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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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拠点フェイズ 1
  劉備・関羽・張飛

 
前書き
ちょっとした急用が入りまして、今週書ける時間がなくなりそうです。
次回更新は、早くて日曜日、遅くとも来週中になります。

あと、すっかり書くの忘れてましたが、数字が漢数字なのは仕様です。
本来、横書きの鉄則の英数字だと、あて字がうまくいかないこと、うちのワードが縦書きメインなこと。
あと、一番重要なのですが……私の様式美によるところが大きいですw
なので、そこはスルーしてくださいw 

 




  ―― 盾二 side 北平 ――




「ひぃぃん……」
「泣くな、手を動かすんだ! 泣いても現実は変わらん!」

 目の前で桃香が泣いている。
 俺は、やや強い口調で桃香を叱咤した。

「無理だよぉ……絶対、無理だよぉ……」
「泣くな! 無理というな! やればできる!」
「ひぃぃん……」

 えぐっ、えぐっ、と泣く桃香。
 泣きたい気持ちはわかる。
 わかるけどね……

「自分のせいなんだから泣くなってば! 俺も手伝ってるんだし!」
「うええええええん! ごめんなさぁぁぁぁぁい!」

 ……なにがどうでこうなったかといえば。
 桃香が任された政務の竹簡。
 ただ、それを片付けているだけなのである。

「まったく……もう少し早くに言ってくれればいいものを」
「だ、だって……迷惑かけちゃ悪いと思って」
「だからって夜、寝ようとした頃に泣きついてくることないだろう!?」
「ひぃぃん! だって、明日でいいかと思ったら白連ちゃんに怒られちゃったんだもん……」
「三日前に頼んだものがまだできてないなら、そりゃ怒るわ!」
「うぇぇぇぇん、ご主人様まで怒ってるぅぅぅぅっ!」

 桃香が泣きながら筆を動かす。
 まったく……誰が政務できるって?
 いや、実際はできるのだろう。
 けど……

「他の人を手伝って仕事を疎かにしてました、じゃ本末転倒だぞ、桃香」
「うう……そのとおりです」

 熱意はわかるが……優先順位はしっかりしてもらわんと。

「戻りました……まだ泣いておられるのですか、桃香様?」
「愛紗ちゃぁぁぁん!」

 愛紗が部屋に入ってくる。
 至急だった竹簡の一部を白蓮のところに持っていき、ついでに謝ってもらったのである。

「はあ……諦めてください、桃香様。泣いていても終わりませんよ!」
「ううう、愛紗ちゃんまでご主人様と同じことを言う……」
「愛紗、こっち終わった。あと、桃香の半分引き受けるからなんとか尻叩いてやらせて」
「はい、お任せください……さあ、桃香様!」
「ひっく……はい」

 愛紗が傍につきマンツーマンで処理させる。
 しかし、事務処理能力は白蓮が言うほど高くないんじゃないか?
 まあ、文明レベルからして読み書きができる程度ならそれなりだというし、そういうものなのだろうか……?

「いかん、考えてる場合じゃない」

 俺は頭を振って、目の前の竹簡に向かう。
 ……結局、全部終わったのは空が薄明るくなった頃だった。




  ―― 劉備 side ――




「ふぁぁぁぁぁっ……」
「でかい欠伸だなあ、桃香」

 思わずしてしまった大あくびに、白蓮ちゃんが苦笑する。

「あふ……うん。眠い」
「自業自得だろ」
「……ごめんなさい」

 何度目かわかんない謝罪の言葉に、白蓮ちゃんはため息をこぼす。

「ともかく……仕事は溜め込まないようにな? さすがに三日前の仕事をできてないなんてことは、もう勘弁してくれ」
「はい、気をつけます……」

 山ほどあった竹簡を、盾二さんと愛紗ちゃんに手伝ってもら……ほとんどやってもらった翌朝。
 白蓮ちゃんにお詫びのため頭を下げています。

「そういえば盾二と愛紗は?」
「ご主人様は今日の分の政務に……愛紗ちゃんは今日、調練だって」
「……寝てないんだろ? 大丈夫なのか?」
「二人とも鍛え方が違う、って言ってた」
「さすがだなあ」

