ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
妖精の園
中天に架かる巨大な月が、深い森を水底のように青く染め上げている。
アルヴヘイムの夜は短いものの、まだ曙光が射すまでにはずいぶん間がある。普段なら不気味なだけの深夜の森だが、撤退行動中の今はこの暗さがありがたい。
リーファはひときわ大きな樹の影から、遥か高みの星空を見上げた。今のところ、天空を往く不吉な影は見えない。押し殺した声で傍らのパーティーメンバーに囁く。
「翅が回復したらすぐに飛ぶからね。準備してて」
「ええー……僕、まだ目眩が…………」
情けない声で相棒が答える。
「また酔ってるのぉ?情けないなぁ………いい加減慣れなさいよ、レコン」
「そんな事言ったって怖いものは怖いよ…………」
リーファは、やれやれと言う心境でため息をついた。
大樹の根本にしゃがみこむレコンという少年プレイヤーは、リーファとは現実世界でも友人で、ALO───アルヴヘイム・オンラインを始めたのも同時期である。つまりリーファと同じく約一年のキャリアがあるはずなのだが、いつまで経っても飛行酔いが克服できない。
空中戦闘能力が強さの全てと言っていいALOで、一度や二度の乱戦でへばっているようでは正直頼りない。
とは言え、リーファはレコンのそんなところが嫌いではない。強いて言えば放っておけない弟、みたいなものだろうか。
外見もそんなキャラクターを裏切らず、背の低い華奢な体に黄緑色のおかっぱ風の髪、長い耳も下方向に下がり、顔は泣き出す寸前で固定されたような作りだ。ランダム生成されたにしてはあまりにも現実の彼を彷彿とされるその姿を、ゲームにダイブした直後に初めて見たときは大笑いしてしまったものだ。
もっともレコンに言わせれば、リーファの姿も現実の彼女にかなり似ているらしい。
シルフ種族の少女にしては少しばかり骨太の体に、眉も眼もきりっとした作り。
せめて仮想世界では《たおやか》といった表現の似合う姿を期待していたのだが、まあ客観的に見れば可愛い、と言っていい容姿ではある。
それはこの世界ではかなりの幸運に恵まれないと得られないものであるし───満足できる容姿を手に入れられるまで、追加料金を月額接続料の数年分投入した物もザラにいる───リーファとしては決して不満があるわけではない。
付け加えれば、ALO内での容姿はキャラクターの性能には一切影響しないので、レコンがすぐに眼を回すのは純粋に彼の平衡感覚の頼りなさによるものだ。
リーファは手を伸ばし、レコンの装備したブレストアーマーの後ろを掴んで強引に立たせた。
背中の透明な四枚の翅を覗き込むと、飛行力が回復した証として薄緑色の燐光に包まれている。
「よし、もう飛べるね。次の飛行で森を抜けるよ」
「え~………きっと追手はもう撒いたよ~。もう少し休もうよ」
「甘い!!サラマンダーの中に索敵スキルの高い奴が一人いたから、下手するともう見付かってるよ。二人じゃ次の空中戦闘には耐えられない。根性でテリトリーまで飛ぶのよ!!」
「ふわーい…………」
レコンは情けない返事をすると、左手で宙を握る仕草をした。
その手の中に、半透明のスティック状のオブジェクトが出現する。短い棒の先端に小さな球がくっついたそれは、ALOで飛行するときに使用する補助コントローラだ。レコンが軽く手前にスティックを引くと、四枚の翅がふわりと伸び、僅かに輝きを増す。
それを確認して、リーファも自分の翅を広げ、二、三度震わせた。
こちらはコントローラを必要としない。ALOにおける一流戦士の証、高等技術の《随意飛行》をマスターしているため、その必要がないのだ。
「じゃ、行くよ!!」
低い声で叫ぶと、リーファは一気に地を蹴って飛び立った。背中の翅を思い切り伸ばして、梢の向こうに見える満月目指して急上昇する。風が頬を叩き、長いポニーテールを揺らす。
数秒で森を突き抜け、リーファは樹海の上空に飛び出した。視界一杯にアルヴヘイムの風景が広がる。途方もない開放感。
「ああ…………」
遥かな高みを目指して上昇しながら、リーファは法悦のため息を洩らした。この瞬間、この感覚だけは何物にも代えがたい。
泣きたいほどの高揚。いにしえの昔から、人間は空行く鳥に憧れてきた。そして、とうとう手に入れたのだ。己自身の翼を、この幻想の世界で。
システム的に課せられた滞空時間が恨めしい。心ゆくまで、どこまでも高く遠く飛び続けられるなら、何を犠牲にしても惜しくない。
もっとも、それはアルヴヘイムで戦う全てのプレイヤーの望みなのだ。
多種族に先駆けて、《世界樹》の上にあるという伝説の空中都市に到着し、真なる妖精《アルフ》に生まれ変わる───そうなれば、滞空制限は解除され、名実ともにこの無限の空の支配者となれるという。
リーファは、自分のステータス強化にも、レアアイテムの入手にも興味がない。この世界で戦い続ける理由はただ一つ。
今はまだ届かない金色の月を目指して、リーファは一回大きく翅を震わせた。
零れ落ちた光の粒が、彗星のような緑色の尾となって夜空に流れた。
「り、リーファちゃん~、待って~」
───という弱々しい声が下方から響いてきて、リーファの意識を現実に引き戻した。上昇を停止して見下ろすと、コントローラを握ったレコンが必死に後を追ってくる。補助システムを使用した飛翔は速度の上限が低いため、リーファが本気で飛ぶとレコンは追随できない。
