| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ロミオとジュリエット

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一幕その一


第一幕その一

                  第一幕 出会い
 キャブレット家の屋敷である。黄金色の光で照らされる華やかな舞踏の場に場と同じように着飾った者達が仮面を着けて参加していた。
「さあ、今宵は楽しみましょう」
 道化師達が彼等の間を跳ね回りながら舞台を盛り上げようとはしゃぐ。
「何もかも忘れて。世事の喧騒も艶やかな笑いの中に」
「その為に宴はあるのです」
 彼等は言う。
「ですから」
「朗らかに」
 緑と赤の毒々しいまでに派手な上着とタイツ、そして素顔を隠した化粧。それはまるで悪魔にも見える。朗らかだが素顔には何があるかわからない、そんな彼等がはしゃぎを作っていた。
 皆それを眺めながら酒と御喋り、そして美食を楽しんでいる。その中で二人の仮面の男達がいた。
 一方は金髪、もう一方は茶色の髪だ。金髪の男は黒いマント、茶色の髪の男は白いマントにそれぞれ身を包んでいる。顔は仮面で見えはしない。
「なあパリス」
 金髪の男が茶色の髪の男に声をかけてきた。仮面を着けていても誰かはわかっていた。
「何だい、ティボルト」
 茶色の髪の男は名前を呼ばれて金髪の男に応えた。
「この宴、どう思う?」
「素晴らしいものだ」
 パリスはそれに応えて満足気に述べた。
「富と美が一つになったこの宮殿で。華やかな舞台が行われる」
「その中にいることに満足しているんだね」
「そうさ。これで満足しない者はいないだろう」
 パリスは述べた。
「君もそうは思わないかい?」
「確かに。だが」
「だが?」
「僕は嫉妬を感じずにはいられないね」
 ティベルトは仮面の下に笑みを浮かべてこう述べた。
「嫉妬?どうしてだい?」
「この華やかな宴が誰の為にあるのかを思うとね。嫉妬してしまうのさ」
「どういうことなんだい、それは」
「とぼけるというのか?君も意地が悪い」
「いや、どういうことなのか」
「ここには確かに何でもある」
「ああ」
 美酒も美食も美女も。全てがそこにあった。この時のイタリアは欧州で最も華やかな場所であった。その華やかな場所にも一つだけないものがあったのだ。
「しかしだ」
「うん」
「君だけの花がまだここにはない」
「成程」
 パリスはそれを聞いて仮面の下で笑みを作った。
「彼女か」
「そう、彼女だ。見たまえ」
 ここで彼は部屋の入り口の扉を指し示した。
「どうしたんだい?」
「彼女が来たぞ」
「おお」
 パリスはそちらを見て思わず声をあげた。黄金色の豊かな巻き毛を腰まで垂らした青い、翡翠を思わせる澄んだ瞳の小柄な少女が姿を現わした。白いシルクのドレスに身を包んでいるがその白に負けない程の白い肌と顔をしていた。細長めの顔は彫がはっきりとしていてまだ幼さが残っているが同時に艶やかでさえある。隣の長身で黄金色に青い目を持つしっかりとした印象の男にエスコートされた彼女の名はジュリエット、父でありこの家の当主でもあるキャブレット卿に連れられて舞踏会に姿を現わしたのである。
「おお」
「閣下」
 来客達は彼の姿を見て一斉に仮面を外した。そして道を開けて一礼した。
「ようこそ、我が家へ」
 キャブレット卿はジュリエットを横に置いて客達に挨拶をした。顎鬚が勇ましい。
「来て頂き何と御礼を申し上げてよいかわかりません。娘も喜んでおります」
「まことに感謝の念に耐えません」
 ジュリエットは頭を垂れてこう述べた。
「今宵は我が家に来て頂き有り難うございます」
 澄んだ、宝石を転がす様な美しい声である。その容姿に相応しい声であった。
「今宵はどうか楽しんで下さい。美酒と、そして音楽に」
「音楽に!?」
「ええ。美しい曲が私達を待っています」
 彼女は言う。
「さあ、こちらへ」
 楽器を持った男達が部屋の奥に現われた。そして曲を奏ではじめた。
 それはそこにいた者達が誰も聴いたことのないような流麗な曲であった。まるでジュリエットそのもののように美しい曲であった。
「この曲は」
「まるで花の様だ」
 客達はその曲を耳にして口々に言う。
「さあ、曲だけではありませんぞ」
 キャブレット卿が客達に対してまた笑顔を向けてきた。
「美酒もあれば」
「催しも」
 道化師達がまた姿を現わす。
「さあ、また仮面を着けられよ」
「そして現世のことは忘れ騒ぎましょう」
「仮面を着ければそれで貴方ではなくなります」
「ですから」
「ジュリエット」
 卿は娘の方に顔を向けた。優しい笑みであった。
「今日は楽しもうではないか」
「はい、お父様」
 娘は父に対して優しい笑顔を向けて応えた。
「それでは皆さんで」
「そうだ。さあ皆さん」
 卿はまた客達に顔を向けて挨拶をした。
「今宵は踊り、喜びを讃え合いましょう。若さを讃え、若き日に戻って」
 若きも老いも存分に楽しんで欲しいということであった。
「踊らぬ方は美酒と美食を楽しまれよ。音楽もありますぞ」
「おおそれは」
「何と気前のよい」
「道化師達の催しもございます。私も若き日を思い出します」
 と言っても彼はまだ四十であった。老いたというには少し若過ぎるが。
「その頃に戻り宴を楽しみましょう。それでは」
「ええ」
「キャブレット家に万歳!」
「キャブレット卿に幸あれ!」
 皆口々に卿を讃える。彼はそれを受けながらジュリエットに顔を向けてきた。
「さあ、御前も楽しむのだ」
「お父様は」
「私も無論楽しませてもらう」
 彼は満面に笑みを浮かべて娘に答えた。そこへ道化師達が卿とジュリエットの仮面を持って来る。卿の仮面は黒く厳しく、ジュリエットの仮面は美しい白の仮面であった。まるで二人を表わしているかの様に。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