 うん、ほんとに。
 二人には頭が上がらないなぁ。

「まあ、報告はわかったよ。桃香、今日は休んでいいよ」
「ううん! 私だってまだ頑張れるよ! お仕事任せて、白蓮ちゃん!」
「そうはいってもな……とりあえず急ぎの仕事はないし」

 白蓮ちゃんは頭を捻っている。
 あ、それなら……

「じゃあ、街の見回りしてきてもいい? この街に着てからまだ見て回ってないんだ」
「ああ、それぐらいなら別にかまわないよ。むしろ助かる。城下の様子とかで気になることがあったら私に教えてくれ」
「うん! じゃあ、いってくるね!」

 私は白蓮ちゃんにそういって、部屋を出た。
 さあ、見回りガンバろー!




  ―― other side ――




「人助けで自分の仕事が、ね……桃香の悪い癖が出たか。これからは見回りの仕事だけしてもらって、政務は盾二に任せたほうがいいかなあ」

 そう言った白蓮の呟きを聞いたものはいなかった。 




  ―― 劉備 side ――




「改めてみると……平和でいい街だなぁ」

 思わず呟いた私。
 白蓮ちゃんの治世が良いためと思う。
 他の街より、ずっと街の人の笑顔がある。
 通りに面した屋台では、元気よく呼び込みの声がするし、談笑するおばさんたちにも笑顔がある。
 なにより――

「わーい!」
「まってよー!」
「おいらがいっちばーん!」

 子供たちが笑顔で走り回っている。
 こんな風景は平和じゃなきゃなかなかない。

(そう……私はみんなが、大陸中がこんな笑顔で包まれるのが夢――)

 その為に愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも手を貸してくれる。盾二さんだって力を貸してくれるといった。
 だから必ずみんなを笑顔にしてみせる。たとえ――それが私の偽善(わがまま)だとしても。

「きゃん!」

 あれ?
 目の前で追いかけっこしていた子の一人が、私の目の前で転んだ。

「あーあ……おまえトロいなぁ」
「ふぇ……」

 男の子の声に、転んだ子――女の子の目に涙が浮かぶ。

「わわ、な、泣いちゃダメだよ」

 私がしゃがみこんで、女の子を抱き起こした。

「ふぇっ……?」
「大丈夫? けがしていない? 痛いところないかな?」

 私が女の子を立たせて、身体に怪我がないか調べる。
 幸いちょっと手を擦った程度みたい。

「(ぐしぐし)うん、お姉ちゃん。ありがとう」
「気をつけてね? もし痛い所あったら、ちゃんとお母さんに言うんだよ?」
「うん、わかった!」

 女の子が元気に頷く。
 うん、よかった。

「なーなーお姉ちゃん、だあれ?」
「知らないお姉ちゃんだー」

 追いかけっこしていた子供達が、みんな私の傍に集まってくる。

「私はね、劉備っていうの。ここのお城でお仕事してるんだよ」
「おしごとー?」
「おしごとってなあに?」
「ばっかだなぁ。とーちゃんたちがしていることだよ」
「じゃあ、お姉ちゃんもおとーさんといっしょ?」

 子供たちが矢継ぎ早に質問してくる。

「ふふっ。君たちのお父さんがどんなお仕事しているかは知らないけどね。私はここの領主さんのお友達なの。それでお仕事を手伝っているんだよ」
「りょうしゅさまー?」
「あ、おれ、しってる! たしか”こーそんさんしょーぐん”っていうんだよ! とーちゃんがいってた!」
「あ、わたしもしってるー! ”はくばちゃーしゅー”とかいうんでしょ?」

 あはは……白馬長史ね。
 はにゃ? なんか裾が引っ張られている。
 ふと見ると、私の後ろで裾を引っ張りながらもじもじとしている女の子がいた。
 
「ん? なに?」
「ぉ……っこ」
「え?」
「ぉしっこ……」
「えええ!?」

 わ、た、大変!

