鹿ですね。総てにおいて秀でている人ですが、どうやら致命的な欠点があったようです」
今も棄てていないその願い。傲慢で、怖くて、信じられないくらい理想主義者の人間で。だからこそ、それは酷く凡庸で、ありきたりで、およそ彼女らしくないアキレス腱。
「恋は盲目――――――貴女は悲しくなるくらい殿方を見る目がありません」
悲痛を顔に浮かべながら何故こうなったと彼女は言う。
「全部あの人のせいだなんていいませんよ。綺麗事は言いません。私も所詮人殺しですから。だけど、ベルリン崩壊のとき、ハイドリヒ卿は何をしました?あなたは何を私達に命令しました?
何故、私達が――――――自国の民を殺さねばならないのです!!あなたも私も軍人でしょうッ!?」
彼等と一線を画くしていたはずだったのに。そう思っていたはずだったのに、と。
「あなたまでもが、堕ちた。だから―――だから私が望んだのは、あなたをここから救い出すこと。ハイドリヒ卿から引き剥がし、昔の少佐に戻ってもらうこと。私の願いは、それだけです」
エレオノーレはその決意に応えなかった。理解できないのか、呆れているのか、その眉根に寄せられた微かな皺には、明らかに戸惑いがあった。
「何故私が貴様に世話など焼かれねばならん。そもそも、貴様の願いとやらは不可能事だ。スワスチカでそんな真似はできん」
「ええ、分かってます。だから、ハイドリヒ卿を斃すんです。私は何処までもあなたを追いかける駄目な部下でありたいんですよ。だから今、私はこうしてここにいる。血で錆付いたあなたの理想に、再び輝きを灯せるように。ここから救うと決めたから」
「……戯けが。貴様は二つ、言ってはならんことを口にした。一つはハイドリヒ卿を斃すなどと、分を弁えん戯言を抜かしたこと。そしてもう一つは――――――よりにもよって、恋などと……私の忠を侮辱したことだ」
瞬間、この世界は灼熱地獄と化した。遊園地にある遊具は総て溶け落ち始め、地面すら溶岩のようになり始める。彼女はまさに言ってはならない禁句を口にしたのだ。
「その浅薄さ、罰を与えねばなるまい。残念だよキルヒアイゼン。次にあうとき貴様は狂っているかもしれんがな。だがそれも良し。逃がさん。何処にも行かせはせん。永遠に私の下で、私の機嫌をとりながら這い回れ」
「図星突かれて怒っちゃいましたか?」
「下らん。下らんぞ、貴様は何時までそのような戯言を言うつもりだ?いいだろう、枷を外してやる。これを知るのはハイドリヒ卿だけであり、実際に見るのは貴様が初めてだ」
「――――――ッ!」
そして、戦場の空気に満たされる。焼けた鋼鉄と油、硝煙の匂い。来る、とベアトリスは確信する。あの大火砲が牙を剥くと。だが、何かが違うと、そう感じていた。
「彼ほど真実に誓いを守った者はなく (Echter als er schwür keiner Eide; )
彼ほど誠実に契約を守った者もなく (treuer als er hielt keiner Verträge; )
彼ほど純粋に人を愛した者はいない (lautrer als er liebte kein andrer: )」
紡がれる詠唱もまたベアトリスの知る詠唱ではなかった。
「だが彼ほど総べての誓いと総べての契約総べての愛を裏切った者もまたいない (und doch, alle Eide, alle Verträge, die treueste Liebe trog keiner er )
汝ら それが理解できるか (Wißt inr, wie das ward? )」
そして、気付いた。先程エレオノーレは枷を外すとそう言った。それはつまり、これまで使っていた彼女の創造と思っていたものは違うのだと。
「我を焦がすこの炎が 総べての穢れと総べての不浄を祓い清める (Das Feuer, das mich verbrennt, rein'ge vom Fluche den Ring! )
祓いを及ぼし穢れを流し熔かし解放して尊きものへ (Ihr in der Flut löset auf, und lauter bewahrt das lichte Gold, )
至高の黄金として輝かせよう (das euch zum Unheil geraubt. )」
赤化は黄金を生む最終形態。水のように不純なものに染まる道理など無く、即ち獣に最も近く、崇拝し、敵を撃滅すべき剣―――
「すでに神々の黄昏は始まったゆえに (Denn der G tter Ende d mmert nun auf. )
我はこの荘厳なるヴァルハラを燃やし尽くす者となる (So - werf' ich den Brand in Walhalls prangende Burg. )」
圧倒され、動けなかったのはほんの数秒。だがそれで総てが手遅れだった。
「創造 (Briah―― )」
抜刀が起きる。何が何でも抜かせてはならなかったというのに。焔の剣が世界を包み、燃やし尽くす。その銘は、
「焦熱世界・激痛の剣 (Muspellzheimr Lævateinn )」
「ッ―――――砲身の…中?」
灼熱の閉塞された世界に閉じ込められ、ベアトリスは気付いた。ここはドーラ列車砲のバレルの中なのだと。
「そうだ、故に分かるな。絶対に逃げられぬとはこういうことだ。逃げ場など、最初から何処にも存在しない世界をいう。
勝負ありだ。最早どうにもならん。受け入れろ、諦観して座すがいい。所詮、貴様はハイドリヒ卿は愚か、私すら超えられんと」
「嫌です。私はあなたを救うんです」
「何故だ」
本当に訳が分からないとばかりに、ザミエルは呆れすら含ませながらそういった。
「だって少佐、友達いないじゃないですか」
そんな戯言を何故そうも頑なに吐き続けれるのか。打つ手は無いというのに。既に砲身は発射し始め、彼女がエレオノーレに勝つことなど出来はしないというのに。
「だからせめて、馬鹿みたいに付いて行ける私ぐらいは乗り越えてあげないと。目を覚ましましょうよお姫様。その火をあなたに与えた男はろくなもんじゃないんです」
「ジークフリート気取りか」
「女同士じゃご不満もあるでしょうけど」
(私はここで砕けてもいい。だから戒、力を貸して。あなたの妹を守るためにも。あの人だけでも連れて行くから)
「戻りましょう、少佐。ザミエルでもヴァルキュリアでもなかったあの頃に、それがきっと私達のヴァルハラだから!」
「抜かせ、馬鹿者。貴様こそ―――私と未来永劫に、黄昏まで億万の戦場を駆ければいいのだ。今更後戻りなど有り得ん。貴様が来い!!」
「私は死人で出来た道なんか照らしたくない!!」
「戯言ばかりを―――」
「抜かしているのはあなただ!!」
この戦いにベアトリスの勝利などありえない。既に炎を放たれたそれをベアトリスでは抜け出せない。届くことなど無い奇跡でも起きない限り。だが、奇跡とは得てしてそういう時だったからこそ起こりうる。そして時は止まるのだ。
後書き
ははは、ゴールデンウィーク中の休みに入った途端、風邪を引いてしまって今まで寝込んでいたよ。
チクセウ、もっと更新する予定だったのに………ギリィ
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