DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
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五章 混沌に導かれし者たち
5-08広がる世界
転びそうな勢いで駆け寄ってくる女性に、少女とマーニャが注目する。
(この前の。おどりをしてた、人。若いから、おねえさん。)
「ん?なんだ?」
「エンドールの!踊り手様、ですよね!」
「おお、知ってんのか」
「私、エンドールで、見て!ファンなんです!踊りを、見せて、いただけませんか!」
「あー。金、取んぞ」
「払います!いくらでも、払いますから!」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ。普通でいいんだよ」
「じゃあ!」
「つってもなあ。城の庭で、勝手に興行するわけにもいかねえだろ」
「大丈夫です!城の庭園は、一般に開放されてますし!旅芸人の一座が公演するのも、ここって決まってますから!」
「そういうことなら、まあいいか。ミネアがいりゃいいんだがな。……お、いいとこに。おーい、ミネア!」
ちょうど庭園の前を通りかかったミネアに、マーニャが呼びかける。
気付いたミネアが、歩いてくる。
「兄さん。早かったね」
「おう。そっちの話はあとにして。曲、頼むわ」
「踊るの?ここで?大丈夫?」
「いいんだとよ」
「そう。わかった」
ミネアは荷物から笛を取り出し、マーニャは剣舞用の、見た目を重視して華やかな造りの、軽くて威力の低い剣を取り出し、荷物を少女に預ける。
「嬢ちゃん、見ててくれな」
「荷物を?見てれば、いいの?」
「じっと見てろってことじゃねえぞ。誰かに持ってかれたり踏まれたりしねえように、気にしててくれりゃいいんだ」
「うん。わかった」
念のため、地面に下ろされた道具袋の、紐を握る。
「じゃ、姉ちゃん。文句付けられたら、頼むぜ」
「お任せください!」
ミネアが笛を構え、マーニャが剣を掲げて舞の型を取る。
姿勢を正し、雰囲気を変えたふたりに、庭園で談笑していた人々が、会話を止め、目を向ける。
ミネアが笛を吹き、静かに曲を奏で始める。
庭園の近くを通りかかった人が、立ち止まる。
曲に合わせ、マーニャが静かに動き出す。
凛とした空気に、人々の視線が集まる。
笛の音が、高くなる。
剣が、鋭く空を切る。身を翻し、紫水晶の髪が舞う。
髪の一本一本、毛先まで神経が通っているかのように、身体の、剣の動きに合わせ、計算し尽くされた軌跡を描く。
音に、舞に、吸い寄せられるように人垣が生まれる。
曲が激しさを増し、舞も合わせて激しくなる。
目にも止まらぬ速さと感じさせながら、目に焼きつくような印象を残す。
どの瞬間を切り取っても、完成された絵画のように美しく、それでいて絵画では決して表せない、躍動。
人々は、少女も、全ての瞬間を見逃すまいとするように、瞬きを忘れ、見入る。
永遠のような、一瞬のような時間が過ぎ、笛の音が、舞が静かになり、やがて、終わる。
マーニャが動きを止め、剣を下ろし、優雅に一礼する。
顔を上げ、観客を見回し、微笑む。
歓声が、沸き起こる。
少女は言葉も無く、立ち尽くす。
(……これが。本物の、踊り手の、踊り。……すごい。)
以前にここで、女性たちが踊るのを見たときは、楽しそうとは思ったが、それ以上に心を動かされるものでは無かった。
そのときとは全く違う、今のこの感覚。
ただ美しいと思うだけではない、感情を強く揺り動かされる、なにか。
知っていれば、感動という言葉で表現したであろうもの。
ひたむきに、ひたすらに、修業の日々を送ってきた少女が、初めて味わうものだった。
マーニャが愛想を振りまき、投げ込まれるおひねりを拾う。