「か、厠、厠は……」
「でそぅ……」
「きゃー!?」

 私はすぐ傍の菜館に振り返った。
 ちょうど、店の外でお店の人が通りに水をまいている。

「そ、そこの人!」
「はい!?」
「裏の厠、貸してください!」
「は? は、はい……」

 私は店の人の返事もそこそこに女の子を抱えあげ、店に飛び込んだ。

「もうちょっとだから、がまんしてー!」

 ……結果的にぎりぎりだった。
 すっきりしてニコニコしている女の子と対称に、ぐったりとして厠から出てくる私。
 店の人は苦笑している。

「あ、すいませんでした……厠お借りしちゃって」
「いやいや……その子は近所の子ですし、お役人様が気になさることじゃありませんよ」

 店主らしきおじさんが、手を振りつつ笑いかける。

「いえ、私はお役人なんてもんじゃないですよ。ただ、城に住んでいて見回りしてるだけですし」
「城にいて、見回りまでしてくれるなら十分お役人様でさあ。まあ、お役人様っぽくは見えませんがね」
「あはは。あ、そうだ。もし困っていることがあれば言ってくださいね。白蓮ちゃん……公孫賛様にも皆さんの言葉を伝えるように言われているんです」
「おお……」

 あれ? 店の中にいるお客さんたちから感嘆の声が上がった。

「公孫賛さまの真名を……」
「しかも俺たちの言葉を伝えるって?」
「役人なんて賄賂しかとらねぇと思っていたが……」

 お客さんたちがひそひそと話し合っている。

「お役人様。失礼ですが、お名前は……」
「あ、すいません。私、劉備玄徳っていいます。けどほんとに私、お役人じゃありませんから『様』なんてつけなくていいですよ」
「劉備様……いえ、劉備様と呼ばせていただきます。ここの領主様の真名を預かり、我々の声を領主様に届けていただける方を呼び捨てなんかできますかい」

 店主のおじさんが腕を胸に組み、頭を下げる。

「わわわ、そんな、頭を上げてください。偉いのは白蓮ちゃんであって、私じゃないんですから」
「なんと謙虚な……」
「ああ、こんなお役人様がいるなんて……」
「だから、私は役人じゃないんですってばー!」

 思わず声を上げる私。
 私は無位無官なんだから、ほんとに違うのにー!
 くいっ、と裾がつかまれる。
 あれ? さっきの女の子?

「りゅーびさま、えらいの?」
「ううん、私はえらくなんかないよ? でも、困ったことがあったら、なんでもいってね? 力になるから」
「うん、りゅーびさま!」

 女の子はそういって店の外に駆けていく。と――

「みんなー! りゅーびさまがあそんでくれるってー!」
「うえぇぇぇぇっ!?」

 私が驚愕していると、女の子を待っていた子供達が大量に店の中に入ってくる。

「あそぼー!」
「お姉ちゃん、あそぼー!」
「ばっか、りゅーびさまっていわなきゃだめだろ」
「そっかー、りゅーびさまー、あそんでー!」
「あああああああああ!?」

 私が子供囲まれ、引っ張られ、もみくちゃにされる。

「わ、わ、わかっ、わかったから、ちょっとまってぇぇぇぇっ!」
「わっはっはっはっは! なんて人のいいお役人様だ!」
「ああ、劉備様! 今度ウチの店に来てくれよ! 歓迎するぜ!」
「うちの仕事場にもきてくれよ、きっとみんな喜ぶぜ!」
「なにいってんだ、おまえの所じゃ男臭すぎて劉備様が妊娠しちまうよ!」
「ちがいねえ、はっはっはっは!」

 ひーん! 誰も止めてくれないよぉ!