「ほらもうちょっと、がんばれがんばれ!!」
翅を広げてホバリングしながらレコンを両手で手招きする。
顔を上げて周囲を見渡し、広大な樹海の彼方、夜闇の中に一際黒くそびえ立つ世界樹を見つけると、そこを起点にシルフの領土がある方向を見定める。
レコンがようやく同じ高度まで追いついてきたのを確認し、今度は速度を合わせて宙を滑るように飛び始めた。
隣に並んだレコンが、顔を強張らせながら言った。
「ちょ、ちょっと高度取りすぎじゃない?」
「高いほうが気持ちいいじゃない。翅が疲れてもいっぱい滑空できるしさ」
「リーファちゃんは飛ぶと人格変わるしなぁ………」
「何か言った?」
「う、ううん、なんでも」
軽口を叩きながら、アルヴヘイム南西域にあるシルフ領目指して巡航していく。
今日は、レコンを含む気心の知れた仲間四人と待ち合わせ、シルフ領の北東、中立域のダンジョンで狩りをした。幸い他のパーティーとも鉢合わせることもなく充実した冒険を行い、たっぷりとお金とアイテムを稼いで、さて帰ろうというところで、サラマンダーの八人パーティーに待ち伏せされてしまったのだ。
異種族同士なら戦闘可能なALOではあるが、あからさまに追い剥ぎめいたことをするプレイヤーはむしろ少数派と言っていい。
特に今回の冒険は、現実世界では平日の午後ということもあって、そう大人の襲撃部隊は現れないだろうと予想していたのだが、見事にその油断を突かれてしまった。
逃亡しながら二度のエアレイドで敵味方ともに三人ずつを減らし、元々人数の少なかったリーファ達はわずか二人を残すのみとなってしまったが、飛行速度でサラマンダーに優るアドバンテージを活かしてどうにか追撃を振り切り、あと少しでシルフ領に到達できるというところまで来た。
二度の戦闘で酔ったレコンの回復に時間を取られてしまったが、この調子ならどうにかテリトリーに逃げ込めるかなと思いながら、リーファが何気なく背後の森を振り返った時───
鬱蒼と立ち並ぶ巨木の下で、オレンジ色の閃光がちかりと瞬いた。
「レコン!!回避!!」
リーファは咄嗟に叫び、左下方に急速旋回した。
直後、木の葉の隙間を貫いて、地上から三本の火線が猛烈な勢いで伸び上がっていた。
高度を取っていたことが幸いし、長く尾を引く熱線はギリギリのタイミングで直前に二人が飛行していた空間を焼き焦がしながら夜空へと消えていった。
だが胸を撫で下ろす暇はない。攻撃魔法が放たれた辺りの樹海から、五つの赤黒い影が飛び出し、急速にリーファ達目掛けて上昇してくる。
「もー、しつこいなあ!!」
リーファは毒づくと、北西の方角に眼を凝らした。シルフ領の中央に立つ巨大な《風の塔》の灯りはまだ見えない。
「仕方ない、戦闘準備!!」
叫び、腰から緩く湾曲した長刀を引き抜く。
「うえー、もうヤダよ」
泣き言をこぼしながらレコンも短剣を抜刀し、構える。
「向こうは五人、負けてもしょうがないけど簡単に諦めたら承知しないからね!あたしがなるべく引き付けるから、どうにか一人は落として」
「善処します………」
「たまにはイイトコ見せてね」
レコンの肩をちょんと突付くと、リーファは顔を引き締め、ダイブの姿勢を取った。
体をくるりと丸め、一回転して弾みを付けると、羽を鋭角に畳んで猛烈な勢いで急降下。くさび形のフォーメーションを組むサラマンダー達目掛けて無謀とも言える突進を敢行する。
ALO初期からの古参プレイヤーで、経験も装備も充実しているリーファ達のパーティーが惨めに敗走する破目になったのは、敵の人数もさることながら最近サラマンダー達が編み出したフォーメーション戦法のせいと言っていい。
機動力を犠牲にしてヘビーアーマーにぎっちり身を固め、逆にその重量を活かせる長槍での突進攻撃を繰り返すのだ。水平に何本も並んだ長大な槍が、怒涛の勢いで襲い掛かってくる重圧は凄まじく、シルフの利点たる軽快性を発揮できる乱戦に持ち込むのが難しい。
だがリーファは、今日の二度の戦闘で、敵の攻撃方法の弱点をなんとなく察していた。
持ち前のクソ度胸を発揮して、敵集団の先頭の一人に狙いを定め臆することなくダイブしていく。あっという間に距離が詰まる。敵が構える銀色のランス、その先端に全神経を集中する。
キイィィ、という甲高いシルフの突進音と、ギュアァァ、という鈍い金属質なサラマンダーのそれが奏でる不協和音がみるみる高まり、とうとう二者が交差した瞬間、大気を揺るがす爆発音となって轟いた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「更新遅かったなぁ~、どったの?」
なべさん「いやぁ、PCがぶっ壊れてさ。マウスが動かなくなっちった」
レン「それは災難な………」
なべさん「うん、動かなくなってから気付いたね。PCってマウスがなけりゃ何にもできないってこと」
レン「あぁ、まあな。さすがにキーボードで全部の操作している人は少ないだろ」
なべさん「うむうむ、なんとか直ってよかった」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー♪」
──To be continued──
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