「おう、嬢ちゃんも拾ってくれ」
「……」
「おい、嬢ちゃん?」
「……」
返事をしない少女に怪訝な顔をしつつ、肩を掴み揺する。
「おい。どうした」
「……マーニャ。」
「どうした?嬢ちゃん」
「……すごかった。」
「おう。ありがとよ」
「本当に、すごかった。」
「一応、これでメシ食ってるからな」
「本当に、本当に。すごかったの。」
想いを表す言葉を、うまく見つけられない。
もどかしそうに、必死に訴える少女の頭を、マーニャが撫でる。
「もっと早く、見せてやりゃ良かったな」
「また、見たい。」
「おう。近いうちな」
「うん」
「とりあえず、一緒に拾ってくれや」
「うん。わかった」
無意識に、道具袋の紐を強く握りしめていた手が、固まっている。
なんとか指をほどき、握ったり開いたりを繰り返して、感覚を取り戻す。
マーニャが再び愛想を振りまき、三人でおひねりを集める。
アンコールを求める観客を、笑顔でやりすごす。
アンコールは無いと悟った客は、徐々に散って行く。
踊りを求めてきた女性は、感激のあまり座り込んで涙ぐみ、動けずにいる。
少女は集めたおひねりをマーニャに差し出し、押し返される。
「これは、とっとけ。小遣いだ」
「いいの?」
「おう。ガキが遠慮なんかすんな」
「うん。ありがとう」
離れたところでおひねりを集めていたミネアも拾い終え、近付いて来る。
「兄さん、お疲れ様」
「疲れたってほどでもねえな。時間がありゃ、もう一曲くらいやっても良かったが」
「そうだ、さっきの話」
「おう。今夜の宿が決まった。行くぞ」
「そんな話になったのか」
「なかなか、面白えおっさんだったが。ガキにわかれったって、無理だわな」
「宿屋さんに行くの?」
「似たようなもんだな。ただ、この町じゃねえ。ルーラで行くぞ」
「うん」
マーニャのルーラで、木こりの家に飛ぶ。
「……ここ。」
「大丈夫だ。ルーラで来たろ?先に聞いてある。嬢ちゃんも、泊まってけってよ」
「……ほんとに?」
「オレは、嘘はつかねえ」
「だって、嫌いって」
「世の中にはな、素直じゃねえ奴ってのがいるんだ。そういうのは、思ってもねえことを、口に出しちまうもんだ」
「そう、なの?」
「口は悪いが、親切だったろ?」
「……うん」
「よし。じゃ、入るぞ。覚えとけよ、あのおっさんは、素直じゃねえ。何を言われたかより、何をされたかで、考えろ」
「うん。わかった」
「よう、おっさん。来たぜ」
マーニャを先頭に、木こりの小屋に入る。
少女は、マーニャの背後に隠れるようにして、ミネアに背中を軽く押されながら、後に続く。
小屋の中には、四人分の食事と寝床の準備が整えられていた。
落ち着かない様子で室内を歩き回っていた木こりが、ぴたりと立ち止まり、油の切れた機械のようなぎこちない動きで、三人のほうを見る。
少女が身を縮め、ますますマーニャの後ろに隠れる。
木こりは何かを堪えてでもいるかのように、ぷるぷると震え、顔が徐々に赤くなっていく。
木こりが、投げつけるように叫ぶ。
「ま、また!てめえか!」
少女がびくりと震える。
マーニャが呆れたように言う。
「おい、おっさん。せっかく連れてきたのによ。追い出してえのかよ」
木こりが少女に、睨み付けるような鋭い視線を向ける。
少女は縮こまったまま、俯く。
(やっぱり、嫌われてる)
木こりが、怒鳴る。
「てっ!てめえみてえな、嬢ちゃんは!ひと晩、泊まって行きやがれ!」
少女が弾かれたように顔を上げる。
木こりは素早く、顔を背ける。
(嫌い、なのに?泊まって、いいの?)
顔を背ける木こりの、横顔を見つめる。
耳まで、赤く染まっている。
室内を、見回す。
三人を迎える準備が整っていることに、気付く。
何を言われたかでなく、何をされたか。
(……嫌いじゃ、ないの?)