「と、とにかく、みんな、外にいこっ、ここじゃお店の人に迷惑だから……きゃっ! だれー、お尻触ったのーっ!」
「ぼくじゃないよ?」
「おいらでもないよ?」
「はーい、わたしですー」
「きゃああっ、だめ、服引っ張んないでぇぇっ! 見えちゃう、見えちゃうからぁ!」

 だれー! 今、もうちょいとか言った人っ!

「このー! みんな、おしおきしちゃうぞー!」
「わー、にげろー!」
「きゃっー!」

 怒った振りしながら子供を追い立てる。
 みんなキャーキャーいいながら外に出て行った。

「もう……騒がせてすいません。またきますね」
「ははは、気にしないで下せえ。いつでもどうぞ、劉備様!」
「はい、ありがとうございます!」

 店主のおじさんが笑いながら見送ってくれる。

「りゅーびさまー! はやくー!」
「はーい、いまいくよぉ~!」
「なにするのー?」
「おれ、おいかけっこー!」
「おままごとがいいー!」
「わたし、だっこー!」
「はいはーい、みんな順番ねー!」

 私が外に出ると――
 きれいな青空に笑い声が満ち溢れていた。




  ―― 盾二 side 北平 ――




「じゃあ、これで。お疲れ様です」

 俺は書き終えた竹簡を侍女の人に渡し、部屋を出る。
 今はもう昼時。
 昨日……いや、今日の明け方まで桃香の手伝いをしていたから少し眠い。
 
「少し昼寝でもするか……? いや、夜寝にくくなるのもなあ」

 思わずぼやきながら城の内庭に差し掛かったときだった。

「やっ、はっ、ふっ!」

 ?
 誰かの掛け声と何かが風を切る音がする。

「はっ、やっ、たぁ!」

 ちらっと中庭を覗くと、そこには鈴々が愛用の蛇矛を振り回して鍛錬していた。

「たぁっ、はっ、にゃあああああっ!」

 振り上げ、振り下ろし、連続突き。
 あれだけ大きな蛇矛を見事に操り、なおかつスピードも速い。

(たいしたもんだ……本当に)

 本来、鈴々の背丈なら、あれだけの長さの矛の遠心力には耐え切れないはずだ。
 だが、鈴々は足を踏ん張り、大地に吸い付いたように腰を落とし、その遠心力を自身の膂力だけで支えている。

(おそらく無意識に氣で強化でもしているんだろうな……でもなければ説明がつかない)

 かつて先輩である御神苗優の師匠である(おぼろ)。彼の稽古を受けたときに氣というものを知った。
 氣は、オリハルコンの精神エネルギーの源であり、だれにでもある力。
 それは鍛錬で発露する場合や、無意識でそれを使う人間もいると言っていた。特に、昔の英雄はそうだったと。
 となればその英雄である張飛や関羽なれば、無意識に使っていて当然なのかもしれない。

(愛紗のあの細腕で青龍偃月刀を振るう膂力からも頷ける……本当に俺は過去にいるんだな)

 俺はかつていた世界に思いを馳せる。
 不思議だった。何より不思議だったのは……

(俺は向こうの世界に未練がないんだ……)

 そう。
 別に向こうの世界が嫌だったわけではない。
 アーカムでいろんなことを学び、いろんな人たちに出会い。
 そして古代の遺物や遺跡を実体験で学んでいく喜びもあった。
 だが――

(だが、俺はあの世界でなにがしたかったのか――)

 一刀と共に生き、スプリガンとなり、多くの遺物(オーパーツ)を封印する。
 それが俺の生きがいになる、そう思っていたのだが。

(この世界にきて、一刀が生き返り、目が覚めないとはいえ今は落ち着いている)

 そのことで、やっと余裕が生まれたのだろう。
 最近、自分はこれからどうしたいのかを考えてしまうのだ。
 だが、いつも考えるたびに思うことは……

(一刀がいる以上、向こうに未練がない)

