ロミオとジュリエット
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第一幕その二
第一幕その二
「さて、それでは」
「私もまた中に入って宜しいのですね」
「その為に御前を連れて来たのだよ」
彼はまた娘に対して言った。
「御前にはいつも寂しい思いをさせているし」
「そんな」
彼はキャビレット家の主として忙しい身分だ。母、つまり妻は早いうちになくしている。彼はそれからずっと男やもめでありジュリエットもまた母親というものをあまり覚えてはいない。そんな娘に対する父の気遣いであったのだ。
「さあ、行っておいで」
優しい声で娘に宴の中に入るように言う。
「そして今宵を楽しむのだ。いいね」
「わかりました」
ジュリエットは父にここまで言われこくりと頷いた。
「それでは行って参ります」
「うむ」
ジュリエットは仮面を着けると父に一礼して宴の中へと消えた。その時その宴の中にある男達がいた。
「潜り込んだのはいいが」
見ればまだ若い男達だった。めいめいの上着にタイツ、マント、そこに帽子と仮面といった出で立ちであった。誰もがかなりの洒落者であるようだ。
その中心にいるのは栗色の髪に赤い上着、黒いタイツにマント、そして黒の羽根付き帽子という格好であった。顔は赤い仮面で上半分は見えない。だが下半分は端整で凛々しい顔立ちであった。きっと美しい少年なのだろうと思わせるものがそこにあった。
「さて、どうするか」
「仮面を外すか?」
「マーキュシオ」
中央にいるその少年がふと仮面を外してはといった背が高く、黒い髪の者に対して咎め立てた。
「それは駄目だ。ここはキャブレット家の中なんだぞ」
「おいおい、ロミオ」
その若者マーキュシオはそれを聞いて苦笑いを浮かべた。両手の平を前に出して制止するポーズを取っていた。
「本気になるなよ。僕だってそんなことはしないさ」
「当然だ」
ロミオはそれを聞いて頷いた。
「若しそんなことをすれば大変なことになってしまう」
「ああ」
「それじゃあ今は」
「知らない顔をしていよう」
ロミオは周りにいる友人達に対してそう述べた。
「しかしだ」
だがここでマーキュシオがまた言った。
「どうにもこのままだと面白くないね」
「面白いとかそうした問題じゃないだろ」
ロミオはまた反論した。
「違うか?」
「血が騒ぐんだ」
それがマーキュシオの言い分であった。
「僕はね」
「君がか」
「そうさ。やはり男は斬り合ってこそ価値があるんだよ」
腰の剣を眺めて楽しそうに述べる。
「違うかい?」
「慎重さも美徳の一つだ」
しかしそれでもロミオは取り合わない。
「だからここは」
「妄想の女王に取り憑かれて」
「妄想の女王が何者かはわからないけれど今は」
「宴を素直に楽しむってことかな」
「そうするべきだと思う。幾らキャブレット家であっても」
「では妄想の女王からの警告を」
「歌うのか?マーキュシオ」
「歌ならいいだろ?」
ワインがたたえられた杯を右手に言う。
「マブの女王の歌を」
「君のお得意だね」
「ああ、それじゃあ」
彼は歌いはじめた。それはバラードであった。
「マブは妄想の女王、夢の城の中にいて世界を飛び回る。目にも止まらぬ速さで馬車で飛び交い世界を回る」
「彼女の御者は?」
「蚊なのさ」
仲間の問いにバラードで応じる。そして歌を続ける。
「鞭の柄は蟋蟀の骨で手綱は月の光。女王の持ち物はどれも不思議なものばかり。やもめや貧乏人をからかい、そして笑う。兵士にワインをかけて濡らして遊ぶ稀代の悪女さ」
「何時聴いても不思議な歌だ」
ロミオはその歌が終って述べる。
「幻を歌っているのか」
「幻だけじゃないんだ、これが」
マーキュシオは言う。
「女性そのものも歌っているのさ」
「女の人をかい!?」
「そうさ。女ってのは勝手な生き物だからね」
シニカルに笑って応える。
「そういうふうに我儘に意地悪に振舞うものさ。君はまだそれを知らないみたいだね」
「知っているも何も」
ロミオは口を引き締めて言う。
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