木こりは、少女と目を合わせない。
少女は、マーニャを見上げる。
マーニャに、頭を撫でられる。
「な?大丈夫だったろ」
「……うん。」
相変わらず、怒鳴りつけるように話す木こりを、マーニャが適当に往なしながら、食事の席に着く。
喧嘩をふっかけるような物言いの木こりを、ミネアが穏やかに受け流しながら、食卓を囲む。
少女は一言も口を挟まず、静かに木こりを観察する。
(怒ってる、みたいだけど。怒って、ない?恐いみたい、だけど。怖く、ない。)
食事が終わり、後片付けを手伝おうとするミネアも含め、木こりが三人を寝床に追いたてる。
「いいから、さっさと、休みやがれ!」
三つ並べて敷かれた布団の、真ん中に少女が入る。
「こんな早くから休めとか。どんだけ健康的だよ」
マーニャがぼやきながら、見張るように睨み付ける木こりに溜め息を吐き、隣の布団に入る。
「たまにはいいじゃないか、こういうのも。」
ミネアが木こりの視線を受け流し、反対側の布団に入る。
三人が布団に入ったのを見届け、木こりは後片付けのために戻っていく。
「悪かねえがな。ガキじゃねえんだからよ」
黙っていた少女が、口を開く。
「……おじさんは。わたしが、嫌いじゃ、ないの?」
「嬢ちゃんは、どう思った」
「嫌いじゃ、ないかもって、思った」
「それが、正解だ」
「……あんな人も、いるのね」
「そうだな。あそこまでのは、珍しいがな」
「……よかった」
「あ?おっさんが、変わり者でか?」
「嫌われてなくて、よかった」
「ああ。良かったな」
「今日は、マーニャの踊りも見られて。ほんとに、よかった。昨日も、楽しかったけど。今日もすごく、いい日だった。」
「良かったですね、ユウ。」
「うん。ミネアができるのは、占いだけじゃないのね。踊りのときの。あれは、なんて言うの?」
「笛のことですか?それとも、曲?」
「どっちも、よくわからない。歌は、知ってるけど。声じゃなくて、道具を使うのは、初めて聴いた」
「声や道具を使って、曲を奏でることを、音楽といいます。声を使って、言葉をのせて曲を奏でることを、特に歌を歌うといいます」
「……うん。わかった。ふえ、は?」
「音楽に使う道具を、楽器というのですが。笛は、その楽器の一種です」
「ミネアが、使ってた道具ね。きれいな、棒みたいな。ミネアは、ふえが上手なのね」
「本当は、兄さんのほうが上手いんですけどね。他にも、楽器ならなんでも。」
「そうなの?どうして、しないの?」
「踊りながら、曲もやるってわけにゃいかねえからな。ミネアがいなけりゃ、歌って済ませることもあるが。客を呼ぶには、やっぱ音があるのが手っ取り早いからな。片手間になっちまうから、進んではやらねえが」
「そうなの。すごいのね」
「ミネアにゃ、占いがあるが。オレは、しがない芸人だからな。メシのタネになりそうなことは、ひと通りな」
話し込む三人を、片付けを終えた木こりが怒鳴りつける。
「てめえら!旅で、疲れてんだろうが!さっさと、寝やがれ!」
木こりに無理矢理寝かしつけられ、三人は眠りにつく。
翌朝、いつも以上に十分に休んだ少女は、日課をこなすため、早い時間に起き出す。
隣で眠る兄弟を起こさないように、気を付けながら布団を抜け出す。
走り込みを終え、素振りをしていると、斧を持った木こりが小屋から出てきた。
少女を見て固まり、無言で立ち尽くす木こり。
昨日一日で、木こりへの蟠りが解けた少女が、声をかける。
「……おはよう、ございます。」
木こりが挙動不審になりながらも、答える。
「お、おう。」
無言で、見つめ合う。
間に耐えられなくなった木こりが、口を開く。
「……よ、よく。眠れたか。」
「うん」
「……いつも、やってるのか。」
「?」
「その、ほら。剣の。」
「うん」
「……辛く、ないのか。」
「大丈夫」
「好き、なのか?」
「……わからない。考えたこと、ない」
「……」
「強く、なりたいの。必要だから、やるの」
「……どうして、強くなりてえんだ。」
「……みんなが、喜んでくれたから。」
「……」
「みんなの、仇を討ちたいから。討たないと、いけないから。」
「……なんでだ。」
「……なんで?」