 向こうには先輩たちがいる。大槻もいる。
 ティアさんや朧や山本さん――知り合った友人、知り合い、仲間がいる。
 それでも。それでも俺は……

(向こうの世界より……この世界に惹かれているのか)

 なにせ千八百年以上の過去である。
 スプリガンの誰も――向こうの世界の誰も来たことがない世界。
 そこに俺と一刀は立っている。
 しかも、歴史の英雄達の傍に。

(俺は……劉備に会い、その人徳に魅せられたのかもしれない)

 向こうの世界ではいつか見つかるかもしれないと思っていた。
 自分の生まれた意味。そして、生きる意味。

(たとえそれがなかったとしても……創りたい。生まれてすぐ、捨てられた命だからこそ)

 それが俺と一刀が誓った約束。

(だれかに……勝手に産み落とされた命。意味も価値も……与えられることもないままに)

 それでも、それでも俺たちは、死ぬ前に何かを残すために生きる、と――

「にゃあああああああ! よけてーーーっ!」
「!?」

 風を切る音と一瞬の悪寒に、身体が勝手に反応して伏せる。
 と、俺の頭上をものすごいスピードで通り過ぎていく、一条の矢――いや、矛。
 先程まで頭のあった位置には、鈴々の丈八蛇矛が、柱に食い込むように刺さっていた。

「あ、あぶなぁ……」
「にゃああ、だいじょうぶかぁーっ!?」

 鈴々がこちらに走ってくる。
 手に何も持ってないところを見ると……すっぽ抜けたか。

「あ、ああ。大丈夫だけど……ちゃんと持ってなきゃ危ないだろう」
「にゃあ、ごめんなのだ。ちょっと手が滑ったのだ」

 鈴々がすまなそうに頭を下げる。
 俺はため息をつきつつ、その頭をなでた。

「にゃ?」
「まあ、気をつけてくれよ。俺だったからよかったけど、侍女の人とか文官の人じゃ当たって大怪我してたんだから」
「うん。気をつけるのだ」

 そういって、刺さった蛇矛を抜こうとする。
 だが、だいぶ深く刺さったのだろう。
 なかなか抜けないようだ。

「ふんぬぬぬぬ……だあ。動かないのだ。お兄ちゃん、手伝って」
「鈴々の力で抜けないんじゃ、俺じゃ無理だって」
「そんなことないのだ。あの力ならきっと抜けるのだ」
「ああ、AMスーツか。あれは今、部屋に置いてきちまったしなぁ」

 先程まで政務をしていたのである。
 今、俺が着ているのはこの世界の一般服だ。

「まあ、俺だけじゃ無理でも二人なら抜けるだろ。鈴々、一緒に抜くぞ」
「わかったのだ、せーのー!」

 二人で力を入れると、ギシギシと音を立て、ようやく柱から蛇矛が抜けた。

「やっと抜けたのだ……ありがと、お兄ちゃん」
「いえいえ、どういたしまして……鈴々はずっと鍛錬していたのか?」
「うん。今日は愛紗が調練の当番なのだ。鈴々は自分の鍛錬をして、強くなっていたのだ」
「そっか。さすが鈴々。日々努力を惜しまないね」
「にゃはは~。照れるのだ……あ、そうだ! お兄ちゃんも鈴々と一緒に鍛錬するのだ!」

 鈴々は名案が浮かんだ、と言いたげにこちらを見てくる。

「鍛錬か……そういや最近、まともに身体動かしてなかったな。ちょっとやっておくか」
「わーい、やったのだー!」

 鈴々が両手を挙げて喜ぶ。
 俺はその喜びようにちょっと苦笑しつつ、中庭へと出た。

「んじゃ、ちょっと組み手でもしようか。お互い武器はなし。徒手空拳で一本勝負。まいったで負け。それでいい?」
「わかったのだ。鈴々は素手でも強いのだ!」
「はは、俺だってAMスーツがないからといって簡単にはやられるつもりはないよ。じゃあ、いくぞ!」
「応っ、なのだ!」

