メリー=ウイドゥ
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第二幕その八
第二幕その八
「今はじめて聞いたけれど」
「はじめて!?」
それを聞いて最初に顔を顰めさせたのはダニロであった。
「何だそれは。幾ら何でも相手がはじめてというのは」
「何ということだ!」
「フランスに先を越されただと!」
これに今更のように怒りだしたのは例の四国の者達であった。
「けしからん!」
「やはりフランス人はフランス人ということですな!」
「また勝手なことを」
「自分達は何なのだか」
そこに来ていた客達は口々に呟く。
「どっちにしろ気付かないのが悪いのではないのか」
「全く。何処までも我儘な」
「そんなことはどうでもいい」
しかし男爵は狼狽しきった顔で彼等に対して言うのだった。
「これは大変なことだぞ」
「大変なことですか」
「フランスに金を持っていかれるのだぞ」
本音を全く隠すことなく言ってきた。
「それでよいのか。我が国は破産だぞ」
「破産って」
「幾ら何でも極端な」
「クラヴァリ伯爵家の資産はな」
呑気な彼等に対して言い返す。狼狽しきった顔が真実味をそれだけで伝えていた。
「ルクセンブルグの国家予算レベルなのじゃぞ」
「へっ!?」
「ルクセンブルグ並!?」
「左様」
男爵は言う。
「これでわかったじゃろう。だからじゃ」
「それを早く言って下さい!」
「それでしたら」
「ずっと前から言っておるだろうが」
男爵はいい加減頭に来て半ば彼等を怒鳴りつけた。
「それを聞いておらんだけじゃ」
「聞くも何も」
「こんなのって」
「我が国の外務省はまともな人材がおらんのか?」
あまりにも酷いので秘書に囁く。
「あの四国と同じレベルだぞ」
「もっと低いのでは?」
秘書も呆れ果てて言う。
「イギリスかオーストリアに研修に行かせますか」
「そうじゃな。このフランスでも本当はいいのだが」
どの国も欧州においては外交巧者で知られている。フランスも長い間イギリスやオーストリアと渡り合ってきている。かつてはタレーランという性格も行いも非常に悪いが天才的な外交官も生んでいる。ナポレオンさえ手玉に取った男である。
「遊んでばかりなのかな」
「困ったことです」
「しかも。最も困ったことに」
彼はまた言う。
「どうしたことか」
「伯爵家の財産なぞどうでもいい」
しかしダニロは別のものを見ていた。
「しかしこれは」
「そうです、閣下」
男爵は慌ててダニロを急かす。
「このままでは富はフランスに」
「だからそれはどうでもいいんだ」
「よくはありません」
男爵は怒って伯爵に言い返す。
「それこそが」
「全く。カミーユさん」
「はい」
何が何だわからないカミーユが彼女に応える。
「何でしょうか」
「本当なのでしょうか。これは」
「いえ、僕にもわからないんですがね」
こうした場では本来有り得ない程の非常識な返事が返って来た。
「何が何だか」
「そんなわけがあるか!」
「君は出し抜いたのだろう!」
「いや、出し抜くも何も」
今にも掴みかからんばかりの四国の者達に対して言う。
「僕も今はじめて知ったことで。そもそも」
「では皆様」
ハンナが強引に言ってきた。
「フランス風に。エレガントに参りましょう」
「ふん、誰が」
「全く」
四人は真っ先に反対を述べてきた。
「そんなものの何処が面白いのか」
「願い下げですぞ」
「やはりここは我が国の」
「いやいや我が国の」
「どれにしろ同じじゃないか」
男爵は四人の話を聞いて一人言う。
「しかしこれは」
カミーユはまだ戸惑っている。その中で述べる。
「僕が結婚などと」
「それはどうでしょうか」
しかしハンナはそれには悪戯っぽい笑みで返す。
「果たしてどうなるか」
「どうなるかとは?」
「何かおかしいですぞ」
「おかしくはありませんわ」
ハンナはまた軽い調子で四人に返す。
「殿方が右と言えば女性は左へ。それがフランス風なのですから」
「左様ですか?」
「いいえ」
カミーユは男爵夫人の問いに首を横に振る。
「初耳です」
「そうですよね。何が何だか」
「ここは落ち着こう」
ダニロはその中で一人独白していた。
「さもないと余計にな。大変なことになる」
そう言ってハンナに顔を向ける。冷静さを保ちながら声もかける。
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