「なんで、おめえ……嬢ちゃんが。そこまで、背負うんだ。嬢ちゃんみてえな、ガキが。そんなもん、背負わなくて、いいんだ。」
「……なんで。そんなこと、言うの?」
「ガキは、もっと、甘えるもんだ。ろくに、甘えられねえような、育て方をしやがった、ヤツらなんぞのために……なんでも、ねえ。」
「……おじさん?」
「なんでも、ねえ。オレは、なんも、知らねえ。」
木こりは背を向け、森に向かって歩き去る。
少女は木こりの、背中を見つめる。
(……よく。わから、ない)
森から、木こりが木を切る音が、響き出す。
少女は、素振りを再開する。
木こりが木を切り終えて小屋に戻り、起きていたミネアが手伝いを申し出るのを怒鳴りつけてひとりで朝食の支度を始め、少女が素振りを終えて小屋に戻る頃、ミネアに起こされたマーニャが起き出す。
起こされはしたが、普段よりよく寝たマーニャの、目覚めは良い。
「あー。久々、よく寝たぜ」
「いつも、早く寝ればいいのに」
「んな勿体ねえことできるかよ」
「意味がわからないよ」
マーニャとミネアが軽口を交わすのを聞きながら、少女と木こりは黙々と食事を摂る。
食事を終え、準備を整えて旅立つ三人を、木こりが見送る。
「おっさん。世話になったな」
「ご親切に、ありがとうございました」
「……ありがとう」
「だっ!誰が!」
反射的に怒鳴り返した木こりが、途中で口を噤む。
拳を握りしめ、顔に真っ赤に血を上らせ、ぷるぷると震えながら、振り絞るように吐き捨てる。
「……また。来やがれ!」
マーニャが苦笑する。
「ま、おっさんにしちゃ上出来だな。んじゃ、またな」
「それでは、またいずれ」
「……うん。また。」
マーニャのルーラで、ブランカに飛ぶ。
「んじゃ、行くか」
「待った。昨日はすぐに木こりさんのところに行ったから、砂漠越えの準備ができていないんだ。少し、買い物してから行こう」
ブランカの城下町で必要なものを買い揃え、町を出る。
昨日と同じように、少女が中心になって魔物を倒しながら、東へ向かう。
町から遠ざかり、魔物はやや手強さを増していくが、昨日よりもさらに少し鋭さを増したような少女に、危なげはない。
ほどなく、砂漠の入口に佇む宿に着いた。
「……まだ、入口だってのに。結構な暑さだな」
「馬車でもないと、とても砂漠は越えられないと言うからね。ちょうど馬車があるようだし、借りられないか、交渉してみよう」
「だな。なんとか越えちまえば、後でルーラで返しに来りゃいいしな」
宿の近くに停めてある馬車に目をやり、話し合う兄弟につられ、少女も馬車を見る。
(これが、馬車。これが、馬。)
どちらも見るのは初めてだが、昨日読んだ物語に、人が乗る馬車と、それを引く馬のことは書いてあった。
飼い慣れされた動物を見るのは、木こりの小屋の犬に続いて、二度目。
身体はこちらのほうがずっと大きいが、盛んにじゃれついてきた犬よりも、おとなしいように見える。
少女が、馬に近づく。
「おい、嬢ちゃん。後ろには、回り込むなよ」
「蹴られてしまうことがありますからね」
「うん。わかった」
近づく少女に、馬が顔を向ける。
さらに、少女が近づく。
馬は少女を見つめ、顔を寄せてくる。
少女が、そっと手を差し出す。
馬は、鼻先を擦り寄せる。
(……おとなしい)
少女の胸に、温かい何かが生まれる。
可愛いと思う気持ちだったが、小さな子供とも、動物とも触れあう機会のなかった少女には、よくわからない。
「なかなか、可愛い奴じゃねえか」
「ずいぶん人懐こいね。ユウが、動物に好かれるのかな」
(……かわいい。人なつこい。わたしが、好かれてる?……かわいい。)
「嬢ちゃんと、気が合うみてえだし。いっそ貰えりゃ、旅が楽になるんだがな」
「さすがに、それは無理だろう。とにかく持ち主を探して、交渉しよう」
少女は馬から離れ、三人は砂漠の宿の中に入っていった。
後書き
穏やかな時間の後に出会うのは、全てを拒絶する若者。
卑劣な罠に、鎮まっていた炎が、燃え上がる。
次回、『5-09裏切りと憎しみと』。
6/22(土)午前5:00更新。
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