 俺が構えると、鈴々は真正面から飛び掛ってきた。

「ちぇあーっ!」
「ふっ」

 鈴々の拳打がこちらの顔面を狙ってくる。
 それに対し、半歩退いて身体をそらした俺は、カウンターの掌底を彼女の腹部めがけて放つ。

「にゃっ!」

 カウンターを空中で身体をそらせて避けながら、その反動で蹴打を放ってくる鈴々。
 その足を左腕でブロックしつつ、右手で足を持ち、そのまま空中に放り出した。

「にゃーーっ!?」

 本当はそのまま追撃しようと思ったが、空中で体勢を立て直した鈴々を見て諦める。
 鈴々は、地面に降りると同時にこちらに向かって再度飛び込んでくる。

「また正面か!」
「今度は違うのだ!」

 そういいつつ、足元に低く飛び込んだ鈴々は前転し、その反動で倒立した両足で蹴り上げてくる。
 俺はその両足をしゃがむことで避けつつ、伸びきった鈴々の両腕を足払いの要領で払う。

「にゃっ!」
「隙だらけだぞ、鈴々」

 バランスを崩す鈴々の背中に向け、すかさず戻した足を踏みしめて肩から体当たりをする。
 よくいう「鉄山靠」という技だ、

「にゃあああっ!」

 手加減をしたため、大したダメージにはなってないのだろう。
 くるくると一回転して地面に落ちた鈴々は、その反動ですぐに立ち上がった。

「ううん、お兄ちゃん、強いのだ」
「あまりなめちゃダメだぞ、鈴々。今の手加減しなきゃ下手すれば大怪我だぞ?」
「わかってるのだ! 今度は負けないのだ!」
「さあ、こい!」
「うりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」

 今度は反復横とびのように、ジグザグに飛びつつ向かってくる鈴々。
 そのままこちらの目の前で体勢を低くして一瞬視界から消える。

「これでどうだー!」

 そういった鈴々はこちらの右側後方に回り込んで回し蹴りを放ってきた。
 だが。

「不意を打つのに声だしちゃダメだろ」

 俺はそういってバックスウェーのように身体を反らして、右腕を振る。
 本来はここでフリッカーのようなパンチを相手に叩き込むのだが、相手は鈴々。
 手加減した掌底を、鈴々のお尻に放った。

「(パァーン!)いったーっ!」

 お尻を打たれた鈴々が声を上げる。

「お兄ちゃん、エッチなのだー!」
「お仕置きだ。単純すぎるぞ。もっと頭を使わなきゃ」
「にゃにおー! まだまだー!」

 そういってまた鈴々が飛び込んでくる。

 そうこうして半刻(一時間)ほどして――

「にゃああ……まいったのだぁぁぁぁ……」
「はい、お疲れさん」

 ぐたっと倒れる鈴々と、胸の前で拳を合わせて礼をする俺がいた。

「お兄ちゃん、強すぎなのだ……」
「違う、違う。俺が強いんじゃないよ。鈴々が素直すぎるの」
「にゃ? どういうこと?」

 鈴々が顔だけ起こして俺を見ている。
 やれやれ……ちょっと説明するか。
 俺はその場にドカッと腰を下ろした。

「いいかい、鈴々。こと腕力や瞬発力だけなら君は俺なんかとは比べ物にならないものをもってる。でも、今の鈴々じゃ俺には勝てない。何故だかわかるかい?」
「わかんないのだ。力や早さが上なら、鈴々が負ける訳ないのだ」
「戦いはね、力や早さだけじゃない。技術があることが重要なんだ」
「技術……?」
「そう。例えば鈴々は相手が上から剣を振りかぶってきたらどうする?」
「避けるのだ」
「そうだね。でもそれをわざと武器で受けて跳ね返したら?」
「相手は剣を振り上げたままで止まるのだ」
「そうだね。そこに隙ができる。でも横に薙いできたら、受け止めれば逆にこっちの動きが止まって隙ができる。横薙ぎじゃ、跳ね返しても隙は少ない。どうする?」
「そのときは避けて、剣が通り過ぎた後に攻撃するのだ!」
「そういうこと。そういった自分の隙を少なくして、相手の隙をつくのを技術っていうのさ」
「なるほどー、頭いいのだ!」

 鈴々が興味心身にこちらに顔を近づける。

「もちろん、相手の力が強ければ剣が押し切られたりする。逆に相手が早ければ避けても攻撃する前に体勢を整えてしまう。相手と自分が、どこが秀でて、どこが劣るのかを見極めるのも強さなんだよ。まあ、それは鈴々ならわかっているだろうけど」

 本能で、とは可哀想なので言わないでおく。

「だから鈴々は技術を高めればもっと強くなれるよ」
「…………」
「鈴々?」

 あれ? 黙っちゃった。もしかして心の声読まれた?

「お兄ちゃん」
「うん?」
「やっぱり、お兄ちゃんがご主人様になってよかったのだ!」
「は!? ナ、ナニヲイッテルノデスカ、リンリンサン」

 いきなり鈴々にご主人様とか言われて固まる俺。
 いや、固まるだろ。お兄ちゃんだったのがご主人様っていわれりゃ!

「お兄ちゃんが鈴々を鍛えてくれれば、鈴々はもっと強い武将になれるのだ! そうすれば桃香お姉ちゃんの夢にもっともっと近づくのだ! だから鈴々はおにいちゃんをご主人様と呼ぶのだ!」
「だめ! それだめ! 俺の心のオアシス……もとい、安定の為にだめ!」
「にゃ?」

 桃香と愛紗だけでも恥ずかしいのに、その上鈴々みたいな小さい子にご主人様なんて言われてみろ!
 この世界での世間体がどうだか知らんが、俺が嫌だ!

「鈴々はお兄ちゃんのままでいいの! あれは二人だけ! だからそのままで通して、お願いっ!」
「にゃあ……残念なのだ」
「ま、マジやめて……勘弁して。心臓に悪いわ」

 本気で涙目になりそうだった。
 考えてほしい。一刀が目覚めてこんな子にまでご主人様といわせる俺……あいつの目が怖いわ!
 いや、桃香や愛紗のも認めたわけじゃないんだが……あれはもう否定しても無駄というか、なんというか。

「にゃぁ~……じゃあお師匠様。お師匠様なのだ! これならいいでしょ?」
「おし……? む、むぅ……まあ、ご主人様よりは……」
「じゃあ、お兄ちゃんはこれからお師匠様なのだ!」
「あいや、またれい! 鈴々、その呼び方は鍛錬のときだけな! 二人だけの秘密だ、弟子よ!」
「にゃっ!? 弟子! 弟子かぁ……わかったのだ、お師匠様! 二人で鍛錬のときだけそう呼ぶのだ!」
「うむ、励めよ、弟子よ!」
「にゃっ、わかったのだ、お師匠様!」
「うむ!」

 そうして笑う俺たちは気づかなかった。
 この現場を星に見られていたことに。

「これはおもしろい……さて、この秘密はメンマ何壺になるのであろうな」 

 その日のうちに秘密は秘密でなくなったようだ。
 
 

 
後書き
プロットの調整をした結果、予想よりもめちゃくちゃ長くなることが判明しました。
今のところ削る気はありません。

調整していて思ったのは、未来の人間ってずるいよね、っていうごく当たり前な事実でした。
とはいえ、原作のようにみんな無傷でだれも欠ける事なく……なんて戦争物でやりたくないのも事実。

でも、みんなファンいるからなあ……

ということで、来週にまた。 
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